盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編40 ある意味公開処刑

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王都編40  ある意味公開処刑

 朝日の中、優しく揺り起こされて意識が浮上する。
 目の前にまず飛び込んできたのは乳白色の艶やかな布の海だ。
「んん……」
 まだ寝足りないと身動げば、滑らかな肌触りが心地良い。ふかふかの寝床に肌触りのよい寝具、嗅ぎ慣れた大好きな匂い。居心地最高のこの場所にうっとりしながらもう一度寝ようとしたところで瞼の上に少しカサついた何かが触れる。
「リア、そろそろ起きてくれ。遅刻するぞ」
 耳元で響く低くて甘い声音。んん、まだ良いだろう。仕事なんて領地の事くらいしか。
 そこまで思ったところで急に意識が覚醒する。そうだった、ここは領地じゃなくて王都だった。
「おはよう」
 額にキスを落としてくる男の姿にやっと今いる場所の事を思い出してきた。どうやらオルテガは風呂の中で寝落ちした俺の後始末をして自分の部屋まで運んで一緒に寝てくれたらしい。
「食事を用意したから食べよう。風呂には入るか?」
「……今朝はやめておく」
 昨夜散々痴態を晒した浴室に行く勇気はない。というか、暫くは色々思い出してしまいそうだから入れそうにない。
 いやー、それにしても起きるのが怖いな!立てる気がしないんだが!
 うっかり盛り上がってめちゃくちゃヤッてしまったが、残念な事に今日も仕事である。どうせなら今日にしとけばよかった。そうしたら明日明後日休みだったのに。惰眠貪り放題だ。
 余談だが、乙女ゲームの影響なのか、日本と同じくこの国では週七日制、土日が休みになっている。本来のシナリオ通りならステラは月から金は基本的には学園で、土日はそれ以外の場所で攻略対象者と会って絆を深めていくものだ。
「今日一日頑張ったら明日明後日は休み……」
 自分に言い聞かせながらそっと体を起こす。やっぱりあちらこちら痛い。調子に乗り過ぎた。久々で盛り上がり過ぎてしまったな。立てるだろうか。
 床に足をついて立ちあがろうとするが、あんまり力が入らない。やばい、生まれたての子鹿状態だ。
 そんな俺の状況を見て小さく苦笑すると当たり前のようにオルテガが俺の事を抱き抱えようとするので頭を軽く引っ叩く。まさかとは思うがこのまま抱いて連れていくつもりじゃないだろうな。
「待て。抱いて連れていくのは断固として拒否するぞ」
「何故?」
 不満そうに何故と来たか。ここは俺の屋敷ではなくお前の実家だろうが。俺の屋敷の方は領地でも散々見られてきたから別に良い…というかもう諦めたが、ガーランド家で見られた日には羞恥で死ぬ自信がある。
「お前の家だからだ。見られたら恥ずかしいだろう」
「今更では?」
 ぐぬぅ、痛いところを突いてくる。オルテガも何を今更と呆れたような顔をしているが、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。
 しかし、結局まともに立って歩く事も難しく、オルテガにがっつり腰を抱かれて歩く羽目になった。
 度々見かける家人達の優しい視線が辛い。もうガーランド家に来れないかもしれない。
 ポーションでも飲んでおけば多少マシになるかもしれないがあれは副作用でめちゃくちゃ眠くなる。最終手段は自分に回復魔法だが、体調が最悪になるのは領地で経験済みだ。
 とりあえずポーションだけはちょっと飲んでおこうと思いながらオルテガにエスコートされるまま食堂に着けば、エルカンナシオンとセレドニオがいた。二人は俺達の姿を見るとにこやかに迎えてくれるが、そのにこやかさがまた辛い。
「おはよう、リア君。昨夜は良く眠れた?」
「おはようございます。……ええ、ぐっすりでした」
 ニコニコ顔のエルカンナシオンの様子に既に俺とオルテガの間に何があったか悟られているのだろう。相手の親にもバレてるとか恥ずかし過ぎる。どんな顔すれば良いんだ!?
 羞恥心に顔が熱くなるのを感じて俯いていれば、セレドニオが苦笑する。
「フィン、やり過ぎだぞ。少しは自重しろ」
「手加減しないとリアと約束したので」
「まあ! 思いの外大胆なのね」
 ガーランド家の会話に深い溜め息を零す。何でこうもオープンなんだ、この家は。
「あの、これくらいで勘弁してください……」
 これ以上話されたら間違いなく羞恥心で死ぬ。
 震え声での命乞いに、漸くオルテガは俺の状況に気が付いたらしい。
「すまない、浮かれ過ぎた」
 あわあわと宥めているオルテガが面白いのか、彼の両親は微笑ましそうに笑みを浮かべるばかりだ。多分彼らにとってセイアッドもオルテガもいつまでも可愛い子供達なんだろう。
 幼い頃からの付き合いで両親を亡くした後、何かと気をかけてくれた二人はセイアッドにとって第二の両親のような存在だ。
 セイアッドとオルテガが抱えた想いも知っていたのだろう。そう考えれば、俺達がくっついた事で多少浮かれるのも仕方がないのかもしれない。めちゃくちゃ恥ずかしいけれど…!
「良いよ。私もなるべく慣れるようにするから……」
 セレドニオやエルカンナシオンが喜んでくれるなら、頑張ろうと思う。
 そっとオルテガの肩に頬を寄せれば、彼が安堵したように表情を柔らかくし、彼の両親が嬉しそうに微笑む。そんな様子を見てしまっては腹を括るしかないだろう。
「……でも、やっぱり少し手加減はして欲しい」
「仰せのままに」
 甘い声でそう言いながら俺の左手をとってキスを落とすオルテガはとても楽しそうだった。


 なんだかんだで和やかに朝食を済ませて身支度に入る。
 いつの間にかうちの侍女達がガーランド家にいるし、いつも着ている宰相用の正装を持ってきてくれたらしい。そして、それと見覚えのない物も。
 見た目は布製の帯のようだが、背面が編み上げになっている。これはあれか、コルセットか。
「マーサ、これは?」
「本日は必要かと思い、お持ちしました」
 ちくしょう、仕事の出来る侍女長が憎い。
 釈然としないまま身支度を始めるが、シャツの上からつけられたコルセットがまあきつい。ぐっと締め付けられて内臓が圧迫される。しかし、腰は確かに楽になった。
 女性はもっときついコルセットをしてるんだから頭が下がる。それにヒールを履いて颯爽と歩いているんだろう。俺には無理だ。
 これに上着を着て完成だが、今日はこの上着の重さが憎い。思わず溜め息を零せば、マーサが苦笑している。
「旦那様、溜め息が出てますよ」
「溜め息もつきたくなる。今日は忙しくなりそうなのに」
「自業自得でございますね」
 くすくす笑いながら言われた言葉にぐうの音も出ない。
「でも、旦那様がお幸せそうで本当に良かった」
 続けてしみじみと言われて少々気恥ずかしくなる。しかし、周りにこうやって祝福してもらえるのはありがたい事だと噛み締めておく。腹を括って受け入れてしまった方がなんぼか心が楽だから。
 ある程度支度が終わったところで部屋がノックされる。返事をすると入ってきたのはオルテガではなくダーランだった。
「お前がガーランド家に来るなんて珍しいな」
「頼まれ物があったからね。リアにはコレあげるー」
 そう言って差し出されたのは高級ポーションの入った瓶だ。会う人全員にお見通し状態でそんなに分かりやすいだろうかと落胆しつつも黙って受け取っておく。
「ダーラン、予定通りロールレーヴ劇場の支配人カートとの交渉を頼む」
「上手くいった感じ?」
「ああ。あの劇場はちょっと手を加えれば良い稼ぎになりそうだ。好きに荒稼ぎすると良い」
「え、何でもしていいの?」
 ダーランの言葉に一瞬躊躇する。金儲けの為なら悪どい事もやるし、一応主人であり親友でもあるセイアッドを平気で商売道具にする男だ。そんな男の「何でも」ほど恐ろしいものはない。しかし、俺のせいでダーランが本業に集中出来ないのもまた事実なのである。
「……好きにしていい。法律だけは犯さないように」
「わかってるって! 早速先生とお嬢に相談してくるわ!」
 そう言い残すと彼はあっという間に部屋から飛び出して行った。何でそこでレインが出て来るのか若干不安に思いつつも、あんなに楽しそうにしているダーランを見るのは久々だった。彼も溜まっていたんだろうと申し訳なくなる。
 風のようにいなくなったダーランと入れ替わるように今度はオルテガが部屋にやってきた。どうやら俺を迎えにきたらしい。
「そろそろ行こう。動けそうか?」
 オルテガの問いに慌ててダーランから渡されたポーションの蓋を開けて二口分ほど口に含む。ドロっとした人工的な甘さがあんまり得意ではないんだが、贅沢も言っていられない。
 飲むのと同時に少し体が軽くなるのを感じて久々にここが異世界なのだと思い知る。「俺」の生きている世界にもこれが欲しかった。中毒になる人間が続出しそうだが。
「行けると思う。コルセットもしたし」
 コルセット、という言葉にオルテガが驚いたような顔をした。そして、俺の手をとって立たせるとそっと抱き寄せられ、腰に腕を回されて確かめられる。
「細い……」
 そんなしみじみ言わないでも散々触って知ってるだろうに。そしてもやし体型を気にしている俺としては非常に不満である。
「お前と比べたら大抵の人間は細いだろう」
 自分の腕を組みながら不満気に言えば、オルテガが苦笑する。
「それはそうだが……この細い腰で俺を受け入れてくれているんだと思ったら、な」
 後半は耳元で囁く形ではあったものの、言われた言葉にボッと顔が熱くなる。同時に指先がコルセットの上から腰をなぞるような感触がした。本当にもう! このむっつりスケベめ!
 ぺしっと彼の腕を叩いて抗議して見せるが、オルテガは色っぽく微笑むばかりだ。昨夜散々貪り合ったせいか、そんな顔を見るだけで胎の奥が疼いたような気がして慌てて顔を逸らす。
 やばい、これ以上オルテガの色気を浴びたらどうにかなりそうだ。ただでさえオルテガの顔と声に弱いんだから。
 しかし、とことん俺を堕としたい男が絶好のチャンスを見逃してくれる筈もない。
 するりと顎に指先が纏わりつき、オルテガの方を向かされる。身長が彼の方が高いから自然と軽く見上げるような格好になるんだが、その角度から見るオルテガの破壊力ときたら…!
「リア」
 うっとりするような甘い声音で名を呼びながらキスしてこようとするので慌てて手で相手の顔を押しやった。途端に指の隙間から覗く夕焼け色の瞳が不満そうに細くなるが、今いる場所を良く考えて欲しい。
「人前ではダメだって言ってるだろう!」
 ここにはマーサをはじめとしたうちの侍女達がいるんだぞ!
「あら、私共のことはお気になさらず」
「だそうだが?」
 だがじゃないんだが!?
 人前で触れ合う事に非常に羞恥心を感じる俺には人前でキスなんて無理だ。しかも、この様子では軽いキスで済む気がしない。
「ーっ、ダメったらダメ!」
「……人前じゃなければ良いのか?」
「今から仕事に行くんだろうが」
 不満そうにしてもダメだ。ここで許可を出したら止まらなくなるのが目に見えている。今日はやらなきゃいけない事があるんだから気を抜けない。
 俺を抱き締めながら拗ねたような態度を取るオルテガの頭を撫でてやる。全く、良い年した男が堪え性のない。
「……帰ったら好きなだけ触れて良いから」
 オルテガだけに聞こえるように耳元でこそりと囁きかけると今までの不機嫌さが嘘のように吹っ飛ばしたオルテガが顔を挙げる。最近、この男に良いように言動がコントロールされている気がしてならないんだが、俺の気のせいだろうか。
 こうして釈然としないまま、ご機嫌になった男にエスコートされながら出仕する羽目になるのだった。
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