マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉

文字の大きさ
53 / 54

53.救国の聖女

しおりを挟む
 若き王の宣言に、一番に賛同したのは近衛騎士団の団長だった。彼は、ジャハーンダールが一介の魔術師として変装してまで近衛騎士のファルリンに会いに来ていることを知っていた。
 当初は、お互いのためにならないのでは無いかと思ったが、ファルリンはジャハーンダールの良いところを吸収し、近衛騎士として成長したしジャハーンダールは少しだけ、他人に対する当たりが柔らかくなった。お互いに良いところを影響し合っているのである。この上ない組み合わせと言えた。
 近衛騎士団の団長に続き、団員達までもが最敬礼で二人の仲を祝った。「王妃にする」とは言っていないのに、もはや決定事項のような雰囲気だった。

 日和見をしていた貴族達も、マハスティを支持していたままでは王の心証に良くないと判断し、口々に祝いの言葉を述べ頭を垂れる。
 いまや、ジャハーンダールとファルリンの仲を認めていないのはマハスティだけであった。
 ジャハーンダールは見事にファルリンとの仲を公に認めさせたのである。

「いずれ、ファルリンには王妃となってもらう。異存は無いな」

「彼女以外に相応しい人など、おりません」

 ヘダーヤトは、ジャハーンダールの問いかけに王が満足する回答をした。誰もヘダーヤトに異を唱えない。こうして、ジャハーンダールはファルリンを正式に「王妃候補」としたのであった。


 ファルリンとの仲を認めさせてからは、ジャハーンダールはファルリンを側に置いて何かとベタベタしていた。マハスティと仲が良かった頃を知る貴族達もその違いに、「あれは、単なる幼馴染みの友情だったのか」と認識を改めた。
 マハスティは、ジャハーンダールの「恋人」宣言から呆然とやりとりを見ていたが、やがてふらりと姿を消した。
 それを誰も追いかけようとはしない。さすがに、失恋の痛手も大きかろう、と誰しもが思ったのである。


 マハスティは誰も居ない裏の庭園のベンチを貴族令嬢らしからぬ様子で、苛立ち紛れに蹴り上げた。木製のベンチがひっくり返る。

「あの女……よくも、私のジャハーンダールを!」

 ひっくり返ったベンチをさらに蹴り飛ばす。

「憎たらしい。あんな貧相な女に本気になるなんて、騙されているんだわ!!」

「そうだね。みんな言っていたじゃ無いか。砂漠に住む者バティーヤを城にあげるのかって」

 マハスティは今までの発言を誰かに盗み聞きされていたと、慌てて態度を取り繕って当たりを見回す。
 物陰からでてきたのは、アシュカーンであった。

「あんたね!あんたが、祝勝会にでればジャハーンダールが私を認めてくれるっていうから出たのよ!!」

「君は、本当は認められるはずだったんだよ。だけど、運命のいたずらで認められなかったんだ」

「……ちょっと、何をいっているのよ。急に気味が悪いわよ」

 夢見るおとぎ話のお姫様のようになりたいと思っているマハスティだが、さすがに「運命」だのなんだの言われるのは信じ切れない。

「だって、君たち『運命の幼馴染みカップル』だったんでしょ?将来絶対に結婚するっていう状態だったんだよね」

「そうよ。私とジャハーンダールは幼い頃から仲が良くてお似合いって言われていたのよ」

「どうして、そんな二人が別れちゃったのかな?」

「決まっているわ!あの女、あの薄汚い砂漠に住む者バティーヤの女がジャハーンダールを魔法で操っているんだわ!!」

「そうそう、そうだよねぇ」

 アシュカーンの話し方が変わった。マハスティはこんな話し方をする男だったっけ?と疑問に思ったがファルリンへの腹立たしさの方が勝って、すぐにそのひっかかりは消えていった。
 アシュカーンは、一歩マハスティに近づく。アシュカーンの髪色が変わる。もう一歩、マハスティに近づく。今度は目の色が変わった。

「じゃあ、選ばれし乙女である君が救国の聖女にならなくちゃ」

 マハスティの正面で対峙したアシュカーンは、その姿をアパオシャの姿に変えた。マハスティは疑問を持たず、アパオシャから告げられた「救国の聖女」の言葉に心が躍る。

「わ、私『選ばれし乙女』ですの?『救国の聖女』ですの?」

「そうだよ、君は……神に選ばれた乙女さ」

 マハスティは、高笑いをしてアパオシャから差し出された手を取った。アパオシャは、マハスティに見えないようににんまりと、笑うとマハスティと共にその場から溶けるように消えていった。



 祝勝会から二週間が経った。ジャハーンダールは、旅装に身を包み、ファルリンと共に砂漠に住む者バティーヤの一族の放牧地へと向かう。身辺警護する騎士達は最少人数だ。
 結婚を申し込んだ男性が、誰しも通る道である彼女の父親に結婚の了承をもらいに行こうと言うのだ。国王であるジャハーンダールであれば、「召し上げる」という名目で、父親への挨拶など不要であるがジャハーンダールは、一般的な男性と同じようにファルリンの父親に了承を得ようと思っていた。

 ジャハーンダールはいつになく緊張した面持ちで、ファルリンは隣で駱駝に乗りながら、くすくす笑っていた。

「父は、そんなに厳しい人ではありません。……ですが……」

 ファルリンは言葉を止めて、思案している。なんと言おうと迷っているようだ。

砂漠に住む者バティーヤでは、力で解決しようとするところがありますから、その……」

「わかった。剣で勝負しろとかそういうことか」

「鷹匠や駱駝競争もありえます」

「善処しよう。鷹匠も駱駝競争もやったことはないが……」

 ありとあらゆることを学んだジャハーンダールでも、鷹匠や駱駝競争はしたことがない。その手の勝負となったときは、ファルリンの父親と交渉し練習時間を貰おうと考えていた。

 荒涼とした大地を駱駝で進み、やがて砂漠に住む者バティーヤの放牧地が見えてきた。
 駱駝を放牧しているのがファルリンの父親だ。




 久しぶりに帰ってきた娘が男連れだったこともあって、ファルリンの父親カームシャードの機嫌は最低であった。不機嫌さを隠そうともしない態度でテント内でファルリンとジャハーンダールと向き合って座っている。

「お嬢さんをいずれ我が妻、王妃として向かいいれたく参りました」

「ファルリンは、こんな青瓢箪でいいのか?」

 ジャハーンダールは、「青瓢箪」と言われるほど不健康に細身では無い。しかし普段から駱駝を乗りこなし狩りをしている生活の砂漠に住む者バティーヤの平均的な男達からすれば貧相であった。

 ファルリンは、不安そうな表情をしているジャハーンダールと見つめ合って答えた。

「ジャハーンダールが良いのです」

 娘の回答にカームシャードは手にしていた駱駝用の鞭を手で鳴らした。さらに機嫌が悪くなり、顔の表情は世界が滅んだかのようだ。

「俺と勝負をしてもらおう。騎射で競う。ちょうど神事もあるからな」

 話は終わったとばかりにカームシャードはテントからでていった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...