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9.純
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いつもはラフな格好にスニーカーだった。それは、江藤さんの好みに合わせて。
でも二人でお出かけするなら、少しぐらい特別な装いをしてもいいでしょう?
白襟を覗かせた紺色の薄い春ニットから広がるのは、真紅のプリーツロングスカート。
純喫茶に行くから、クラシカルに。
なんて、そんなの、自己満足に過ぎないけれど。
「おっ!おはよ」
大学前駅の隣駅、改札口の花壇の前で小ぶりバックのハンドルを両手で持ち、どこかの御嬢さんのような佇まいで待つ私に、江藤さんは朝の挨拶をした。
「おはよ」
もしかしたら私は、心の奥底で自分も小寺さんのように、時に女らしさも出していくことも必要なのではないか、と思ったのかもしれない。
まぁ、恋をしていると、とにかく自分に自信がないからブレブレになるのだ。
「部室にはそんな恰好してこないよな」
「今日は純喫茶だから」
「純喫茶だとこんな赤いスカート履くんだ」
「うるさいなぁ、もういいでしょお」
からかわれると、恥ずかし!
「入ってみたいと思ってたとこがあるんだよ」
江藤さんの行ってみたかったところに、私も連れて行ってもらえる嬉しさよ。
「江藤さん。私が行きたかったのは、カフェだよ」
「……じゃあ、純喫茶やめる?」
「ふふ、嘘」
君となら、どこまでも。
江藤さんについて行った先にあったのは、くすんだベージュの外壁、重厚なダークブラウンの木製格子が窓ガラスにはめられた扉、そこに『営業中』という簡易なプレートが吊り下げられた純喫茶だった。外壁に取り付けられた、扉の木製格子と同じ材質の看板には『すずめ珈琲』とある。
扉を開ける江藤さんの後ろ姿に続こうとする中で視界に最後に薄っすら入ってきたのは、外壁に立てかけられたメニュー板の『モーニング 350円』の文字だった。
本当にそう記されていたのかを確認する間もなく、吸い込まれるように入った店内の絶妙な光加減と時が止まっているかのようなアンティークな内装に私は息を呑んだ。
真鍮製の船やランプのような小物の数々が並ぶ窓からは、開かれた細く白いブラインド越しに日の光が降り注ぎ、既に飲食を済ませている客の煙草の煙がたゆたう様子を照らしていた。
「うわー……、すごいね」
私たち以外にお客さんはその一人しかいなかったからこそ、この無音の雰囲気に遠慮してこそこそ話す私。
「いや、期待以上」
そう呟いて満足そうに席に腰かけた江藤さんは、とりあえず注文しようとしたのかテーブルの壁際に置かれていた本のようなものをめくった。でも見えたのは船の写真に英語の説明文。メニュー表ではないみたいだ。
二人で若干キョロッと、どこかにメニューが掲げられているのではないかと店内を見回す。
「モーニングでいいですか?」
すると、壁際にウィスキーなどお酒の瓶が並べられている仄暗いカウンターに、店主であろう優しそうなおじさまが現れた。
「えっと」
「モーニングでいいですか?」
拒否権なし!!!
「あ、はい」
思わず二人で声を揃えた。
そしてその後、目を見合わせて。
声を出さずに、笑った。
でも二人でお出かけするなら、少しぐらい特別な装いをしてもいいでしょう?
白襟を覗かせた紺色の薄い春ニットから広がるのは、真紅のプリーツロングスカート。
純喫茶に行くから、クラシカルに。
なんて、そんなの、自己満足に過ぎないけれど。
「おっ!おはよ」
大学前駅の隣駅、改札口の花壇の前で小ぶりバックのハンドルを両手で持ち、どこかの御嬢さんのような佇まいで待つ私に、江藤さんは朝の挨拶をした。
「おはよ」
もしかしたら私は、心の奥底で自分も小寺さんのように、時に女らしさも出していくことも必要なのではないか、と思ったのかもしれない。
まぁ、恋をしていると、とにかく自分に自信がないからブレブレになるのだ。
「部室にはそんな恰好してこないよな」
「今日は純喫茶だから」
「純喫茶だとこんな赤いスカート履くんだ」
「うるさいなぁ、もういいでしょお」
からかわれると、恥ずかし!
「入ってみたいと思ってたとこがあるんだよ」
江藤さんの行ってみたかったところに、私も連れて行ってもらえる嬉しさよ。
「江藤さん。私が行きたかったのは、カフェだよ」
「……じゃあ、純喫茶やめる?」
「ふふ、嘘」
君となら、どこまでも。
江藤さんについて行った先にあったのは、くすんだベージュの外壁、重厚なダークブラウンの木製格子が窓ガラスにはめられた扉、そこに『営業中』という簡易なプレートが吊り下げられた純喫茶だった。外壁に取り付けられた、扉の木製格子と同じ材質の看板には『すずめ珈琲』とある。
扉を開ける江藤さんの後ろ姿に続こうとする中で視界に最後に薄っすら入ってきたのは、外壁に立てかけられたメニュー板の『モーニング 350円』の文字だった。
本当にそう記されていたのかを確認する間もなく、吸い込まれるように入った店内の絶妙な光加減と時が止まっているかのようなアンティークな内装に私は息を呑んだ。
真鍮製の船やランプのような小物の数々が並ぶ窓からは、開かれた細く白いブラインド越しに日の光が降り注ぎ、既に飲食を済ませている客の煙草の煙がたゆたう様子を照らしていた。
「うわー……、すごいね」
私たち以外にお客さんはその一人しかいなかったからこそ、この無音の雰囲気に遠慮してこそこそ話す私。
「いや、期待以上」
そう呟いて満足そうに席に腰かけた江藤さんは、とりあえず注文しようとしたのかテーブルの壁際に置かれていた本のようなものをめくった。でも見えたのは船の写真に英語の説明文。メニュー表ではないみたいだ。
二人で若干キョロッと、どこかにメニューが掲げられているのではないかと店内を見回す。
「モーニングでいいですか?」
すると、壁際にウィスキーなどお酒の瓶が並べられている仄暗いカウンターに、店主であろう優しそうなおじさまが現れた。
「えっと」
「モーニングでいいですか?」
拒否権なし!!!
「あ、はい」
思わず二人で声を揃えた。
そしてその後、目を見合わせて。
声を出さずに、笑った。
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