異世界で料理を振る舞ったら、何故か巫女認定されましたけども——只今人生最大のモテ期到来中ですが!?——(改)

九日

文字の大きさ
36 / 68
第2章

2話―何がどうしてそんな事になったのでしょう?

しおりを挟む
 ふと目が開いて、ゆっくり体を起こす。
 いつもはカーテンの隙間から白い陽が見えるが、今日はまだ見えないから朝は早い時間のようだ。
 ん~と伸びをして枕元を見たが、いつもある筈のワサビちゃんの姿が無かった。

「あれ? ソラのところかな」

 キョロキョロと向こうを見回し、ふと横を見てぎょっとする。

「子供? ……どうしてこんなところに……」

 いつの間に、一体どこから入ったのか、私の隣に丸まるようにして4、5歳程の女の子が眠っていたのだ。
 気持ち良さそうに、幸せそうな顔をしてすやすやと寝息を立てている。その寝顔は天使の如く可愛らしい。
「(どことなくワサビちゃんに似ているような……)」
 もう一度枕周りを見渡す。再び女の子に視線を戻す。それらを何度か繰り返して確信した。

「……ワサビちゃんだね」

 ふわふわの髪といい、もちもちの肌といい、顔立ちといい、ワサビちゃん以外に考えられない。
 でもどうして急にこんなに大きくなっちゃったんだろう。
 小さな精霊だった時には付いていた羽根が無くなっている。それ以外はワサビちゃんのままだった。
 昨日ホットケーキを食べさせすぎただろうか。でも今に始まった事じゃないしな……。
 いきなりこんなに大きくなってしまって、体に支障は出ないのだろうか。
 不安になった私は、そっとベッドを降りると近くで寝ているソラを起こした。
 いつもより早く起こされ少々不機嫌だったソラは、変貌しているワサビちゃんの姿を見て目が覚めたようだったが、こんな事は前例が無いらしく困惑している。
 そうこうしている内にワサビちゃんが目を覚ました。

「えみ様、ホルケウ様、おはようございます」

 いつものくりくりの目と可愛い笑顔。間違いなくワサビちゃんだ。
 最初はいつも通りの様子だったが、私やソラの反応で自分の急成長ぶりに気が付いたワサビちゃんは、大いに驚き、困惑し、最後には大喜びしていた。

「えみ様の美味しいご飯がもっと沢山食べられますぅ!!」

 そういう理由からだったのには思わず吹き出してしまった。




「ワサビの魔素の容量が大きくなっているな」

 ソラが唐突に言葉を発した。
 メイドさんに締められたコルセットの苦しさのあまり、私はソラの言葉を直ぐには理解出来なかった。いきなり現れた幼児に驚きすぎたメイドさんが、いつもよりもきつめに締めすぎたようだ。
 精霊の姿は限られた人にしか見えない筈なのに、ワサビちゃんのこの姿はどういう訳かメイドさんにも見えていたらしい。

「どういう意味ですか?」

 化粧台の椅子に座りながらワサビちゃんが首を傾げている。足をぶらぶらさせている姿は、知らない人が見れば人間の子供そのものだ。

「魔素を水と例えよう。水を入れておくためには器が必要だ。その器が大きければ大きい程、貯めておける水は増える」
「はい」
「我ら精霊は器の大きさが決まっていて本来変わる事がない。自然界からもらう魔素量と還元する魔素量が常に同じだからな」
「なるほど」

 精霊や四聖獣たちは普段から人と関わり合う事は無く、自然と同等の扱いになる。
 その由来は自然界のバランスを取る事にあった。日照りが続けば雨を呼び、嵐で森が崩壊すれば新たな種を蒔く。
 そうして自然界から魔力を貰い、時に自然界へ使う事によって還元し、この世界に魔力をバランスよく循環させているのだという。

「しかし、ワサビの器はえみと契約した頃に比べて格段に大きくなっている。外見の変化もそれに伴うものだろう。魔素の質もあがってるようだしの」
「えみ様のご飯がとってもとっても美味しいのでつい食べ過ぎてしまうのです」

 えへへとほっぺをピンクに染めながらワサビちゃんは恥ずかしそうにしている。
 確かにご飯を食べた後はいつもお腹がはち切れそうになっている。見ているこっちが心配になってしまう程だ。

「大きくなるのは良い事だよね!」

 ご飯を沢山食べれば成長するものだ。大きくなるのは当たり前。

「人間ならばな。我ら精霊は女神が作り出したもの。生まれてから消滅するまで普通はこの姿のままだ。だからワサビは例外だと言っている。この世界が生まれてから今日まで、精霊が成長した事は無いし、成長させた人間が現れた事も無い」

 え、……マジですか。
 一気に背中が寒くなってきましたけども?
 もしかして私やらかした? またやらかしちまった!?

 一人で青くなっていると扉がドンドンと叩かれ、返事をする間もなく誰かが入って来た。
 びっくりしていると、現れたのは騎士様姿のアルクさんだ。

「アルクさん!?」
「えみ!」

 久しぶりの顔見知りの登場に思わず頬が緩んでしまう。
 アルクさんは早足でこちらへ来ると、いきなりホールドしてきた。びっくりして固まっていると、今度は至近距離で目が合った。

「側にいてやれなくて本当にすまない」
「え?   あっ、いえ。忙しいんだろうなって分かってるので……」
「もっと再開を喜びたいところだが、少々立て込んでいてね。急で申し訳無いが、今から一緒に来て欲しいんだ」

 忙しい合間を縫って来てくれたのか。そんな風に気に掛けて貰える事が嬉しい。
 嬉しいのだが、何だかアルクさんにしては珍しく余裕が無いように見受けられる。

「何かあったんですか?」
「んー……ちょっとね!   ソラも一緒に来て欲しいんだが」
「仕方ないのう」

 ソラは億劫そうにゆっくりと立ち上がる。

「説明する前に、二、三聞きたい事があるんだけど」

 そう言うと、アルクさんは視線を再びこちらへと向けてくる。
 今度はちょっと怖い。

「えみ。知らない男を部屋に入れたね!」

 え??

「得体の知れない器具を使って見た事も無い調理を、しかも厨房でなくこの部屋でしてたって噂になってるけど」

 え?  ……え?

「して、その子は?   いつの間にか隠し子まで連れて来たって、今大騒ぎになっているんだけど」

 えええええ??
 何がどうしてそんなことに!?
 メイドネットワーク怖いわー……
 パニックで口をパクパクさせるしか出来ない私に代わって、今までの事をソラが説明してくれた。
 聞き終えると、アルクさんは小さく息を吐き出す。

「なるほど。その子はワサビなわけだ。この姿の精霊は、皆にハッキリ姿が見えているという事か。……これもえみの力という訳だね」

 普通魔力を持たない人達には精霊の姿は見えないのだ。昨日まではそれが周知の事実だった。
 ところがワサビちゃんがこの姿になった事で、それが覆ってしまったのだ。
 そりゃぁ直ぐには信じられないだろうし、隠し子と言われても仕方ないか……? 私は全然腑に落ちないけれども。

 アルクさんは少し考えるような仕草を見せ、再び視線をこちらへと落とす。

「えみ。私の事を信じてくれる?」
「え?   はい、もちろんです。当たり前じゃないですか」

 アルクさんの固かった表情がフッと柔らかくなって、私も肩の力が抜けた。途端に心臓の音が大きくなる。

「これから一緒に軍法会議に出てもらう。ソラにもね」
「ぐっ軍法会議!?   私も行くんですか?」

 予想を遥かに越えた話に血の気が引いていく。足がふらつきそうになったが、私をしっかりホールドしているアルクさんのお陰で、私の体は一ミリも揺るがない。

「そう、陛下に謁見する。国の重臣たちも揃ってる。……その場では、申し訳ないが女性の発言は陛下の許可無しでは許されないんだ。だからえみは私を信じて、私の隣で微笑んでいて欲しい」

 なるほど。何もするなってことですね!
 それなら大得意ですから大丈夫です!!

「出来る?」
「はい」
「出来ればポーカーフェイスが望ましいが」
「……それは自信ない…です……」

 アルクさんはクスクス笑いながらホールドを解くと、そのまま手を引いてくれる。キラッキラの眩しい笑顔に、引いていた血の気が一気に戻ってきた。心臓がもつだろうかと不安になるのは仕方が無いと思う。
 久しぶりの殺人級スマイルに、免疫力が下がっていた私はもうノックアウトされそうだ。
 そんな私を余所に嬉しそうに手を取りエスコートしてくれるアルクさんに導かれるまま、城に来て初めてこの部屋の外に出た。


 お城って無駄に広いですよね。緊張してるせいもあって余計に道のりが長く感じる。
 アルクさんは時折こちらを見つめながら微笑んでくれる。それが逆に緊張を煽っている事に本人は絶対気付いていない。
 ただしっかり握られた手を見ると、恥ずかしいけれど彼だけは絶対味方だからと暗に言われているようで、とても心強い。

 大きな通路を右へ左へ、途中綺麗な中庭をぐるっと回るように階段を降り、巨大な肖像画や甲冑の並んだ通路をまたも右へ左へ。
 皆んな良くこんな複雑な作りの内部を覚えられるよなぁと感心しながら、そろそろ椅子が恋しくなった頃、遂に大きな扉の前でアルクさんが足を止めた。
 両脇に警備らしき騎士が立っている。
 騎士達はアルクさんの姿を見るとシンクロしているかのように息ぴったりに敬礼した。改めてアルクさんもそう言う立場の人なのだと実感する。

「えみ。準備はいい?」
「……はい」

 頷くとアルクさんは扉へ向かい、声を張り上げた。

「アルク・ローヴェン・アルカンにございます。黒の巫女殿と四聖獣ホルケウ殿をお連れ致しました」

 ガコンと何かがぶつかるような音の後、観音開きの大きな扉が内側へとゆっくりゆっくり開かれていく…———



 アルクさんにエスコートされて、緊張しながら会議室へと足を踏み入れた。
 広い部屋の中央には大きな縦長の机が置かれ、その周りを囲むように沢山の男性が座っている。
 全ての視線が一斉にこちらへ突き刺さり、足が竦みそうになるのを堪えて真っ直ぐ前を見た。
 正面で半端ないオーラを放ち、柔らかい笑顔を浮かべているのがこの国の国王様なのだろう。思っていたよりもずっと若い。勝手に白髭のお爺ちゃんを想像していたけれど、もしかしたらアーワルドさんとそんなに変わらないくらいかも。
 アルクさんにならって一礼した。

 続いてソラが入ってくると、室内がどよめきざわついた。
 いつもはご飯に釣られるワンコのようでも、荘厳でしなやかな堂々たる出で立ちで他を圧倒している姿を見ると、やっぱり四聖獣なんだなぁと思う。
 これぞギャップ萌え……?

「静粛に願います」

 陛下の隣で立ったまま取り仕切っているであろう初老の男性がどうやら宰相様らしい。
 鋭い視線を向けられて体が縮こまってしまいそうだ。

「ホルケウ殿。そして巫女殿。わざわざご足労いただき感謝します。アルカン殿。改めてご紹介頂けますかな」
「はっ」

 アルクさんは一礼し一度手を離したかと思うと、あろう事かその手を私の腰へと回してくる。体がぴったり密着した。

 ん?   何これ。

「彼女はえみ・ナカザト。女神によって召喚された黒の巫女であると同時に、私の婚約者です」


 ………………は?


 こうしてとんでもない爆弾と共に長い長い軍法会議が幕を開けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...