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アスナダイト侯爵邸 二週目
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「予告通り今週も来てさしあげましたわ!」
「……あっそ」
今週もやって来ました、アスナダイト侯爵邸。パトリックの部屋に顔を覗かせるとソファーに座ったままチラッとこちらに視線を寄越して、エミリアが来る前から読んでいたらしい本のページをめくった。
「座れば?」
パトリックは本に視線をやったまま、まだ部屋の入口で佇んでいるエミリアをソファーへと促した。言われるがまま近付いてみると既にテーブルの上には色とりどりの小さな球体が沢山入った透明のガラスの器と、一口サイズのチョコレートが盛られた銀食器が並んでいた。
そしてエミリアが先週読んでいた探偵小説の本もテーブルに用意されていた。パトリックの向かい側に座り、気遣いに礼を述べる。
「すぐ読める様にパトリックが用意してくれたの?」
「……別に」
「ありがとう」
「礼を言われる様な事ではない」
本から顔を上げずに淡々と返事を返して来るパトリック。
(素直じゃないですわね、もう)
メイドが淹れてくれた紅茶の良い香りが鼻をくすぐるが、それよりも目の前に並んでいるカラフルな小さな球体が気になり、早速一粒摘んでみる。
「キャンディですわ、キレイ……」
宝石みたいに透明感のあるピンク色の球体。器の中には他にもブルーやグリーン、オレンジ、パープルなど10種類のキャンディがキラキラと輝きながら入っている。
市井の子供達がよく食べるキャンディはお値段のせいか貴族の親達はあまり子供達に食べさせる事はない。ケーキの上にやたらと豪華な飴細工が載っている事はあるが……。だから街に行った時にコッソリと買って、親に内緒で食べるのが定番だ。
「パトリックが買って来てくれましたの? ありがとう!」
「……た、たまたま買い物に行った時に見掛けただけだ。確か好きだっただろ」
「ええ、なかなか手に入れる機会がなくて」
ピンク色のキャンディを口へそっと入れる。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「……これは、サクランボ! 美味しいですわ~」
頬を押さえながらサクランボの味を堪能してると、パトリックの視線を感じた。
「美味しいか? なら良かった」
少しだけ口角を上げたパトリックはグリーン色のキャンディを器から取りだし、口へと放り込む。
「……キウイ味だ」
「まぁ! メロンとかブドウかと思ってましたわ。なかなか変わったお味のキャンディですわね」
「そうだな、もう一種類の方はもしかしたらメロンとかだったのかもな。機会があればそっちも買って来てやるよ」
「わぁ、嬉しいですわ! でも、こちらはこちらで美味しいですから満足していましてよ。ありがとう、パトリック」
「……ああ」
照れくさそうにしながら読書へ戻るパトリックは今日もなんだか耳が赤かった。
そして今日も夕刻までパトリックと読書をしたエミリアは、あっという間に過ぎた時間に驚きながらそろそろ帰らねばとソファーから立ち上がった。
「これ、蓋付きだし持って帰れよ」
部屋の扉前まで来た時、慌ててこちらに駆け寄って来たパトリックが差し出したのはキャンディの入った器。ポケットからハンカチを取り出して包んでくれた。
「いいんですの?」
「どうせオレはあまり食べないから」
強引にエミリアの手に器を押し付ける。まだ沢山入ったキャンディを一人で堪能出来るだなんて嬉しくて思わずパトリックに抱きついた。
「ありがとう~、また来週も来ますわ」
「わっ……く、くっ付くな! 離れろ!」
普段大人しくて無表情なのにワタワタと暴れる幼馴染みが面白くて、余計にくっ付いてみたら真っ赤な顔をしながら無理矢理引き剥がされた。
(あちゃ、怒らせちゃったかしら)
何故か両手で真っ赤になった顔を隠したパトリックは何やら「髪……ふわふわ……匂い……甘い」とブツブツ呟いている。
よく分からない単語の羅列に首を傾げつつ何だかおかしくなったパトリックに声を掛ける。
「えっと、怒らせたのでしたらごめんなさい」
「怒ってはいない」
こちらには顔を背けたまま、ぶっきらぼうに答える。
「それなら良かったけど。じゃ、じゃあ帰りますわね」
「……ああ」
邸へ戻ってからエドワードお兄様に今日のパトリックとの事を報告すると、深い溜息をつかれながら何故か「もう抱きつくのは止めてやってくれ」と言われた。
確かにちょっと調子に乗りすぎたのは悪かったけど、そんなにパトリックを憐れまなくても……。
「……あっそ」
今週もやって来ました、アスナダイト侯爵邸。パトリックの部屋に顔を覗かせるとソファーに座ったままチラッとこちらに視線を寄越して、エミリアが来る前から読んでいたらしい本のページをめくった。
「座れば?」
パトリックは本に視線をやったまま、まだ部屋の入口で佇んでいるエミリアをソファーへと促した。言われるがまま近付いてみると既にテーブルの上には色とりどりの小さな球体が沢山入った透明のガラスの器と、一口サイズのチョコレートが盛られた銀食器が並んでいた。
そしてエミリアが先週読んでいた探偵小説の本もテーブルに用意されていた。パトリックの向かい側に座り、気遣いに礼を述べる。
「すぐ読める様にパトリックが用意してくれたの?」
「……別に」
「ありがとう」
「礼を言われる様な事ではない」
本から顔を上げずに淡々と返事を返して来るパトリック。
(素直じゃないですわね、もう)
メイドが淹れてくれた紅茶の良い香りが鼻をくすぐるが、それよりも目の前に並んでいるカラフルな小さな球体が気になり、早速一粒摘んでみる。
「キャンディですわ、キレイ……」
宝石みたいに透明感のあるピンク色の球体。器の中には他にもブルーやグリーン、オレンジ、パープルなど10種類のキャンディがキラキラと輝きながら入っている。
市井の子供達がよく食べるキャンディはお値段のせいか貴族の親達はあまり子供達に食べさせる事はない。ケーキの上にやたらと豪華な飴細工が載っている事はあるが……。だから街に行った時にコッソリと買って、親に内緒で食べるのが定番だ。
「パトリックが買って来てくれましたの? ありがとう!」
「……た、たまたま買い物に行った時に見掛けただけだ。確か好きだっただろ」
「ええ、なかなか手に入れる機会がなくて」
ピンク色のキャンディを口へそっと入れる。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「……これは、サクランボ! 美味しいですわ~」
頬を押さえながらサクランボの味を堪能してると、パトリックの視線を感じた。
「美味しいか? なら良かった」
少しだけ口角を上げたパトリックはグリーン色のキャンディを器から取りだし、口へと放り込む。
「……キウイ味だ」
「まぁ! メロンとかブドウかと思ってましたわ。なかなか変わったお味のキャンディですわね」
「そうだな、もう一種類の方はもしかしたらメロンとかだったのかもな。機会があればそっちも買って来てやるよ」
「わぁ、嬉しいですわ! でも、こちらはこちらで美味しいですから満足していましてよ。ありがとう、パトリック」
「……ああ」
照れくさそうにしながら読書へ戻るパトリックは今日もなんだか耳が赤かった。
そして今日も夕刻までパトリックと読書をしたエミリアは、あっという間に過ぎた時間に驚きながらそろそろ帰らねばとソファーから立ち上がった。
「これ、蓋付きだし持って帰れよ」
部屋の扉前まで来た時、慌ててこちらに駆け寄って来たパトリックが差し出したのはキャンディの入った器。ポケットからハンカチを取り出して包んでくれた。
「いいんですの?」
「どうせオレはあまり食べないから」
強引にエミリアの手に器を押し付ける。まだ沢山入ったキャンディを一人で堪能出来るだなんて嬉しくて思わずパトリックに抱きついた。
「ありがとう~、また来週も来ますわ」
「わっ……く、くっ付くな! 離れろ!」
普段大人しくて無表情なのにワタワタと暴れる幼馴染みが面白くて、余計にくっ付いてみたら真っ赤な顔をしながら無理矢理引き剥がされた。
(あちゃ、怒らせちゃったかしら)
何故か両手で真っ赤になった顔を隠したパトリックは何やら「髪……ふわふわ……匂い……甘い」とブツブツ呟いている。
よく分からない単語の羅列に首を傾げつつ何だかおかしくなったパトリックに声を掛ける。
「えっと、怒らせたのでしたらごめんなさい」
「怒ってはいない」
こちらには顔を背けたまま、ぶっきらぼうに答える。
「それなら良かったけど。じゃ、じゃあ帰りますわね」
「……ああ」
邸へ戻ってからエドワードお兄様に今日のパトリックとの事を報告すると、深い溜息をつかれながら何故か「もう抱きつくのは止めてやってくれ」と言われた。
確かにちょっと調子に乗りすぎたのは悪かったけど、そんなにパトリックを憐れまなくても……。
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