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イザベラの不安
マリーが寮の部屋へと戻ってくると、少し遅れてイザベラがやって来た。
「マリー、帰ってきているのでしょう。少し話を聞きたいのだけれど、入ってもよいかしら」
静かに扉が開くと、笑顔のマリーが出迎えてくれた。
「私も、ちょうど話したい事があったの。中に入って」
一般の使用人部屋は、基本ワンルームである。
シングルサイズのベッドとクローゼット、キャビネットが一台に、机と椅子が置いてあるだけだ。
部屋を与えられた使用人は、自分好みの雑貨やベッドカバーなどで、自由に装飾を楽しんでよい事になっている。
マリーも、イザベラと出かけた時に、雑貨屋で見つけたパッチワークのクッションなどを買い揃えている途中だった。
まだまだ殺風景ではあるが、お気に入りが増えていく楽しみもあったのだ。
イザベラはベッドへと腰かけ、マリーは座面に手編みの座布団が敷かれ、背もたれにはパッチワークの布が掛けられた木製の椅子に腰かけた。
少し興奮気味に、今日の出来事を語って聞かせるマリーの瞳は、とても輝いて見えたのである。
イザベラは、常々男には用心するようにと、マリーに注意をしていたのだ。
だがリッキーが善良な人物ならば、マリーがアルフレッドを忘れる日がくるのではないかと、期待もしているのだった。
リッキーとの友達デートでの出来事は、一部始終を見ていたので知ってはいたのだが、会話までは聞こえていなかったのである。
マリーはとても楽しんでいた事を知り、イザベラは安堵の表情を浮かべていた。
そんな代わり映えのしない日常の中で、マリーは時折リッキーとの友達デートをする様になっていた。
最近では、お互いに休日を合わせる様にして、頻繁にデートを重ねている程だ。
マリーは、すっかりリッキーに信頼を寄せていたのである。
日を追う毎に、リッキーの話しが増えていくマリーを見ていると、イザベラは新たな不安を募らせる様になっていた。
本当に、マリーを任せて大丈夫なのかと…
リッキーが善良な人物だという事は理解しているが、どうしても不安は消せなかったのだった。
悩んでいても仕方がないので、イザベラは勇気を振り絞って、侯爵邸を訪問してみる事にしたのである。
もしもリッキーが軽い気持ちでマリーを遊び相手にしているのならば、今のうちに付き合いを止めて貰いたいと考えたからだ。
そうと決まれば、善は急げである。
貴族家への来訪には、先触れが必要になるのだが、使用人同士の面会であればそんな堅苦しい物は不必要なのだ。
ましてイザベラもリッキーも、生まれは貴族でも今は平民同然なのだから、貴族のしきたりは関係ないに等しい。
侯爵邸の使用人が利用する出入り口で、イザベラはリッキーを呼び出して貰った。
待つ事数十分、侯爵家の家紋の入った騎士服を身に着けた、大きな男が姿を現した。
「お待たせしました、イザベラさん。俺は、はじめましてですね」
にっこりと意味深に笑う彼に、尾行がバレていた事を悟るイザベラだった。
腐っても、高位貴族の護衛騎士である。
素人が、侮ってよい人物ではないのだ。
「はじめまして、リッキーさん。突然お呼び立てしたのは、マリーの事で確かめたい事があったからです。単刀直入に言わせて貰いますが、もしも遊びのつもりならば、これ以上親しくするのは止めて頂けませんか。彼女は、まだ失恋から立ち直っていないのです」
イザベラの不躾な物言いにも、嫌な顔をしないで、穏やかにリッキーは答えた。
「知っていますよ。ここでは何ですから、談話室へとご案内いたします」
リッキーは、使用人の家族や知り合いが訪ねて来た時に使用される談話室へと、イザベラを案内した。
ソファに座る様に促すと、お茶を用意して椅子に腰を下ろす。
「イザベラさん。俺は、キャサリン妃殿下の命を、直接受けた事があります。オルターナ公爵家で、ルーカス皇子殿下の護衛をする為に、王国へ行っていたのです。その時に、マルゲリーター公爵令嬢や、エレイン皇女殿下ともお会いしました。ああ、マルゲリーター公爵令嬢は、もう亡くなってしまいましたが…盗賊からお守り出来ず、あの時は、本当に悔しかった。護衛として失格ですから、帝国へと帰還させて貰ったのです」
イザベラには、この言葉だけで、充分理解出来た。
リッキーは、マルゲリーターとして生きていた頃のマリーを知っているのだ。
当然、婚約していたアルフレッドに失恋した時も、傍で見ていたのである。
興味本位や、遊びで心で近付いたのではない事を知って、イザベラは胸をなでおろすのだった。
「そうなのですか。それは、心中お察しいたします」
「はい。失意の中で、護衛としてのプライドも無くしてしまった時に、マリーに出会いました。俺にとって、マリーは救いの女神なのです。もう一度、護衛として誇りを持てる事が出来たのも、マリーがいたからです。本気で、守ってあげたい存在なのです。今は、まだ友人の枠から超えられていませんけれどね」
頬を掻きながら、照れ臭そうに話しているリッキーからは、マリーへの想いに嘘偽りの態度は感じられなかった。
ただ(守り切れずに)と、いうのは嘘である。
リッキーも、マリーを救う任務の一員だったのだから、態と逃がしたのだった。
帝国へ無事に渡る事が出来て、胸を撫で下ろしたのも事実であり、その後のマリーの様子が気になり帝国へ戻ってきたのも嘘ではない。
定期的にルーカスだけではなく、キャサリンへも報告をしているくらいなのだから、彼がマリーを傷付ける事はあり得ないのである。
休憩時間が終わると、リッキーは持ち場へと戻って行った。
イザベラは、喉につかえていた物が外れた気分になり、鼻歌を歌いながら侯爵邸を後にするのだった。
「マリー、帰ってきているのでしょう。少し話を聞きたいのだけれど、入ってもよいかしら」
静かに扉が開くと、笑顔のマリーが出迎えてくれた。
「私も、ちょうど話したい事があったの。中に入って」
一般の使用人部屋は、基本ワンルームである。
シングルサイズのベッドとクローゼット、キャビネットが一台に、机と椅子が置いてあるだけだ。
部屋を与えられた使用人は、自分好みの雑貨やベッドカバーなどで、自由に装飾を楽しんでよい事になっている。
マリーも、イザベラと出かけた時に、雑貨屋で見つけたパッチワークのクッションなどを買い揃えている途中だった。
まだまだ殺風景ではあるが、お気に入りが増えていく楽しみもあったのだ。
イザベラはベッドへと腰かけ、マリーは座面に手編みの座布団が敷かれ、背もたれにはパッチワークの布が掛けられた木製の椅子に腰かけた。
少し興奮気味に、今日の出来事を語って聞かせるマリーの瞳は、とても輝いて見えたのである。
イザベラは、常々男には用心するようにと、マリーに注意をしていたのだ。
だがリッキーが善良な人物ならば、マリーがアルフレッドを忘れる日がくるのではないかと、期待もしているのだった。
リッキーとの友達デートでの出来事は、一部始終を見ていたので知ってはいたのだが、会話までは聞こえていなかったのである。
マリーはとても楽しんでいた事を知り、イザベラは安堵の表情を浮かべていた。
そんな代わり映えのしない日常の中で、マリーは時折リッキーとの友達デートをする様になっていた。
最近では、お互いに休日を合わせる様にして、頻繁にデートを重ねている程だ。
マリーは、すっかりリッキーに信頼を寄せていたのである。
日を追う毎に、リッキーの話しが増えていくマリーを見ていると、イザベラは新たな不安を募らせる様になっていた。
本当に、マリーを任せて大丈夫なのかと…
リッキーが善良な人物だという事は理解しているが、どうしても不安は消せなかったのだった。
悩んでいても仕方がないので、イザベラは勇気を振り絞って、侯爵邸を訪問してみる事にしたのである。
もしもリッキーが軽い気持ちでマリーを遊び相手にしているのならば、今のうちに付き合いを止めて貰いたいと考えたからだ。
そうと決まれば、善は急げである。
貴族家への来訪には、先触れが必要になるのだが、使用人同士の面会であればそんな堅苦しい物は不必要なのだ。
ましてイザベラもリッキーも、生まれは貴族でも今は平民同然なのだから、貴族のしきたりは関係ないに等しい。
侯爵邸の使用人が利用する出入り口で、イザベラはリッキーを呼び出して貰った。
待つ事数十分、侯爵家の家紋の入った騎士服を身に着けた、大きな男が姿を現した。
「お待たせしました、イザベラさん。俺は、はじめましてですね」
にっこりと意味深に笑う彼に、尾行がバレていた事を悟るイザベラだった。
腐っても、高位貴族の護衛騎士である。
素人が、侮ってよい人物ではないのだ。
「はじめまして、リッキーさん。突然お呼び立てしたのは、マリーの事で確かめたい事があったからです。単刀直入に言わせて貰いますが、もしも遊びのつもりならば、これ以上親しくするのは止めて頂けませんか。彼女は、まだ失恋から立ち直っていないのです」
イザベラの不躾な物言いにも、嫌な顔をしないで、穏やかにリッキーは答えた。
「知っていますよ。ここでは何ですから、談話室へとご案内いたします」
リッキーは、使用人の家族や知り合いが訪ねて来た時に使用される談話室へと、イザベラを案内した。
ソファに座る様に促すと、お茶を用意して椅子に腰を下ろす。
「イザベラさん。俺は、キャサリン妃殿下の命を、直接受けた事があります。オルターナ公爵家で、ルーカス皇子殿下の護衛をする為に、王国へ行っていたのです。その時に、マルゲリーター公爵令嬢や、エレイン皇女殿下ともお会いしました。ああ、マルゲリーター公爵令嬢は、もう亡くなってしまいましたが…盗賊からお守り出来ず、あの時は、本当に悔しかった。護衛として失格ですから、帝国へと帰還させて貰ったのです」
イザベラには、この言葉だけで、充分理解出来た。
リッキーは、マルゲリーターとして生きていた頃のマリーを知っているのだ。
当然、婚約していたアルフレッドに失恋した時も、傍で見ていたのである。
興味本位や、遊びで心で近付いたのではない事を知って、イザベラは胸をなでおろすのだった。
「そうなのですか。それは、心中お察しいたします」
「はい。失意の中で、護衛としてのプライドも無くしてしまった時に、マリーに出会いました。俺にとって、マリーは救いの女神なのです。もう一度、護衛として誇りを持てる事が出来たのも、マリーがいたからです。本気で、守ってあげたい存在なのです。今は、まだ友人の枠から超えられていませんけれどね」
頬を掻きながら、照れ臭そうに話しているリッキーからは、マリーへの想いに嘘偽りの態度は感じられなかった。
ただ(守り切れずに)と、いうのは嘘である。
リッキーも、マリーを救う任務の一員だったのだから、態と逃がしたのだった。
帝国へ無事に渡る事が出来て、胸を撫で下ろしたのも事実であり、その後のマリーの様子が気になり帝国へ戻ってきたのも嘘ではない。
定期的にルーカスだけではなく、キャサリンへも報告をしているくらいなのだから、彼がマリーを傷付ける事はあり得ないのである。
休憩時間が終わると、リッキーは持ち場へと戻って行った。
イザベラは、喉につかえていた物が外れた気分になり、鼻歌を歌いながら侯爵邸を後にするのだった。
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