シドの国

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使奴の国

第3話 生き残り?

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~見晴らしのいい草原~

 商人の馬車は通常の配送ルートを外れて草原を進んでいく。道中気前のいい3人組に貰った宝石を眺め、今晩のご馳走や娼館しょうかんの妄想にうつつを抜かす。その後ろでは、商売道具の傍で小さく正座しているラプーにラルバが質問を繰り返していた。

「ラプー!研究所までは後どれくらいだ!」
「このままの速度ならあと6時間くれーだ」
「長いなぁ6時間は……6時間は長い……」

 馬車に乗った時からずっと同じ質問を繰り返すラルバに、ラプーは眉ひとつ動かさず正確に答える。項垂うなだれるラルバを他所目よそめにラデックは鉄の塊を粘土のようにねる。

「気持ち悪いなソレ」

 金属が飴細工あめざいくの如く伸びたり膨らんだりする様子を見てラルバがつぶやいた。

「無機物も少しは改造できるって言っただろ、ほら」
「本当に少しだな……何を作ってる」
「基礎的な工具。研究所に侵入するのに要るだろうと思って」

 鉄の塊がいびつなレンチの形になると、ラデックは「よし」と呟いて近くの木箱から新しい鉄を取り出す。

「ラデック、それ役に立たなかったら尻ウナギの刑だってことを忘れるなよ」
「ウナギが可哀想だ」



~切り立った崖の上~

 研究所近くで商人に別れを告げた後、3人は崖から研究所の残骸ざんがいを見下ろしていた。

「まさかあれが研究所じゃあるまいな、信じぬ、私は信じぬぞラデック、一言も喋るな、ラプー、研究所はあれか?」
「んだ」

 ラルバは鬼の形相ぎょうそうでラデックの頭を掴み左右に揺さぶった。ラデックは眉を八の字に曲げ小さくうめき声を上げる。

「俺のせいじゃない」
「知るか、知らん、ラプー!この近くでウナギが獲れる場所は!」
「3時間前に休憩した湖に繋がる川が一番近いだ」
「ま、待て、研究所は頑丈だ。外壁がボロボロでもメイン設備は地下にあるから、崩壊をまぬがれている可能性がある」

 ラルバが揺さぶる手を止め、じっとラデックをにらみつけた。

「……ラプー、あの研究所の研究員は今どうしてる?」
「地下で機械を直してるだ」
「いやあすまんなラデック!やっぱりお前を連れてきてよかった!さあ扉を開け!すぐ開け!」

 ラルバは打って変わって上機嫌になりラデックを放り投げる。しかしラデックは受け身を取り損ね崖から落下した。

「おや、そんなつもりはなかった」

 崖を数十メートル転がり落ちたラデックはその場に倒れ込み、しばらうずくまった後にヨタヨタふらつきながら研究所へ歩き出した。

「よし、無事だな。我々も行くぞラプー」
「んあ」

 ラルバはラプーの頭を片手で鷲掴わしづかみ崖から飛び降りた。

~第四使奴シド研究所~

 薄暗い研究所は今日も機械音と足音、そして研究員のストレス発散に“サンドバッグ”を殴る音だけが響いている。

「オラァッ!!死ねっ!!」

 両手を後ろに縛られ座り込む使奴の女は、鉄パイプの殴打に一言も発さず中空を見つめる。

「くそっ!くそっ!おめぇらの所為せいで俺らばっかり損な役だっ!!」

 研究員の男が何度も大きく振りかぶって使奴の女を殴り付け、ぐにゃぐにゃにひしゃげた鉄パイプを放り投げ立ち去る。

「ああ、なんとむごいことを」

 天井のダクトの中からラルバが独り言を呟く。横ではラデックが双眼鏡を手に周囲を観察している。

「ラデック見たか?可哀想に」
「そうだな、救出するか?」
「え?なんで?」

 思わぬ返答にラデックは双眼鏡から目を離し硬直する。数秒考えてから再び双眼鏡に目をあてがい、研究員の男を追う。

「……端末は別の部屋か。見取り図が欲しいな」
「はい見取り図」

 ラルバが上着の胸ポケットから四つ折りにされた紙を差し出す。ラデックは驚きに目を見開いて受け取る。

「どこで手に入れた?」
「お前がふらふらと間抜けな顔で入り口こじ開けてる最中にラプーに作らせた。私は覚えたから持ってていいぞ」
「なるほど……肝心のラプーは?」
「戻ってくるまで隠れてろって言ったら消えた」
「なるほど……」

 地図に目を落としながら曖昧あいまいに返事をするラデック。ふと目をあげると、横にいたラルバは既に下に降りて使奴の女にちょっかいを出していた。

「うりうりー、あはは変な顔ー」

 見た目は10代前半の少女だが、ラルバと同じく真っ白な肌に黒い白目と、額に広がる黒いあざ。白髪の女が使奴シドであることは明白だった。あれだけ殴られたというのに傷ひとつないどころか、身を包む黒いスーツとミニスカートにも損傷はなく、寝起きなのではないかと思うほどにぼーっとした態度はうつろな目つきの無気力さをより強調している。
 ラルバが頬を何度も左右に引っ張ったり上下に伸ばしてもてあそぶも、白髪の女は一言も喋らずうつろな瞳でラルバを見つめている。

「ラデックー、こいつは何だ?私と一緒か?」

 ダクトから飛び降りたラデックがひざほこりを払い近づく。

「いや……こいつはだな。強化系の異能を持ってる」

 ラデックがポケットからナイフを取り出してバリアの腕を切りつける。

「うわあ酷い」
「大丈夫だ」

 そう言ってラデックがナイフを見せると、血がつくどころか鋭かった刃先はボロボロに刃毀はこぼれしており、使奴の腕には引っあとすら残らない。

「こいつを傷つけようと思ったらラルバが本気で殴り付けないと難しい」
「私が本気で殴りつけるとどれぐらいの傷がつく?」
「多分死ぬ」

 ラルバは首をかしげ言葉の意味を理解しようとするが、すぐに飽きて使奴の髪をわしゃわしゃともてあそび始めた。その間にラデックは使奴の手錠をねくり回し拘束を解いていく。

「こんなところで縛られているってことは、隷属化れいぞくかはされていないようだな」
「きっとあの悪党共にあんな事やこんな事をされてなぐさみ者にされたのだろう。ああ可哀想だ。胸がおどる」
「いや、服が脱がせられない。異能のお陰で性行為まではされなかったようだ」

 ラデックが上着のボタンを引っ張るが、どんなに引っ張っても千切れることはなかった。

「ほう……?」

 ラルバが口元に手を当て考え事をする。

「……てことはあの部屋のロックはまだ開いてなかったから……ラデック!地図!」

 拘束を解き終わったラデックはラルバに向き直ると、地図を取り出して広げる。

「この部屋!この部屋の中に使奴の生き残りがいる可能性は?」
「まあ……ない事はないが、ゼロに近いだろうな……」
「じゃあこの研究所の設備で使えそうなものは?」
「研究所内で使用できるものなら……標準なら拘束具や洗脳器具や毒ガス類……ただ洗脳器具はIDが無いと使えないのと、あと使奴的には首のとこに……」
「ふむふむ……ならば……」

 しばらく2人はヒソヒソと話を続け、突然ラルバが話をさえぎって大きく拳を突き上げた。

「これだ!!これで行こう!!」
「どれだ」

 ラルバは無視してズンズンと使奴の女に近づく。

「バリア!!私の仲間になれ!!」

 使奴は黙ってラルバを見つめる。

「悪党共をらしめる正義の旅路だ!ワクワクするだろ?な!?」

 ラルバが手を取り連絡通路へ走り出す。使奴は手を引かれ強引に走らされついていく

「はっはっはっはー!!ラデックは向こうだぞー!!」

 連絡路から反響する声に、ラデックは「うん」と小さく呟いて反対側へ歩き出した。



「全く……やってられんよ……」

 研究員の男は手元のパネルを操作しながらブツブツ独り言を漏らす。横にいた別の研究員は何度注意しても直らない独り言にうんざりしていた。

「いい加減にしてくれ!やってられないのは我々全員だ!そんなにストレスが溜まってるなら22番でも殴りに行け!」
「今朝行ってきたんだよ。いい加減飽きた……せめてエロい事でもできりゃあな……」

 独り言の男は大きくあくびをすると、上部のパネルに警告が出てるのが目に入った。

「……12培養室のロックがエラーを起こしているな。カメラは生きてるか」
「12?あの辺は事故が起きてからずっとオフラインだ。なんで今更警告が飛んできたんだか……」

 面倒臭そうに歩いてきた研究員は少し考え、そして2人は同時に顔を見合わせる。

「……生き残り?」
「まさか……」

 2人は大急ぎでガスタンクを背負い放射器を取り付けると、脇目も振らずに走り出した。

「生き残り!生き残り!未洗脳個体の可能性が高いぞ!!」
「オーナー登録受付状態の可能性まである!最高だ!」
「抜け駆けするなよ!2人で登録だ!」
「こっちのセリフだ!他の奴らには絶対バレるな!俺達で独占するんだ!」

 気味の悪い笑い声をこぼしながら、研究員2人はよだれを垂らして通路を駆け抜ける。ストレスに破裂寸前だった性欲や加虐心かぎゃくしんけ口を見つけた2人は、先程のうつろな表情とは打って変わって眼光をみにくく輝かせ、誕生日プレゼントを貰う子供のように全身で喜びを表す。カードキーを認証機に叩きつけ通路のロックを解きながら、毒ガスが充填じゅうてんされたタンクの重みも忘れハンドルを回し扉を開ける。

「この辺だこの辺!どっかにいるかも……!」
「おい!あれ見ろ!」

 研究員が指差した先には、濡れた裸足で歩いたような足跡が通路の先に伸びていた。

「いるいるいるいる!いるぞコレ!」
「急げ急げ!セーフティー外しとけよ!」

 ガス放射器の安全装置を外しガスマスクをつける。曲がり角からゆっくりと顔を出すと、全裸のラルバがキョロキョロと周囲を見回していた。

「いた!いた!おい!認証輪にんしょうりんは!?」
「待て!確認する!」

 1人が目元のダイヤルを操作してズーム機能を使う。するとラルバの首に赤い印――――ラデックの落書きが確認できた。

「認証輪はあるな……レベル2だ」
「オーナー登録は無理か……じゃあ拘束するしかないな!あっち回れ!」

 もう1人が通路の反対側に回り込む。研究員の2人は通信機で合図を出し合い、一気にラルバに向けてガスを噴射した。

「……っ!?いやぁあっ!!」

 あざとく悲鳴を上げたラルバが、怯みながら近くの部屋へと逃げ込む。

「追え追え!ガスで満たせ!」

 部屋の扉の隙間に銃口を突っ込みガスを噴射しようとする2人。しかしラルバはあらかじめ壊しておいた壁の穴から走って逃げる。

「クソッ!逃げたぞ!」
「絶対他の奴らに見つかるな!横取りされる!」

 2人が崩落した壁を超え部屋を抜けると、横の通路から走ってきた別の研究員2人とぶつかりそうになる。

「おっお前ら何でここにっ!」
「そりゃあこっちのセリフだ!持ち場はどうした!」
「エラーが出たから見回りに来たんだよ!」
「おいっ!逃げちまうぞ!」

 一触即発となりかけるが、男たちは顔を見合わせてからあわててラルバを追いかける。それからいくつか通路を抜けるたびに別の研究員と鉢合わせて、2人だけだった追跡部隊は数十人の集団に膨らんでいた。

「向こう!向こう回れ!」
「くっそ何でこんな事になったんだ!」
「押すな馬鹿!」
「通路塞げ!通路塞げ!」

 司令塔の存在しない即席の追跡部隊は、迷路のような研究所を右往左往しながら進んでいく。その醜態しゅうたいを監視カメラ越しに見ていたラデックは眉をひそめながらタッチパネルを叩く。

「これで23人だから……あと3人か。今ラルバはB3通路だから……残り時間は10分ないな……通信機が欲しい……」

 ラルバが“最後の部屋”に逃げ込む前に残りの研究員を誘き出そうと、プログラムにエラーを吐かせる。

「これで向かうだろうか。機械は苦手だ」

 数秒モニターを見つめていると、左上の部屋に“退出”の表示が3連続で光った。

「あーよかった」

 大きく伸びをしてから再びタッチパネルを叩いてマイクに語りかける。

「バリア、聞こえるか?あと5分もせずにラルバが来る」
「……うん」

 使奴の気の抜けた返事を聞いてからラデックは席を立つ。

「次はなんだっけか……」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら歩き、開きかけた自動ドアに肘をぶつけ悶絶もんぜつする。その後ろではオレンジ色の“研究員の現在位置”を知らせるマーカーが、群れをなして右上の“実験棟”へと向かっていた。
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