異世界で料理を振る舞ったら、何故か巫女認定されましたけども——只今人生最大のモテ期到来中ですが!?——(改)

九日

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第1章

21話―精霊まみれの少年がいます。

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「小僧、名は?」

 ソラの問いで私と少年が我に返った。
 少年は今初めてソラの存在に気付いたかのような反応を見せ、瞠目し強張った表情のまま一歩後退りした。

「小僧、名は?」

 ソラが同じ問いを繰り返す。

「シャ、シャガール……」
「私はえみ。ワサビちゃんとソラの契約者」

 自己紹介し肩の上のワサビちゃんと隣のソラを順に紹介する。
 信じられなかったのだろう。疑わしげにこちらを見る少年の顔は信じられないものを見る時の顔そのものだ。

「契約者?  あんたも精霊が見えるの?  ……それに、それホルケウでしょ? ホルケウの契約者って……あんた何者……?」

 めちゃめちゃ警戒されておりますが。

「まぁ……ちょっと成り行きで……話すと長くなるんだけど……」

 胡乱な眼差しを向けられ困惑するも、少年の台詞にはたと思う。

って事は、貴方も精霊が見える人なんだね! その周りに沢山いる子達は、皆んな貴方のお友達?」
「違う。うるさいからあっちに行けって言ってもまとわりついてくるんだ」
「そうなの……でも一体どうしてそんな事に……」

 精霊達は様々な色をしている。ソラ曰く属性の違いなのだという。
 属性は四つあるから、四属性全ての精霊がここには居る事になる。シャガールくんを取り囲むように、というか、体にへばりつくように群がっている状態だ。見える人からすると二度見もんである。
 ここだと少し遠い為、彼に近付こうと歩を進めると、その中の四人が私の前に立ちはだかった。四人とも色が違うので、各属性の精霊さんである。
 正確には私の目線の高さでふよふよ浮いているのだが、警戒しているのか各々がその属性の色で僅かに発光している。臨戦体制の模様だ。

「こっち来ない方がいいよ。オレに近付こうとする奴に攻撃するんだ」

 なんと物騒な。
 私は四人の精霊全員と目線を合わせると、両手をひらひらさせて笑いかけた。一応敵意は無いとの意思表示のつもりだ。

「心配しないで。私は少年とお話ししたいだけで、傷つけたりしないから」

 四人の精霊はお互いに顔を見合わせて困惑している。シャガールくん以外の人間で自分達を認識出来ている事に戸惑っているようにも見える。
 そこへワサビちゃんが飛び出すと四人の前に飛んでいく。 

「えみ様はとっても優しい方です! 嘘なんか言いません!」

 ワサビちゃんが説得してくれたのと、私の側で動向を見守っているソラの影響が大きかったのか、四人の精霊は私が少年に近付くのを許してくれた。
 ワサビちゃんと共にソラの方へ飛んで行くと、その周りでくるくると追いかけっこが始まっている。
 またもや信じられないと言った表情で四精霊を見ている少年にふふっと笑い、私は彼が座っていた丸太を指差して声を掛けた。

「そこ、座ってもいい?」
「え?  あ、うん……」

 私が腰掛けると隣に彼も座ってくる。楽しそうに追いかけっこをしている精霊達を見ながらフッと表情を崩した。

「凄いな、あんた。今までオレに近付こうとした奴で精霊の攻撃を受けない奴なんていなかったのに」

 どうやら問答無用で攻撃していたらしい。恐ろしい事するね。

「私って言うよりは、ソラやワサビちゃんのお陰だと思うけどね。……それより何であの子達はそんなに攻撃的なの?」
「……さぁね? そんな事知らない……」
「お友達は? お友達にもそんな感じなの?」
「友達なんか、居ない」
「……え」

 少年は僅かに俯くとワサビちゃん達からも顔を背けてしまった。

「そんなのいらない。オレと居たって怪我するだけだし……」
「シャガールくん……」
「オレ、小さい頃にここで一人でいたのを、神父さんが拾ってくれたんだ。親の顔なんて覚えて無いくらい小さい時」
「そうなんだ……大変だったね」
「オレが怒ったり泣いたりすると、あいつらが暴走するんだ。だから……」
「……そうだったの……辛い話させちゃったね……」
「別に……もう慣れたし……」

 そう話す少年は表情こそ変えないものの、どこか寂しそうに見える。
 自分の側にいる精霊が相手を傷付けてしまうだなんて。きっと何か理由があったんだろうけど、幼かった少年にとってそれは信じがたい出来事だっただろう。
 そのせいで両親が離れてしまったんだとしたら。周りの人達から畏怖の念で見られていたのだとしたら。
 私だったらきっと耐えられない。私だったら、きっと今のシャガールくんみたいに強くあれないと思う。
 まだあどけない少年にしか見えない彼にとって、それらがどれ程辛くて胸を抉っただろう。
 周りに助けてもらってばかりの私なんかには、とてもじゃ無いけど想像出来なかった。

「ねぇ、シャガールくんは甘い物好き?」
「は?」

 突然話しが変わり過ぎて、顔を上げた彼がやっぱり驚いた表情でこちらを見た。
 そんな少年にマフィンとクッキーを差し出す。

「これ私が作ったんだけど、これのお陰でワサビちゃんとソラと契約出来たんだよ」
「……これは?」
「こっちがマフィンでこっちがクッキー。総じて『おやつ』って言うんだけど、食べてみて」

 訝しげな顔をしていたシャガールくんも、ソラとワサビちゃんが食べたと聞いて興味を持ってくれたのか、恐る恐るマフィンに齧り付く。

「……!? 何これ……うまっ!」
「本当? 良かった。こんなのもあるんだけど……」

 今度はポーチからパンを取り出す。ティータイム用の小ぶりなあんパンとクリームパンだ。ソラとワサビちゃん用に持ち歩いている分だ。
「パンは固いから」と言いながら受け取ったシャガールくんは、握れる程柔らかいパンに目を丸くしている。驚きながらもあっという間に完食して、私のもつポーチに興味を示した。

「なぁ、これって……」
「これ? 私専用ポーチ。可愛いでしょう?」
「女神様の気配がするんだけど……あんたホントに何者?」
「えみって呼んで。シャガールくんは女神様の気配が分かるんだね!」
「シャルでいい。アイツらがオレには女神様の力が宿ってるってうるさいから。……それと同じ気配がした」

 何と、シャルくんには女神様の力が宿っていると!?
 精霊がわらわら集まっていたのもそのせいなのかもしれないね。

「実は私、女神様に会ってこの世界に転生させてもらったんだ」
「異世界人って事!?」
「そうなの」

 私達はおやつを食べながら、お互いの話しを沢山した。
 私が異世界から来た事、向こうでどんな生活をしてたか、どうして転生するに至ったか、ここに来てからどう過ごして来たかなど。
 シャルくんも、ここで神父様に見つけて貰うまでの記憶が無い事や、神父様が本当の父のように接してくれた事、人間の友達は居なかったけど精霊達がうるさ過ぎて退屈はしない事なんかを話してくれた。
 さすが育ち盛りのシャルくんは、マフィンやクッキーだけでなく、パン数種類もペロリと食べてしまった。こんだけ食べっぷりが良いと作り甲斐があるし嬉しい。

「シャルくんさえ良かったら、私とお友達になってくれない?」
「え?」

 やっぱり驚いた顔でこちらを見る彼に、今日はシャルくんの驚いた顔しか見ていない気がするなと苦笑を零す。

「私は精霊が見えるし、ワサビちゃんとソラがいるから攻撃されないし、大丈夫でしょう?」
「だけど、オレと居たらえみまで変な目で見られる」

 それは、今までシャルくんがそういう目で見られてきたと言う事だ。
 こんな歳で、そんな目に……。
 膝の上の手をぎゅっと握ってしまう。
 表情から笑顔が消えないように気を付けた。
 優しい子だ。私の方を心配してくれる。

「私、異世界出身でしょ? 黒目と黒髪はこの世界には居ないんだって。だから私も友達があんまりいないの。ソラがボディガードになってくれちゃったから、余計に出来づらいと思うし。……シャルくんがなってくれたら嬉しいんだけどなぁ」

 そんな事を言われたのが初めてだったのかもしれない。考え込む用に黙ってしまった。

「それに、私にはソラがいるから変な人は近付かないし、精霊さん達も安心でしょう?」
「……」

 彼らは今、ワサビちゃんと追いかけっこをしながら、ソラの回りをふよふよと飛んでいる。あっちはあっちで早々に仲良くなったらしい。

「私が友達になったら、おやついつでも食べ放題だよ? どう? 優良物件じゃない?」

 そう言ってシャルくんを覗き込む私に向かって、シャルくんがフッと表情を崩す。
 おっと。いきなりイケメン。
 少年とは思えない落ち着きと美貌に、思わず鼻血出るとこだった。

「そんなに言うならなってやるよ」

 少し頬をピンクに染めて、シャルくんが仕方ないなぁとばかりに呟いた。
 可愛いなと思っていると今度は拗ねる。可愛いと思われたのがバレてしまい、気に入らなかったようだ。
 その辺が歳相応の少年らしくて微笑ましい。
 シャルくんに歳を聞かれて十九歳と教えると、アルクさんと似たような反応をされた。どうやら同じくらいに見られていたようだ。
 因みにシャルくんは十四歳。五つも年下だった事にびっくりだ。
 シャルくんにまで行き遅れの心配をされたが、今のところ結婚する気は無いのだと伝えると、今度は変人扱いされた。
 恋人すらいないことに憐れみの眼差しまで向けられる。
 余計なお世話ですから。

「私はずっと一人でも、美味しいご飯が食べられればそれで幸せなの」

 今度は私が拗ねて告げると、シャルくんは「色気より食い気かよ」と笑っていた。
 笑う事は出来るんだなと、ちょっぴり嬉しかった。



「えみ!!  どこだ!?」

 森の向こうから私を呼ぶ声が聞こえて、そういえば誰にも言わずにここへ来てしまった事を思い出した。

「はーい!  ここです!  今戻ります!」

 呼ぶ声に対して返事をすると、シャルくんに一緒に行こうと声を掛ける。
 しかし、彼は首を縦に振らなかった。

「皆んなで炊き出しをしたんだよ。私の国のご飯でね、豚汁とおむすびなんだけど、シャルくんにもぜひ食べて欲しいんだ」
「豚汁とおむすび……」

 どうしようかと戸惑っていたようだが、おやつ効果もあって興味を誘うことが出来たようだ。今度は素直に頷いてくれた。

「えみ!!」

 向こうからレンくんが走ってくる。

「急にいなくなるから探したぞ」
「ごめんなさい。精霊に呼ばれて……この子と話していたんです」

 レンくんは慌てていたのか額に汗が光っている。
 そういえば、私に何かあると一番最初に気付いてくれるのはいつもレンくんだ。
 ネリージャの時も、今だって……。

「君は?」

 レンくんがシャルくんへ視線を落とす。
 シャルくんはレンくんよりも四歳下であどけなさが残る。笑うと天使のようだ。
 背も私より少し低いくらいだから、レンくんからは見下ろす形になった。

「……シャガール。えみの友達だ」

 あれ? 何か睨み合ってない?
 二人とも、会ったの初めてだよね? いがみ合うことなんて何も無いハズだよね?
 ソラもフフンって鼻で笑ってないで、この雰囲気なんとかしてよ!


「えみさん!  シャガール!!」

 レンくんから少し遅れて、神父様とアルクさんがやってきた。

「えみさん!  シャルが何か失礼を!?  まさか怪我など——」

 神父様の慌てっぷりに、手をブンブン振り回して否定する。

「違います!  シャルくんとはお話ししてただけです!!  シャルくんの精霊達は皆んないい子で、危害を加えられたりなんてしてません」
「……!! 貴女には精霊の姿が見えるのですか?」

 あぁ、しまった!  これは秘密なんだった……。

「えっと……あの……」

 どうしたらいいか困ってアルクさんへ助けを求める。アルクさんは小さく頷くと神父様へ向き直った。

「神父様。えみは『女神の使者』なのです」
「なんと……貴女が……」

 アルクさんの説明に神父様が驚きの声をあげ、それならとホルケウと共にいた事にも納得していた。
 シャルくんには異世界出身である事を先に話していた為、驚きというよりは「やっぱりな」が強かった様だ。

「領主の息子よ。その小僧、『覚醒する者』やもしれぬ」
「なんだって?   本当に?」

 アルクさんも神父様も、普段あまり表情の変わらないレンくんまでもが、ソラの言葉に固まっている。
 一方、私とシャルくんは意味がわからず互いに顔を見合わせていた。

「……やはり特別な子でしたか」

 ぼそりと呟き、今度は神父様がアルクさんへ向き直った。

「アルク様。シャガールについて少々お話ししたい事がございます」

 神父様の表情は硬い。大事な話しだろうことは雰囲気でわかった。

「わかりました。父にも同席してもらいます。それとソラにも。よろしいですか」
「かまいません」
「よかろう」

 皆が教会へ向かおうと歩き出す中、シャルくんだけがその場を動こうとしない。
 俯き両手を固く握り閉めている。

「シャルくん?」

 不思議に思い側へ近付く。
 沢山いた精霊はいつの間にかいなくなり、最初に私の前に立ちはだかった四人だけが彼の肩に乗っている。

「……オレ、村を追い出されるの?」
「え?」
「だって村が襲われたのはオレのせいなんだろ?  オレがここにいるせいなんだろ!?」
「どういう意味?」

 皆んなが足を止め、シャルくんの言葉を驚いて聞いていた。

「えみごめん。オレ、嘘ついた……。こいつらが言ってたんだ! 魔物はオレを狙ってるって。オレは死んだら駄目だから、だから隠れてろって!」
「……シャルくん」
「オレがいたらまた村が襲われるから……だからあんたたちはオレを捕まえに来たんだろ!」
「違うよ!!」

 思わずシャルくんをぎゅっと抱き締めてしまっていた。体が勝手に動いたのだ。

「えみ……」

 シャルくんの体は微かに震えてる。
 たった一人で、今まで一体どれ程の孤独を抱えていたのだろうか。
 精霊の声を聞き村の危険を知っても、何も出来ずにただ隠れるしかない。
 それがどれ程この子の心を押し潰そうとしたことか。孤独がどれだけ彼を追い詰めて来たことか。
 考えたらこちらまで苦しくなった。そうせずにはいられなかったのだ。

「違うよ。私達は村の人達を助けたくて来たの。シャルくんの事も、今日初めて知ったんだよ」

 今度は目線をシャルくんに合わせた。彼の瞳は僅かに潤んでいる。

「私達、もう友達でしょう? 私は友達に酷い事は絶対しない。アルクさんもレンくんも私の友達だよ。二人だって私の友達に酷い事しない。直ぐには難しいかもしれないけど、私達を信じて欲しい」
     
 シャルくんは一度袖で目をごしごし擦ると、私の目を見てコクリと頷いてくれた。

「えみは……信じる……」
「……ありがとう」

 私はシャルくんの手を取ると、引っ張るようにして歩き出す。シャルくんは照れくさそうにしていたけれど、振り解くでもなく遠慮がちに握り返してくれた。
 その様子を神父様が微笑ましく見つめている。シャルくんが孤独だった事を一番憂いていたのは神父様だっただろう。そんな彼の変化が何よりも嬉しかったのだと思う。
 その横でアルクさんはにっこりしているが、何となくオーラが怖い。微笑みの意味が神父様とは真逆な気がした。
 レンくんの表情は無でよく分からなかった。

 そうして和やかな(?)空気に包まれて、私達は再び教会へと歩き出す。
 シャルくんとの出会いが、私の周りを取り囲む空気をさらに不穏なものに変えていっている事、確実に運命の歯車が噛み合って回り出している事に、今はまだ誰も気が付いてはいなかった。
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