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2 御門の朝

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「―――」

それは、白桜がまことは女の子だと気づいているということか? そして、さきほどの人たちがひめみこと呼んでいたのはその人のことだろうか。

白桜と面差しが似ていて、彼らは間違えた。

「黒」

無月が黒藤の発言を気遣ってか、そう呼んできた。

黒藤は小声で制す。

「手は出すな。まさか本当に斎宮だったら取り返しのつかないことになる」

「……わかった」

しぶしぶといった感じで肯く無月。

御門邸に入るとき逆仁にかけられた霊力を抑え込む術式は今も有効なようで、無月の霊力の波動はいつもよりだいぶ小さい。

抱き上げられた白桜はきょときょとしている。

「斎宮様、さきほどご自分がわたしたちを呼んだとおっしゃいました。まことでしょうか? 我らの世界では、月の宮への道はすでにないものとされております」

「……君たちの世界ではここは、月の宮と呼ばれているのかい?」

斎宮は首を傾げる。

「はい」

「そうか。本当の名は、『月・天ノ宮(つき・あまのみや)』という。対をなす『月・地の宮(つき・ちのみや)』という場所もあるんだよ。そしてあの神殿が、月天宮。斎宮がいる場所だ。それは承知しているようだね?」

「はい。月天宮の存在は聞き及んでおります」

月の宮を統治する場所が月天宮。

そこを取り仕切るのは巫女である斎宮だ、と、黒藤は後継者教育の一環で教わった。

「あたしは白ちゃんに用があったんだよ、少年」

「白に……? 斎宮様は白のことをご存知でしたでしょうか」

「まあ、白ちゃん個人ではないんだが……いずれわかるだろう。今は君たちを帰そう。あたしの用も取り立てるものじゃない。ちょっと顔が見たかった程度なんだ。そのときが来れば、おのずと……。健勝でな、少年、白ちゃん」

斎宮が、白桜を抱いていない方の手を軽くかかげた。

光の球体が現れ、御門邸の三毛猫のときのように辺りを包んでいく。

「ああ、悪いが白ちゃんの記憶は奪わせてもらうよ。君と違って白ちゃんに憶えられていると面倒でね。ごめんね」

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