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第百一話 変わり果てた精霊像

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 久しぶりに帰ってきた離宮の部屋は、私がいた頃とさほど内装は変わっていないようだった。

 出て行ってからそこまで月日は経っていないけど、もう何年も帰ってきていない気がするわね。

「エリン!」
「きゃっ!」

 部屋に入って来て早々、オーウェン様は私のことを強く抱きしめてきた。

 きゅ、急にどうしたの? いつもなら嬉しいけど、さすがに今はこんなことをしている時間は無いと思うんだけど!?

「俺を助けてくれたことには礼を言う。本当にありがとう。だが、自分の身を犠牲にするようなことはしないでくれ!」
「ご、ごめんなさい。あの場を切り抜けるには、ああするしかないと思って……」

 これでも、自分の価値がカーティス様にとってどれぐらいあるかの判断くらいは出来る。だから、絶対に断れないような選択を押し付けたつもりだったんだけど……オーウェン様にいらない心配をかけちゃった……。

 私も、もっとオーウェン様みたいに、なんでもスマートに出来ればいいのに。

「次は気を付けます」
「ああ。本当は、次なんて無いのが良いんだがな……それにしても、俺と出会う前は、ここでずっと生活していたのか……」

 オーウェン様は、私を解放してから、部屋の中を見渡す。一応私がずっと住んでいた部屋だから、ジッと見られるとちょっぴり恥ずかしい。

「はい。毎日勉強させられて、薬を作らされていました。つらかったですけど、私の薬で多くの人を助けられることに、誇りを持っていました。まあ……カーティス様に利用されていただけなんですけどね」
「つくづく最低な男だな」

 もう、オーウェン様ってば……一応相手はこの国の国王様なのだから、あんまり変なことを言っちゃダメなのよ? 言いたくなる気持ちはわかるけどね。

「それと、ハウレウがよく私の話し相手をしてくれたり、時には一緒に遊んでくれたんです」
「ハウレウ……確か前に俺に話してくれた、兵士の方だったな」
「はい。ハウレウは、この部屋の見張りをしていた老兵士です。私がカーティス様に騙されたと知った後、逃げる手助けをしてくれたんです」

 ハウレウのことを思い出したら、先程カーティス様から聞いたことを、鮮明に思い出してしまった。

 そう……ハウレウは、もうこの世にいないということを。ううん、ハウレウだけじゃない。私をクロルーツェまで案内してくれた、ジル様まで……。

「うぅ……ハウレウ……ジル様……本当にごめんなさい……私のせいで……」
「エリン……」

 二人への罪悪感に苛まれた私は、その場で座り込んで涙を流す。そんな情けない私の背中を、オーウェン様が優しく抱いてくれた。

「顔を上げるんだ、エリン。こんなところで立ち止まっていたら、命を懸けてエリンを助けてくれた二人が浮かばれないだろう?」
「……そう、ですね……」

 そうだ、私には立ち止まっている時間は無い。今も増え続けている石化病の患者を治すためにも、薬を作らないといけない。

 ……ハウレウ、ジル様……私のせいで巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。そして……助けてくれて、本当にありがとう。私……頑張るから。だから、お母さんと一緒に空の上から見守っててね。

「エリン、随分と顔が赤いが、大丈夫か?」
「そ、そうですか? もしかしたら、久しぶりにカーティス様に会ったから、少しイライラしてしまったのかもしれません」
「その気持ちはよくわかる。俺も多くの人間に出会ったが、彼のような酷い人間は、お目にかかったことはない」
「あはは……さあ、薬の製作を再開……の前に、ちょっとやりたいことがあるんです」
「それは構わないが、あまり時間が無いのを忘れないようにな」
「もちろんです。すぐに終わりますから」

 私は、すぐ隣にある部屋……そう、毎日精霊様に祈りを捧げていた部屋へと向かった。

 祈っている時間も勿体ないのはわかっているけど、ここにいる時は毎日祈りを捧げていたから、祈れるのに祈らないと、気になって仕方がないの。

「……えっ?」

 精霊様が祀られている部屋に入ると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 なんと、精霊様を模した像は倒され、その腕に至っては本体から取れてしまっている。掃除もされていないのか、埃もかぶっていて……あまりにもひどい状況だった。

「エリン、どうかしたのか……なんだこれは?」
「オーウェン様、精霊様の像が!」
「これは酷いな。明らかに人の手によってやられたものだろう。ほら、像のお腹の部分……人の足跡がある」
「なんて酷いことを……! この精霊様は、この国を作り上げた偉大な方なのに!」

 一体誰がこんなことをしたの!? もしかして、私達を密告した彼女の仕業!? それとも別の人!?

  この際、誰がやったかなんてどうでもいい! とにかく、こんな酷いことをする人なんて、軽蔑するわ!

「このままにしておくわけにもいかないな。俺の方で、精霊の像を出来る範囲で直しておく。その間に、エリンは薬を作る準備をしておいてくれ」
「わかりました。お願いします!」

 オーウェン様は、精霊様の像を起こしてちゃんとした位置に戻してあげると、いつも持っているハンカチで精霊様の像を拭き始めた。

 うん、精霊様はオーウェン様に任せて大丈夫そうだ。私は今のうちに、カーティス様が用意したもので、使えそうな道具や材料があるか確認しよう。

「道具はある、材料は……医療団の人が用意したものよりも、数も種類も豊富だし、品質が良い。さすがは王族といったところね」

 これなら、もしかしたらさらに薬効が高い薬が作れるかもしれないわね。こうなってしまった以上、カーティス様が私を利用するように、私だってカーティス様を利用して薬を作ってや、る……!

「うっ……」

 意気込んだのも束の間、またしても強い眩暈と体の熱に襲われてしまった。一気に視界がぼやけ、思考も鈍くなっていくし、体もかゆくて仕方がない。

 私の石化病も、一気に本気になってきたみたいね……とにかく持ってきた薬を飲んで……これでよしっと。

「あんまり私を舐めないでよね……こんなの、全然へっちゃらなんだから!」

 熱は解熱剤で何とかすればいい。かゆみもある程度はかゆみ止めの薬で何とかなるから、あとはオーウェン様に悟られないように、気合でカバーするだけだ。大丈夫、私なら出来るはず。

「エリン、とりあえず修復が終わったぞ。さすがに腕はどうしようもなかったが……」
「えっ、早くないですか!?」
「時間が無いだろう? 急ぐに越したことはない」
「それもそうですね……ではお祈りをしたら、始めましょう!」

 私はオーウェン様と交代で精霊様の像がある部屋に入ると、オーウェン様の手で起こされて、綺麗に磨かれた像が静かに佇んでいた。

 ……精霊様、今まで祈れなくてごめんなさい。今アンデルクは大変なことになっています。どうか、民達が幸せになれるように、見守っていてください……。

「よし、これで……えっ? な、なにこれ……く、苦しい……」

 お祈りを済ませた直後、私は再び激しい眩暈に襲われた。それと同時に、何かが私の中に入りこんできているような……気持ちの悪い感覚を覚えた。

『憎い……全てが、憎い……!!』
「あ、頭の中に声が……なに、これ……私の中に何かがいる……!? これも、石化病のせい……!?  うっ、うわぁぁぁぁぁ!!」
「エリン、急にどうした!?」
「っ!? 触るなぁ!!」

 私は、心配して部屋の中に入ってきたオーウェン様の胸ぐらを掴んで突き飛ばし、壊れた精霊様の像の腕を手に持った。

 なぜだかわからない。わからないけど……胸の奥が熱い。オーウェン様が憎い。憎くて憎くてたまらない。いますぐこれを振り下ろして、少しでもこの憎しみを発散させたい。

 そうよ、したいならすればいいのよ。驚いている今がチャンスだわ。死ね……みんな死んじゃえ……!!
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