異世界で料理を振る舞ったら、何故か巫女認定されましたけども——只今人生最大のモテ期到来中ですが!?——(改)

九日

文字の大きさ
62 / 68
第2章

第二章完結記念番外編②——メアリの困惑

しおりを挟む
『レンくんの姿が見えないの』

 訓練場での急な立食形式での会食。その準備に呼ばれ、ようやく一息つけそうかと言うところで、えみからそう聞かされた。
 急な討伐要請が掛かり、見習いだったにも関わらず、レンも現場に向かったのだと知った。訓練場のそこかしこから聞こえて来る話が、勇者と獣人のそれで持ちきりだったからだ。この騎士団に獣人なんて一人に決まってる。
 レンが今まで隠して来た正体を晒してまで戦わなければならないような魔族が相手だったと言う事だ。
 その事実に底知れぬ不安を拭えないまま、未だその場を離れられないえみに代わり、メアリは一人レンを探しに向かった。


 訓練場の隅っこの方に設置された水飲み場にその姿を見つけ、ゴシゴシと荒っぽく尻尾の毛を擦っている後ろ姿を見つめた。
 騎士になる以上、こんな風に突然魔族討伐に駆り出される事もあるだろう。
 いつかはこんな日が来るだろうと分かっていた。
 ようやく平穏な日々を過ごせるようになって来たところだったのに。
 あんなトラウマを抱えたままの彼を、このまま戦場に送り出すような事をしても良いのか。
 引き止めるべきだろうか。それとも、レンが覚悟を決めて貫き通そうとしている信念を応援すべきだろうか。
 メアリの中には葛藤があったのだ。
 調査隊に入りたいと言った事にも驚いた。騎士だから、魔力持ちだから、それとも……少しでも近くに居たいと、そう思ったからだろうか。
 それを考えるとどうしてか胸の奥が騒めく。だから考えるのを止めた。

『護りたいものは変わらない』

 メアリの心配をよそにそう言い切ったレンの瞳は、何かを吹っ切ったような、覚悟を決めたかのような、そんな迷いの無い目だった。
 だったら自分は見守るだけだ。
 いつでも帰って来られるように。
 帰る先が安らげる場所であるように。
 いつものように、いつも通りに。
 握り返された手が信頼の証のような気がして、唯々嬉しかった。



 夜会の当日。
 突如としてやって来たエトワーリル嬢に、屋敷の使用人達が騒然とし、慌ただしいままいつものティータイムを迎えたのも束の間。

『メアリに付き合ってもらいます』

 ………………は?

 夜会のエスコートをどうするかと言う話だった筈だ。そこでどうして私の名前が出るのかと、困惑を隠せないメアリをよそに、こちらへ視線を寄越すレンの表情は決して冗談を言ってはいなかった。

『彼女の事は信頼しているので』

 そう言い切ったレンの言葉が、何故だか無性に嬉しかった。
 ハワードの提案を蹴ってまで指名してくれた事に、悪い気はしない。ただ社交の経験が乏しい自分にきちんと務まるのか、それだけが大いに不安だった。

 メリッサに引っ張り出されて大急ぎで準備をした。メアリよりは経験値を持っているメリッサにほぼほぼ委ねる。
 一応メアリの家にも爵位はある。男爵家のため位は低いが、夜会やパーティーへの出席経験も全く無い訳ではない。それでも興味が薄かったせいか、そっち方面はからっきしだ。
 それでもそんな娘の為に、母はいつか必要になるかも知れないからと、ドレスの準備はしてくれていた。一生着る事は無いだろうと思っていたのに、こんなにも突然その機会がやって来るだなんて。
 何が何だか落ち着かないまま、唯心臓だけがずっとずっと煩いままだった。


「……悪かったな」
「え?」

 見上げる先には騎士の正装に身を包んだレンの姿。会場のすぐ近くの扉の前で、順番が来るのを待っているところだ。
 えみじゃ無いけど直視が出来ず、見上げたもののすぐに視線は前へ戻る。

「急に面倒事に巻き込んで」
「別にいいわよ。……びっくりするから、事前に言っといて欲しかったけど」
「次からそうする」
「ちょっと! 次なんてないわよ!?」

「勘弁してよ」と漏らすと、レンは可笑しそうにクスクス喉を鳴らした。
 少し前までは考えられなかったその姿に、メアリは自然と笑みが零れた。

「昇格、おめでと」
「おぉ」
「無茶は、しないでよね」
「あぁ、分かってる。……メアリ、ありがとな」
「何が?」
「んー……いろいろ?」
「何、それ」

 今度はメアリがクスリと笑う。
 名前が呼ばれ、目の前の扉が開いていく中、隣のレンがメアリの方へと体を向けた。

「オレ、メアリがいてくれて良かった」
「な、何……それ……」

 フッと緩く表情を崩すレンに、静まっていた心臓が思い出したかのように騒ぎ出す。
 こちらに向かって差し出された手に、どういう訳か困惑してしまった。

 レンなのに。
 レンのくせに。

 え……レン……だから……?
 まさか……ね

 やけに煩い鼓動を耳のすぐ内側で聞きながら、レンの手に自分のそれを重ねた。
 手を繋ぐのなんて初めてじゃない筈なのに、今日はそわそわと落ち着かない。こんな事、初めてだ。
 緊張しているせいなのか、レンの雰囲気がいつもと違うせいなのか、自分のこの格好と会場の異様な空気感のせいなのか。
 このドキドキの意味が分からなくて戸惑ってしまう。
 唯、レンに握られた手が熱くて熱くて堪らなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

処理中です...