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婚約破棄

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「クローディ・デュ・リゴドー、貴女を魔女として認定し、婚約を解消する!!」

 豪奢な金髪に、青い瞳の絵本に出てきそうな王子が高らかに宣言した。

「ロレシオ様、私は魔女ではありません」

 今日は、ロレシオ様の誕生日のパーティだ。どうして私は、こんなことを言われなければならないのだろう。
 城の大広間で、これからダンスでもというところでこういう宣言をされ、今日一番の注目を集めている。

「魔女であると告発があった」

「告発だけを信じて、私の言い分は聞いて頂けないのですか?」

「本来であれば告発者は守られるべきであるが、今回は本人から同意を得ている。マーガレット嬢」

 ロレシオ様の背後に隠れていた、栗色の巻き毛のアップスタイルにした小動物のような令嬢がおずおずと進み出てきた。
 パステルイエローのレースがたっぷりヒラヒラしたドレスを着ている。

「はい、殿下。貴方のマーガレット・イザベル・ムレイでございます。私、クローディ・デュ・リゴドーを魔女として告発します」

 マーガレットはそういって、忌々しそうな表情をして私を指した。

「クローディは、怪しげな魔術を使って男達を誘惑しているのです。ヴァルプルギスの夜に外出し、集会に参加していたと噂で耳にしましたわ」

「私は魔術は使えません。なぜそのようなことをおっしゃるのでしょう。ヴァルプルギスの夜は皆様と同じように家にいましたわ」

 家族に聞けば分かること。私は夜に外出していないし、魔術だって使えない。
 神様の教えに背いたことだってないのに、よりによって悪魔の使いである魔女とするだなんて!

「まあ、私を嘘つき呼ばわりされるの!ゲヤゲ猊下もクローディを魔女と認定しましたのに?」

「敬称をつけなさい、マーガレット伯爵令嬢?私はクローディ・デュ・リゴドー。リゴドー侯爵家の娘です。伯爵家の娘が呼び捨てにして良い身分ではありません」

「やだ……ロレシオ様、怖い」

 私が少し強く言い返しただけで、マーガレットは目に涙をためて、両手で口を覆いロレシオ様の背後に隠れた。
 パステルイエローのドレスが、ロレシオ様の白い上着にまとわりつき、かなり密着しているのがわかる。
 ロレシオ様は金髪碧眼のハンサムだから気を引きたいのもわかるけど、露骨すぎる。

「そうやって、婚約者の居る男性に気安く触れるのも伯爵令嬢としてマナーがなっていません」

「僕とマーガレットは同じ学園の友人なんだ」

「私は殿下の通われている学園の生徒ではありません。それにここは、学園ではありません」

 ロレシオ様が学園に通われている子息令嬢と仲良くされているのは存じあげています。婚約者の居る男性に馴れ馴れしく近づき横取りしようと虎視眈々と狙っている令嬢がいるとも。

「クローディ嬢が学園に通わないで魔術に傾倒していったと聞いている。僕がもっと君に会いに行っていれば……」

「ロレシオ様は、頑張っていましたわ。それをこの女が頑なに会わなかっただけですもの」

 マーガレットがロレシオ様に寄り添い、腕に手を添えてそっと見上げた。
 ロレシオ様は、もしかしてあの事をご存じない?

「いや殿下、毎日私と……」

「私と?」

「いえ、なんでもありません」

 ロレシオ様が気がつかなかった、ということは私に興味が無かったというだけのこと。今更、話したところで私が魔女であるということは覆らないだろう。
 だって嫌な笑いをしながら、サボー・エル・ゲアゲ教皇が私を見ている。

「クローディ・デュ・リゴドーは魔女!異を唱える者は居りますまい」

 教皇が着る白地に金糸で刺繍を施し、各所に宝石をちりばめた豪華な衣装を重そうにしながら歩み出てきた。
 でっぷりとした体が重そうである。

「ゲヤゲ猊下、わざわざ夜会にお越しでしたのね」

 私の嫌みにゲアゲ教皇は鼻で笑った。
 今に見てろよ。ハゲ。

「魔女には鉄槌を!クローディ・デュ・リゴドーを火刑にせよ!!」

 ゲアゲ教皇の高らかな宣言に、野次馬根性で取り囲んでいた貴族達が熱狂的に声を上げた。観衆の輪が徐々に縮まり、城の衛兵達が私を捕らえようと駆けつける。
 長い槍を持った衛兵達が私を円陣に取り囲んで、槍先を向ける。

「お待ちください」

 このまま串刺しにされてもおかしくないという熱量の中で、一際玲瓏でのびやかな声がした。

「誰だ」

 最高の見せ場に水を差された教皇が、誰何する。

祝清翔トゥ・チンシャンと申します」

 黒髪に細面の美丈夫だった。
 鴉の翼のような髪を首元で緩く赤い紐で結び、肩から前に流している。白い面は意志の強そうな眉に、この国では珍しい細く切れ長の目。
 瞳の色は、黒曜石のように黒く思慮深さがにじみ出ている。
 背は高くすらりとした長い手足に、彼の人の出身国の衣装である黒地で地模様の入った深衣を着用していた。裾には金糸で竜の刺繍が施され、瞳には小粒のルビーが縫い付けてある。
 同じ金糸の刺繍に宝石をあしらった意匠でも、教皇よりも彼の服装のほうが上品である。

「きゃっ清翔様だわ!!」

 マーガレットは、嬉しそうに声を上げて先ほどまで捕まっていたロレシオ様を押しやって彼に近づく。

「東の小国の王が何をしに来た」

 ゲヤゲ教皇が彼をひと睨みした。
 祝清翔はまったく気にした様子はない。王と呼ばれているのは彼の出身国が郡国制で領地を治めているのが王でその上で支配をしているのが皇帝だからだ。彼の場合は、祝王と呼ばれるらしい。

「リゴドー嬢に結婚を申し込みます」

「この女は魔女だぞ」

「クローディ・デュ・リゴドー嬢は死んだと公表すればよろしいでしょう。僕は、家名などどうでもいいのです」

 祝清翔は、城の衛兵達の包囲網などに目もくれず一直線に私の前まで歩み寄り片膝を床に付いた。黒い深衣の裾から、深紅の先が尖った靴が覗く。私に手をさしのべ、私の右手をとって手の甲に唇を触れさせた。

「貴女の青い瞳のように澄んで真っ直ぐで気高い心の虜になりました。どうか、恋の奴隷である僕を哀れんで慈悲をくださいませんか」

「清翔様、そんな女なんかおやめになって!!!ここに、もっと相応しい者がおります」

 いままで聞いたことが無いような美辞麗句の口説き文句に一瞬、意識が遠くなったがマーガレットの無遠慮な声に目が覚めた。
 それでも、意味が分かり頬が熱くなるのを止められない。
 祝清翔は立ち上がり、私の耳元で囁いた。

「貴女の正体を知っています。クリスティアン」

 ど、どこでその名前を知った!!!

「!!お受けいたします。家名もいらぬと言った貴方の言葉を信じましょう」

 野次馬達がわっと歓声を上げた。祝福の声だ。
 そうか、祝清翔がプロポーズをしたことによって魔女への糾弾から、長い思いが実った求婚の場に話をすり替えたんだ。

「さて、魔女認定された場合ご家族や、一族の皆様はどうなるのでしょうか?」

「リゴドー家はお取りつぶし、リゴドー家が秘していたドラゴンストーンの生成権は全て我々教会が管理する。直系の一族は全員絞首刑だ」

「リゴドー家の一族の皆様も、僕が引き受けましょう。全員、祝氏が歓迎しましょう」

 祝清翔は、私に手を差し出してエスコートをする。このまま会場を去ろうとしたとき、マーガレットが縋ってきた。

「お、お待ちになって!!清翔様はもう一度考え直すべきだわ。そんなブスより、私の方が美人ですし私と結婚すればムレイ伯爵家と縁続き。なんの取り柄もない侯爵家の家柄だけの地味女よりも、数倍も私の方がお役に立ちますわ」

「僕のクローディの方が美人です……おや、髪飾りはドラージュですか」

 祝清翔は、マーガレットの髪飾りに目を留めブランド名を言い当てた。

「そうよ、王都で流行しているブランドですのよ。伯爵家の令嬢として流行には敏感ですの」

 マーガレットが流行の髪飾りを自慢し、祝清翔の気を引こうとしているが祝清翔は、私にむかって意味深に微笑んだ。

「だ、そうですよ。僕のクローディ」

「なぜ、その女なのですの!清翔様。私は清翔様に選ばれるためにここまで来たのに」

 マーガレットは、目に涙を浮かべて訴えたが祝清翔はまったくマーガレットを見ていない。ずっと私の方を見ている。
 見すぎていて、怖いぐらい。私、そのうち穴が空きそう。

 まったく相手にされていないとマーガレットは見切りを付けたのか、くるりと優雅にターンしロレシオ様の元へ向かった。

「ロ、ロレシオ様!たとえ身分が違っても真実の愛の前には関係ない、そうでございますよね?私……、伯爵という生まれではございますが、他の誰よりも殿下に尽くすと」

「その通り!」

 ロレシオ様は、良いことを言った!とばかりにマーガレットの両手を握った。

「ロレシオ様……」

 先ほど祝清翔を見つめていたのと同じように熱く、マーガレットはロレシオ様を見つめ返している。

「さすが友人であるマーガレット。僕は、平民の身分であるクリスティアンを迎えに行こうと思う」

 ばっと決意と共にロレシオ様は、マーガレットの手を払う。
 狼狽えたのはマーガレットの方である。全部自分の思うとおりに進んでいると思ったら、大間違いだった。
「え?ロ、ロレシオ様?」

「貴女は祝清翔殿に失恋して、身もちぎれる想いだろうがそのように前向きな言葉を発せられるのは素晴らしいと思う」

「え、ちが……えっっ」

 これ以上見ていても、喜劇にしかならないしどうやらロレシオ様は私が魔女として火刑に処されたことにしてくれるみたいだから、祝清翔と一緒にお城を後にした。



「私ばかりではなく、家族や一族の者まで助けて頂いてありがとうございます」

 祝清翔は、非常にスマートな人だ。体格ではなく考え方がだ。どうやって約束を取り付けたかは知らないけれど王城の外に騎乗用の竜が待機していて、私と祝清翔の二人で騎乗している。
 竜ってこんなに安定して乗れるだなんて思ってもみなかった。

「貴女が手に入るなら、容易いことだ」

「どうしてそこまで私を?どこかでお会いしましたか?」

「直接は会っていない。少なくともあのご令嬢よりも知っている。『ドラージュ』は貴女がプロデュースしているブランドだ」

「あら、大貴族である祝様にまで知られているとはお耳汚しでした。でも、本当によろしいんですの?リゴドー家がリゴドー家たる所以は、ドラゴンストーンの生成権を独占していたからですわ」

「僕が知っているのは、麒麟石……この国ではドラゴンストーンと言うのでしたっけ……の生成はリゴドー家が独占しているが、特に純度の高い石はリゴドー直系の者しかできない。今はクローディ嬢が一手に握っている」

「よく調べておいでだわ。猊下ですら気がつかなかったのに。そう、リゴドー家から生成の特権を奪い取ったところでそれなりのドラゴンストーンは生成されますが、高額の値が付く純度の高い石は生まれません」

 ふふ。ドラゴンストーンを生成して驚くと良いわ。その驚いた顔が見れないのは残念だけど。

「リゴドー家は奇才の集まりだ。当主であるリゴドー侯爵から一年以上前から我が国への亡命の申し入れがあった。先月、一族の方全員が我が国への亡命が完了している。本家だけが最後まで踏みとどまり王家を……教皇を欺いていたのだろう?」

 祝清翔は呆れていった。一年以上前から、教皇がドラゴンストーンの権益を巡って何かを仕掛けてくるとお父様は気がついていたのだろう。そして、一族のみんなもそれに従った。
 わかるわ。変人の集まりだもの。

「父は一族の中でも変わり者で、私が十歳の誕生日の時に小切手を持ってきてこう言いましたの『この金額はお前が嫁入りするまでに我が家が与える全財産である。増やすなり、減らすなり好きにしろ。最低限の衣食住は保証するが、夜会のドレスなどはここから捻出するように』と。少々の宝石と合わせて」

「それは、また愉快な人だ」

 祝清翔は笑った。丁度抱えられるようにして竜に騎乗しているから、笑い声が耳元をかすめてこそばゆい。

「焦りました。夜会のドレスはとても高価で、もらった小切手では一度ドレスを購入したら尽きてしまいます。私は、商いに手を出し投資をすることにしました」

「それが、王都で人気を博しているファッションブランド『ドラージュ』そして、行列のできるカフェ『イヴ』だ」

「すべてが最初からうまくいっていた訳ではありませんわ。経営に時間を割かねばなりませんでしたので、殿下のお誘いもあったのに学園に通うことは断念しなければなりませんでしたし」

「『イヴ』では大変人気の店員がいたようですね。クリスティアンという美人の。ロレシオ殿下もあしげく通ったとか。確かに、月の女神のように美しい。僕も毎日通いますね」

 私がくすぐったがっているのが分かったのか、祝清翔は私の耳元で囁く。
 クリスティアンと名乗り、時折カフェで店員をしていたことも祝清翔は知っているらしい。

「も……もう、からかわないでくださいませ!ロレシオ殿下は、私であるとまったく気がつかれなかったので残念ですわ。それなりにうまくやっていると思っていたのですが」

「僕の前で他の男、特にロレシオ殿下のことは禁止だ」

 私の額に唇を這わせるように祝清翔は、囁いた。私は頬が熱くなるのを自覚しながら返事をした。

「はい、祝様」



「クリスティアンがいない?」

 後日、ロレシオ王子はクリスティアンを迎えに行った。しかし会えなかったので使いの者をやったのだが、結果はからぶりであった。

「ご命令の通り、カフェ『イヴ』の店員を探しましたが昨日付けで退職したそうです」

「家は?」

「教えられた住所は嘘の住所で、近隣住民に聞き込みましたが、そのような人物はここら辺に住んでいないと」

「え?そんなはずは」

「カフェのオーナーが信じがたいことを言っていまして」

「なんと?」

「クリスティアンは、侯爵家の令嬢だと」

「え……まさか。そんな……!」

 ロレシオの脳裏に、クリスティアンと話していた思い出がよみがえる。ずっと誰かに似ていると思っていた。それが、クリスティアンと婚約者であったクローディと像が結ばれる。

「侯爵家の当主が変わり者で、自分でお金を増やさないと夜会のドレスが買えないと言っていたそうです。まさか家の奥で大事に育てられるべき侯爵家の娘がそのような所に居るはずは無いと一笑しましたが」

「ああ……そんな、何てことをしてしまったんだ」

 自分の恋をしていた相手が、正しく婚約者であったクローディであった事を知りロレシオは激しく後悔した。
 クローディとリゴドー一族は、処刑されたと国王名義で発表されリゴドー家の持っていたドラゴンストーンの生成権は教会へと移された。
 もう、リゴドー家を呼び戻すことはできない。



「なんだ、このクズ石は?」

「ドラゴンストーンの最上品になります」

 教皇に信徒達がドラゴンストーンを献上するが、ほとんど透き通っていない石を見て、教皇の機嫌は急降下した。

「以前は、もっと透き通り神の恩寵あらたかな石であったではないか!」

「リゴドー家が抱えていた腕利きの職人に作らせたものです」

「どういうことだ?出し惜しみしているのか?」

「それが、最上品を造りにはリゴドー家の直系しか知らない技術があるのだと」

「な、なんだと……!!あの女狐、それを知っていてあっさりと祝清翔に靡きおって」

「?リゴドー家は一家全員、処刑されたのですよね?」

「もういい、下がれ!」

 教皇は手に入れた権利がゴミクズだった事に今更ながら気がつき、敬虔な信者に八つ当たりをしていた。



「とても、よく似合っている」

 今日は、華燭の典である。国の伝統に従い祝清翔と私は赤を基調とした衣装を身に纏っている。会場にも赤色の飾りをふんだんに使っている。
 二人が過ごすことになる部屋まで赤い絨毯が敷かれ、天蓋も赤い薄布、寝具も赤色になっている。
 赤色はこの国の祝いの色らしい。

「そのように、じっと見ないでくださいませ」

 先ほどから祝清翔が私のことを上から下までじっとなめ回すように見ているのだ。
 今度こそ、私に穴が空きそう。

「今日という日が来るのをずっと望んでいた。貴女は覚えていないかも知れないが、一度だけカフェで会ったことがある。僕はあの国に来たばかりで困っていたところを貴女は親切に助けてくれたんだ」

「まったく覚えていません」

「平民出身ではないと気がついて、そこから調べる内に貴女の魅力の虜になったというわけだ」

「……本当に、口がお上手」

 祝清翔は本当によく口がまわる。こうやって口説いているときは瞳の奥が冷えているのだ。計算して言っていることがわかる。
 それでも、私のことを大切に思っているのは、わかる。口説いていないときは、私のことを優しく時にはデレッとした表情をしている。
 口説こうと思って頭を働かせすぎているのだろう。

「美しいものは讃えないとね。詩歌にして貴女に捧げようか」

「それよりも!私のやりたいことができる環境を用意してくれたことに、感謝を」

「ああ。この国はみんな商売が好きだからね。貴女の創り出す物は興味がわくだろうし、好きになるだろうと思ったんだ。たいしたことではないよ」

 祝清翔は、本当に私の好きなようにさせてくれた。一族のみんなは今まで通りやりたいことをやっているし、家族も普通に生活をしている。
 この国で手広く商売がしたい!と言った私を面白そうに見て、いろいろと助言をくれたり楽しそうに手伝ってくれたのは祝清翔だった。

「私にとって清翔様以上の人は見つけられません」

「そうか、僕もだ」

 私は祝清翔に抱きついてその頬に唇を寄せる。私が本当に魔女だったら、この幸せが長く続くように魔法をかけるのに。
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