悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな

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フォスティーナの来訪

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「……それで?」

 約束通りにレナード公爵家を訪れたフォスティーナはエミリアの部屋でお茶を飲みながら、この世界の事についての説明を受けていた。

「ですから、わたくしは悪役令嬢ではなかったんですからイアンとのイチャラブを貴方に見せる必要はなくなったんです」
「あら、どうして?」
「イアンも攻略対象者ではないし、サルビアさんも聖女ではあるけどヒロインではない訳で」
「ええ、その辺りの事は残念ではありますが理解致しましたわ」
「でしたら……」
「エミリア様」

 フォスティーナは静かにカップをソーサーへと戻して小さなため息を漏らすとエミリアの顔をじっくりと覗き込んで来た。

「……!?」
「私もう、誰がヒロインだとか悪役令嬢だとかはこの際どうでも良くなりましたの」
「はい?」
「エミリア様はこんなに可愛らしいお顔をされているんですのよ? イアンも美形ですし、正直言ってお二人はお似合いですわ」
「……はぁ」

 フォスティーナの言わんとする事がよく分からず困惑しまくりなエミリア。

「美男美女のイチャラブ! それを近くで堪能させて貰う! もうそれだけで眼福ですわ~オタク冥利に尽きますわ」
「えー……」

 エミリアは思わず凄く嫌そうな返事をしてしまう。そんなエミリアには構いもせず、フォスティーナは自分の欲求を押し付けて来た。

「取り敢えずはそうですわねぇ……もうすぐエミリア様のデビュタントがありますから、その時にイベントスチル並なシーンが見られたら嬉しいですわ」
「イ、イベントスチル並な……シーン?」
「月並な所だとダンスの後にバルコニーで歓談しながら雰囲気が盛り上がって抱擁♡とか」
「なっ……」

 フォスティーナの言うシーンは確かによくある王道シーンだ。エミリアもゲームをしながら何度もそういったスチルを眺めてはうっとりした過去がある。

「簡単に言わないで下さいませ! シナリオで展開が決まっているとかならまだしも、自らそんなシーン作れる程わたくしは器用じゃありませんわ。ましてやイアン相手にそんな事……」

 この間だって狙ってイアンの腕の中へ飛び込んだ訳じゃ無い。というか、イアンに触れる事すらまともに出来ないのに。公務でイアンの腕に触れたり、ダンスを踊る時ですら緊張で頭の中が真っ白になりそうなのを必死に耐えている状態だ。

「あらやだ。エミリア様って案外ウブなんですのね、可愛いらしいこと」
「からかわないで下さい」
「なんなら私がアシストしてさしあげますわ」
「結構です!!」

 フォスティーナに手引きなんてして貰ったらどんな展開にさせられるか。たまったものじゃない。

「近くで勝手にご覧になるのはお止め致しませんけど、変な手助けはしないのが条件です」
「……つまらないですわねぇ。私の手にかかればイベントスチル並にロマンティックな状況にしてさしあげますのに」
「しなくて良いです」

 既にイアン自らの言動だけでエミリアにはもうお腹いっぱいだ。

「ところで今までイアンとサルビアさんをくっ付けようとなさってましたけど、結局そちらは放棄して大丈夫ですの?」
「あぁ、その事なら恐らく大丈夫ですわ」

 フォスティーナが手を引いたとしてもサルビア自身がイアンに好意を持って距離を縮めに来られたら悪役令嬢云々関係なしに困った事になる。ただでさえ聖女派とか存在しているのだ。

「何だかねぇ……彼女、他にお慕いしている方が居るっぽいんですのよね……」
「そうなんですの!?」
「ええ。幾ら私が必死に二人を近付けてもサルビアさんにその気が見えないんですのよねぇ」

 フォスティーナの言う通りなら安心して良いという事かもしれない。けど、それならそれで別の問題も浮上して来る。

「別のお方……どなたなのかしら」
「残念ながら私にも教えて頂けませんでしたわ」

 サルビアが誰を慕っていようがエミリアとイアンに危害が加わらないのならば構わないが、下世話な話少し気にはなるのが正直なところだ。

「まぁ、その内判明するでしょうけどね。彼女もデビュタントを控えてますし」
「そうですわね……」

 この国では十五歳を迎えた者から毎月王城で行われる夜会にデビュタントと称して参加を許可される。その際、婚約者の居る者はパートナーとして一緒に参加する事になっている。

 エミリアも来月のデビュタントに向けてダンスの復習をしたり、美容に長けたメイド隊から毎日お肌をピカピカに磨き上げられる日々を送っている。イアンからも既にデビュタントで着るドレスと装飾品一式を贈られていた。

「あぁ、楽しみですわ~エミリア様のデビュタント」
「あはは……」

 夜会の様子を妄想おもいえがいているのかフォスティーナがうっとりとする一方でエミリアは苦笑いを溢すしかなかった。

 そんな中、不意に玄関の方が少し騒がしくなったかと思えば部屋の扉がノックされた。誰か来客かしら?と返事をしてみれば

「やぁ、お邪魔するよ」

 と爽やかな風と共にイアンが突然現れた。慌ててフォスティーナと立ち上がりイアンを部屋の中へと招き入れる。

「ど、どうされたんですか」
「うん、フォスティーナがエミリアの邸を訪ねていると聞いてね」
「えっ」

 ビクリ、とフォスティーナの肩先が震えた。

「わ、私達お友達になりましたの。友人の邸を訪ねるのがおかしいですか?」
「今更? あんなにリアの事を嫌っていたのに?」

 イアンの顔は凄く笑顔のままだがそれが逆に怖く感じる。

「私が君の所業を何も知らないとでも思っているのかな。長い付き合いの君なら、そんな訳ないって理解わかっているよね?」
「ひっ!」

 途端に青ざめていくフォスティーナ。そして相変わらず笑顔を貼り付けたままのイアン。エミリアはただ呆然と二人のやりとりを見学している。

「あぁ、そういえば君にはまだ婚約者が居なかったね。だから帝国の第十二皇子が妃を探しているよ、と君の父上に教えてあげたら喜んでいたよ」
「て、帝国!? な、なんて事をしてくれたんですか」
「帝国側もすぐにでも迎えを寄越してくれるらしいよ、良かったね良い嫁ぎ先が見つかって」
「ぐっ……」

 フォスティーナは慌てた様子で自分の邸へと帰って行った。それを見送った後、メイドの淹れたお茶を優雅に飲み始めたイアンの向かい側へと腰を下ろした。

「フォスティーナ様……あんなに慌てて大丈夫かしら」
「大丈夫なんじゃない? すぐにでも帝国に嫁入りも兼ねて留学する事になるだろうから暫くは大変だろうけど」
「……もう二度とこの国には戻って来れないでしょうね」
「そうだね」

 涼しい顔をしながら目の前のこの人はいとも簡単にエミリアの困り事を解決してしまった。改めてこの人はこの国の王太子で、敵に回してはいけない相手なんだと思い知る。

「わたくしの為にお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「リアは何も気にする必要はない。リアを守るのは私の役目だ」
「……ありがとう御座います」

 エミリアが感謝を述べるとイアンは優しい笑みを返してくれた。

(うっ……その笑顔、反則ですわ)

 悔しいけどイアンの笑顔にはめっぽう弱い。なんでイケメンは何をしてもカッコいいのだろう。その日は久々にイアンと数時間過ごせて凄く心が満たされた日になったのだった。
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