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プロポーズ
「エスティ、イザベラよ。開けて頂戴」
イザベラは、独身の近衛騎士たちが住んでいる寮の一室を、訪れていた。
「どうしたんだよ、こんな時間に。明日は早いから、もう寝ようと思っていたんだぞ」
扉が開くと、パジャマ姿のエストニアンが、眠そうに立っていた。
「私たちで、マリーとリッキーの、恋のキューピッドをやろうと思ったの。ダブルデートを、しましょうよ」
「何だよ藪から棒に。親友の心配をする前に、自分の行き先を決めた方がいいんじゃないのか?いい加減にしないと、行き遅れるぞ」
エストニアンは、ニヤニヤとしながら、イザベラを揶揄っている。
「失礼ね!私は、仕事に生きると決めているから、余計なお世話よ」
「はいはい。そうでした。要件がそれだけなら、俺は寝るぞ」
「ちょっと!私の話しを、聞いていたでしょう。今度の休みは、空けておいてよね」
「分かった、分かった。おやすみ~」
エストニアンは、片手を軽く上げて、さっさとベッドへと入ってしまった。
「鍵くらい掛けて寝なさいよ、不用心ね」
ブツブツと文句をいいながらも、寮長に頼んで、エストニアンの部屋の鍵を掛けて貰う様に頼むイザベラであった。
翌日イザベラは、マリーと朝食を摂りながら、エストニアンと四人で出かける事を提案したのである。
デートの場所は、帝都の端にある、美しい湖だ。
少し遠出にはなるが、日帰り旅行にはちょうどよい場所でもあった。
近衛騎士たちとは、使用人用の食堂で顔を合わせる事も多いが、特に話しかけたりする訳ではない。
同じ制服を着ている事もあり、マリーはエストニアンが誰なのかを、認識してはいなかった。
基本、付き合いのない人物には、興味がないのである。
それが例え地位や権力を持っている美丈夫であったとしても、マリーの中ではアルフレッド以外の異性は皆、十把一絡げなのだ。
それを知らない面々は、何故リッキーと進展しないのかと、首を傾げたくなるのである。
常に一緒にいるイザベラでさえ、マリーとリッキーが仲良く見えても、何か越えられない一線の様なものを感じていた。
リッキーもまた、アルフレッドに一途だったマリーを知っているので、強引に行けずにいたのである。
例え今は自分に心が無かったとしても、少しずつでよいから、男としてみて欲しいとは思っていた。
アルフレッドを思い続けているマリーを、丸ごと包み込んでしまいたいと、感じているのである。
ダブルデートの日がきた。
街中の貸し馬車店で、シンプルな馬車を借りた四人は、早速湖へと向かうのだった。
御者は頼まなかったので、エストニアンとリッキーが、御者席に座っている。
今日の案内役は、イザベラだ。
湖に着くと、綺麗な湖畔には、水鳥が気持ち良さそうに泳いでいた。
水質は透明で、太陽の光が反射して、魔法の様な輝きを放っている。
時々、パシャンと音がして水しぶきが上がるのは、魚が飛び跳ねているのだろう。
水辺では、釣りを楽しんでいる者もいた。
「ここは、鮎の塩焼きが美味しいのですって」
イザベラが指を刺す方向には、一匹まんま串刺しにされた鮎が、炭火で美味しそうな焦げ目を付けられている。
近寄ると、食欲をそそられる様な、焼き魚の香りが漂ってきた。
魚を焼いている横では、ソーセージを焼いている屋台も出ており、好きな具材をパンに挟んで食べている観光客も多い。
思わず生唾を飲み込むマリーであった。
「マリーは、何が食べたい?」
リッキーの問いかけに、鮎の塩焼きとサンドイッチが食べたいと、色気よりも食い気のマリーであった。
イザベラとエストニアンは、リッキーに同情の目を向けてしまう。
水辺に備えられたパラソル付きのテーブルセットに腰かけると、マリーは、たったいま焼きあがったばかりの鮎の塩焼きにがぶりと噛み付いた。
パリパリの皮に、ふわふわの身、絶妙な塩加減がたまらなく美味しいとマリーは思う。
無我夢中で塩焼きをペロリと平らげる姿は、とても公爵令嬢だったとは思えなかった。
しかし、美味しそうに塩焼きを食べている姿を、リッキーは愛おしそうに見つめているのである。
その表情をみているだけで、エストニアンもイザベラも、お腹がいっぱいになりそうだった。
これ程分かり易く好意を向けられているというのに、リッキーと視線が合うとマリーは綻ぶような笑顔は見せるが、頬を赤く染める訳ではなかったのである。
だがその笑顔は、初対面のエストニアンには、決して向ける事のない笑顔であった。
塩焼きには満足したのか、今度はパンにレタスとチーズとソーセージを挟んで、ケチャップをかけたサンドイッチに齧り付いた。
皿の上にソーセージの肉汁が滴っていても、マリーは気にせずミルクで流し込んでいる。
実に豪快な食べっぷりであると、エストニアンは口をあんぐりと開けて見ていたのである。
しっかりと昼食を摂った四人は、湖畔を散歩する事にした。
恋人同士で来る者も多く、仲睦まじそうにしている彼らを、マリーは何処か寂し気に見つめていた。
すかさずイザベラが、マリーに声を掛ける。
「ねえ、マリー。リッキーが、貴方に話したい事があるみたいよ。さっきから、様子がおかしいもの」
「そうなの?」
マリーがリッキーを見つめると、急に何を言い出すのかという様な顔つきで、戸惑っているのが分かった。
「頑張ってね、リッキー。応援しているわ」
イザベラはウインクをして、エストニアンと一緒に離れて行った。
「話ってなに?」
指輪は肌身離さず持っていたのだが、急に告白の場を用意されると思っていなかったリッキーは、心の準備が出来ていなかったのだ。
前以て考えていた甘いプロポーズの言葉も吹っ飛んでしまい、唐突にポケットから指輪を出して、大きな声で叫んでいたのである
「大好きだ、マリー。俺と、結婚してくれ!」
盛大なプロポーズをすると思っていなかったイザベラも、エストニアンも、驚いて思わず振り返ってしまった。
近くにいた観光客も、遠くで釣りを楽しんでいた中年の男性も、一斉に注目しているのが肌に伝わってくる。
リッキーは、とんでもない失態を犯してしまったと、後悔したが遅かったのだ。
マリーは、目を真ん丸にして、婚約指輪を凝視していた。
イザベラは、リッキーの思いがけない行動に、困惑している。
「ちょっと、あのバカ、何やってんのよ。いきなり結婚とか、順番てものがあるでしょう。まだ付き合ってもいないのに」
「これは、大失敗だったんじゃないか」
イザベラとエストニアンは、同情の視線をリッキーに向けている。
そんな時、マリーが呟く様に語りだした。
「私…好きな人がいるんだよ」
「知っているよ」
「振られちゃったけど、まだ好きなまんまなんだよ」
「それも知っているよ」
「この先もずっと、その人を好きなままかもしれないよ」
「それも、承知の上だよ」
何を言っても、優しい言葉を、リッキーは返してくれるだけだった。
マリーは、暫く考えると、また呟く様に話し出した。
「………嫌じゃないの?」
「うん。嫌じゃない」
「どうして?」
「どうしてかな?自分でも分からないけれど、全部ひっくるめて、マリーの事が、大好きなんだ」
「………」
マリーは、指輪を見つめたまま、動かなくなってしまった。
先程までのざわめきはなりを潜め、風に弄ばれている波の音だけが静かに聞こえている。
誰かがごくりと、固唾を飲んだ。
「マリーを、困らせるつもりはなかったんだ。ごめんね、突然結婚して欲しいだなんて言われて、驚いたよね。でも、俺はマリーを必ず幸せにすると約束する。俺の気持ちは、未来永劫変る事はないよ。もし、マリーが嫌でなければ、俺を結婚相手として意識して貰えないだろうか」
マリーは、指輪から視線をリッキーへと移した。
真っ直ぐに見つめてくる瞳には、不安と期待が入り混じっている様に感じた。
次第に指輪を持っていたリッキーの腕が、緊張に耐えられなくなったのか、カタカタと小刻みに震え出してくる。
これは、プロポーズ失敗だったと、誰もが感じた時だった。
「私だって、幸せになりたい」
マリーは、真っ直ぐにリッキーを見つめて言ったのだった。
「必ず幸せにすると誓うよ」
「本当に?」
「本当に」
暫く見つめ合っていると、マリーは震えるリッキーの手を包み込む様に、両手で覆ったのだった。
「ありがとう。嬉しい」
はにかんだ様な笑顔は、リッキーが受け入れられたのだと、周りの人々には映った。
その瞬間、大歓声が響き渡る。
あちこちから、祝福の声が聞こえてきた。
リッキーは、力が抜けたのか、その場に座り込んでしまうのだった。
イザベラは、独身の近衛騎士たちが住んでいる寮の一室を、訪れていた。
「どうしたんだよ、こんな時間に。明日は早いから、もう寝ようと思っていたんだぞ」
扉が開くと、パジャマ姿のエストニアンが、眠そうに立っていた。
「私たちで、マリーとリッキーの、恋のキューピッドをやろうと思ったの。ダブルデートを、しましょうよ」
「何だよ藪から棒に。親友の心配をする前に、自分の行き先を決めた方がいいんじゃないのか?いい加減にしないと、行き遅れるぞ」
エストニアンは、ニヤニヤとしながら、イザベラを揶揄っている。
「失礼ね!私は、仕事に生きると決めているから、余計なお世話よ」
「はいはい。そうでした。要件がそれだけなら、俺は寝るぞ」
「ちょっと!私の話しを、聞いていたでしょう。今度の休みは、空けておいてよね」
「分かった、分かった。おやすみ~」
エストニアンは、片手を軽く上げて、さっさとベッドへと入ってしまった。
「鍵くらい掛けて寝なさいよ、不用心ね」
ブツブツと文句をいいながらも、寮長に頼んで、エストニアンの部屋の鍵を掛けて貰う様に頼むイザベラであった。
翌日イザベラは、マリーと朝食を摂りながら、エストニアンと四人で出かける事を提案したのである。
デートの場所は、帝都の端にある、美しい湖だ。
少し遠出にはなるが、日帰り旅行にはちょうどよい場所でもあった。
近衛騎士たちとは、使用人用の食堂で顔を合わせる事も多いが、特に話しかけたりする訳ではない。
同じ制服を着ている事もあり、マリーはエストニアンが誰なのかを、認識してはいなかった。
基本、付き合いのない人物には、興味がないのである。
それが例え地位や権力を持っている美丈夫であったとしても、マリーの中ではアルフレッド以外の異性は皆、十把一絡げなのだ。
それを知らない面々は、何故リッキーと進展しないのかと、首を傾げたくなるのである。
常に一緒にいるイザベラでさえ、マリーとリッキーが仲良く見えても、何か越えられない一線の様なものを感じていた。
リッキーもまた、アルフレッドに一途だったマリーを知っているので、強引に行けずにいたのである。
例え今は自分に心が無かったとしても、少しずつでよいから、男としてみて欲しいとは思っていた。
アルフレッドを思い続けているマリーを、丸ごと包み込んでしまいたいと、感じているのである。
ダブルデートの日がきた。
街中の貸し馬車店で、シンプルな馬車を借りた四人は、早速湖へと向かうのだった。
御者は頼まなかったので、エストニアンとリッキーが、御者席に座っている。
今日の案内役は、イザベラだ。
湖に着くと、綺麗な湖畔には、水鳥が気持ち良さそうに泳いでいた。
水質は透明で、太陽の光が反射して、魔法の様な輝きを放っている。
時々、パシャンと音がして水しぶきが上がるのは、魚が飛び跳ねているのだろう。
水辺では、釣りを楽しんでいる者もいた。
「ここは、鮎の塩焼きが美味しいのですって」
イザベラが指を刺す方向には、一匹まんま串刺しにされた鮎が、炭火で美味しそうな焦げ目を付けられている。
近寄ると、食欲をそそられる様な、焼き魚の香りが漂ってきた。
魚を焼いている横では、ソーセージを焼いている屋台も出ており、好きな具材をパンに挟んで食べている観光客も多い。
思わず生唾を飲み込むマリーであった。
「マリーは、何が食べたい?」
リッキーの問いかけに、鮎の塩焼きとサンドイッチが食べたいと、色気よりも食い気のマリーであった。
イザベラとエストニアンは、リッキーに同情の目を向けてしまう。
水辺に備えられたパラソル付きのテーブルセットに腰かけると、マリーは、たったいま焼きあがったばかりの鮎の塩焼きにがぶりと噛み付いた。
パリパリの皮に、ふわふわの身、絶妙な塩加減がたまらなく美味しいとマリーは思う。
無我夢中で塩焼きをペロリと平らげる姿は、とても公爵令嬢だったとは思えなかった。
しかし、美味しそうに塩焼きを食べている姿を、リッキーは愛おしそうに見つめているのである。
その表情をみているだけで、エストニアンもイザベラも、お腹がいっぱいになりそうだった。
これ程分かり易く好意を向けられているというのに、リッキーと視線が合うとマリーは綻ぶような笑顔は見せるが、頬を赤く染める訳ではなかったのである。
だがその笑顔は、初対面のエストニアンには、決して向ける事のない笑顔であった。
塩焼きには満足したのか、今度はパンにレタスとチーズとソーセージを挟んで、ケチャップをかけたサンドイッチに齧り付いた。
皿の上にソーセージの肉汁が滴っていても、マリーは気にせずミルクで流し込んでいる。
実に豪快な食べっぷりであると、エストニアンは口をあんぐりと開けて見ていたのである。
しっかりと昼食を摂った四人は、湖畔を散歩する事にした。
恋人同士で来る者も多く、仲睦まじそうにしている彼らを、マリーは何処か寂し気に見つめていた。
すかさずイザベラが、マリーに声を掛ける。
「ねえ、マリー。リッキーが、貴方に話したい事があるみたいよ。さっきから、様子がおかしいもの」
「そうなの?」
マリーがリッキーを見つめると、急に何を言い出すのかという様な顔つきで、戸惑っているのが分かった。
「頑張ってね、リッキー。応援しているわ」
イザベラはウインクをして、エストニアンと一緒に離れて行った。
「話ってなに?」
指輪は肌身離さず持っていたのだが、急に告白の場を用意されると思っていなかったリッキーは、心の準備が出来ていなかったのだ。
前以て考えていた甘いプロポーズの言葉も吹っ飛んでしまい、唐突にポケットから指輪を出して、大きな声で叫んでいたのである
「大好きだ、マリー。俺と、結婚してくれ!」
盛大なプロポーズをすると思っていなかったイザベラも、エストニアンも、驚いて思わず振り返ってしまった。
近くにいた観光客も、遠くで釣りを楽しんでいた中年の男性も、一斉に注目しているのが肌に伝わってくる。
リッキーは、とんでもない失態を犯してしまったと、後悔したが遅かったのだ。
マリーは、目を真ん丸にして、婚約指輪を凝視していた。
イザベラは、リッキーの思いがけない行動に、困惑している。
「ちょっと、あのバカ、何やってんのよ。いきなり結婚とか、順番てものがあるでしょう。まだ付き合ってもいないのに」
「これは、大失敗だったんじゃないか」
イザベラとエストニアンは、同情の視線をリッキーに向けている。
そんな時、マリーが呟く様に語りだした。
「私…好きな人がいるんだよ」
「知っているよ」
「振られちゃったけど、まだ好きなまんまなんだよ」
「それも知っているよ」
「この先もずっと、その人を好きなままかもしれないよ」
「それも、承知の上だよ」
何を言っても、優しい言葉を、リッキーは返してくれるだけだった。
マリーは、暫く考えると、また呟く様に話し出した。
「………嫌じゃないの?」
「うん。嫌じゃない」
「どうして?」
「どうしてかな?自分でも分からないけれど、全部ひっくるめて、マリーの事が、大好きなんだ」
「………」
マリーは、指輪を見つめたまま、動かなくなってしまった。
先程までのざわめきはなりを潜め、風に弄ばれている波の音だけが静かに聞こえている。
誰かがごくりと、固唾を飲んだ。
「マリーを、困らせるつもりはなかったんだ。ごめんね、突然結婚して欲しいだなんて言われて、驚いたよね。でも、俺はマリーを必ず幸せにすると約束する。俺の気持ちは、未来永劫変る事はないよ。もし、マリーが嫌でなければ、俺を結婚相手として意識して貰えないだろうか」
マリーは、指輪から視線をリッキーへと移した。
真っ直ぐに見つめてくる瞳には、不安と期待が入り混じっている様に感じた。
次第に指輪を持っていたリッキーの腕が、緊張に耐えられなくなったのか、カタカタと小刻みに震え出してくる。
これは、プロポーズ失敗だったと、誰もが感じた時だった。
「私だって、幸せになりたい」
マリーは、真っ直ぐにリッキーを見つめて言ったのだった。
「必ず幸せにすると誓うよ」
「本当に?」
「本当に」
暫く見つめ合っていると、マリーは震えるリッキーの手を包み込む様に、両手で覆ったのだった。
「ありがとう。嬉しい」
はにかんだ様な笑顔は、リッキーが受け入れられたのだと、周りの人々には映った。
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