シドの国

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グリディアン神殿

第65話 大魔王”ホガホガ“

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~グリディアン神殿 地下街 (ラルバサイド)~

「お客さぁん。ウチ、お触りはNGなんですよねぇ」
 声の主の方を見て、全員が現状の変化に気がついた。いつの間にか豪華な大部屋は見渡す限りの満天の星々に、地面を埋め尽くす石畳いしだたみが広がる世界に変貌へんぼうしていた。そして、この虚構拡張の術者であると思われる無邪気な笑みを浮かべた使奴が一人。
「シスター!ナハル!お前らもう寝てていいぞ。こっから先は、スーパーヒーローラルバ様の独擅場どくせんじょうだ!!!」
 グリディアンはその巨体を震わせ、片腕のみでなんとか上半身を起こす。
『うぐ……ぐぐぅ……!!』
 言うことを聞かない片腕を見ると、片腕と片足が脇腹ごと削り取られていることに気がついた。虚構拡張のちょうど境界線にいたグリディアンは、その半身近くを寸断されて臓物を地面に落としている。何が起こったのかを理解できず狼狽うろたえるグリディアンに、ラルバが悪戯いたずらっぽく笑顔を浮かべながら近寄る。
「んひひぃ~馬鹿だねぇ。実に頭が悪い」
『なっ……治れっ!!!』
 グリディアンは回復魔法をかけながら異能を使い、治療をこころみる。回復魔法の発動と同時に千切ちぎれた半身はすさまじい修復を始めるが、ラルバの飛び蹴りによって中断される。
『ぐがっ……!!』
「もういっぱぁつ!!」
 ラルバがムーンサルトキックを浴びせると、グリディアンは自らの舌を噛み切断してしまった。
『あえっ……!!!うあえええええええあああああああああっ!!!』
「あーらら、可哀想に」
 痛みにもだえるグリディアン。あまりの激痛に残った片腕と片足をバタバタと振り回すが、その腕は空を切り当然ラルバには届かない。
 そこへ、ラルバが突きつけるように冷たく言い放つ。
「お前の異能は洗脳のメインギアと同じ、無理往生むりおうじょうの異能だな」
 その言葉にグリディアンは悪足掻わるあがきをやめ、眼だけをラルバに向け息を荒げる。
「ザルバスを傀儡かいらいにしたのもそうだが……あのあやつられた男達を見て確信した。あんな複雑な魔法なのに、魔法式の組み方が異常なまでに丁寧ていねいだ。普通格上の侵略者におそわれたらあんな正確な組み方はせん。多少式が崩れたって魔法自体の質はそう変わらないんだから意味がない……と言うより本能的に不可能だ。命の危機に直面しても機械のような正確さを保ち続けるなんて芸当、異能による命令でも受けていない限りありえん」
 ラルバは倒れ込むグリディアンにゆっくりと歩み寄る。
「そして何よりこの国の歴史。大戦争から200年以上もの間、この“グリディアン教”という教えに基づいて生きてきたそうだが……”大戦争から“と言うことは、首謀者は無理往生の異能の応用方法を知っていたことになる。細かく言えば、何千人という莫大ばくだいな人数をも異能で正確に制御出来ることを知っていた……この前提がなければ建国など夢の又夢だからな。そしてお前は大戦争終結直前から間髪かんはつ入れずにグリディアン教の流布るふを始めた。お前は自分の異能がどこまでおよぶか既に知っていたんだ。洗脳のメインギアという前例を見ていたからな」
 グリディアンは既に痛みを感じていなかった。それは損傷による神経の麻痺ではなく、未知の恐怖による呪縛じゅばくに近いものであった。
『ううううっ……!!!ぶびゅじゅっこおひへああああ……!!!』
「あん?なんだって?」
 舌先を噛み切ってしまったグリディアンの恨み節に、ラルバはあざとく耳に手を当ててかたむける。ラルバの視線が自分から外れた瞬間、グリディアンは残った片足で大きく跳躍ちょうやくしラルバへと殴りかかった。
 ラルバによる推理は正しかった。グリディアンの異能はハザクラと全く同じ“承諾“をトリガーとした無理往生の異能で、当然自己暗示による自身の強化も行える。グリディアンは自己暗示を常に行っており、舌が切断され発言が行えなくなった今も強化は続いている。ハザクラという生身の人間でさえ使奴並の膂力りょりょくを得られる自己強化。それを既に使奴細胞を得ているグリディアンが使った場合、その身体能力は計り知れない。
「あらよっと」
 しかし、そんなグリディアンの一撃をラルバはいとも容易たやすく避けて見せた。
「んひひ。いやあ実に頭が悪いねぇ」
 グリディアンは着地に失敗するが、すぐ様振り向き片腕を振り回す。3m近い巨体から繰り出される大振りの連打は音速を超え、マシンガンの発砲音に酷似こくじした衝撃波を発する。
 しかしラルバは防御魔法と身のこなしで全てかわし、顔面に蹴りを入れて再びグリディアンを吹き飛ばす。
『ぐぇがっ!!!……あんえなんで……あんえなんでっ……!!!』
「んふふ~なんでって?なんで避けられるんだ~!って感じ?何でだろうねぇおかしいねぇ」
 ラルバは上半身を左右へ傾けグリディアンをおある。
「なんでかな?なんでかな?それはね、お前が馬鹿だからだよ」
 その言葉にグリディアンは頭に血が上り、再び地面を蹴って突進を繰り出した。人間どころか使奴の目をってしても追えぬ速度の突進。しかしラルバは身をひるがえしてこれを避ける。再び姿勢を崩して倒れこむグリディアン。そこへラルバは再び煽るように言葉を投げつける。
「我々使奴の強さは身体能力よりもこの頭脳にある。お前達使奴研究員が苦労して詰め込んだ理想の性奴隷になるための知識と、使奴細胞により生み出される無限に近い波導はどうを原動力とした思考能力。この二つが合わさって初めて人智を超えた戦闘能力を得る。でもお前は元人間だろう?当然知識なんかろくすっぽない愚痴無知ぐちむちだ。それに加えて、使奴が脱走したことが発覚した現在でもこんなハリボテの理想郷で虚栄きょえいかまける朴念仁ぼくねんじんだ。くくく……折角使奴の肉体を得たのに脳みその使い方も碌に知らんとは。人間だった頃から蒙昧もうまいであった証拠だ。そんな俗物ぞくぶつの考えを予測することなど造作もない。速さというのは、予測できないからこそ脅威きょういになるのだ。予測できているならあらかじめ避けるだけ。避けられないなら防ぐだけだ。簡単なフェイントも使えぬ見抜けぬお前に、拳の握り方も知らぬお前に、波導はどうの読み方一つ知らぬお前に、馬鹿で間抜けでブスでデブで研究員時代だって一つも成果を上げられない万年ドベで陰湿で何の取り柄もない生きていること自体が害悪そのものの浅薄愚劣せんぱくぐれつなお前に不覚を取るなど、万に一つも億に一つも兆に一つも京に一つもない!!」
 仁王立ちでまくし立てるラルバに、グリディアンはうつむいたまま力の限り地面を引っいて押し黙る。自らのみじめな研究員時代を思い出し、情けなさで目に涙を溜め始めた。

「これやっとけブス。あと昨日の書類早くしろよ。ホント使えねーな」
「ボーッと突っ立ってんじゃねーよ!邪魔くせぇなもう!」
「うわあ!“ホガホガ”だぁ!逃げろぉ!」
「触らないでもらえます?汚いんで。あと近づかないでください」
「うわっ……“ホガホガ”じゃん。最悪……」
「こっち寄んなよデブ!臭いんだよ!!」
「おい“ホガホガ”」
「“ホガホガ”これやっとけ。早く」
「“ホガホガ”じゃん。あっちいけよ」
「“ホガホガ”」
「“ホガホガ”」
「“ホガホガ”」

 使奴細胞と自己暗示で強化されたグリディアンの爪は地面をえぐり続け、次第に音を立ててがれ始める。
 ラルバは虚構拡張を解除し部屋を元の豪華な王室に戻した後、グリディアンの方を向いて首を鳴らす。
「さあてどういじめてやろっかなー!肉体的なアレよりも精神的にらしめたい気分だなぁ」
『……あい』
「え?なに?」
 何かを呟いたグリディアンにラルバは腰を曲げて耳を寄せる。すると――――
わあひあわたしは“ホガホガ”やあいじゃないっっっ!!!』
 地を割るような怒号。それと同時にグリディアンは出口とは反対方向の壁へ勢いよく跳躍した。壁は焼き菓子の様に容易たやすく砕け、一本のトンネルが現れた。グリディアンはその勢いのまま片手と片足のみで器用に階段を駆け上がり、あっという間に姿を消した。
 一部始終を唖然あぜんとしながら見ていたシスターは、咄嗟とっさに大声を上げる。
「ラっラルバさんっ!!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。予想通りよ」
 血相を変えるシスターにラルバはVサインで応える。
「それよりシスターちゃん。君そもそも何しに来たの?まさか本当に巨悪を一目見たかっただけじゃないだろうに」
 その言葉にナハルが抗議しようと前へ出る。
「黙れ。それよりあの化け物を――――」
「化け物よりも大事なんだなぁ。連れてきてあげたんだし、聞かせてよ」
 シスターはナハルを自らの後ろへ下げ、ラルバに頭を下げる。
「……私の勝手な自己満足です。すみません……」
「ふぅん。”分かってて隠す“んだ」
 ラルバはシスターを一瞥いちべつして隠し階段を登り始めた。残されたシスターのナハルはその背中を黙って見つめ続ける。
「……シスター。ここは危険です。戻りましょう」
「…………はい」
 シスターはナハルに差し出された手を取ることなく通り過ぎ、出口へ向ける歩き出した。

~グリディアン神殿 宵闇よいやみの市街地~

『ううううっ……ううううううっ……!!!』
 グリディアンは回復魔法をかけながら階段を駆け上がる。既に四肢ししは復活しており、舌も元通りになっていた。しかし、それでもラルバによってよみがえってしまった記憶のせいで足取りは重くなっている。
『わだしは“ホガホガ”じゃないぃぃぃぃいいい……!!!』
 まわしい研究員時代の記憶にさいなまれ、グリディアンは階段を登り続ける。逃げ出すためではなく、確認をする為に。自分が200年もの歳月をかけて支配してきた国、“グリディアン神殿”。自らの承認欲求と自尊心を満たすためだけに築き続けてきた歴史。グリディアンはそれを確認せずにはいられなかった。この心の闇を晴らすために、自分より格下の存在を見て安心したかった。自分の為に働き、自分の為にえ、自分の為に死に、自分の為に生まれる下等種族。かつてのみじめな人生と決別した証を――――
 ようやく階段を登り切ったグリディアンは、最後の扉を開ける。扉の先は中央放送局。グリディアンが緊急事態の為に備えていた最後の砦。ここにある機器を使えば、国中に散らばった自らの異能の支配下にある人間全員を人質に取れる。グリディアンが建国の際に作らせた切り札。
 扉を開けた隙間から、グリディアンの目にまばゆい光が差し込む
『な……何……これ……』
 グリディアンの目に飛び込んできたのは、ぼうぼうとえながら燃え盛る放送局――――
 正確には、放送局であった瓦礫がれきの山。飛び交う喧騒けんそうと爆炎。真夜中であるはずなのに、戦火によって昼間の様に明るくなった市街地。
『お、お、おおおお、おまっお前らっ!!!やめろっ!!!戦いを止めろっ!!!そんなっそんなことよりもっ!!!わだっわだしを守れっ!!!』
 グリディアンは爆炎の中に駆け込んでいく。しかしグリディアンの声に答える者は誰一人として居らず、グリディアンの声は戦争の轟音にき消される。
「んひひひっ。いやあやっぱり馬鹿だね!」
 追いついたラルバがグリディアンの背後に立つ。
『おっお前……っ!!!』
「もうお前を助ける奴隷はいないよ。みんな内戦でそれどころじゃあないからね。それどころか、私を斃した所でお前の理想郷は二度と帰ってこない」
 グリディアンがラルバに飛びかかるが、突然全身を走る激痛にひるみ崩れ落ちる。
「どうせ“私の命令は絶対”みたいな命令をかけたんだろう。馬鹿だねぇ。先に“私の声を聞き逃すな”とか言っておかないと。命令を命令って認識できなきゃ意味ないんだから」
 ラルバは身動きが取れなくなったグリディアンを魔法で切り裂きバラバラにする。そして生首だけになったグリディアンの舌を掴んで持ち上げた。
「しかも虚構拡張の特性もろくに知らないんだね」
 生首だけになり舌もつかまれしゃべれないグリディアンは、悲哀ひあい悔恨かいこんと恐怖にしばられ嗚咽おえつらす。
「虚構拡張の境界線の脅威は、空間のじれによる肉体の損傷よりも波導の被曝ひばくにある。空間の変異に巻き込まれた肉体は魔力変質に耐えられず”波導捻転はどうねんてん“を引き起こし、負の波導を放出し続ける。普通の人間であればその時点で気を失い死亡するが……我々使奴は耐えてしまうからな。全身麻痺と激痛程度で済むだろう」
 ラルバは説明を終えると、折れた電波塔へよじ登りグリディアンに国を一望させる。
「見ろクソ間抜け。お前の200年が水の泡だ。燃えてるけどね」
 グリディアンの目には、あちこちで燃え盛る苛烈かれつな戦火が映った。
「ただでさえ烏合うごうの衆の自治体は機能していない。頼みの綱である統合軍もトップ不在で役立たず。それどころか同盟組んだ反社組織に押し返されてるね。こりゃあもうダメだ!みんな死んじゃうよ~!」
 ラルバのおどけた説明を聞いている間にも増え続ける火の手。グリディアンは大粒の涙を流し、自らの理想郷が崩れていく様を見つめている。もう二度とあの安寧あんねいは手に入らない。みじめな研究員時代には夢にも思わなかった楽園。肉欲にまみ惰眠だみんむさぼり快楽におぼれ続けた日々。もう二度と、戻ることは叶わない。
「叶えてあげようか」
 ラルバのささやきにグリディアンは目の色を変えた。生首だけになった自分の舌を掴んで持ち上げている悪魔に、ほんの少しだけ希望を抱いた。ラルバは耳に指を突っ込んで乱暴に掻きながら口を開く。
「一個だけ、一個だけ異能で承諾してくれたら考えてあげるよ」
 ラルバは優しくグリディアンの頭を支え、腰掛けた自らのひざの上に置く。発言が自由になったグリディアンは、うたがいと期待がこもった眼差しでラルバの方を見る。首が膝に乗せられている為、グリディアンがラルバの表情をのぞくことは出来ないが、ラルバはグリディアンの髪を優しくでている。
『ほ、ほん……と?嘘じゃな――――』
「一個だけでいいんだよ。一個だけ。ただ嘘はつかない方がいいよ。使奴は嘘見破るの得意なんだから』
 グリディアンはどこまでいってもおろかであった。
『や、約束じで……』
「…………どうする?」
 こんな悪魔の囁きに応えてしまうとは。
『ぜっだい裏切らないっで……』
「………………君次第だよ」
 ましてや、悪魔に小細工が通用するなんて。
『じゃ、じゃあ約そ――――』
「じゃあ一個だけお願いを……聞き入れてくれるね?」
 少し考えれば分かったはずなのに。
『わ、わかった……』
 ラルバはしばらく黙ってからグリディアンの頭部を持ち上げて自分に向ける。グリディアンも固唾かたずんで微笑ほほえむラルバを見つめる。すると――――
「私の命令は絶対だ」
『へ?』
「私命令を聞き逃すな。自分の意思で発言をするな。魔法を使うな。異能は必ず私の許可のもとに行え。自分の解釈かいしゃくではなく私の解釈かいしゃくで言葉を判断しろ」
『え?はっはい!』
 グリディアンは理解できぬ現状に混乱した。しかし、勝手にラルバの命令に承諾をした自分に恐怖した。
「ふっ……くくくくっ……!!」
 ラルバが失笑している。そしてグリディアンはようやく気がついた。

 ラルバの両耳から血が流れている。

「ああそうだ。私はさっき“自分の耳を指でつらぬいた”。念のため防御魔法でも音を遮断しゃだんしている……馬鹿め。お前の発言なんか何一つ聞こえておらんわ」
 ラルバの言う通り、グリディアンは馬鹿とののしられても仕方がない失態をした。表情が見えないままの交渉こうしょう、噛み合わない会話、不自然な間、それらに違和感を覚えていてもなお、悪魔の囁きを聞き入れてしまった。
 グリディアンは情けなさでくちびるまぶたをわなわなと震えさせる。少し、ほんの少しうたがえば、容易よういに分かったはずなのに……
「お前の様な不死は処理が困難でイチルギが厄介がるからな……私は好みなんだけどねぇ」
 ラルバは運搬うんぱん魔法をグリディアンにかけ、手を離す。すると生首は空中に浮遊し、ゆっくりと上昇を始める。
「死ぬまでこの屈辱くつじょくを噛み締め続けろ」
 グリディアンは現実に耐えきれなくなり、すがるように快楽漬けの日々を思い出した。200年もの間貪った贅沢ぜいたくの極み……酒池肉林しゅちにくりんの数々……
「そして……快楽に関する思考を禁ずる。無限に続く宇宙で未来永劫みらいえいごう苦しみ続けろ」
 グリディアンは頭の中を真っ黒に塗り潰され、譫言うわごとの様に「はい」と呟き、空へ消えていった。
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