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第三話 妖狐と不審死
2 女子の会
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数日後。しんしんと雪の降りしきる午後。
夜間不審死騒動は未だ解決を見ない。むしろ、事態は混迷を極めている。検死の結果、先日の家臣の死因は凍死だと判明した。深酒でもして薄着で眠ったのかと疑うが、どうやら彼は下戸だという。酒を飲む習慣などないのである。
謎は深まるばかりとはいえ、城での暮らしが変化するわけでもない。雪音はこの日も妖山の友、妖狸露の葉と河童娘なつめを招き上機嫌であった。
「では、なつめ。戸喜左衛門とは結局、東碧川沿いに住むことにしたのね」
東碧川とは、先日の北藍川氾濫により生まれた、龍兄弟の末っ子の川である。夏の終わりに婚礼を挙げたなつめと戸喜左衛門は新しい川のほとりに居を構えたというのだ。
「それで、天狗の旦那と河童の妻の暮らしってのはどんな感じなんだい。あたいの周りには、妖狸同士の夫婦ばかりなんだよ」
露の葉も、雪音と同じ十七の娘である。色恋話には興味津々だ。二人からの眼差しを受けた新婚のなつめは、顔中を赤くして熱い頬に手を当てた。
「はい、それはもう、優しくて」
「それは戸喜左衛門さんの性格の話だろ。そうじゃなくて、他にあるでしょ、天狗特有の面白い話が」
「そ、そうですね。……つるつるひんやりの河童とは一味違って、翼がふわふわで温かくて」
「へえ!」「まあ!」
「時々大きな木の上に連れて行ってくれるんですが、天辺で一緒にお昼寝する時も、翼でこう、私をふわっと包んでくれて」
「ほわー」「まあまあ!」
「あとはえっと……。って、ごめんなさい、恥ずかしくなってきちゃいましたっ」
なつめの肌は真っ赤である。友の初心な反応に、どこか擦れた風のある雪音となつめは、きゃあきゃあと黄色い声を上げている。年齢的には、なつめの方が年長であるのだが。
「そ、そういうお露さんは」
「ないよ! あたいにはそんな話がない」
色恋沙汰に縁のない露の葉が間髪を入れずに切り返す。矛先は雪音に向かった。
「そういやお雪の旦那は鬼じゃないか。どうなんだい。やっぱり鬼は大雑把で気性が激しいのかい。あたい、あの人に絞め殺されかけたこと、一生忘れないよ」
「お露だめよ、殿は人間だということになっているのだから。声を潜めて」
「あっ、ごめん」
「あれ、妖山様は噂通り鬼なんですか」
なつめが目を丸くするので、雪音は苦笑する。
「ええ。でも内緒にしてくださいな。ご本人は、誰にも気づかれていないと思っているのだから」
「はあ、気づいてるって早く言っちゃえばいいのにさ。その方がお雪も妖山様も変な気苦労がなくなるだろ」
「でもあの噓は、私を怯えさせないためについてくださっているものだから」
「ふうん?」
露の葉が眉を上げ、意外そうに雪音を見つめた。もの言いたげな視線に居心地悪さを感じ、雪音は少し尻の位置をずらした。
「殿は大雑把だけれど、気性は穏やかなの。少し繊細すぎるところがあるくらいだわ」
「私が言うのもおこがましいですが、妖山様はとてもお優しい方ですよね」
なつめが拳を握り、前のめりになった。
「だって、私が人間の生まれだと知っているのに、ちゃんと河童として扱ってくれるんですよ。以前、南蒼さんに『人間だろ』って言われたときも、『彼女は河童だ』って断言してくださって」
夫を褒められれば、心の奥にじんとした熱が灯る。雪音は無意識に胸に手を当てた。
「そういえば、最近は殿とゆっくりお話できておりませんの。ほら、近頃夜間に不審死をする殿方が多いでしょう。あやかしが関与しているのではないかと疑われていて、毎日忙しくしているのよ」
「ああ、妖狐があやかし三箇条を破って好き勝手しているんじゃないかって疑惑だよね。同じく化けるあやかしってことで、妖狸のあたいらまで変な目で見られちゃってさ、とんだとばっちりだよ」
「でもあれは、妖狐の仕業ではないわ」
「へえ? まあ、お雪が言うならそうなんだろうけど。じゃあいったい何が原因なんだい」
雪音は首を横に振る。
「まだわからないの。なつめは何か知りませんこと?」
「東碧川の方にはあまり被害が出ていないようで、まだ騒ぎにはなっていませんね。あの、お役に立てずすみません。気をつけて見ておきますね」
「助かるわ」
「あ、でも」
なつめがふと視線を上げる。
「戸喜左衛門様が言っていたのですが、最近、妖狐狩りをする人間が多いみたいです。今回の事件の報復でしょうか」
「それ、あたいも聞いたよ! あやかしに敏感ではない人間の中には、妖狐と妖狸の見分けがつかない人もいるんだとか。ああ、物騒で嫌になっちゃう。あ、そうだ。ねえ、お雪」
いたずらを思いついた露の葉の顔が、ぱあっと輝いた。
「狐狩りする奴らを逆に狩って遊ぼうよ」
「だめよ!」
雪音は顔を険しくする。
「妖山城主の妻が領民に危害を加えるなんて、あってはならないことだわ。裁くのなら、然るべき手順と方法で」
「何だい何だい。昔はよく男を誑かして遊んだじゃないか」
「まあ。人聞きの悪い」
「何が城主の妻だい。元々は、山際のおんぼろ館暮らしだったってのに、急にお高く止まっちゃってさ!」
「お露、そうじゃないのよ」
「もういいさ。しばらく会わないうちに、あたいの知ってるお雪はいなくなっちゃったんだ」
露の葉と雪音は祝言の晩に妖狸屋敷で再会するまで、もう何年も顔を合わせていなかった。だからといって雪音としては、会わない間に大きく変わったつもりはないのだが。
「ふんっだ!」
露の葉は鼻息荒く立ち上がり、足音を響かせて部屋を出て言った。
「あ、お露さん」
「いいのよ、なつめ」
露の葉の憤然とした背中を追おうと腰を上げたなつめを制し、雪音は嘆息する。
「お露とは今度きちんとお話するわ。なつめにはおかしなところを見せてごめんなさい」
「いいえ、そんな」
その時、ちょうど間を測ったかのように、近習の声がした。
「奥方様」
「何かありましたの?」
雪音に促され、見慣れた近習が廊下に膝を突き頭を下げた。
「観山城から客人がお見えでございまして、殿が奥方様にも同席いただきたいと仰せです」
「まあ、お客人」
雪音はなつめと顔を見合わせる。本日、来客があるとは聞いていなかった。つまり急な来訪なのだろう。いったい何事か。
「申し訳ないわ、なつめ。また次回ゆっくりお話ししましょう」
何とも後味の悪い解散となった。雪音は心の奥に暗澹たる思いを抱えつつ、近習に促されるがまま、来客を迎えるべく広間へと向かった。
夜間不審死騒動は未だ解決を見ない。むしろ、事態は混迷を極めている。検死の結果、先日の家臣の死因は凍死だと判明した。深酒でもして薄着で眠ったのかと疑うが、どうやら彼は下戸だという。酒を飲む習慣などないのである。
謎は深まるばかりとはいえ、城での暮らしが変化するわけでもない。雪音はこの日も妖山の友、妖狸露の葉と河童娘なつめを招き上機嫌であった。
「では、なつめ。戸喜左衛門とは結局、東碧川沿いに住むことにしたのね」
東碧川とは、先日の北藍川氾濫により生まれた、龍兄弟の末っ子の川である。夏の終わりに婚礼を挙げたなつめと戸喜左衛門は新しい川のほとりに居を構えたというのだ。
「それで、天狗の旦那と河童の妻の暮らしってのはどんな感じなんだい。あたいの周りには、妖狸同士の夫婦ばかりなんだよ」
露の葉も、雪音と同じ十七の娘である。色恋話には興味津々だ。二人からの眼差しを受けた新婚のなつめは、顔中を赤くして熱い頬に手を当てた。
「はい、それはもう、優しくて」
「それは戸喜左衛門さんの性格の話だろ。そうじゃなくて、他にあるでしょ、天狗特有の面白い話が」
「そ、そうですね。……つるつるひんやりの河童とは一味違って、翼がふわふわで温かくて」
「へえ!」「まあ!」
「時々大きな木の上に連れて行ってくれるんですが、天辺で一緒にお昼寝する時も、翼でこう、私をふわっと包んでくれて」
「ほわー」「まあまあ!」
「あとはえっと……。って、ごめんなさい、恥ずかしくなってきちゃいましたっ」
なつめの肌は真っ赤である。友の初心な反応に、どこか擦れた風のある雪音となつめは、きゃあきゃあと黄色い声を上げている。年齢的には、なつめの方が年長であるのだが。
「そ、そういうお露さんは」
「ないよ! あたいにはそんな話がない」
色恋沙汰に縁のない露の葉が間髪を入れずに切り返す。矛先は雪音に向かった。
「そういやお雪の旦那は鬼じゃないか。どうなんだい。やっぱり鬼は大雑把で気性が激しいのかい。あたい、あの人に絞め殺されかけたこと、一生忘れないよ」
「お露だめよ、殿は人間だということになっているのだから。声を潜めて」
「あっ、ごめん」
「あれ、妖山様は噂通り鬼なんですか」
なつめが目を丸くするので、雪音は苦笑する。
「ええ。でも内緒にしてくださいな。ご本人は、誰にも気づかれていないと思っているのだから」
「はあ、気づいてるって早く言っちゃえばいいのにさ。その方がお雪も妖山様も変な気苦労がなくなるだろ」
「でもあの噓は、私を怯えさせないためについてくださっているものだから」
「ふうん?」
露の葉が眉を上げ、意外そうに雪音を見つめた。もの言いたげな視線に居心地悪さを感じ、雪音は少し尻の位置をずらした。
「殿は大雑把だけれど、気性は穏やかなの。少し繊細すぎるところがあるくらいだわ」
「私が言うのもおこがましいですが、妖山様はとてもお優しい方ですよね」
なつめが拳を握り、前のめりになった。
「だって、私が人間の生まれだと知っているのに、ちゃんと河童として扱ってくれるんですよ。以前、南蒼さんに『人間だろ』って言われたときも、『彼女は河童だ』って断言してくださって」
夫を褒められれば、心の奥にじんとした熱が灯る。雪音は無意識に胸に手を当てた。
「そういえば、最近は殿とゆっくりお話できておりませんの。ほら、近頃夜間に不審死をする殿方が多いでしょう。あやかしが関与しているのではないかと疑われていて、毎日忙しくしているのよ」
「ああ、妖狐があやかし三箇条を破って好き勝手しているんじゃないかって疑惑だよね。同じく化けるあやかしってことで、妖狸のあたいらまで変な目で見られちゃってさ、とんだとばっちりだよ」
「でもあれは、妖狐の仕業ではないわ」
「へえ? まあ、お雪が言うならそうなんだろうけど。じゃあいったい何が原因なんだい」
雪音は首を横に振る。
「まだわからないの。なつめは何か知りませんこと?」
「東碧川の方にはあまり被害が出ていないようで、まだ騒ぎにはなっていませんね。あの、お役に立てずすみません。気をつけて見ておきますね」
「助かるわ」
「あ、でも」
なつめがふと視線を上げる。
「戸喜左衛門様が言っていたのですが、最近、妖狐狩りをする人間が多いみたいです。今回の事件の報復でしょうか」
「それ、あたいも聞いたよ! あやかしに敏感ではない人間の中には、妖狐と妖狸の見分けがつかない人もいるんだとか。ああ、物騒で嫌になっちゃう。あ、そうだ。ねえ、お雪」
いたずらを思いついた露の葉の顔が、ぱあっと輝いた。
「狐狩りする奴らを逆に狩って遊ぼうよ」
「だめよ!」
雪音は顔を険しくする。
「妖山城主の妻が領民に危害を加えるなんて、あってはならないことだわ。裁くのなら、然るべき手順と方法で」
「何だい何だい。昔はよく男を誑かして遊んだじゃないか」
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「何が城主の妻だい。元々は、山際のおんぼろ館暮らしだったってのに、急にお高く止まっちゃってさ!」
「お露、そうじゃないのよ」
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露の葉と雪音は祝言の晩に妖狸屋敷で再会するまで、もう何年も顔を合わせていなかった。だからといって雪音としては、会わない間に大きく変わったつもりはないのだが。
「ふんっだ!」
露の葉は鼻息荒く立ち上がり、足音を響かせて部屋を出て言った。
「あ、お露さん」
「いいのよ、なつめ」
露の葉の憤然とした背中を追おうと腰を上げたなつめを制し、雪音は嘆息する。
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「いいえ、そんな」
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「まあ、お客人」
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