シドの国

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クザン村

第31話 踏み潰されるために生まれた命

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~クザン村 クアンタの家~

「ラルバ。バビィは今どこに?」
「近くにはいないよ。ハピネス、場所」
「担い手大堂の近くにいる。村の連中もその近く。暫くは平気だろう」
 未だ身を震わせるクアンタを気遣って、ラデックは目を爛々らんらんと輝かせるラルバをさえぎってクアンタに顔を寄せる。
「そも、生贄は何のためにある?クアンタは何のために死ぬんだ?」
「じゃ、じゃないと……たたりにうんです……」
「祟り?」
「はい……お告げのあった年は生贄を捧げないと、毎回人が死ぬんです……それも1人や2人じゃありません……前回の祟りでは、村人の半分が死んでしまいました……」
「お告げとは?」
「はい。“クザンの”がクザン様からのお告げをたまわるんです。先程担い手大堂の前にいた私の夫……バビィの家系がクザンの徒なんです。お告げが来たら速やかに生贄を捧げなければなりません……」
「……生贄に反対する者もいるだろう。一体どうやって従わせるんだ」
「従うも何も、この村の女性は皆生贄として育てられ、次の“担い手”を産み落としたらクザン様に捧げられる。クザン様のご機嫌を損ねないよう、女性は衣食住から何まで全て男達に制限されて育てられ、生贄に相応しいけがれなき身体を保ちます。特に食事なんか、お酒や煙草は愚かお肉や魚もろくに食べさせて貰えません」
「そうか…そのクザン様と言うのは?この村の守り神か何かか?」
 ラデックの問いにクアンタが答えようとすると、ハピネスが態とらしい咳払いで目線を集め割って入る。
「”魔人神話まじんしんわ“の派生だろうね」
「魔人神話?」
「ああ。”時の女神が空を塗り、星の魔人が地を埋める。人の魔人が世界を創り、大神様は微笑んだ“――――世界各地に広まる神話は、大体この魔人神話が派生元になっている。地方によっては星の魔人を宇宙そらの魔人と呼んだり、大神様を全知の魔人と呼んだり、そもそも出さなかったりもする。その他国によって様々だが、一番の共通項は”4人の存在が世界の全てを創った“という部分だ」
「魔人……そのうちの1人がクザン様か」
 クアンタは少し考えてから小さく頷く。
「多分……一応、クザン様は”空の神“とも呼ばれています……すみません、詳しくは分からなくて……バビィ達なら知っていると思います……」
「なるほど。村を脅かす魔人に生贄か……」
 そこへラルバが狂気に染まった笑みを浮かべて口を挟む。
「それでぇ、生贄はどうやって殺すんだい?」
 クアンタはその笑みに圧倒され、声をつっかえさせながらも言葉を繋ぐ。
「ほ、本当は20歳を超えた女性を、が、選ばれてっ、大堂でっ……だけ、ど……ぜん、前回の祟りで……私より年上の女の人はみんな、みんな、死んでしまいました……!だからっだから私がっ選ば、れて……!」
「いや知りたいのは殺し方なんだが」
「ラルバ。やめろ」
「むぅ……」
 語りながら堪えきれなかった涙を溢れさせるクアンタの背を、ラデックが優しくさする。
「……そして、誰かがアナタをかばった」
「はい……妹です……ぜ、前回の祟りから生き残っていたのは、私と、妹のヨルンと幼馴染のリュアンとソーラです……それで、ヨルンが、ヨルンが私を連れ出して、担い手大堂から連れ出して逃げてくれたんです。次の日になれば、リュアンとソーラのどっちかが生贄にされるかもって事は思ってました。でも、2人は保身のために私を軽蔑けいべつして……ヨルンにも酷いことを沢山言いました……だから、別に助けようとは思いませんでした……そうして、2人で隠れて、なんとか毎日生きてました……でも、でも……!ある日起きたら、ヨルンが、ヨルンが……起き、なくて……!!」
「ゆっくり話せ、落ち着いて」
「いや、すったか話せ」
「ラルバ」
「わかったよぅ」
 急かすラルバをラデックが制止しながら、クアンタの感情の起伏が収まるのを待った。クアンタは何度も目を擦りながらつぶやくように謝罪を繰り返し、縋るようにラデックの指を震える手で握って心を落ち着かせる。
「すみません……それで、ヨルンが死んでしまって……村の人たちにも見つかって……明後日に生贄を捧げようって時に、皆さんが、来てくれました……あ、あと生贄の殺し方でしたか……えっと……担い手、大堂、で……」
 クアンタの生贄役は既にラルバに引き継がれている。にもかかわらず、クアンタは自分に起こるはずだった惨劇さんげきを想像するだけで過呼吸を起こし、ラデックに背中を摩られながらしゃくり上げる。そして、到底聞き取れないようなツギハギの言葉で語り始めた。

 クザンの徒に選ばれた生贄は”担い手“と呼ばれ、担い手大堂に軟禁される。そこで村の存続のために担い手は大堂の中で村中の男と交わり、次の担い手である女の赤ん坊と、生贄を育てる男の赤ん坊を産む。
 男女を1人ずつ産み落とす又は3人子を産んだ時点で、衰弱すいじゃくした担い手を湖に突き落とす。担い手は浮き上がることなく湖の底へ沈み、祟りは防がれる。

「これで……全、部……です……すみまっ……すみません……私……」
 呼吸を整えようと胸を強く抑えるクアンタ。そこへ、突然頭上から赤い液体が流れ落ちてきた。
「えっ、えっ?ひっ……血……!?」
 クアンタが血を振り払って上を見ると、ラルバが大きな切り傷を負った自分の腕をかざして血を滴らせていた。
「何してるラルバ……!?」
「拭くな」
 ラルバはラデックの言葉を無視して、クアンタが血を拭こうと持ち上げた腕を掴む。
「ラルバ、どうして血をかけるんだ」
「だってラデック、クアンタを殴ったりしないだろう」
「どういう意味だ?」
「はいラデック。どーじょ」
 またしてもラデックと会話をせず、一方的に話を進めるラルバ。手渡された包丁は真っ赤な鮮血にまみれており、ラデックは一瞬受け取るのを躊躇ためらった。
「これで腕を切ったのか」
「うんにゃ?腕裂いたのは爪だよ。それは凶器代わり」
「さっきから何を言ってる?」
「いや普通こうなるだろう。気のいい村人に歓迎されたと思ったら毒を盛られて死にかけて、それでラデックは腹いせに妻のクアンタを殺害。その後主犯格のバビィを殺そうと家の外に飛び出す。だまされた側の人間としては当然の反応だ」
 狂人的な蛮行ばんこうから一転してマトモな想定を語るラルバ。ラデックはしばうつむいて、小さく「なるほど」と呟く。
「と言うわけで、ラデックはクアンタ担いで村を走り回ってこい。狂気の沙汰に染まった殺人鬼を演じるんだぞ。ぶっ殺す!とか、出てこいクソ野郎!とか叫びながらな」
「とても嫌なんだが」
「村を回るときは時計回りで、担い手大堂の手前まで来たら逆回りな。そうすればバビィ達がここで眠ってる私を誘拐しやすい。あ、バリアとラプーはその辺で死んだふりでもしていろ」
「クアンタを担いで行く意味は?」
「バビィ達が今クアンタも同時に連れ去ることは考えにくいからな。殺されないようにだ。ハピネス!ラデックがバビィ達と鉢合わせないようについて行ってやれ。ついでに狂人も演じるんだぞ」

~クザン村 集会所前~

「オラ出てこいクソ野郎ッ!!!ぶっ殺してやるッ!!!」
 血塗れのクアンタを担いだラデックは、包丁片手に村を走り回って手当たり次第に扉を蹴破る。その顔はいつも刻み込まれているかの如く変化しない無表情とは正反対に、悪意を煮詰めた怒張がたぎっている。
 その後ろからなたを片手に持ったハピネスが近寄り、狂人のフリをして木製の窓を叩き割る。
「コソコソ隠れてんじゃーねーぞビチグソジジイ共ッッッ!!!テメェの臭っせぇイチモツ輪切りにしてやっからションベン撒き散らして土舐めろゴルァア!!!」
 この上なく汚い暴言を吐きながら鬼の形相で鉈を振り回すハピネス。いつもの妖艶ようえん淑女しゅくじょは見る影もなく、一切躊躇ためらわずに他人の財を破壊する。その姿を見てラデックは少し唖然とした。
「ハマリ役だな。ハピネス」
「ああ!大声で罵詈雑言を叫ぶのは存外気分がいいな!結構楽しい!」
「……それは良かった」
「ほら、ラデック君も急に冷静にならないの。狂って狂って」
「ぶっ殺すぞクソ野郎がぁッ!!!」
「ふふ、君さっきからそれしか言ってないね」
 悪鬼羅刹あっきらせつの如く破壊と暴走を続ける2人。ラデックに担がれているクアンタは、もうとっくに思考を放棄していた。

~クザン村 担い手大堂~

 真っ暗な大堂の中は埃とカビ、そしてたんぱく質由来の悪臭が立ち込めており、小さく揺れる蝋燭の火だけが神聖さを辛うじて保っている。
「ゆっくり降ろせ……!ゆっくりだぞ……!」
「こっち降りたぞ……」
「マジで胸デカいな……最高……」
「おい……よだれ落とすな……!汚ねぇだろ……!」
 ラデック達に見つからぬよう、眠っているラルバを誘拐することに成功した村人達。ラルバを乗せた担架をゆっくりと床に下ろし、なまめかしい眠り姫の身体を舐めるように見つめる。
「だ、誰からいく?」
「そりゃあ勿論もちろんクザンの徒であるバビィからじゃて」
「いっつもバビィからじゃん……」
「ふふふ……すみませんねぇ、いやあ役得役得」
 バビィはラルバの両手両足を鎖で拘束して、自分の服を脱ぎ始める。
「そういやバビィさん。クアンタちゃん本当に逃すんですか?」
「えー……俺こういうムッチムチのお姉さんよりも、ああいうギリ大人って感じの子の方が好みなんだけど……バビィ要らないなら俺貰っていい?」
「あ!ずりーぞ!俺にもヤらせろ!」
 全裸になったバビィは、ラルバのシャツのボタンに手をかけたところで村人達へと振り返る。
「逃すわけないでしょう。この方をクザン様に捧げたら、クアンタには次のお告げまでに産めるだけ産んでもらわないと……」
 バビィがラルバに視線を戻すと、蛇のように鋭くよどんだラルバの双眸そうぼうがこちらをにらんでいた。
「嘘つき」
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