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1.砂漠に住む者
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「ファルリン、そろそろ帰るぞ」
太陽が地平線に向けて角度を低くし、影が長くなる頃、駱駝に乗った一人の男が前方にいる一人の少女に声をかけた。
年の頃は、十代の後半の大人の女性と少女の中間のような雰囲気の娘だ。太陽のように赤い豊かな髪は、ターバンに隠れている。目はアーモンドの形をしていて、瞳は黒尖晶石の色をしていた。
ゆったりとした黒衣は、肩から胸にかけて鮮やかな赤色で細かな植物の刺繍がしてあり、共布の裾の広がったパンツを履いている。ターバンからは、刺繍糸で作った色とりどりの紐飾りが覗いていた。
彼女は整った顔立ちに、牝鹿のように伸びやかな四肢をしているため、同年代の少年達から、密やかな人気があった。
ファルリンと呼ばれた少女は、自分の乗っている駱駝の首を巡らし、休憩している駱駝たちに合図を送る。今日、寝るためにテントを張った場所に戻るためだ。 彼女は慣れたものでものの数分で、駱駝たちをまとめ上げ、一列に隊列を組んだ。
太陽が、地平線に少し姿が隠れるほどになり、空が紺碧と燃えるような赤のグラデーションに染め上がる。日中の暑かった気温を下げるように、冷たい風が砂漠を吹き抜ける。辺り一面、荒野だ。乾いた砂の匂いがする。
「あ、金星を見つけた」
紺色と橙色の境目の当たりで、彼女は視線を止めた。ひときわ輝く星を見つめる。金星《アルゾフラ》だ。彼女たち砂漠に住む者の信仰の対象の一つだ。
豊穣と水、財産、土地の女神であるアナーヒターは金星の女神でもある。遊牧民である彼女たちは、広大な砂漠で夜空で最初に輝く金星を昔から信仰していた。
(この時間が一番好き)
ファルリンは金星から、どこまでも続く砂漠の果てに沈んでいく太陽へと視線を移す。
「ファルリンは、そうやっていつも金星《アルゾフラ》を見つけているな」
ファルリンと同じ髪色で同じようにターバンを巻いた壮年の男性が苦笑した。顔立ちもどことなくファルリンに似ていて、親子であることが推察できる。
「だって、見つけやすいし綺麗だもの」
ファルリンは、男と駱駝を並べて供に砂漠の道をゆく。彼らが帰路につくのを合図に、羊を放牧していた他のバティーヤの人々も帰路につく。
完全に太陽が沈む前に、今日のキャンプ地へたどり着いた。80個ほどのテントが張られ、それぞれのテントの煙突から煙がでていた。どの家も夕食の準備をしているようだ。
ファルリン達は、駱駝を繋ぐと一番大きなテントに入った。
「おかえりなさい、ご飯はもうすぐできるわ」
テントの中では、ファルリンの母と妹たちが夕食の準備をしていた。テントの中央にある囲炉裏で、鉄板を置き、薄いパンを焼いている。その隣では濃く煮出した紅茶がふつふつと泡が立つぐらいに暖められていた。小麦の焼ける良い香りがテント中に広がっている。
囲炉裏を囲むように家族で円陣に座る。薄いパンに羊のチーズやバターを溶かした紅茶がいつもの食事だ。パンをちぎり、羊のチーズを溶かした紅茶に浸して口へ運ぶ。ファルリンが食事をしていると、同じように食事をしていた父親が、重々しく口を開いた。
「ファルリン、話がある」
「なんでしょう。お父様」
ファルリンは食事をする手を止めて、父親へと視線を向けた。そのいつになく重々しい口調に、母親や妹たちも食事の手を止める。
「数日前、王がお触れを出した。『王の痣を宿した選ばれし者は、王の前に出よ』と」
ファルリンは黙ってうつむいた。彼女の体には、王の痣の一つである王の盾を鎖骨に宿している。その痣のおかげで、彼女は類い希な運動神経と魔力に恵まれた。本来であれば、女性は放牧に加わらないのだが運動神経が見込まれ、駱駝に乗り放牧の手伝いをしていた。
「王のお召しだ、王の盾を宿す者として、王都へ向かえ」
族長であるファルリンの父親から、そのように命じられてからのファルリンの旅立ちまではあっと言うまであった。次の日には、砂漠に住む者たち全員が知っていた。離れた場所でキャンプしていた者たちも含めた全員だ。
旅立つ前日の夜、ファルリンは再び父親と対峙していた。
「ファルリン、王の妃も宿していることを他言してはならない」
テントの中の一番上等なクッションに座り、ファルリンの父親は族長の顔をして命じていた。
「なぜでしょうか」
ファルリンは、族長に対する正式な礼をしたのち、質問をした。もうここでは親子ではない。砂漠に住む者の族長とそれに従う者だ。
ファルリンは、王の盾の他に、王の妃という王の痣を宿していた。普通、王の痣は一人にひとつしか宿らないと言われている。
「王の盾は命を賭け王を守る存在だ。王の妃は文字通り、王妃となり世継ぎを作る存在だ。相反する。王の妃は、王に侍る女達がなることができるが、王の盾はお前にしか成れない」
「砂漠に住む者の誇りに賭けて誓います」
ファルリンは頭を垂れて承知した。
(私にしかなれない、唯一の王の盾)
「唯一の」という言葉の響きは、ファルリンの心を揺さぶる。誰かの、ただ唯一の人になりたいと願っていたのだ。
ファルリンは翌朝、砂漠に住む者総出で見送られる中、王都へ向けて旅立った。
太陽が地平線に向けて角度を低くし、影が長くなる頃、駱駝に乗った一人の男が前方にいる一人の少女に声をかけた。
年の頃は、十代の後半の大人の女性と少女の中間のような雰囲気の娘だ。太陽のように赤い豊かな髪は、ターバンに隠れている。目はアーモンドの形をしていて、瞳は黒尖晶石の色をしていた。
ゆったりとした黒衣は、肩から胸にかけて鮮やかな赤色で細かな植物の刺繍がしてあり、共布の裾の広がったパンツを履いている。ターバンからは、刺繍糸で作った色とりどりの紐飾りが覗いていた。
彼女は整った顔立ちに、牝鹿のように伸びやかな四肢をしているため、同年代の少年達から、密やかな人気があった。
ファルリンと呼ばれた少女は、自分の乗っている駱駝の首を巡らし、休憩している駱駝たちに合図を送る。今日、寝るためにテントを張った場所に戻るためだ。 彼女は慣れたものでものの数分で、駱駝たちをまとめ上げ、一列に隊列を組んだ。
太陽が、地平線に少し姿が隠れるほどになり、空が紺碧と燃えるような赤のグラデーションに染め上がる。日中の暑かった気温を下げるように、冷たい風が砂漠を吹き抜ける。辺り一面、荒野だ。乾いた砂の匂いがする。
「あ、金星を見つけた」
紺色と橙色の境目の当たりで、彼女は視線を止めた。ひときわ輝く星を見つめる。金星《アルゾフラ》だ。彼女たち砂漠に住む者の信仰の対象の一つだ。
豊穣と水、財産、土地の女神であるアナーヒターは金星の女神でもある。遊牧民である彼女たちは、広大な砂漠で夜空で最初に輝く金星を昔から信仰していた。
(この時間が一番好き)
ファルリンは金星から、どこまでも続く砂漠の果てに沈んでいく太陽へと視線を移す。
「ファルリンは、そうやっていつも金星《アルゾフラ》を見つけているな」
ファルリンと同じ髪色で同じようにターバンを巻いた壮年の男性が苦笑した。顔立ちもどことなくファルリンに似ていて、親子であることが推察できる。
「だって、見つけやすいし綺麗だもの」
ファルリンは、男と駱駝を並べて供に砂漠の道をゆく。彼らが帰路につくのを合図に、羊を放牧していた他のバティーヤの人々も帰路につく。
完全に太陽が沈む前に、今日のキャンプ地へたどり着いた。80個ほどのテントが張られ、それぞれのテントの煙突から煙がでていた。どの家も夕食の準備をしているようだ。
ファルリン達は、駱駝を繋ぐと一番大きなテントに入った。
「おかえりなさい、ご飯はもうすぐできるわ」
テントの中では、ファルリンの母と妹たちが夕食の準備をしていた。テントの中央にある囲炉裏で、鉄板を置き、薄いパンを焼いている。その隣では濃く煮出した紅茶がふつふつと泡が立つぐらいに暖められていた。小麦の焼ける良い香りがテント中に広がっている。
囲炉裏を囲むように家族で円陣に座る。薄いパンに羊のチーズやバターを溶かした紅茶がいつもの食事だ。パンをちぎり、羊のチーズを溶かした紅茶に浸して口へ運ぶ。ファルリンが食事をしていると、同じように食事をしていた父親が、重々しく口を開いた。
「ファルリン、話がある」
「なんでしょう。お父様」
ファルリンは食事をする手を止めて、父親へと視線を向けた。そのいつになく重々しい口調に、母親や妹たちも食事の手を止める。
「数日前、王がお触れを出した。『王の痣を宿した選ばれし者は、王の前に出よ』と」
ファルリンは黙ってうつむいた。彼女の体には、王の痣の一つである王の盾を鎖骨に宿している。その痣のおかげで、彼女は類い希な運動神経と魔力に恵まれた。本来であれば、女性は放牧に加わらないのだが運動神経が見込まれ、駱駝に乗り放牧の手伝いをしていた。
「王のお召しだ、王の盾を宿す者として、王都へ向かえ」
族長であるファルリンの父親から、そのように命じられてからのファルリンの旅立ちまではあっと言うまであった。次の日には、砂漠に住む者たち全員が知っていた。離れた場所でキャンプしていた者たちも含めた全員だ。
旅立つ前日の夜、ファルリンは再び父親と対峙していた。
「ファルリン、王の妃も宿していることを他言してはならない」
テントの中の一番上等なクッションに座り、ファルリンの父親は族長の顔をして命じていた。
「なぜでしょうか」
ファルリンは、族長に対する正式な礼をしたのち、質問をした。もうここでは親子ではない。砂漠に住む者の族長とそれに従う者だ。
ファルリンは、王の盾の他に、王の妃という王の痣を宿していた。普通、王の痣は一人にひとつしか宿らないと言われている。
「王の盾は命を賭け王を守る存在だ。王の妃は文字通り、王妃となり世継ぎを作る存在だ。相反する。王の妃は、王に侍る女達がなることができるが、王の盾はお前にしか成れない」
「砂漠に住む者の誇りに賭けて誓います」
ファルリンは頭を垂れて承知した。
(私にしかなれない、唯一の王の盾)
「唯一の」という言葉の響きは、ファルリンの心を揺さぶる。誰かの、ただ唯一の人になりたいと願っていたのだ。
ファルリンは翌朝、砂漠に住む者総出で見送られる中、王都へ向けて旅立った。
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