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三、両義的変化
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しおりを挟む離宮に戻ってからのカリオスの言動は、以前とはどこか異なっており、テレシアはその変化に胸を打たれていた。笑顔はどこか空虚で、当たり障りのない会話が増え、勉学に没頭する時間が長くなるにつれ、ルーカスと話すことも少なくなっていった。
「私は本日より王族教育に移行する。場所も時間も、これまでとは異なってくるだろう」
「わかりました」
視線を合わせようとしないカリオスに、ルーカスはかすかに笑みを向ける。カリオスは途中だった食事を切り上げ、そのまま部屋を出ていった。ルーカスはただ、その背中を見送るしかなかった。
それ以降、食事の時間でさえカリオスと顔を合わせることはほとんどなくなっていった。
カリオスと話す機会が減ったせいか、ルーカスは体調を崩すことが増えていった。情緒は不安定で、眠る前に涙がこぼれる日も多い。腹部や腰のだるさに加え、異常なほどの眠気が彼を襲った。ルーカスは縋るようにブレスレットを強く握る。
ある朝、ルーカスはベッドで目を覚まし、下半身に不快な感覚を覚える。布団をめくると、衣服とシーツに赤黒い染みが広がっていた。
「――っ」
慌てて身を起こしたルーカスは、震える手で下着に触れる。排泄口から液体が流れ出ており、指先についたそれを確かめると、はっと息を呑んだ。立ち上がろうとした瞬間、めまいに襲われ、そのまま床へ倒れ込んだ。
次に意識を取り戻したとき、彼は清潔な衣服に着替えさせられ、シーツも先ほどの染みが消えていた。カーテンは閉ざされており、隙間から光が差し込まないことから、今が夜だと知れた。
左手に温もりを感じてそちらを見ると、誰かがベッドに寄り添うように伏せ、静かな寝息を立てていた。
「……やっぱり、来てくれるんだ」
ルーカスはそっとその人物、ティテマの髪に触れ、柔らかな感触を確かめる。その動きに気づいたティテマが目を覚まし、身を起こすとルーカスと視線が合った。ルーカスはたじろぎ、慌てて手を引く。
ティテマは少し困ったように眉を下げ、それでも優しく微笑んだ。
「……久しぶりだね、ルーカス」
ルーカスはこわばった表情で答える。
「久しぶり……です」
ティテマは静かにルーカスの頭を抱き寄せ、その額に自分の額をそっと触れ合わせた。ルーカスの目に涙が滲む。ティテマはその様子を確かめてから、泣き出したルーカスを優しく抱きしめた。
「ごめんね、ルーカス。一緒にいてあげられなくて」
ルーカスは首を横に振った。
「この間は、ひどい態度を取ってごめん」
「……だい、じょうぶ」
ティテマの肩には、ルーカスの涙が小さな染みをつくっていた。抱きしめる腕をそっとほどくと、ティテマはルーカスの手を取り、その手のひらに優しく口づける。
「泣かないで。ルーカスは、涙より笑顔のほうがずっと魅力的なんだよ」
その言葉に、ルーカスはぎこちなくも懸命に笑みを作った。
「……泣いてない。泣いてないよ」
ティテマはルーカスの頬を伝う涙を舌でそっとなぞり、そのまま流れるように唇へ口づけた。ゆるんだ唇の隙間からティテマの舌が入り、ルーカスの舌に絡む。唇を離すと、ティテマは甘い笑みを浮かべた。
ルーカスの顔は赤く染まり、涙がまたこぼれ落ちそうになっていた。ティテマは触れるか触れないかの距離でルーカスの耳の縁をなぞる。くすぐったい感覚に、ルーカスは肩を跳ねさせて首をかしげた。
「ティテマ、こそばゆい」
「うん」
ティテマはその反応を楽しんでいるようで、やめる気配がない。ルーカスはティテマの手を掴み、耳からそっと離した。
「……いじわるだ」
「知らなかったの」
ティテマは嬉しそうに笑い、ルーカスも思わず笑みを返した。
「ルーカス、覚えているかな。以前に話した、Ω性のこと」
ルーカスは視線を落とし、ゆっくりとうなずいた。
「君はその性別を持っていて……今、少しずつ子どもを産める体へと変化しているんだ」
ティテマはルーカスの表情を確かめながら、静かに続ける。
「流れ出た血は、妊娠に備えて作られた子宮内膜のもの。妊娠しなかったときは、その膜を外へ出すために血が流れる」
ルーカスは小さくうなずいた。
「情緒が不安定になったり、体の調子が崩れたりするのも……この月経が影響している」
そっと抱き寄せると、ティテマはルーカスの髪に顔をうずめる。
「君の不安を完全に理解することはできない。でも……その不安を、一緒に抱えていきたい」
ルーカスはティテマの背に腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
「第二性別についての教育を始められるよう、準備も進めている。ゆっくりでいいから、理解していこう」
安心したのか、泣き疲れたのか、ルーカスはそのまま静かに眠りについてしまった。ティテマはそっと布団をかけ直す。
部屋に淡い青の光が満ちたかと思うと、次の瞬間、ティテマの姿はどこにも見えなくなっていた。
ティテマの言った通り、ルーカスの教育には第二性別に関する課程が組み込まれていた。
指導するのはテレシアではなく、年老いた男性で、風貌や落ち着いた身のこなしから研究者だとすぐに分かった。男は名乗りもせず、ルーカスの姿を見るなり目を輝かせて質問を浴びせる。そして、ティテマが以前にしたようにルーカスの首筋に指を滑らせ、四つ並んだケロイドに触れると、満足げに記録を書き始めた。
第二性別についての男が語り始めたのは、その教育が始まって一週間ほど経った頃だった。
「Ω性は二つの方法で確認できる。一つは首筋だ。Ωはフェロモンを放つ器官を持っている。念入りに触れば判別できる」
ルーカスはそっと自分の首筋を指でなぞった。
「二つ目は血液検査だ。ホルモンの数値の変化で明確に分かる」
男は一冊の本を開き、眼鏡を押し上げながら続ける。
「Ωは排卵期に発情し、子を残そうとする。排卵と月経の周期は、女性と同じく月に一度だ」
咳払いをして本を閉じると、男は窓の外へ視線を向けた。
「……第一皇子がアデル王国から持ち帰った情報がある。α性は本来、Ω性のために存在し、うなじを噛むことで番となる。一生をその唯一のΩへ捧げる性質だ」
ルーカスは、喉の奥がひどく乾いていくのを感じた。
「番を失ったαは、死ぬまで満足に眠れず、警戒し続ける。心身は崩壊し、痛みさえ感じなくなり、感情も失う。……アデル王の最期は自死だったという話だ」
男は淡々と締めくくった。
「君の番は……もしかすると、生きていないほうが幸せなのかもしれない」
その言葉が胸に突き刺さる。ルーカスの首筋はじんじんと熱を帯び、左腕からは力が抜けていく。垂れ下がった手首から、ブレスレットが音もなく滑り落ちた。
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