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第2章

5話―男飯はガッツリ系に限ります。

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「うーん。どうしようか」

 ここは王都にある、アルクさんの邸宅の厨房である。
 悩みの種はもちろん昼食だ。
 何故かハワード王子とアルクさんの上司の三名に料理を振る舞うことになったのだ。

「確かに料理得意って言ったけど!いつでもご馳走するって言ったけど!!」

 こんないきなりありますか??
 王族に出せる料理なんて知らないよ!!

「えみ様。困ってます。ホルケウ様、どうしましょう」

 頭を抱える私の横でおろおろしているワサビちゃん。
 そんな私たちを見て小さくため息をついたソラがやれやれと言わんばかりに口を開いた。

「えみ。難しく考えることはない。あやつらはえみの国の料理を欲してるのであろう?えみが普段から食べているようなもので良いのではないか?」

「え?」

「そうであろう。あやつらにはどれが特別なものでどれが庶民のものなのかなどわからぬ。それなら、えみが知っている得意なものでかまわぬのではないか?」

「……なるほど!」

 言われてみたらそうだよね。
 特別なものを作れだなんて、ひとことも言われてない。
 勝手にすごいもの出さなきゃって頭になってた!

「そうだね!ソラありがとう。それなら良いのがある!」

 ソラのヒントで閃いた。
 私はともかく、アルクさんたちは午後からもお仕事があるだろうし、男子飯と言えばお肉たっぷりのガッツリ系だよね!
 という訳で、今回は牛丼にしよう。
 これなら掻き込めるし、調理にそれほど時間もかからない。忙しいアルクさんたちにはぴったりだろう。

「ワサビもお手伝いします!」

「うん!   お願いね」

 ソラを怖がって厨房へ入ってこないメイドさんやコックさんからエプロンを借りて、食材の置場所などを聞き、早速調理にとりかかる。


 こちらの世界のお米『ジャバニ』をといでいる間にワサビちゃんに玉ねぎのような野菜『ティーギ』の皮を剥いてもらう。
 ひとつずつするのかと思いきや、なんと風の魔法で小さな竜巻のようなものを起こして一度に綺麗に皮を剥いてしまった!

「ワサビちゃんすごい!!   これなら早く出来るね!!」

 えっへんと小さな胸を張るワサビちゃんに頬が緩む。
 ジャバニを炊く準備を終えて、ティーギを切ろうとすると、今度はソラが見えないナイフを振り回すかのように、風の刃を使って見事な薄切りにしてくれた。

「魔法って便利だね!」

 とゆうか、二人ともよっぽどお腹が空いてるのね。

 大きな鍋を二つ借りて、薄切りにした肉を炒めていく。
 火を使うので、ワサビちゃんには休憩してもらって、ここからは私の仕事だ。
 とはいえ、このサイズの大鍋を二ついっぺんには無理だなと思っていると、入り口から声が掛かった。

「手伝おうか?」

 振り返ると、そこには笑みをたたえたレンくんの姿がある。

「レンくん!!」

 久しぶりの再開に嬉しくなる。

「どうしてここに?」

「王都での俺の身元引き受け人がアルクさんなんだ。まだ騎士見習いだから、城の宿舎にも入れなくて、ここで世話になってる」

「そうなんだ!   助かるよ!」

 そうしてもうひとつの鍋をレンくんに託した。やることは一緒だからとにかく真似してもらう。


 団長三名とハワード様が一緒に来た時は何事かと屋敷が大騒ぎになっていたらしい。
 聞くと十個隊ある騎士団の第一師団長、ウォルフェンさん(爽やかマッチョ)第二師団長、ルーベルさん(スレンダーなメガネ男子)そして、第三師団長のアルクさんは、騎士団長の中でも別格なんだそう。
 さらに、それら十ある隊の全てを監督するのが総隊長のローガンさんなのだそうだ。
 聞いてるだけで頭がこんがらがってしまいそうだが、とにかく騎士団の中でも特に強くてすごい人達が、王子様と一緒になんの先触れもなくやってきたのだ。
 それは大騒ぎにもなるか。
 そんな人たちに日本のファーストフードである牛丼なんて出していいものかどうか、今さらながら不安になってくる。


 ティーギがしんなりして水と万能調味料のめんつゆを加え、煮込んでいるとちょうどジャバニも炊けてきたようで、厨房をいい香りが漂ってきた。
 ソラにここでしっぽを振り回さないようお願いしたところで、入り口にメイドさんやコックさん達がチラチラとこちらを覗いているのに気が付いた。
 いい匂いにつられてきたのか、小娘が料理をするのが珍しいのか、まぁどちらかでしょう。
 ポーチから紅しょうがを取り出しスタンバイする。
 あとは味噌汁と葉物の和え物を作って簡単な昼食の完成だ。

「あの、盛り付けを手伝ってもらえませんか?   あと私、偉い方々に給仕をしたことがないのでお願い出来ませんか?」

 そう声を掛けると流石はプロ。瞬時に盛り付けの担当と給仕係に別れてあっという間に配膳されていった。
 ソラとワサビちゃんの分を盛り付けて二人に渡し、私も慌てて後を追った。


 結果的にはみなさんとても喜んでくれていた。
 こちらの世界にはやっぱりどんぶりご飯がないそうで、見たことも聞いたこともない料理に感心したり唸ったりしながら美味しそうに完食してくれたのだ。

「お口にあって良かったです!」

 よほど満足したのか、ハワード様からは城の料理人に調理指導する仕事をしないかと言われたが、丁重にお断りした。
 出来ればお城に近づきたくなかったのと、アルクさんから黒いオーラをひしひしと感じたからだ。

「不思議なものですね。なんだか身体中から力がみなぎってくるようです」

 ルーベルさんが自分の両手をまじまじと見つめている。

「それがえみの魔力です。彼女の魔力には人の中に眠る力を呼び覚ます効力があるようなのです。そのおかげで、勇者になりうる少年の存在を知ることができ、さらにレンや私の魔力も覚醒しました」

 え?   アルクさんも??   うそ!!

「稀にみる精霊の進化をもうんだ訳か。確かに底が知れんな」

 ウォルフェンさんが難しい表情を浮かべている。

「ですが、えみ自身魔法を使える訳ではないのです。彼女の料理を食べたものだけに影響を与えるようで」

 会話に入ってはいけないような気がして、空になった食器を下げながら聞き耳を立てる。

「そこだ。俺が気になるのはそこなんだ」

 ハワード様が引き受ける。

「それを利用すれば、特に魔力の高い者を見つけ出すことが出来ると思わないか?」

 全員の視線がハワード様へと向けられた。突拍子もないことに私も含めて皆唖然としている。

「えみ殿の力でアルクのように魔力を覚醒させると言うことですか」

 ローガンさんの鋭い視線がハワード様へ突き刺さっている。私ならとても耐えられない。

「それは難しいのでは?   対象がこの国の人間全てになってしまいます」

「確かにそうですが、それこそ勇者殿の案件を艦みれば、場所はある程度特定されるのでは?」

 ウォルフェンさんとルーベルさんが議論を重ねていく。
 魔物が魔力の高い人間を狙うというのを逆に利用するということか。
 確かにシャルくんのような人がいる可能性は高いと思う。

「ここ数ヶ月で襲撃を受けた街、村を中心に調査を行うための派遣部隊を組織する。そのメンバーにえみも加わってもらいたい」

 ハワード様の真っ直ぐな視線がこちらへと向けられている。

「私ですか……」

 やっぱりそうなりますよね。

「上手くいくでしょうか?   遠征先で炊き出しをすると言うことですよね?   対象の人が来てくれなければ意味がないですし、皆さん私の料理を食べてくれるとは限らないと思いますが」

「確かにそうですね。その辺は検証の余地があります。ですが、魔力の高い人間の側に精霊がいるのであれば、ある程度対象を絞る事は出来そうですね。まだ仮定の話になりますが」

 ルーベルさんも腕を組みながら考えてる様子。
 というか、私が行くことはもう決まっているかのようですね。


 アルクさんが椅子をならして立ち上がった。

「えみに最前線へ行けと?   確かに『黒の巫女』だが、一般市民だぞ。危険すぎる!!」

 アルクさんとハワード様の視線が交わった。
 一気にその場に緊張が走る。

「今君の個人的な意見はいらない。団長としての意見は?」

 少しの間、にらみ合いが続いてアルクさんが重い口を開く。

「私の部隊が出ます。ただ人を厳選し少人数で。調査が目的なら大人数よりも少人数の方が動きやすい。巫女殿の護衛にも戦力を集中出来ます。まず最優先にすべき地域を絞り、派遣は交代制に。兵の疲弊と戦意の低下を防ぎます。私の部隊ならすぐにその編成が可能です」

「いいだろう」

 ハワード王子が満足そうに頷いた。

「人選は私にお任せ頂きましょう」

 ローガンさんがどことなく嬉しそうにしている。
 アルクさんは全身から力が抜けてしまったかのように椅子にどっかりと腰を落とした。表情は見えない。

「明日の会議でこの案を通す。正式な発表がされたのち、改めてえみに通達する。心の準備をしておいて欲しい」

 ハワード様が締め、作戦会議はお開きになった。
 三人の団長さんはそれぞれ愛馬で、ハワード様は乗ってきた馬車で城へと帰って行った。
 アルクさんも自分の馬で団長さんたちと一緒に行ってしまったので、結局話はできなかった。


 こうして戦いへ赴く為の準備が着々と進んでいくのだった。
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