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エメラルドの習作

17.私、狙われてる?

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 夕食は燻製ハムをステーキ風に焼いたものと、レモンドレッシングのサラダ、具だくさんのトマトスープ、フランスパンだ。
 冷蔵庫の残り物をあり合わせて作ったけれど、みんなには好評だったので、良かった。
 今、キッチンでマリアが明日の朝食の仕込みをしている。パンは生地から手作りをするらしい。夜のうちに生地を仕込んで、冷蔵庫に保管しゆっくりと発酵させ、朝に成形して焼くのだそうだ。
 ゆっくり発酵するので、イースト菌も通常のレシピより少なくして、より、小麦の味を感じられるパンが仕上がるのだそうだ。

 ミトンは、ソファの上で丸くなってお休みしてる。エーミルは、スミス夫人の好意により客間を使って良いことになった。エーミルは、明日、保護者として兄が迎えに来るらしい。
 トカゲもどきの兄って……人……なのかな?

 私は自分の部屋に戻り、お風呂に入ることにした。入浴剤として、マリアから感想ラベンダーをモスリン製の袋にいれた物をもらった。手に持っているだけで、ラベンダーの良い香りがする。ちょっと甘いけれどすっきりした良い香りだ。
 猫足のバスタブにモスリンの袋を入れて、シャワーからお湯を出す。バスルームにラベンダーの良い香りが広がる。

 明日から出勤なのだけれど、気になることがある。マリアが言っていたことだ。だんだん被害者の発見場所が、コヴェント・ガーデンに近づいてきている、ということだ。一見普通の人に見える人物が、犯人像だとも。

 普通の人、というのが一番怖い。

 ま、でもコヴェント・ガーデンは観光地としても有名で、人通りが多いのが当たり前だから、妙な人につけ回されない限りは、何も起きないだろう。

 夜の静けさに、背後から妙な気配まで感じて、私はベッドに逃げ込んで早々に休むことにした。



 朝食は、これぞ大英帝国のモーニング・ブレックファーストだ!と言わんばかりの物がでてきた。
 焼きたての食パン、目玉焼き、ボイルされた燻製ソーセージ、焼きトマト、たっぷりのミルクティーに自家製マーマレードとバター。

 食パンは焼きたてを薄切りにし、かりかりにトーストされている。バターを塗って、黄金色のマーマレードを乗せる。一口かじると、パンのさくっとした歯ごたえに、甘すぎない、少しだけ苦味のあるマーマレードが口に広がる。

 おいしい……!

 焼きトマトは少し塩を振って食べる。中心部分がとろっとしていて、とってもジューシーだ。加熱したので甘さが増して、少しだけ酸っぱさがある。目玉焼きは半熟で黄身が濃厚な味がする。

 大変満足のいく朝食を終えて、私は身支度をしてから、出勤した。

 いいなー。ランチは何食べるんだろう。一緒に食べられないのが悔しい……!
 マリアと私は味覚が合うみたいだ。




 帰宅してからのディナーを楽しみに仕事を終えて、オフィスからでる。定時で帰宅するので、ちょうど帰宅ラッシュと重なる。私は通勤にチューブを利用している。アパートから最寄りのコヴェント・ガーデン駅に向かい、ピカデリー線に乗って、ピカデリーサーカス駅で乗り換えてチャリングクロス駅まで。
 どちらも有名観光地だから、それなりに乗り降りのある駅だから、妙な人に後をつけられないだろう、と思っていた。

 だけど、素人の私でも分かる、確実に誰かがついてきている。

 怖くて後ろを振り返れないが、スーツを着た何の変哲も無い、普通のサラリーマンが私の後をついてきているのだ。
 最初は、利用者の多い駅だからたまたま行き先が同じなのかと思っていた。だけれど、コヴェント・ガーデンの地下鉄の駅を出て、明日のご飯のためにマリアに頼まれた物を買いにマーケットに入ったら、同じように、その人物も入ってきたのだ。
 私は、籠を手にしたが、その人は籠を手にしていない。少量の買い物をするなら、籠は手に持たないだろう。でも、その人は商品棚に一度も目を向けないのだ。 私が頼まれたスティルトンチーズと、乾燥ひよこ豆の袋を籠に入れてレジに向かう。
 なぜか、その人は手に何も持たないままレジの直前までついてきて、先回りしてレジの出口で立っている。

 ここで初めて顔をみたが、知らない人だ。普通のサラリーマンだ。

 マリアの、事件の犯人は普通の人だろうと言った言葉が脳裏によぎる。

 怖すぎる……!なにあの人!マーケットにきて、店内うろうろして、買い物してないのにレジの出口で待っているとか。

 た、たぶん、私が気がつかないだけで誰かとレジで待ち合わせているのかも。店内をうろうろしてたのだって、待ち合わせ相手を探していただけかも知れないし。

 会計を終えて、私が店舗から出ると、なんというか、その、やっぱりその人は私の後をつけてきた。

 私を待っていたんですね-!
 じゃない!!

 私は、早足から走り出した。幸い買った物は軽いし、走るのに不都合はない。ただ、このまま変質者を後に付けたままでアパートに駆け込むのはまずいかもしれない。
 あそこ、女性ばかりの住まいだし。

 人通りの多いところを選んで、人混みに紛れながら遠回りして帰るしか無いか。

 私は信号が変わる直前の横断歩道を駆け抜けた。どうやらつけ回していた相手は、信号に阻まれたみたいだ。
 それでも気になるので、早足で後ろを気にしながら歩いていたら、向かいから来る人にぶつかってしまった。

「すみません」

 とっさに謝って、ぶつかった人を見上げる。さっきのサラリーマンではない。もっとカジュアルな服装をした青年だ。
 うーん……白色人種なんだけど、どこの国の人か分からない。ヨーロッパ系の人ってどこの国か見分けつかないんだよね。本人達に言わせると、明確な差があるっていってるけど。

「いえ、だいぶ背後を気にしているようでしたけれど、何か、困り事でも?」

 紳士の国!
 親切に声をかけてくれるのは嬉しいけれど、今の私には、元彼の所為でイケメンは信じられない。好意だけ、ありがたくもらっておきます。

「なんでもないです。体当たりしてしまってもうしわけありませんでした。失礼します」

 金髪碧眼、高身長、物腰柔らか、イケメン。なんて完璧なおとぎ話の王子スタイルだったけれど、私にとってみれば、あんまり良く思えない。女癖悪そうにしかみえないもの!
 彼には申し訳ないけれど、さっさとこの場を去ろう。 私は、もう一度謝罪して、足早に遠回りしながらアパートに帰った。

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