28 / 54
28.争いの種
しおりを挟む
ジャハーンダールは、借りた部屋のベッドの上で寝転がり何度も寝返りを打っていた。眠れないのだ。いつも、寝付きは良い方だが今日は、気になることがあって眠ることが出来ない。
(悩みってなんだよ。俺に相談できないことなのか?!)
ファルリンが神殿の中庭で夜空を見上げていた姿が目に焼き付いている。夕日色の髪に鼻筋がすっと通った横顔、愁いを帯びた黒尖晶石にも似た艶のある瞳、健康そうでぷっくりとした唇。質素な貫頭衣を着た体からは柑橘系の良い香りがした。
おそらく、ハマムにあった石けんの香りだろう。同じ匂いが自分からもしているかと思うと、身悶えするような気分にジャハーンダールは襲われる。
(結構、信頼されていると思ったんだが)
ファルリンは、自分の事を好いていると思っていた。だから当然信頼もされていて、悩み事があれば相談ぐらいしてくれるものだと思っていたのだ。
だが、実際はまったく相談してくれない。そのことがジャハーンダールを落ち込ませる。
「眠れない」
ジャハーンダールは、ベッドの上でごろごろ転がるのを止めた。
(まさか、この俺が枕を変えただけで眠れなくなるとは……)
もちろん、自分自身でそんなことで眠れなくなっているわけではないことぐらい気がついている。
でもそうやって自分を誤魔化さないといつまで経っても寝れそうにない。
結局、ジャハーンダールが就寝したのは朝方だった。
太陽の町から戻ってきたジャハーンダールをヘダーヤトはにやにやしながら、ジャハーンダールの執務室で待ち構えていた。
ヘダーヤトは、何かを企んでいるときの顔をしている。
「進展あった?」
「何のことだ?」
「またまたぁ……あの娘と一緒だんたんでしょ?」
にやにやとした笑みを深めて、ヘダーヤトはジャハーンダールをからかう。
「ば……馬鹿!あいつとはそういう関係ではない」
「あいつ?随分親しそう」
ヘダーヤトは、ますます笑みを深めてジャハーンダールを追求する。
「そうじゃない。気が合うのは確かだが」
「……君がそういうのなら、放っておいてもいいが……大事ならきちんと側に置いておくんだ」
「どうした?急に」
ヘダーヤトが急に真面目な顔になり、真剣な声音で話すのでジャハーンダールも聞き返した。
「マハスティと父親の財務大臣が積極的にアピールし始めた。どうも他の大臣達に根回しをして、正式に王妃候補になるつもりだろう」
「俺が許可しなければ、候補も何も……」
ジャハーンダールは、一蹴しようとしたが言葉に詰まった。
「各大臣を脅しているな?弱みでも握って」
「まあそんなところだね。マハスティは王妃気取りで王宮を闊歩してるよ」
「やめさせろ」
「女神アナーヒターと一触即発だよ」
「……まあ、ある意味抑止力か」
「さすがに女神にはあまり強気には出られなかったみたいだけれど、マハスティは生粋の貴族令嬢だからね。衝突が絶えない」
ヘダーヤトの報告に、ジャハーンダールはため息をついた。魔獣の襲撃についての根本的な対策が打てず頭の痛い問題だというのに、さらなるやっかい事が鳴り物入りでやってきたのだ。
「マハスティ対策は、あとで考えよう。他に、報告は?」
「カタユーンが、神話について調査した結果の報告書を持ってきていたよ」
カタユーンは羊皮紙三枚にびっちりと文字で埋めた報告書を提出していた。ジャハーンダールが目を通す。すでにヘダーヤトは目を通しているようで、要点をかいつまんで話していく。
「カタユーンは、神殿に残る過去の天候の記録から干魃になったと思われる年の雨季の様子や、用水路の水量の移り変わりなどをまとめているみたいだね」
「神話や伝説は実際に起きた出来事を元にして作られたと考えたんだな……このうちの幾つかは今年の状況に当てはまらないか?」
「結構当てはまるんだよ。各地方都市にある神殿から用水路の水量が減ってきているという報告もあがっている」
ジャハーンダールが雨季の時に雨が降らなかった場合の対策を立てる必要があるな、と呟く。
「それと、カタユーンの報告に面白いことが書いてあったよ。西側の国で出兵の準備が進んでいるらしい」
「こちらの国境を目指しているのではないだろうな?」
西側の国々とヤシャール王国は国境を巡って何度も小競り合いを繰り返している。魔獣の襲撃で王都を守るのが手一杯な状況で、西側の国が侵略してきたらひとたまりも無い。
「これは、あくまでも僕の予想だけど」
「いいから話せ」
「8割ぐらいは、こっちに攻めてくると思うよ」
(悩みってなんだよ。俺に相談できないことなのか?!)
ファルリンが神殿の中庭で夜空を見上げていた姿が目に焼き付いている。夕日色の髪に鼻筋がすっと通った横顔、愁いを帯びた黒尖晶石にも似た艶のある瞳、健康そうでぷっくりとした唇。質素な貫頭衣を着た体からは柑橘系の良い香りがした。
おそらく、ハマムにあった石けんの香りだろう。同じ匂いが自分からもしているかと思うと、身悶えするような気分にジャハーンダールは襲われる。
(結構、信頼されていると思ったんだが)
ファルリンは、自分の事を好いていると思っていた。だから当然信頼もされていて、悩み事があれば相談ぐらいしてくれるものだと思っていたのだ。
だが、実際はまったく相談してくれない。そのことがジャハーンダールを落ち込ませる。
「眠れない」
ジャハーンダールは、ベッドの上でごろごろ転がるのを止めた。
(まさか、この俺が枕を変えただけで眠れなくなるとは……)
もちろん、自分自身でそんなことで眠れなくなっているわけではないことぐらい気がついている。
でもそうやって自分を誤魔化さないといつまで経っても寝れそうにない。
結局、ジャハーンダールが就寝したのは朝方だった。
太陽の町から戻ってきたジャハーンダールをヘダーヤトはにやにやしながら、ジャハーンダールの執務室で待ち構えていた。
ヘダーヤトは、何かを企んでいるときの顔をしている。
「進展あった?」
「何のことだ?」
「またまたぁ……あの娘と一緒だんたんでしょ?」
にやにやとした笑みを深めて、ヘダーヤトはジャハーンダールをからかう。
「ば……馬鹿!あいつとはそういう関係ではない」
「あいつ?随分親しそう」
ヘダーヤトは、ますます笑みを深めてジャハーンダールを追求する。
「そうじゃない。気が合うのは確かだが」
「……君がそういうのなら、放っておいてもいいが……大事ならきちんと側に置いておくんだ」
「どうした?急に」
ヘダーヤトが急に真面目な顔になり、真剣な声音で話すのでジャハーンダールも聞き返した。
「マハスティと父親の財務大臣が積極的にアピールし始めた。どうも他の大臣達に根回しをして、正式に王妃候補になるつもりだろう」
「俺が許可しなければ、候補も何も……」
ジャハーンダールは、一蹴しようとしたが言葉に詰まった。
「各大臣を脅しているな?弱みでも握って」
「まあそんなところだね。マハスティは王妃気取りで王宮を闊歩してるよ」
「やめさせろ」
「女神アナーヒターと一触即発だよ」
「……まあ、ある意味抑止力か」
「さすがに女神にはあまり強気には出られなかったみたいだけれど、マハスティは生粋の貴族令嬢だからね。衝突が絶えない」
ヘダーヤトの報告に、ジャハーンダールはため息をついた。魔獣の襲撃についての根本的な対策が打てず頭の痛い問題だというのに、さらなるやっかい事が鳴り物入りでやってきたのだ。
「マハスティ対策は、あとで考えよう。他に、報告は?」
「カタユーンが、神話について調査した結果の報告書を持ってきていたよ」
カタユーンは羊皮紙三枚にびっちりと文字で埋めた報告書を提出していた。ジャハーンダールが目を通す。すでにヘダーヤトは目を通しているようで、要点をかいつまんで話していく。
「カタユーンは、神殿に残る過去の天候の記録から干魃になったと思われる年の雨季の様子や、用水路の水量の移り変わりなどをまとめているみたいだね」
「神話や伝説は実際に起きた出来事を元にして作られたと考えたんだな……このうちの幾つかは今年の状況に当てはまらないか?」
「結構当てはまるんだよ。各地方都市にある神殿から用水路の水量が減ってきているという報告もあがっている」
ジャハーンダールが雨季の時に雨が降らなかった場合の対策を立てる必要があるな、と呟く。
「それと、カタユーンの報告に面白いことが書いてあったよ。西側の国で出兵の準備が進んでいるらしい」
「こちらの国境を目指しているのではないだろうな?」
西側の国々とヤシャール王国は国境を巡って何度も小競り合いを繰り返している。魔獣の襲撃で王都を守るのが手一杯な状況で、西側の国が侵略してきたらひとたまりも無い。
「これは、あくまでも僕の予想だけど」
「いいから話せ」
「8割ぐらいは、こっちに攻めてくると思うよ」
0
あなたにおすすめの小説
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる