【完結】私だって、幸せになりたい

鈴蘭

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失恋の痛み

 幼い頃から両親に溺愛されて育ったマルゲリーターは、思い通りにならない事があると、直ぐに癇癪を起し手当たり次第に物を壊す癖があった。
 その度に、調度品や身の回りの必需品を買い直す、いたちごっことなっていたのである。
 オルターナ公爵家の家政を取り仕切っていた兄のルーカスが、何度もマルゲリーターに態度を改める様注意をしても、全く聞く気はなかったのだった。
 態度を改めようとしない妹に激怒したルーカスは、癇癪を起して壊した物を買い直すのは止めることにしたのである。

 「どうせ壊してしまうのだから、必要のない物なのだろう。マルゲリーターが何を言ってきても、買い揃える必要はない」
 「畏まりました」
 新たに調度品を買い揃えようと、予算の調達に来ていた執事に、今後一切構う必要がない事を告げたのだ。

 それ以来、部屋が綺麗に整えられなくなってしまったマルゲリーターは、何度も父親であるシルベス・オルターナ公爵へ文句を言いに来ていた。
 しかし公爵は、ルーカスによって全ての権利を握られてしまっている。
 発言権を失っている事もあり、マルゲリーターにどれ程懇願されても、黙認するしか出来なかったのだ。

 マルゲリーターの部屋は、日当たりもよく広々としていたが、もう何か月も前から公爵令嬢が使っているとは思えない程酷い有様になっていた。
 カーテンは、ボロボロに引き裂かれた物が無様に天井から垂れ下がっているだけで、日の光を遮る役割を果たしていない。

 いろいろな物をぶつけた所為で、壁紙は傷跡と何かの染みが付いたままになっている。
 綺麗な花が生けられた花瓶を絨毯に叩き付けた時も、そのまま放置されてしまった所為で、濡れていた場所にはカビが生えていた。

 以前は綺麗なガラスの小物類や燭台が飾られていたキャビネットの上にも、分厚い埃と一緒に、クッションから飛び出した羽毛がへばり付いているだけである。

 姿見は、見事に鏡が割れてしまっており、豪華な枠だけが虚しく壁際に彩を添えていた。
 何日も掃除をされていない部屋の隅々には埃や羽毛が溜まっており、ベッドシーツや布団カバーも取り換えられた形跡がない。
 
 物を壊すだけでは飽き足らず、せっかく雇った使用人まで解雇してしまった為、身の回りの世話をする専属の侍女すらいなくなってしまっていたのだ。
 身支度を整える時は、ルーカス付きの使用人がやってくるだけで、殆どの時間を放置されていたのである。
 
 マルゲリーターは、無理やり引き千切った所為で、枕もクッションすら無くなったベッドに横たわったままでいた。

 国王生誕祝賀会で、大好きなアルフレッドから言われた言葉が、頭の中から離れず何度も木霊している。

 あんなに優しく見つめてくれていた瞳には、もうマルゲリーターを映す事はないのだと思うと、溢れ出てくる涙を堪える事もせずに泣きじゃくるしかなかったのだ。

 冷めた眼差しで真っ直ぐと告げられた言葉は、鋭い棘となって、深く深くマルゲリーターの胸に突き刺さってしまったのである。
 


 正式な婚約が結ばれ、初めてアルフレッドと顔合わせをした時に、マルゲリーターは幼い王子に一目惚れをしたのだ。

 それからはアルフレッドだけを一途に想い続けており、失恋をした事ですっかりと心が萎れてしまっていても、そう簡単に忘れる事など出来る筈がない。

 国王生誕祝賀会でマリーを見つめていたアルフレッドの瞳からは、優しく接してくれていた頃の面影はいっさい消えており、冷めた視線で見下ろされたのだ。

 『先ほど、正式に私たちの婚約は破棄された。君はもう、私の婚約者ではなくなって、安心している。これからは一人の令嬢として扱うから、君も、私の事は婚約者ではなく第一王子として接しなさい。そのハンカチは、私から君への最後のプレゼントだ。今までありがとう、オルターナ公爵令嬢』

 「アル様。アル様、会いたいよ。抱きしめて欲しいよ。子供の時みたいに、優しくして欲しいよ」

 婚約が破棄された事を認められずに泣いていたマルゲリーターへ、アルフレッドが手渡してくれたハンカチを握りしめながら、祝賀会で告げられた言葉を思い出し一人自室で泣き暮れている。

 だがあれ程マルゲリーターを溺愛していた両親は、娘を心配するどころか、自分たちの事が精いっぱいらしく気にも留めてくれなかった。

 何日も部屋に籠ったまま出て来ないマルゲリーターの元へ、ルーカスの執事がやって来た。
 「マルゲリーター様。お身体に障りますから、お食事だけでも摂ってはいただけませんか。ルーカス様から、きちんと見ておく様にと仰せつかっているのです。このままでは、骨と皮だけになってしまいますよ」
 「………」

 マルゲリーターは、ルーカス付きの執事から頼まれても、全く反応を示さなかった。
 甘い物をこよなく愛していた身体が、日を追うごとに小さくなっていく。

 見兼ねたルーカス付きの執事が医者を呼んでも、マルゲリーターの様子は変る事がなかった。

 「マルゲリーター様。水分だけでも摂ってくださいませんか。このままでは、お命が危ぶまれると医者が申しております」
 「………私がいなくなったって、誰も悲しんだりしないわよ」
 泣き腫らした顔で、マルゲリーターは、静かに答えていた。

 傍で聞いていた、ルーカス付きの護衛騎士が、思わずマルゲリーターを慰めた。
 「そんな事を、仰ってはいけませんよ。貴方様に何かあったら、俺は、悲しい思いをします。だから、せめてお茶だけでも、飲んでくれませんか。もう直ぐルーカス様が、王宮からお戻りになります。マルゲリーター様の、今の姿をご覧になったら、とても悲しまれますよ」

 この護衛騎士は、公爵家に雇われている者ではなく、帝国からルーカスの為に派遣された護衛騎士だった。

 公爵家の家庭事情は少々複雑で、ルーカスとマルゲリーターは、腹違いの兄妹なのだ。

 ルーカスの母親であるキャサリンは、オルターナ公爵と離縁して、生まれ育った帝国へと帰ってしまった。

 マルゲリーターの母親である公爵夫人のアマンダは、シルベス・オルターナ公爵の後妻なのだ。

 キャサリンに雇われているこの護衛騎士は、公爵家との主従関係はないので、この家の娘であるマルゲリーターにも遠慮なく物を言える立場である。

 何故ならば、ルーカスの母親は、大陸の覇者と言われている帝国の皇弟と再婚した皇弟妃なのだ。
 
 身分の低い護衛騎士であろうと、彼に逆らうという事は、皇弟妃のキャサリンに逆らうのと同義と見做される。
 キャサリンに睨まれたら最後、妃を溺愛している皇弟の手によって、国が滅ぼされてもおかしくはないのだ。

 学のないマルゲリーターでも、帝国に逆らう事の意味は理解している様で、大人しく出されたお茶に口をつけるのだった。
 
 そんなマルゲリーターは、失意から立ち直る事が出来ず、学園を自主退学する事になったのは言うまでもない。
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