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第1章
15話―ついに『覚醒』させちまいました。
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ピクニックに出掛けたその日から、領主様のお屋敷はしばらくの間騒然としていた。
それもその筈だ。『伝説』と言われていた四聖獣の一体である『ホルケウ』が姿を現したのだから。
まず驚いたのは屋敷で働く使用人達だった。「ちょっと木の実採ってくるね」って出掛けた私達が、大きな白い狼を連れて帰って来たのですから。
しかもそれが伝説の聖獣で、私が彼の契約者となったのだから、驚きも一入だった事でしょう。
アルクさん的にはきっと口外するつもりはなかったんだと思う。そう信じたい。
ただ、領主様のお屋敷には毎日のように来客がある。領地内で商売をする商人であったり、役人だったり、領民だったり、訪れる人間は様々だ。
ソラはあの巨体なだけに目立つ。白いし、喋るし、当の本人が隠れる気なんてさらさら無いもんだから尚更だ。
え? 今まで見られた事なかったんだよね? っていうくらい、なんなら目撃されているほぼ全員に二度見されている。
当然そんな人々によってたちまち噂は広がっていく。
それに伴い、何故かやっぱり私の噂も立つもので。
「伝説の獣が領主様のお屋敷に現れたらしいぞ」
「何だかとんでもない事が起こるって、もっぱらの噂だぞ」
「なんでも、その聖獣を従えているのは見たこともない少女だそうじゃないか」
「黒髪の美女だとよ」
「よもや聖女様じゃ無いのか」
「お屋敷の前で待っていたらその聖女様にお会い出来るかもしれないぞ」
という訳で、しばらく屋敷内に軟禁状態になってしまったのである。
噂というのは無責任ですね。言ってもいないことに、背びれも尾ひれもついて広まっていくのですから。
誰だ美女なんて言ったやつ。
聖女なんてどっから出てきたんだ。
勝手にハードル上げんなっつーの。
せっかく絶好の木の実スポットを見つけたのに!
ソラという最強のボディガードを見つけたのに!!
盛大に全力で抗議したかったが、いつまでも嘆いていても仕方ない。人の噂も七十五日と言いますから。
それまでは耐え忍ぶ事に致しましょう。日本人は忍耐強い人種ですから。
私が使わせてもらっている部屋にゆったりと寝そべっているソラを丁寧にブラッシングしながら、今までに分かった事をぐるぐると考えていた。
部屋は広く巨大なソラが寝ようが転がろうがスペースは空いている。さすがに狭くは感じるけども。
よく扉から入ったねと、元の大きさのソラを知っている使用人の皆さんから言われたが、ソラに言わせるとそんなものは造作もない事なのだそうだ。
元のサイズが天井に頭が付いてしまう程大きいため、今はだいたい大型犬よりも少し大きいくらいのサイズでいる事が多い。それでもデカいけど。
言ってしまえば何でもありなのだ。
聖獣様、流石です。
お屋敷に来た当初、ソラは庭で過ごしていた。美しい庭園には精霊も多く、ソラも気に入っていたのだ。
しかしソラと私の噂が領地に広がると、連日その姿を見ようと人が押し寄せるようになり、流石に煩わしくなったようだ。ここのところずっと私の部屋で過ごしている。
ポーチから取り出した大型犬用のブラシでブラッシングすると、ソラも満更では無さそうだ。耳をピンと立て、鼻先を少し上に向けると、目を細めて気持ち良さそうにしている。おばあちゃん家のソラの事を思い出して、ついつい頬が緩んでしまう。
「ねぇソラ」
「うん?」
「前にこの世界にやってきた異世界人って、どんな人だったの?」
「さぁな」
え? さぁな??
「会ったんじゃないの?」
「火の者から聞いたのだ。我は会ってはおらぬ」
「そうなんだ……」
その人の事がわかれば、私がここに来た意味がわかるかと思ったのにな。
その人は一体どこから来て、どんな人達と出会って、どんな風に過ごしていたんだろう。
呼ばれたからには、やっぱり何か理由があったのかな。
何を考えて、一体何を成したんだろう。
ソラのいう『火の者』に会う事が出来たら、その人の事を教えてもらえたりするのだろうか。
「他の聖獣とはいつ会うの?」
「会わぬ」
「ええ? だってその人のこと聞いたのでしょう?」
「我を誰だと思っている。会わずとも会話など容易い。他の奴らも既にえみの事を知っておるぞ」
「えええ? そうなの?」
なんだか自分の知らないところで、自分の名前が知られていくって怖いのですが……。
変な事言わないでおいてよね?
「手が止まっておるぞ」
「ああ、ごめん」
ソラの毛は見た目よりも柔らかく触り心地がとても良い。ブラッシングすると、艶々になってますます神々しさに拍車がかかる。そのお腹にポスンと埋もれる。ゆっくり上下に動く温かいお腹に体を預け、私は小さく息を吐き出した。
「私って何の為にここに来たんだろ」
「なんだ藪から棒に。そんな事、今更ではないか」
「だって……なんか色々あり過ぎて分からなくなっちゃったんだもの」
私は只美味しいご飯が食べたくて作っただけだ。料理が得意だから、自分の出来る事で恩返しがしたかっただけだし、皆んなが『美味しい』って言って笑顔になってくれるのが嬉しかっただけなのだ。
そのせいで精霊や聖獣の契約者なんて言われても全然ピンとこないし、困惑するばかりだ。『聖女』なんかもっと御免だ。
普段からしていた当たり前をやっただけなのに、そのせいで何だか大変な事になってしまった。
これからどうなってしまうんだろう。そんな漠然とした不安ばかりが胸を覆っていて、ソワソワと落ち着かないのだ。
「えみ。おぬしの仕事は、我とワサビに美味い食事を作り満足させる事だ。おぬしの好きな事を存分にするが良い。その対価として我らがずっと共におる。独り寂しい思いはさせぬよ」
「ソラ……」
「何も恐れる事は無い。何せおぬしについているのは四聖獣なのだからな」
言いながらフフンと得意気に鼻を鳴らす。ぶっきら棒で偉そうな口調とは裏腹に、黄金色の瞳に宿るのは優しい光だ。
肩にいたワサビちゃんもふよふよと正面に飛んで来て、私の手にそっと触れてくる。
「ワサビはずっとえみ様と一緒ですよ」
そう言ってニッコリ微笑む彼女は今日も可愛い。その笑顔と仕草にいつも癒されるのだ。
「ありがとう、ワサビちゃん。そうだね! 私には心強い友達が二人もいるんだもんね!!」
「さぁ、元気が出たところで『おやつ』とやらを作るが良い! そろそろ茶とやらをしばく時間であろう」
うん、色々と教える事は多そうだ。ま、追々で良いかな。
言うや否や大きな尻尾をブンブンと振り回す友人に苦笑を零す。
やっぱりワンコだなと思いながら、部屋を壊さないようお願いするのだった。
最近のティータイムは、私の部屋か屋敷の裏側に造られた中庭で過ごす事が多くなっている。お気に入りだったのは表側の庭だったのだが、なんせ見物客が多くて落ち着かない。なので最近はもっぱらこちら側だ。
今日のメンバーはメアリとソラとワサビちゃん。それと珍しくレンくんが一緒だった。
いつもならハンナさんも一緒なのだが、今日は手が空かなかったみたい。
今蒸らしているお茶には、この間採ってきた木の実を乾燥させたものが入れてあり、香りと成分を煮出しているところだ。
ワサビ先生曰く、体の緊張をほぐしリラックスさせる効果があるのだそうだ。
おやつの方は、こちらも木の実を沢山練り込んだクッキーと、ワサビちゃんが大好きな果物ジャムのソースをたっぷりかけたクレープだ。
今日の話題はメアリとレンくんが同じ時期にこのお屋敷にやって来た、言わば同期という話しだ。
メアリがメイドとしてここで働くようになって直ぐ、アルクさんが『身元引受人として世話をする事になった』と、連れて帰って来たのがレンくんだったそうだ。
「二人は全然性格違うけど、仲良いよね」
普段からよく話しているところを見かける。相変わらずレンくんの表情筋は元気ないけど、お互いに気を許しているように見える。
「まぁ……気は使わなくても良いかもな」
「確かにねー。なに言っても聞き流してくれるから、話してて楽かも」
「良い関係だね! 何かきっかけとかってあったの?」
「「あー……」」
同じタイミングで明後日の方向見るところまで気が合っている。そんな二人に思わずワサビちゃんとクスクス笑ってしまった。
問いただそうと口を開きかけたその時。急にレンくんの動きが止まった。
寝そべっていたソラがいち早く反応し首を上げる。その瞳には鋭い光が宿っている。
「レンくん?」
「どうかした?」
椅子を鳴らして立ち上がると、胸の辺りを押さえながらよろよろとその場を離れて行く。その表情は酷く苦しそうだ。
「レンくん!?」
「ちょっと大丈夫!? どうしたの!?」
「寄るな……!!」
近付こうと立ち上がったメアリに鋭く言い放ち、おぼつかない足取りで後退していく。
レンくんの体から湯気が立ち昇るかのように揺らぐ空気の層が見える。
「ワサビ」
「はい!!」
ソラの呼び掛けに応えたワサビちゃんが、レンくんと私達の間にレースカーテンのような薄い膜を張った。
次の瞬間、レンくんの周りの空気が目に見えて渦を巻き、彼を中心とした竜巻のように轟々と立ち上がったのだ。
振動した空気がお屋敷の窓をガタガタと揺らし、近くの物を巻き上げる。
魔力を含むそれに、ワサビちゃんの結界が無ければ巻き込まれて吹き飛んでいたかもしれない。それ程の勢いだった。
「レンくん!!」
「レン!!」
胸を押さえて何とか立っているレンくんの表情は苦悶に歪み苦しそうだ。
一体何が起こったのか分からず、どうしたらいいのかとオロオロするばかりの私の側へソラが身を寄せて来る。
「何が起こったの? レンくんは大丈夫!?」
「どうやら覚醒したようだ。小僧の魔力が暴走しておる」
「覚醒!? 暴走って何!? どうすればいいの?」
「どうもこうも、自分でコントロールするしかない」
「そんな……」
結界を抜けレンくんに近付いたソラが、彼の正面でお座りの姿勢をとった。
「小僧。それはおぬしが今までに選択してきた事の結果だ。心当たりはあるだろう」
「……っ!!」
レンくんの眼差しがソラを睨みつけるように向けられた。その表情は苦悶に歪んだままだ。
「その程度も制御出来ぬようでは、おぬしはいつまでも小僧のままだ」
「だ……ま、れ……」
ソラは尚もレンくんを挑発するように言葉を並べる。
「制御出来ねばおぬしはそのまま魔力に飲まれ、ここにいる全員を巻き込むだろう。えみに害が及ぶなら、その前におぬしを殺すことになる」
「殺す!?」
「そんな!! ソラ駄目だよ!!」
「えみを守るのが我の役目だ」
レンくんが苦しそうに表情を歪めたままソラを睨みつける。ソラは構わず続けた。
「出来ぬ者はいらぬ。この先弱者は足手まといでしかないからな。早々にここから去るがいい」
「黙れぇ!!!!」
レンくんが叫ぶと途端に彼を中心に渦を巻いていた風が弾けるように霧散した。体が僅かに発光し、収まると同時に膝からその場に崩れ落ちた。
「レンくん!!」
「レン!!」
ワサビちゃんが結界を解いてくれて、メアリと二人レンくんへと駆け寄る。膝と両手を地面へつき、激しく息をする彼の額には大粒の汗が浮いている。
「私アルク様に知らせて来る!!」
「うん! お願い!」
お屋敷内へ駆けて行くメアリの後ろ姿を見送る。そんな私の横でソラがフフンと鼻を鳴らした。
「やれば出来るではないか」
もしかしてわざと煽るような事を言っていたの?
ソラを仰ぎ見るが、人ではないその表情からは何も読み取ることが出来ない。
「えみ」
レンくんに呼ばれてそちらを見る。息を切らせて肩を大きく揺らす彼は、何だか吹っ切れたようなスッキリした表情でこちらを見ていた。
思ったよりも近くにエメラルドがあって思わず固まってしまう。
「もう大丈夫だ……ありがとう」
そう言ってなんと表情を崩したのだ。
「……っ」
今までにない反応に困惑してしまった。
何だか急にレンくんが大人びてしまったような錯覚を覚えた。いつもならこんな近くでイケメンを直視する事なんて無理なのに、汗の光る優しいはにかんだような笑顔から不思議と目を反らせなくなってしまったのだ。
金縛りにあったかのようにその場を動けないまま、私は耳の直ぐ奥で聞こえる自分の鼓動をただただ聞いていた。それはいつもよりもずっと大きく、いつまでも鳴っていたのだった。
それもその筈だ。『伝説』と言われていた四聖獣の一体である『ホルケウ』が姿を現したのだから。
まず驚いたのは屋敷で働く使用人達だった。「ちょっと木の実採ってくるね」って出掛けた私達が、大きな白い狼を連れて帰って来たのですから。
しかもそれが伝説の聖獣で、私が彼の契約者となったのだから、驚きも一入だった事でしょう。
アルクさん的にはきっと口外するつもりはなかったんだと思う。そう信じたい。
ただ、領主様のお屋敷には毎日のように来客がある。領地内で商売をする商人であったり、役人だったり、領民だったり、訪れる人間は様々だ。
ソラはあの巨体なだけに目立つ。白いし、喋るし、当の本人が隠れる気なんてさらさら無いもんだから尚更だ。
え? 今まで見られた事なかったんだよね? っていうくらい、なんなら目撃されているほぼ全員に二度見されている。
当然そんな人々によってたちまち噂は広がっていく。
それに伴い、何故かやっぱり私の噂も立つもので。
「伝説の獣が領主様のお屋敷に現れたらしいぞ」
「何だかとんでもない事が起こるって、もっぱらの噂だぞ」
「なんでも、その聖獣を従えているのは見たこともない少女だそうじゃないか」
「黒髪の美女だとよ」
「よもや聖女様じゃ無いのか」
「お屋敷の前で待っていたらその聖女様にお会い出来るかもしれないぞ」
という訳で、しばらく屋敷内に軟禁状態になってしまったのである。
噂というのは無責任ですね。言ってもいないことに、背びれも尾ひれもついて広まっていくのですから。
誰だ美女なんて言ったやつ。
聖女なんてどっから出てきたんだ。
勝手にハードル上げんなっつーの。
せっかく絶好の木の実スポットを見つけたのに!
ソラという最強のボディガードを見つけたのに!!
盛大に全力で抗議したかったが、いつまでも嘆いていても仕方ない。人の噂も七十五日と言いますから。
それまでは耐え忍ぶ事に致しましょう。日本人は忍耐強い人種ですから。
私が使わせてもらっている部屋にゆったりと寝そべっているソラを丁寧にブラッシングしながら、今までに分かった事をぐるぐると考えていた。
部屋は広く巨大なソラが寝ようが転がろうがスペースは空いている。さすがに狭くは感じるけども。
よく扉から入ったねと、元の大きさのソラを知っている使用人の皆さんから言われたが、ソラに言わせるとそんなものは造作もない事なのだそうだ。
元のサイズが天井に頭が付いてしまう程大きいため、今はだいたい大型犬よりも少し大きいくらいのサイズでいる事が多い。それでもデカいけど。
言ってしまえば何でもありなのだ。
聖獣様、流石です。
お屋敷に来た当初、ソラは庭で過ごしていた。美しい庭園には精霊も多く、ソラも気に入っていたのだ。
しかしソラと私の噂が領地に広がると、連日その姿を見ようと人が押し寄せるようになり、流石に煩わしくなったようだ。ここのところずっと私の部屋で過ごしている。
ポーチから取り出した大型犬用のブラシでブラッシングすると、ソラも満更では無さそうだ。耳をピンと立て、鼻先を少し上に向けると、目を細めて気持ち良さそうにしている。おばあちゃん家のソラの事を思い出して、ついつい頬が緩んでしまう。
「ねぇソラ」
「うん?」
「前にこの世界にやってきた異世界人って、どんな人だったの?」
「さぁな」
え? さぁな??
「会ったんじゃないの?」
「火の者から聞いたのだ。我は会ってはおらぬ」
「そうなんだ……」
その人の事がわかれば、私がここに来た意味がわかるかと思ったのにな。
その人は一体どこから来て、どんな人達と出会って、どんな風に過ごしていたんだろう。
呼ばれたからには、やっぱり何か理由があったのかな。
何を考えて、一体何を成したんだろう。
ソラのいう『火の者』に会う事が出来たら、その人の事を教えてもらえたりするのだろうか。
「他の聖獣とはいつ会うの?」
「会わぬ」
「ええ? だってその人のこと聞いたのでしょう?」
「我を誰だと思っている。会わずとも会話など容易い。他の奴らも既にえみの事を知っておるぞ」
「えええ? そうなの?」
なんだか自分の知らないところで、自分の名前が知られていくって怖いのですが……。
変な事言わないでおいてよね?
「手が止まっておるぞ」
「ああ、ごめん」
ソラの毛は見た目よりも柔らかく触り心地がとても良い。ブラッシングすると、艶々になってますます神々しさに拍車がかかる。そのお腹にポスンと埋もれる。ゆっくり上下に動く温かいお腹に体を預け、私は小さく息を吐き出した。
「私って何の為にここに来たんだろ」
「なんだ藪から棒に。そんな事、今更ではないか」
「だって……なんか色々あり過ぎて分からなくなっちゃったんだもの」
私は只美味しいご飯が食べたくて作っただけだ。料理が得意だから、自分の出来る事で恩返しがしたかっただけだし、皆んなが『美味しい』って言って笑顔になってくれるのが嬉しかっただけなのだ。
そのせいで精霊や聖獣の契約者なんて言われても全然ピンとこないし、困惑するばかりだ。『聖女』なんかもっと御免だ。
普段からしていた当たり前をやっただけなのに、そのせいで何だか大変な事になってしまった。
これからどうなってしまうんだろう。そんな漠然とした不安ばかりが胸を覆っていて、ソワソワと落ち着かないのだ。
「えみ。おぬしの仕事は、我とワサビに美味い食事を作り満足させる事だ。おぬしの好きな事を存分にするが良い。その対価として我らがずっと共におる。独り寂しい思いはさせぬよ」
「ソラ……」
「何も恐れる事は無い。何せおぬしについているのは四聖獣なのだからな」
言いながらフフンと得意気に鼻を鳴らす。ぶっきら棒で偉そうな口調とは裏腹に、黄金色の瞳に宿るのは優しい光だ。
肩にいたワサビちゃんもふよふよと正面に飛んで来て、私の手にそっと触れてくる。
「ワサビはずっとえみ様と一緒ですよ」
そう言ってニッコリ微笑む彼女は今日も可愛い。その笑顔と仕草にいつも癒されるのだ。
「ありがとう、ワサビちゃん。そうだね! 私には心強い友達が二人もいるんだもんね!!」
「さぁ、元気が出たところで『おやつ』とやらを作るが良い! そろそろ茶とやらをしばく時間であろう」
うん、色々と教える事は多そうだ。ま、追々で良いかな。
言うや否や大きな尻尾をブンブンと振り回す友人に苦笑を零す。
やっぱりワンコだなと思いながら、部屋を壊さないようお願いするのだった。
最近のティータイムは、私の部屋か屋敷の裏側に造られた中庭で過ごす事が多くなっている。お気に入りだったのは表側の庭だったのだが、なんせ見物客が多くて落ち着かない。なので最近はもっぱらこちら側だ。
今日のメンバーはメアリとソラとワサビちゃん。それと珍しくレンくんが一緒だった。
いつもならハンナさんも一緒なのだが、今日は手が空かなかったみたい。
今蒸らしているお茶には、この間採ってきた木の実を乾燥させたものが入れてあり、香りと成分を煮出しているところだ。
ワサビ先生曰く、体の緊張をほぐしリラックスさせる効果があるのだそうだ。
おやつの方は、こちらも木の実を沢山練り込んだクッキーと、ワサビちゃんが大好きな果物ジャムのソースをたっぷりかけたクレープだ。
今日の話題はメアリとレンくんが同じ時期にこのお屋敷にやって来た、言わば同期という話しだ。
メアリがメイドとしてここで働くようになって直ぐ、アルクさんが『身元引受人として世話をする事になった』と、連れて帰って来たのがレンくんだったそうだ。
「二人は全然性格違うけど、仲良いよね」
普段からよく話しているところを見かける。相変わらずレンくんの表情筋は元気ないけど、お互いに気を許しているように見える。
「まぁ……気は使わなくても良いかもな」
「確かにねー。なに言っても聞き流してくれるから、話してて楽かも」
「良い関係だね! 何かきっかけとかってあったの?」
「「あー……」」
同じタイミングで明後日の方向見るところまで気が合っている。そんな二人に思わずワサビちゃんとクスクス笑ってしまった。
問いただそうと口を開きかけたその時。急にレンくんの動きが止まった。
寝そべっていたソラがいち早く反応し首を上げる。その瞳には鋭い光が宿っている。
「レンくん?」
「どうかした?」
椅子を鳴らして立ち上がると、胸の辺りを押さえながらよろよろとその場を離れて行く。その表情は酷く苦しそうだ。
「レンくん!?」
「ちょっと大丈夫!? どうしたの!?」
「寄るな……!!」
近付こうと立ち上がったメアリに鋭く言い放ち、おぼつかない足取りで後退していく。
レンくんの体から湯気が立ち昇るかのように揺らぐ空気の層が見える。
「ワサビ」
「はい!!」
ソラの呼び掛けに応えたワサビちゃんが、レンくんと私達の間にレースカーテンのような薄い膜を張った。
次の瞬間、レンくんの周りの空気が目に見えて渦を巻き、彼を中心とした竜巻のように轟々と立ち上がったのだ。
振動した空気がお屋敷の窓をガタガタと揺らし、近くの物を巻き上げる。
魔力を含むそれに、ワサビちゃんの結界が無ければ巻き込まれて吹き飛んでいたかもしれない。それ程の勢いだった。
「レンくん!!」
「レン!!」
胸を押さえて何とか立っているレンくんの表情は苦悶に歪み苦しそうだ。
一体何が起こったのか分からず、どうしたらいいのかとオロオロするばかりの私の側へソラが身を寄せて来る。
「何が起こったの? レンくんは大丈夫!?」
「どうやら覚醒したようだ。小僧の魔力が暴走しておる」
「覚醒!? 暴走って何!? どうすればいいの?」
「どうもこうも、自分でコントロールするしかない」
「そんな……」
結界を抜けレンくんに近付いたソラが、彼の正面でお座りの姿勢をとった。
「小僧。それはおぬしが今までに選択してきた事の結果だ。心当たりはあるだろう」
「……っ!!」
レンくんの眼差しがソラを睨みつけるように向けられた。その表情は苦悶に歪んだままだ。
「その程度も制御出来ぬようでは、おぬしはいつまでも小僧のままだ」
「だ……ま、れ……」
ソラは尚もレンくんを挑発するように言葉を並べる。
「制御出来ねばおぬしはそのまま魔力に飲まれ、ここにいる全員を巻き込むだろう。えみに害が及ぶなら、その前におぬしを殺すことになる」
「殺す!?」
「そんな!! ソラ駄目だよ!!」
「えみを守るのが我の役目だ」
レンくんが苦しそうに表情を歪めたままソラを睨みつける。ソラは構わず続けた。
「出来ぬ者はいらぬ。この先弱者は足手まといでしかないからな。早々にここから去るがいい」
「黙れぇ!!!!」
レンくんが叫ぶと途端に彼を中心に渦を巻いていた風が弾けるように霧散した。体が僅かに発光し、収まると同時に膝からその場に崩れ落ちた。
「レンくん!!」
「レン!!」
ワサビちゃんが結界を解いてくれて、メアリと二人レンくんへと駆け寄る。膝と両手を地面へつき、激しく息をする彼の額には大粒の汗が浮いている。
「私アルク様に知らせて来る!!」
「うん! お願い!」
お屋敷内へ駆けて行くメアリの後ろ姿を見送る。そんな私の横でソラがフフンと鼻を鳴らした。
「やれば出来るではないか」
もしかしてわざと煽るような事を言っていたの?
ソラを仰ぎ見るが、人ではないその表情からは何も読み取ることが出来ない。
「えみ」
レンくんに呼ばれてそちらを見る。息を切らせて肩を大きく揺らす彼は、何だか吹っ切れたようなスッキリした表情でこちらを見ていた。
思ったよりも近くにエメラルドがあって思わず固まってしまう。
「もう大丈夫だ……ありがとう」
そう言ってなんと表情を崩したのだ。
「……っ」
今までにない反応に困惑してしまった。
何だか急にレンくんが大人びてしまったような錯覚を覚えた。いつもならこんな近くでイケメンを直視する事なんて無理なのに、汗の光る優しいはにかんだような笑顔から不思議と目を反らせなくなってしまったのだ。
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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