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第2章

13話―私、どうやら本当に巫女だったようです。

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 夜も明けきらない内から叩き起こされ、私はワサビちゃんと共に支度部屋へと連れ込まれていた。
 ワサビちゃんは眠気を振り払うことが出来ずに、立ったまま寝るという特技をあみだしつつある。
 かくいう私も欠伸を何度も噛み殺す。


 今日執り行われるのは、シャルくんが勇者として正式に国に認められる為の儀式だ。
 国王様立ち会いの元、正式に精霊と契約を結び、魔王に有効とされる女神様の魔力が込められた『聖剣』を賜るようだ。
 その儀式をまさかの私が行うという、冗談でもとても笑えない状況にも関わらず、ぐっすり眠ってしまった。
 おかげで体調は万全ですが。

 今はその儀式に向けての準備中だ。
 私本人がすることはほぼない。
 メイドさん達の指示に合わせて腕を上げたり、頭を動かしたり、時に寝そうになってカクンとなったりしているだけだ。
 聖水で体を清める為に丸裸にされた時は流石にいたたまれなかった。
 女神様にもう少し胸のボリュームを出しておいて貰えば良かったなぁと後悔した。
 そうして真っ白で不思議な肌触りの衣装を身に纏う。
 イメージとしては、ギリシャ神話に出てくる神々が身に付けているようなものだろうか。
 白は純真無垢の意味を持ち、「女神様のご意向に全て従います」という意味があるらしい。
 化粧はせずに、白粉だけはたかれる。
 女神様の前で素顔を隠すなど言語道断らしい。
 先に言っておいて欲しかった。
 知ってたら夕べちゃんとフェイスパックしてから寝たのに。
 髪は上品に纏められ、『ミランツェ』という女神様と同じ名前の生花が差し込まれた。とても優しい良い香りがする。
 心が落ち着く香りだと思った。
 ワサビちゃんも同様に衣装を着せられてはにかむ様子は、おませな女の子といった具合だ。

「ワサビちゃんとっても可愛いよ」

「えみ様もとっても綺麗です。女神様みたい」

 いやいやいや。あんな美人と一緒にされたら本物の女神様に怒られますから。


 丁度支度が整った時、部屋の扉がノックされた。
 やって来たのはハインヘルトさんだった。一緒にソラも入ってくる。

「これは……」

 私を見るなりハインヘルトさんが固まっている。
 恥ずかしいから何か言って欲しい。

「ほぉ。それなりになったではないか」

 それは褒め言葉なのか?
 と苦笑しながらワサビちゃんとソラと一緒にハインヘルトさんに付いて部屋を出た。


 案内されたのは、王宮の中の『儀式の間』と呼ばれる、円柱状の建物だった。
 今までいた王宮とは造りが全く異なっている。
 石造りで強固なイメージの王宮に対し、ここだけ真っ白な大理石で造られている。
 一定の間隔で立つ柱も太く真っ白だ。
 上部がステンドグラスになっていて、女神様や精霊たちが描かれているようだ。

「皆様お揃いです。宰相様がお手伝いくださいます。真っ直ぐ正面へお進みください」

 マジですか?
 リハとかなし?
 一気に緊張感が増した。
 ワサビちゃんが手を繋いでくれる。

「ワサビもお手伝いします」

「うん。ありがとう」

「転ばぬようにな」

 ソラがフフンと鼻を鳴らした。

「わかってるよ」


 ギシギシと大きな音を立て、重厚な扉が開かれた。


 中は円柱状に部屋になっていた。
 上部のステンドグラスはぐるりと部屋を一周しており、陽の光を様々な色に変えて室内へ落としていた。
 その美しさに目を奪われそうになったが、偉い方々の視線を一斉に浴びて震えた。
 中央が少し高い段になっており、その上で既にシャルくんが待っている。
 その奥に大きな椅子があり、国王様が鎮座していた。
 大臣クラスのおじ様方の間を通り、中央へと移動する。ハワード様も大臣達と同じ側、最前列にいる。
 睨んでやろうと思ったが、すぐ側にツェヴァンニ大臣がいたので止めておく。
 団長クラスの皆さんは壁に沿って剣を胸の位置に構えている。
 アルクさんと目が合って、ちょっと安心した。
 真面目な顔でウィンクしてくるの止めて欲しい。にやけるから。


「巫女殿、こちらへ」

 宰相様にいざなわれ、段の上へ移動する。
 シャルくんと向かい合う位置に立つと、彼がにこっと微笑んでくれた。
 聖騎士団の衣装なのか、今日のシャルくんは騎士の姿だ。
 白の詰め襟に金のボタン。アルクさんと違うのは、膝丈のブーツも白い事だ。
 胸のポケットにはミランツェの花が刺繍されていて、シャルくんが王子様ですと言われてもなんら不思議のない出で立ちだった。
 本当に勇者様なんだなぁ……


「これよりシャガール殿の…――」

 宰相様が声を張り上げたその時、頭の中に透き通るような女性の声が聞こえた。


――えみ。シャガール。貴女方にお願いがあります


「「!?」」

 シャルくんと顔を見合わせた。
 シャルくんも戸惑いを浮かべている。
 きっと同じ声が聞こえてる。
 どちら様でしょう?
 さっき見た限りでは、この部屋に女性は私とワサビちゃんだけですが。


――今から契約する四人の精霊を進化させてください


 どうゆうこと?
 精霊は姿形がずっと変わらない筈でしょう?


――貴女方の力ならそれが出来る筈です


 思わず後ろにいるワサビちゃんを見つめてしまう。
 ワサビちゃんのように、『器』を大きくしろということか?


――上位精霊へと進化させるのです。それが叶った時、私は貴女方にこの世界の全てをお話致しましょう


 シャルくんと顔を見合わせてしまう。
 彼も困惑しているようで、表情は固い。
 この世界の?
 もしかして今のって……

「「女神さま?」」

 シャルくんとハモってしまった。
 やっぱりそうなのか?
 進化させるってどうやるの?
 今すぐじゃないよね?
 もう少し具体的に言ってくれないとわかんないじゃん!


 うぉっほん!!
 宰相様の咳払いが聞こえて、シャルくんと同時に背筋を伸ばした。

「お二人ともよろしいですかな?」

 そう言えば、儀式の真っ最中だった!!

「それでは、黒の巫女殿よりシャガール殿へ魔道具を授与して頂きます」

 用意されていたのは、過去に魔王と戦った勇者が、当時装備していたと伝えられる三つの魔道具だった。千年前の代物だが、魔術で厳重に保管されていたそれらは当時のままなのだと言う。
 二つは『指輪』だ。
 魔力を増幅させる物と、転移魔法の魔方陣を記憶させる事が出来る物だった。
 最後の一つを手に取って、私は驚きのあまり声を失う。

「えみ?  大丈夫か?」

 シャルくんが心配そうに声を掛けてくれた。

「ごめんなさい……大丈夫……」


 それは『御守り』だった。


 私は大学受験の時、母に貰った。その時は合格祈願の御守りだった。
 そっと手に取る。
 これはもう大分傷んでしまっていて、御守りの字は読めなかったが、ついている紐や水引飾り、オレンジ色の布地に金糸で花菱が刺繍された一般的な物のように思う。
 これに魔道具としての役割はないはずだ。
 にも関わらず、大事に残っている。当時の勇者が、これを大切にしていた事が伺えた。
 千年前にこの世界へ来た異世界人は、やっぱり私のような日本人だったのではなかろうか。
 その人はどんな想いで共に戦う勇者へこれを渡したのか。
 一緒にいたのだろうか、別の場所で無事を祈ったのだろうか。
 どちらにせよそれを思うと胸が苦しくなった。
 手渡した私の様子が気になったのか、シャルくんが心配そうにこちらを見ていた。今は儀式の最中だからと、無理やり笑顔を張り付けた。


「では、精霊達との『契約の儀』を執り行う」

 ここでは私に出来る事は何もない。
 なので、段から降りてワサビちゃんとソラの隣に並んだ。
 シャルくんは一度にまとめて契約してしまうようで、四人の精霊達は彼の前でふよふよしている。
 火の精霊には『イグニス』、水の精霊には『レーゲン』、風の精霊には『アネム』、土の精霊には『ベルク』と言う名が与えられた。
 彼等は嬉しそうに互いに顔を見合わせて、それからシャルくんの右手へそれぞれキスをした。
 私がワサビちゃんと契約した時には何も感じなかったが、シャルくんは違った。
 彼の魔力量が尋常ではないことを知っていたつもりだったが、だったようだ。
 足元から風が巻き起こるとそれに炎と水と砂が混じった。そう見えているだけで、実際にそこに砂があるわけではないので、こちらへ降りかかることはない。
 それでも、炎も水も砂もあたかもそこへ存在しているかのように具現化され、その場にいた全員に見えていたようで、どよめきが起こった。
 長い時間では無かったが、足元から渦巻くように立ち上がりシャルくんを包み込んで天井へ抜けるように霧散して消えた。
 後にはキラキラと白い光が降り注ぐ。
 それがステンドグラスの光と相まって、シャルくんを幻想的に包み込んでいた。


 私は側にあった『聖剣』を手に取った。
 白銀の鞘に収まり、ずっしりと重い。
 未だ光が降り注ぐシャルくんの元へと近付く。
 宰相様は私が聖剣を手にした事に驚いていたようだったが、どうしても私は渡したかった。
 そうしなければならない気がしたのだ。
 私が段の側へ寄ると、光に気をとられていた立会人達がどよめいている。

「えみ…」

「シャルくんにこれを渡すのはすごく気が引けるの。貴方に全て背負わせてしまう気がして……」

 両手で持った聖剣へ視線を落とした。
 磨き上げられたそれは、人々の想いの結晶でもある。
 それを私達が託された。
 顔を上げて、シャルくんへと両手を掲げた。

「私が見届けます。必ず最後まで。だから一緒に頑張ろうね」

 シャルくんは表情を崩すと、右手でそれを掴む。

「ああ。よろしくな」

 聖剣と共にシャルくんが淡く発光した。頼もしい笑顔もまた輝いていた。


 国王様が立ち上がる。

「ここに勇者誕生を宣言する」


 拍手と歓声に包まれる。
 シャルくんはどこか誇らしげだ。十五とは思えない逞しい姿に頬が緩んでしまう。

 勇者誕生の瞬間だった。
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