盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編51 倒錯的な貪愛

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王都編51  倒錯的な貪愛

 セックスは好きだ。
 快楽に呑まれている時は余計な事を考えずに、ただ相手の熱に溺れられるから。
 求めてくれる腕を、自分だけのものだと思い込めるから。
 だから、彼に求められると拒めない。例えそれが羞恥を煽るものであっても、だ。

 鏡の中、全裸の俺は大きく足を開いて全てを晒しているような状態だ。オルテガは俺の後ろに座り、鏡越しにそんな俺を見つめている。鏡の周りにもいくつか人物画があり、その目が全てこちらを見ているせいで大勢に見られているような気がしてならない。
「フィン、この体勢は恥ずかしいんだが……」
 文句を言って足を閉じようとするが、膝の上に置かれた手が許してくれない。うう、やっぱりさっきの意趣返しだろうか。
 いや多分これは怒ってるな。グビッシュに触らせた事も含めて全体的に今日は調子に乗り過ぎた。こうなったらオルテガが満足するまで許して貰えないだろう。ならば、しおらしく言う事を聞いておいた方が良い。
 オルテガに体を預けながら少し振り向いて直接彼を見上げる。俺が諦めた事を悟ったのか、唇が弧を描くのを見つめながら俺は内心でそっと溜め息をついた。こうなったら俺も楽しんだ方が得だろう。
 改めて鏡を見れば、艶やかな鏡面には俺の痴態が余す所なく映し出している。自分の性器はともかくとして後ろまで見る機会なんてなかなかない。男性同士の性交を繰り返していると形が変わると聞いた事があったが、割れるのは縦だったか横だったか。今の所はまだ大丈夫そうで内心ちょっと安心する。
 思考が他所に飛んでいると、現実に引き戻すように乳首を強く摘まれた。少々痛いくらいだが、それでも気持ち良く感じてしまって思わず腰が揺れる。
 今日は一度も後ろに触れられていないのだ。胎の奥が疼いて仕方ないのに、オルテガは焦らす様に決して触ってくれない。
「意地悪……早く欲しいのに……」
 甘い声で啼いて強請る。早く欲しい。熱い楔で胎を満たして、奥までめちゃくちゃにして欲しい。
「ダメだ」
 返ってくるのはつれない返事と優しいキス。意地の悪い笑みを浮かべながらオルテガが俺の首筋に軽く噛み付き、大きな手が掠めるように肌を這う。焦らす為のその動きに悶えながらどうすればいいのか、彼が何を望んでいるのか必死に考える。
「何でも言う事を聞くから……っ」
 咄嗟に口を突いて出たのは最後の切り札みたいな台詞だ。これを口にしてしまった以上、諸々の覚悟を決めなければならないが、本当にもう限界だった。そして、オルテガが欲しかった言葉でもあったようで、彼は嬉しそうに微笑むと「言質を取ったからな?」と念を押してくる。
 何する気なんだと僅かな理性が恐れ慄く一方で、快楽に染まった体と本能は何をされるのかと浅ましい期待をしてしまう。
 そんな俺に見せつける様にオルテガが何やら背後から取り出してきた。目の前に持って来られたのは木で出来た棒の様なものだ。しかし、その形はどう見ても男性器のそれである。
「さっきグビッシュの部屋で見つけたんだ」
 そう言いながらオルテガが俺の手元にそれを持ってくる。木製の張り型らしい。サイズはオルテガのモノよりずっと小さくて細いが、どう見ても硬そうだ。ニスが塗られていて滑らかに作られている様だが、挿れたら痛そうだしそもそもオルテガ以外の物を挿れる事に対する抵抗もあってふるふると首を横に振る。
「いやだ、フィン以外のモノなんて……」
「何でも言うことを聞くんだろう?」
「っ……!」
 慈悲も容赦もない一言と共に、ぬぷりと後孔に長い指が挿入される。同時に張り型を口元に押し当てられて困惑するが、鏡越しの黄昏はじっと俺を見るばかりだ。
 戸惑いながらも恐る恐る舌を出して張り型の先端に舌を這わせれば、満足した様にオルテガが微笑む。どうやら先程と同じ様にしゃぶって見せろという事らしい。
 渋々口に含めば、ゆっくりと出し入れされる。オルテガのものよりずっと細くて短いから大して苦痛もないが、形が形なだけに何となく嫌悪感がある。しかし、そんな嫌悪感も挿入された指が後孔を犯す事で直ぐに霧散した。
 長い指が胎を暴く。弱い所なんて知り尽くされている俺はあっという間に追い詰められていき、指だけでイカされるとそう思った瞬間だ。それまで大した動きがなかった張り型をいきなり喉の奥まで突っ込まれて思わずえずきそうになる。
「ぐっ!? ……んんんっ!!」
 不快感に顔を顰め、遺憾の意を示そうとするがオルテガは責め手を緩めなかった。挿入されていた指が前立腺を強く押し潰したのだ。張り型を咥えたまま絶頂に見舞われた俺は大きく体を震わせながらくぐもった悲鳴をあげるしか出来ず、白濁を吐き出すとぐったりと彼に体を預ける。
 一度イカせた事に満足したのか、オルテガが俺の口から張り型を引き抜いていく。鏡に映る俺は口の周りを唾液で汚し、陶然とした表情をしていた。絶頂の余波でぼんやりする思考の中、自分の唾液で濡れた張り型を何となく目で追っていると、オルテガはそれを俺の下肢へと近付ける。
 何をするつもりなのか気がついて余韻は一気に吹っ飛んで恐怖に体が強張った。やはり挿れる気なんだろう。
「嫌だ、他の事なら何でもするからっ」
 慌ててオルテガに縋り付いて懇願するが、彼は軽く首を横に振るだけだ。これはもう確定だ。オルテガは怒っている。どうやら調子に乗り過ぎて彼の逆鱗に触れていたらしい。
 縋る俺の腕を片手で押さえながら器用にオルテガが俺の後孔に張り型を挿入してくる。いつもとは違う感触のモノが胎の中に入ってくる感触にゾッと背筋が冷えた。細いとはいえ、オルテガ以外の男性器の形をしたモノが胎の中に在る事に言葉に出来ない嫌悪感を感じて吐息を零す。ゆっくりと焦らす様に挿入されるが、いつものに比べて長さも太さも物足りない所為か微塵も気持ち良くない。
「……あまり良くなさそうだな?」
「んん……っ」
 意地悪く訊ねながらゆっくり抽送される。動かされてもやはり気持ち悪いだけで、絶妙に欲しい所に届かなくて焦れてしまう。冗談抜きでオルテガでないとイケない体にされてしまったかもしれない。
 しかし、どんなに嫌ったって快楽に染められた体は正直だった。ぬぷぬぷと出し入れされているうちに嫌悪感よりも焦ったさの方が優ってくる。こんなものなんかより欲しいものがあるのに。
「こんなのじゃ足りない……っ」
 あまりの物足りなさに小さく零せば、鏡越しにオルテガが艶やかに微笑む。その笑みにドキリとしていれば、尻に熱いモノが擦り付けられた。その熱の正体に背筋が一気にゾワゾワする。
「どうして欲しい? 可愛い口で強請ってみろ」
 太い指が俺の唇をなぞり、低い声が先を言うように急かす。鏡越しに俺を見つめる黄昏色の瞳には熱が満ちている。そんな瞳を目の当たりにして堪らなくなってしまう。どんなに意地の悪い事をされても彼が愛おしくて仕方がないのだと思い知らされた気がした。
 四つ這いになって尻を高くあげ、交尾を強請る雌猫の様な体勢を取れば、鏡の中のオルテガの喉が大きく上下する。後孔にはまだ張り型が入っているが、彼からはどういう状態か丸見えだろう。
「フィンが欲しい……。こんな細い玩具ではなく、お前ので奥まで犯してくれ」
 俺の言葉に満足したのか、オルテガが獰猛な笑みを浮かべると俺に覆い被さってきた。


 ◆◆◆

 壁際に張り付いた男は鼻息を荒くしながら壁に開けられた小さな二つの穴を必死に覗き込んでいた。
 雄山羊の剣亭には性的欲求を満たす為に様々な仕掛けがあるが、この覗き穴もそんな仕掛けの一つだ。向こうには絵画が掛けられていて、その中の幾つかにこうして覗き穴が仕込まれている。
 薄い壁の向こうで繰り広げられている痴態に、男は堪らずに生唾を飲み込んだ。
 ずっと焦がれてきた月があられもない姿で他の男に組み敷かれ、犯されている。あまつさえそれを受け入れて善がり狂い、相手に縋り付いて甘い嬌声を挙げているのだ。
 多少似た面影を持つ青年を奴隷として飼って代わりにしてきたが、所詮は代替品でしかなかった。直ぐ目の前にはまがいものではない、本物のセイアッドがいる。されど、その体には触れる事すら許されず、こうして他の男に抱かれている姿を垣間見る事しか出来ないのだ。
 自身を模って作らせた特別製の張り型を使われた時には興奮したが、こんなものでは足りないと言われた事にショックを受けた。それだけ今目の前で焦がれている者を蹂躙する憎らしい男は何もかもがグビッシュに優っている。
 若さも逞しい体躯もテクニックも、穿ち犯す男の象徴も。何もかもグビッシュより遥かに上だ。そんな男に抱かれて歓喜の声を挙げる月はその美しい瞳を蕩けさせてもっともっとと甘く啼いている。
「良いものを見せてやる」
 去り際にそう囁いたオルテガはこれを見せつけたかったのだろう。怒りも憎しみも湧くが、それよりも未知の感覚がグビッシュの脳を侵していく。
 胸の中に渦巻くのはずっと焦がれていた月を奪われた強い怒りと男として敗北した事への深い屈辱感。そして、それを凌駕する悦楽。
 その感情が何なのか分からぬまま、グビッシュは無我夢中で壁に齧り付き、独りで兆した己を慰める。傍から見れば惨めな姿だが、グビッシュはそれにすら気が付かない。
 穴の向こうでは一際高い悲鳴と共にセイアッドが絶頂に達する。びくびくと痙攣する細い体を乱暴に突き上げていた男もまた二、三度腰を深く動かしていた。一滴残らず愛しい胎の中に撒かれた種を想像して、グビッシュもまた幾度目かの射精を迎える。壁を汚す白濁は受け止めてくれる胎もなく、行き場もなくしてだらりと垂れていく。
 濃厚な情事の余韻に意識が飛んでいるのか、くったりと脱力したセイアッドをオルテガが抱え上げた。そして、オルテガは鏡ではなく、グビッシュの覗いている絵画の方に向かって大きく足を開かせた状態でセイアッドの中から自らの楔を引き抜く。
 びくりと大きく体を震わせながらも脱力したままのセイアッドの後孔はぽっかりと口を開け、桃色に色付いた縁が名残惜しそうにひくついている。しかし、溢れてくる筈の白濁は少なく、己では届かない奥の奥に種付けされたのだと否応なく思い知らされた。
 一頻り見せつけたオルテガはグビッシュに一瞥を遣すと勝ち誇った様にセイアッドの唇を奪い、再び彼を蹂躙し始める。その光景にグビッシュは敗北感と恥辱に打ちのめされた。
 父子二代に渡ってずっと焦がれていた者を目の前で奪われ、雄としても負けた。
 その事実はこれまでこの酒場で王者として振る舞い、他者を支配してきた男の矜持をへし折るには十分だった。
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