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第2章
第二章完結記念番外編②——メアリの困惑
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『レンくんの姿が見えないの』
訓練場での急な立食形式での会食。その準備に呼ばれ、ようやく一息つけそうかと言うところで、えみからそう聞かされた。
急な討伐要請が掛かり、見習いだったにも関わらず、レンも現場に向かったのだと知った。訓練場のそこかしこから聞こえて来る話が、勇者と獣人のそれで持ちきりだったからだ。この騎士団に獣人なんて一人に決まってる。
レンが今まで隠して来た正体を晒してまで戦わなければならないような魔族が相手だったと言う事だ。
その事実に底知れぬ不安を拭えないまま、未だその場を離れられないえみに代わり、メアリは一人レンを探しに向かった。
訓練場の隅っこの方に設置された水飲み場にその姿を見つけ、ゴシゴシと荒っぽく尻尾の毛を擦っている後ろ姿を見つめた。
騎士になる以上、こんな風に突然魔族討伐に駆り出される事もあるだろう。
いつかはこんな日が来るだろうと分かっていた。
ようやく平穏な日々を過ごせるようになって来たところだったのに。
あんなトラウマを抱えたままの彼を、このまま戦場に送り出すような事をしても良いのか。
引き止めるべきだろうか。それとも、レンが覚悟を決めて貫き通そうとしている信念を応援すべきだろうか。
メアリの中には葛藤があったのだ。
調査隊に入りたいと言った事にも驚いた。騎士だから、魔力持ちだから、それとも……少しでも近くに居たいと、そう思ったからだろうか。
それを考えるとどうしてか胸の奥が騒めく。だから考えるのを止めた。
『護りたいものは変わらない』
メアリの心配をよそにそう言い切ったレンの瞳は、何かを吹っ切ったような、覚悟を決めたかのような、そんな迷いの無い目だった。
だったら自分は見守るだけだ。
いつでも帰って来られるように。
帰る先が安らげる場所であるように。
いつものように、いつも通りに。
握り返された手が信頼の証のような気がして、唯々嬉しかった。
夜会の当日。
突如としてやって来たエトワーリル嬢に、屋敷の使用人達が騒然とし、慌ただしいままいつものティータイムを迎えたのも束の間。
『メアリに付き合ってもらいます』
………………は?
夜会のエスコートをどうするかと言う話だった筈だ。そこでどうして私の名前が出るのかと、困惑を隠せないメアリをよそに、こちらへ視線を寄越すレンの表情は決して冗談を言ってはいなかった。
『彼女の事は信頼しているので』
そう言い切ったレンの言葉が、何故だか無性に嬉しかった。
ハワードの提案を蹴ってまで指名してくれた事に、悪い気はしない。ただ社交の経験が乏しい自分にきちんと務まるのか、それだけが大いに不安だった。
メリッサに引っ張り出されて大急ぎで準備をした。メアリよりは経験値を持っているメリッサにほぼほぼ委ねる。
一応メアリの家にも爵位はある。男爵家のため位は低いが、夜会やパーティーへの出席経験も全く無い訳ではない。それでも興味が薄かったせいか、そっち方面はからっきしだ。
それでもそんな娘の為に、母はいつか必要になるかも知れないからと、ドレスの準備はしてくれていた。一生着る事は無いだろうと思っていたのに、こんなにも突然その機会がやって来るだなんて。
何が何だか落ち着かないまま、唯心臓だけがずっとずっと煩いままだった。
「……悪かったな」
「え?」
見上げる先には騎士の正装に身を包んだレンの姿。会場のすぐ近くの扉の前で、順番が来るのを待っているところだ。
えみじゃ無いけど直視が出来ず、見上げたもののすぐに視線は前へ戻る。
「急に面倒事に巻き込んで」
「別にいいわよ。……びっくりするから、事前に言っといて欲しかったけど」
「次からそうする」
「ちょっと! 次なんてないわよ!?」
「勘弁してよ」と漏らすと、レンは可笑しそうにクスクス喉を鳴らした。
少し前までは考えられなかったその姿に、メアリは自然と笑みが零れた。
「昇格、おめでと」
「おぉ」
「無茶は、しないでよね」
「あぁ、分かってる。……メアリ、ありがとな」
「何が?」
「んー……いろいろ?」
「何、それ」
今度はメアリがクスリと笑う。
名前が呼ばれ、目の前の扉が開いていく中、隣のレンがメアリの方へと体を向けた。
「オレ、メアリがいてくれて良かった」
「な、何……それ……」
フッと緩く表情を崩すレンに、静まっていた心臓が思い出したかのように騒ぎ出す。
こちらに向かって差し出された手に、どういう訳か困惑してしまった。
レンなのに。
レンのくせに。
え……レン……だから……?
まさか……ね
やけに煩い鼓動を耳のすぐ内側で聞きながら、レンの手に自分のそれを重ねた。
手を繋ぐのなんて初めてじゃない筈なのに、今日はそわそわと落ち着かない。こんな事、初めてだ。
緊張しているせいなのか、レンの雰囲気がいつもと違うせいなのか、自分のこの格好と会場の異様な空気感のせいなのか。
このドキドキの意味が分からなくて戸惑ってしまう。
唯、レンに握られた手が熱くて熱くて堪らなかった。
訓練場での急な立食形式での会食。その準備に呼ばれ、ようやく一息つけそうかと言うところで、えみからそう聞かされた。
急な討伐要請が掛かり、見習いだったにも関わらず、レンも現場に向かったのだと知った。訓練場のそこかしこから聞こえて来る話が、勇者と獣人のそれで持ちきりだったからだ。この騎士団に獣人なんて一人に決まってる。
レンが今まで隠して来た正体を晒してまで戦わなければならないような魔族が相手だったと言う事だ。
その事実に底知れぬ不安を拭えないまま、未だその場を離れられないえみに代わり、メアリは一人レンを探しに向かった。
訓練場の隅っこの方に設置された水飲み場にその姿を見つけ、ゴシゴシと荒っぽく尻尾の毛を擦っている後ろ姿を見つめた。
騎士になる以上、こんな風に突然魔族討伐に駆り出される事もあるだろう。
いつかはこんな日が来るだろうと分かっていた。
ようやく平穏な日々を過ごせるようになって来たところだったのに。
あんなトラウマを抱えたままの彼を、このまま戦場に送り出すような事をしても良いのか。
引き止めるべきだろうか。それとも、レンが覚悟を決めて貫き通そうとしている信念を応援すべきだろうか。
メアリの中には葛藤があったのだ。
調査隊に入りたいと言った事にも驚いた。騎士だから、魔力持ちだから、それとも……少しでも近くに居たいと、そう思ったからだろうか。
それを考えるとどうしてか胸の奥が騒めく。だから考えるのを止めた。
『護りたいものは変わらない』
メアリの心配をよそにそう言い切ったレンの瞳は、何かを吹っ切ったような、覚悟を決めたかのような、そんな迷いの無い目だった。
だったら自分は見守るだけだ。
いつでも帰って来られるように。
帰る先が安らげる場所であるように。
いつものように、いつも通りに。
握り返された手が信頼の証のような気がして、唯々嬉しかった。
夜会の当日。
突如としてやって来たエトワーリル嬢に、屋敷の使用人達が騒然とし、慌ただしいままいつものティータイムを迎えたのも束の間。
『メアリに付き合ってもらいます』
………………は?
夜会のエスコートをどうするかと言う話だった筈だ。そこでどうして私の名前が出るのかと、困惑を隠せないメアリをよそに、こちらへ視線を寄越すレンの表情は決して冗談を言ってはいなかった。
『彼女の事は信頼しているので』
そう言い切ったレンの言葉が、何故だか無性に嬉しかった。
ハワードの提案を蹴ってまで指名してくれた事に、悪い気はしない。ただ社交の経験が乏しい自分にきちんと務まるのか、それだけが大いに不安だった。
メリッサに引っ張り出されて大急ぎで準備をした。メアリよりは経験値を持っているメリッサにほぼほぼ委ねる。
一応メアリの家にも爵位はある。男爵家のため位は低いが、夜会やパーティーへの出席経験も全く無い訳ではない。それでも興味が薄かったせいか、そっち方面はからっきしだ。
それでもそんな娘の為に、母はいつか必要になるかも知れないからと、ドレスの準備はしてくれていた。一生着る事は無いだろうと思っていたのに、こんなにも突然その機会がやって来るだなんて。
何が何だか落ち着かないまま、唯心臓だけがずっとずっと煩いままだった。
「……悪かったな」
「え?」
見上げる先には騎士の正装に身を包んだレンの姿。会場のすぐ近くの扉の前で、順番が来るのを待っているところだ。
えみじゃ無いけど直視が出来ず、見上げたもののすぐに視線は前へ戻る。
「急に面倒事に巻き込んで」
「別にいいわよ。……びっくりするから、事前に言っといて欲しかったけど」
「次からそうする」
「ちょっと! 次なんてないわよ!?」
「勘弁してよ」と漏らすと、レンは可笑しそうにクスクス喉を鳴らした。
少し前までは考えられなかったその姿に、メアリは自然と笑みが零れた。
「昇格、おめでと」
「おぉ」
「無茶は、しないでよね」
「あぁ、分かってる。……メアリ、ありがとな」
「何が?」
「んー……いろいろ?」
「何、それ」
今度はメアリがクスリと笑う。
名前が呼ばれ、目の前の扉が開いていく中、隣のレンがメアリの方へと体を向けた。
「オレ、メアリがいてくれて良かった」
「な、何……それ……」
フッと緩く表情を崩すレンに、静まっていた心臓が思い出したかのように騒ぎ出す。
こちらに向かって差し出された手に、どういう訳か困惑してしまった。
レンなのに。
レンのくせに。
え……レン……だから……?
まさか……ね
やけに煩い鼓動を耳のすぐ内側で聞きながら、レンの手に自分のそれを重ねた。
手を繋ぐのなんて初めてじゃない筈なのに、今日はそわそわと落ち着かない。こんな事、初めてだ。
緊張しているせいなのか、レンの雰囲気がいつもと違うせいなのか、自分のこの格好と会場の異様な空気感のせいなのか。
このドキドキの意味が分からなくて戸惑ってしまう。
唯、レンに握られた手が熱くて熱くて堪らなかった。
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