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イアンの提案
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「リア……少し、距離を置いてみようか?」
「えっ……」
隣の椅子に座りながら暫く何かを思案していたイアンが空になったグラスを指先でチン! と弾きながらポツリと呟いた。
言葉の意味がよく分からなくてイアンの顔を見るが
表情からは汲み取れず困惑する。
(どういう事ですの? 距離を置く、とは?)
「私も今迄リアにベッタリし過ぎていたし、もうすぐ学園に入学するから今の様にはあまり時間を取れなくなるだろうからね」
「……婚約を破棄されるという事ですか」
イアンの予期せぬ対応に頭の中がボーっとしている様な感覚になるが、それ以上に心臓の鼓動が激しくて苦しくなる。
「残念ながら、それはしてあげれない」
「えっ……と?」
「距離置くとはいえ、婚約者としての必要最低限な公務などには付き合って貰う」
「…………?」
「それ以外では必要以上にリアに絡まない様にするから、リアは自由にしてて良いよ」
「イアン?」
「私の学園卒業式迄、自由にしてあげる。その時に私の心が変わっていれば婚約破棄なり、リアの望む未来を叶えると約束しよう。だけど、変わっていなければ……」
ふいにイアンが立ち上がり近くに居た使用人に二人分のグラスを返すと、周りの目も気にせずエミリアの前に跪いて手を取る。
「あ、あの……?」
「諦めて私の妃になるんだ、良いね?」
チュッと手の甲に口付けを落とした途端、周囲から軽く黄色い悲鳴が上がる。これではまるで公開プロポーズだ。
「は……い……」
しかも選択肢の無い質問に頷くしか出来ない。
「じゃあ、今日はもう帰ろう」
そのまま手を引かれたのでエミリアも立ち上がり、手を繋いだまま茶会の会場を抜けた。来た時と同じ様にイアンのエスコートを受けながら王家の紋章の入った豪華な馬車へと乗り込む。
普段なら隣同士に座るのにイアンはエミリアの向かい側に座った。たったそれだけの事なのに胸の奥がギュッと握りつぶされたかの様に痛む。
目の前に座るイアンの表情は特にいつもと変わらず優しい笑みを浮かべている。だけどエミリアには分かる。熱を含んだ様な何とも言えない空気感が今は無い。
「私達はリアに過保護になり過ぎていたよね、ごめんね。そのせいでリアから同性の友人を作る機会を奪っていたかもしれない」
「そ、そんな事は……」
こういった公の場ではいつも自分の傍にはイアンが居た。そうでなければお兄様やフランシス、パトリックのいずれかが居た。だから女友達が居なくても、全然寂しくなかったし楽しかったのだ。
「今よりは会う頻度は減るけどもしリアが寂しくて我慢出来なくなったら、いつでも私に会いに来てくれて構わない」
「それでは離れる意味がありませんわ」
「そんなに沢山会いに来てくれるのかい?」
「ち、ちがっ……」
否定しようとしたものの、イアンに会わない日が増える事が想像出来なくて口籠る。最近のイアンは週に何度となくエミリアに会いに邸迄来てくれていて、むしろ会わない日を数えた方が早いのではないかと思う程それは日常の事になっている。
小一時間だけお茶して帰る事も多いが、王太子であるイアンが暇な筈はない。きっとエミリアの顔が見たいが故に無理してでも時間を作ってくれているのだろう。
「……が、我慢くらいわたくしにだって出来ますわ。いいえ、なんなら全然会いになんて行かないかもしれませんわ!」
「そうなんだ?」
「ですから、私の事はご心配なく」
何故か強がってしまう自分に既に後悔するが、口に出してしまった以上引っ込みがつかない。
「私は……」
イアンが何かを言いかけた時、馬車が止まった。どうやらレナード公爵家に到着したらしい。
「……着いたみたいだ」
少し残念そうにしながら馬車の扉を開こうとしたイアンは、その伸ばしかけた手を止めてまだ座席に座っているエミリアを掻き抱いだ。
「私は寂しいよ」
耳元でイアンの声がしてエミリアが驚いている間もなく、今度は頬に口付けを一つ落とされた。そして表情をこちらに見せる事なく馬車の扉を開けてイアンは外へと出た。
突然の出来事に戸惑いを隠せないでいたが、馬車の外からこちらへと差し出された手を慌てて取ってエミリアも馬車から降りた。
普段と変わらない微笑みを浮かべたイアンに邸の玄関迄送って貰い、礼を述べると「では、またね」と一言残してイアンは城へと馬車を走らせて行った。
「お嬢様、お部屋へ戻りましょう」
玄関ホールで呆然としたまま突っ立っているエミリアにビバリーが声を掛けて来た。
「ええ……」
そうは言ったものの足取り重く、なかなか思う様に足が前へと進んで行かない。
(距離、置くのか……そっか、距離置くんだ)
ボーッとした思考回路がゆっくりと動き出す。
(……寂しいですわ)
エミリアだってイアンと今の様に会えなくなるのは寂しい。だって、会えるのが当たり前だった。
(折角イアンがくれた時間だもの、悪役令嬢からの脱出の為に使わなくちゃ)
だけど……。
(……寂しい)
今はただ、心に虚無感が広がるだけで何も考えれない。自室に戻り、着替えついでに早い湯浴みをしたエミリアはこっそりバスタブの中で涙を流した。
「えっ……」
隣の椅子に座りながら暫く何かを思案していたイアンが空になったグラスを指先でチン! と弾きながらポツリと呟いた。
言葉の意味がよく分からなくてイアンの顔を見るが
表情からは汲み取れず困惑する。
(どういう事ですの? 距離を置く、とは?)
「私も今迄リアにベッタリし過ぎていたし、もうすぐ学園に入学するから今の様にはあまり時間を取れなくなるだろうからね」
「……婚約を破棄されるという事ですか」
イアンの予期せぬ対応に頭の中がボーっとしている様な感覚になるが、それ以上に心臓の鼓動が激しくて苦しくなる。
「残念ながら、それはしてあげれない」
「えっ……と?」
「距離置くとはいえ、婚約者としての必要最低限な公務などには付き合って貰う」
「…………?」
「それ以外では必要以上にリアに絡まない様にするから、リアは自由にしてて良いよ」
「イアン?」
「私の学園卒業式迄、自由にしてあげる。その時に私の心が変わっていれば婚約破棄なり、リアの望む未来を叶えると約束しよう。だけど、変わっていなければ……」
ふいにイアンが立ち上がり近くに居た使用人に二人分のグラスを返すと、周りの目も気にせずエミリアの前に跪いて手を取る。
「あ、あの……?」
「諦めて私の妃になるんだ、良いね?」
チュッと手の甲に口付けを落とした途端、周囲から軽く黄色い悲鳴が上がる。これではまるで公開プロポーズだ。
「は……い……」
しかも選択肢の無い質問に頷くしか出来ない。
「じゃあ、今日はもう帰ろう」
そのまま手を引かれたのでエミリアも立ち上がり、手を繋いだまま茶会の会場を抜けた。来た時と同じ様にイアンのエスコートを受けながら王家の紋章の入った豪華な馬車へと乗り込む。
普段なら隣同士に座るのにイアンはエミリアの向かい側に座った。たったそれだけの事なのに胸の奥がギュッと握りつぶされたかの様に痛む。
目の前に座るイアンの表情は特にいつもと変わらず優しい笑みを浮かべている。だけどエミリアには分かる。熱を含んだ様な何とも言えない空気感が今は無い。
「私達はリアに過保護になり過ぎていたよね、ごめんね。そのせいでリアから同性の友人を作る機会を奪っていたかもしれない」
「そ、そんな事は……」
こういった公の場ではいつも自分の傍にはイアンが居た。そうでなければお兄様やフランシス、パトリックのいずれかが居た。だから女友達が居なくても、全然寂しくなかったし楽しかったのだ。
「今よりは会う頻度は減るけどもしリアが寂しくて我慢出来なくなったら、いつでも私に会いに来てくれて構わない」
「それでは離れる意味がありませんわ」
「そんなに沢山会いに来てくれるのかい?」
「ち、ちがっ……」
否定しようとしたものの、イアンに会わない日が増える事が想像出来なくて口籠る。最近のイアンは週に何度となくエミリアに会いに邸迄来てくれていて、むしろ会わない日を数えた方が早いのではないかと思う程それは日常の事になっている。
小一時間だけお茶して帰る事も多いが、王太子であるイアンが暇な筈はない。きっとエミリアの顔が見たいが故に無理してでも時間を作ってくれているのだろう。
「……が、我慢くらいわたくしにだって出来ますわ。いいえ、なんなら全然会いになんて行かないかもしれませんわ!」
「そうなんだ?」
「ですから、私の事はご心配なく」
何故か強がってしまう自分に既に後悔するが、口に出してしまった以上引っ込みがつかない。
「私は……」
イアンが何かを言いかけた時、馬車が止まった。どうやらレナード公爵家に到着したらしい。
「……着いたみたいだ」
少し残念そうにしながら馬車の扉を開こうとしたイアンは、その伸ばしかけた手を止めてまだ座席に座っているエミリアを掻き抱いだ。
「私は寂しいよ」
耳元でイアンの声がしてエミリアが驚いている間もなく、今度は頬に口付けを一つ落とされた。そして表情をこちらに見せる事なく馬車の扉を開けてイアンは外へと出た。
突然の出来事に戸惑いを隠せないでいたが、馬車の外からこちらへと差し出された手を慌てて取ってエミリアも馬車から降りた。
普段と変わらない微笑みを浮かべたイアンに邸の玄関迄送って貰い、礼を述べると「では、またね」と一言残してイアンは城へと馬車を走らせて行った。
「お嬢様、お部屋へ戻りましょう」
玄関ホールで呆然としたまま突っ立っているエミリアにビバリーが声を掛けて来た。
「ええ……」
そうは言ったものの足取り重く、なかなか思う様に足が前へと進んで行かない。
(距離、置くのか……そっか、距離置くんだ)
ボーッとした思考回路がゆっくりと動き出す。
(……寂しいですわ)
エミリアだってイアンと今の様に会えなくなるのは寂しい。だって、会えるのが当たり前だった。
(折角イアンがくれた時間だもの、悪役令嬢からの脱出の為に使わなくちゃ)
だけど……。
(……寂しい)
今はただ、心に虚無感が広がるだけで何も考えれない。自室に戻り、着替えついでに早い湯浴みをしたエミリアはこっそりバスタブの中で涙を流した。
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