残す跡は、恋

小春佳代

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なのに。

「鴨さん、真中先輩がね、誕生日プレゼントくれるんだって」

あれから毎日、池の鴨さんに同じ相談をしている。

この降って湧いたような誕生日プレゼントの件とは、毎年剣道部の一年生に部から誕生日プレゼントが用意されるという、ただそれだけのことで。
たまたま私以外の一年生の誕生日が一学期に集中していたという奇妙なことが起こっていたために、私はそんなイベントをあの時すぐに思い出すことが出来なかった。

そう、あの時。
面金に顔を覆われた真中先輩は、付け足すようにこう言った。

「三浦、いつも俺と目が合いそうになるとどっか行っちゃうから、このタイミングで聞いてみた」

最後ににっこりと笑って。

ああ……神々しい。

違う、違う、そんなこと思い出してる場合じゃなくて。

「鴨さん、誕生日プレゼント、何がいいかな」

鴨さんは今日も安定の浮かぶのみ。

はぁ。
ため息と、締めつけられる胸と、中くらいしか開かないまぶた。

本当は。

冷え切った空気の中、制服のスカートをひらめかせ自転車を漕いでいる時も。

聞いているのか聞いていないのか自分でも「不明」なほどの脳の動きしかできない、退屈な授業中も。

防具に身を包んだ私が、着座した状態で紐を解き、面を外した瞬間も。

真中先輩、あなたが。

あなたが、あなたが、あなたが。

ほし……

「三浦―っ」

頭の手ぬぐいをはらりと外し終えたばかりの私に、またも突然訪れる、真中先輩による声の襲来。

「欲しいもの、決まった?」

しかも真中先輩の隣には、真理ちゃん。
こちらを見る、無表情の、真理ちゃん。

私は。

あなたが、あなたが、あなたが。

あー……

「あ……め」

「ん?」

「飴が……欲しい……です……」

「飴?」

「はい……」

「はは、分かった、おいしそうなの見つけてくるなー」

私は咄嗟とっさに笑顔を作った、そして。

その場を勢いよく立ち、一目散に玄関の方へ。

ガラス扉越しに向かってくる私に、今日は特に何もしてきていなかった油断気味のあいつがおののく。

バンッと両手で透明なガラス板を叩いて、頭をこつんと預けた。

周りからは、いつものように目の前にいるこいつのからかいに怒っているかのように見えるかな?

本当は、泣きたい。

不甲斐ない自分に、泣きたい。

私が真中先輩からもらえるのは一生、

飴だけだ。
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