マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉

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28.争いの種

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 ジャハーンダールは、借りた部屋のベッドの上で寝転がり何度も寝返りを打っていた。眠れないのだ。いつも、寝付きは良い方だが今日は、気になることがあって眠ることが出来ない。

(悩みってなんだよ。俺に相談できないことなのか?!)

 ファルリンが神殿の中庭で夜空を見上げていた姿が目に焼き付いている。夕日色の髪に鼻筋がすっと通った横顔、愁いを帯びた黒尖晶石にも似た艶のある瞳、健康そうでぷっくりとした唇。質素な貫頭衣カンドーラを着た体からは柑橘系の良い香りがした。
 おそらく、ハマムにあった石けんの香りだろう。同じ匂いが自分からもしているかと思うと、身悶えするような気分にジャハーンダールは襲われる。

(結構、信頼されていると思ったんだが)

 ファルリンは、自分の事を好いていると思っていた。だから当然信頼もされていて、悩み事があれば相談ぐらいしてくれるものだと思っていたのだ。
 だが、実際はまったく相談してくれない。そのことがジャハーンダールを落ち込ませる。

「眠れない」

 ジャハーンダールは、ベッドの上でごろごろ転がるのを止めた。

(まさか、この俺が枕を変えただけで眠れなくなるとは……)

 もちろん、自分自身でそんなことで眠れなくなっているわけではないことぐらい気がついている。
 でもそうやって自分を誤魔化さないといつまで経っても寝れそうにない。
 結局、ジャハーンダールが就寝したのは朝方だった。




 太陽のホルシード町から戻ってきたジャハーンダールをヘダーヤトはにやにやしながら、ジャハーンダールの執務室で待ち構えていた。
 ヘダーヤトは、何かを企んでいるときの顔をしている。

「進展あった?」

「何のことだ?」

「またまたぁ……あの娘と一緒だんたんでしょ?」

 にやにやとした笑みを深めて、ヘダーヤトはジャハーンダールをからかう。

「ば……馬鹿!あいつとはそういう関係ではない」

「あいつ?随分親しそう」

 ヘダーヤトは、ますます笑みを深めてジャハーンダールを追求する。

「そうじゃない。気が合うのは確かだが」

「……君がそういうのなら、放っておいてもいいが……大事ならきちんと側に置いておくんだ」

「どうした?急に」

 ヘダーヤトが急に真面目な顔になり、真剣な声音で話すのでジャハーンダールも聞き返した。

「マハスティと父親の財務大臣が積極的にアピールし始めた。どうも他の大臣達に根回しをして、正式に王妃候補になるつもりだろう」

「俺が許可しなければ、候補も何も……」

 ジャハーンダールは、一蹴しようとしたが言葉に詰まった。

「各大臣を脅しているな?弱みでも握って」

「まあそんなところだね。マハスティは王妃気取りで王宮を闊歩してるよ」

「やめさせろ」

「女神アナーヒターと一触即発だよ」

「……まあ、ある意味抑止力か」

「さすがに女神にはあまり強気には出られなかったみたいだけれど、マハスティは生粋の貴族令嬢だからね。衝突が絶えない」

 ヘダーヤトの報告に、ジャハーンダールはため息をついた。魔獣の襲撃についての根本的な対策が打てず頭の痛い問題だというのに、さらなるやっかい事が鳴り物入りでやってきたのだ。

「マハスティ対策は、あとで考えよう。他に、報告は?」

「カタユーンが、神話について調査した結果の報告書を持ってきていたよ」

 カタユーンは羊皮紙三枚にびっちりと文字で埋めた報告書を提出していた。ジャハーンダールが目を通す。すでにヘダーヤトは目を通しているようで、要点をかいつまんで話していく。

「カタユーンは、神殿に残る過去の天候の記録から干魃になったと思われる年の雨季の様子や、用水路の水量の移り変わりなどをまとめているみたいだね」

「神話や伝説は実際に起きた出来事を元にして作られたと考えたんだな……このうちの幾つかは今年の状況に当てはまらないか?」

「結構当てはまるんだよ。各地方都市にある神殿から用水路の水量が減ってきているという報告もあがっている」

 ジャハーンダールが雨季の時に雨が降らなかった場合の対策を立てる必要があるな、と呟く。

「それと、カタユーンの報告に面白いことが書いてあったよ。西側の国で出兵の準備が進んでいるらしい」

「こちらの国境を目指しているのではないだろうな?」

 西側の国々とヤシャール王国は国境を巡って何度も小競り合いを繰り返している。魔獣の襲撃で王都を守るのが手一杯な状況で、西側の国が侵略してきたらひとたまりも無い。

「これは、あくまでも僕の予想だけど」

「いいから話せ」

「8割ぐらいは、こっちに攻めてくると思うよ」
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