【完結】私だって、幸せになりたい

鈴蘭

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お別れの日

 国王生誕祝賀会以降引き籠りとなってしまったのに、オルターナ公爵夫妻は、一度もマルゲリーターの様子を伺いにすら来なかった。
 唯一心配をして様子を見に来てくれたのが、腹違いの兄であるルーカスだけだったのである。

 だが、マルゲリーターも、最早両親の事などはどうでもよいと思っていた。
 何故ならば、公爵家の娘はマルゲリーター只一人だけだと言われていたのに、腹違いの娘がいた事を聞かされたからだ。

 国王生誕祝賀会で、アルフレッドと仲睦まじく踊っていた美しい少女が、マルゲリーターの腹違いの妹のエレインだったのである。

 今更公爵家にもう一人娘がいたといわれても、素直に喜ぶ事なんて出来ずにいた。

 ルーカスとエレインはオルターナ公爵とキャサリンの間に産まれた子で、共に金色の髪と琥珀色の瞳を持ち、ため息が出るほど美しい容姿がとてもよく似ていた。
 品位と知性を兼ね備えた二人は、皇族でもある母親のキャサリンに似たのだと、誰もが見て直ぐに分かる程だったのだ。

 一方マルゲリーターの容姿は、父親のオルターナ公爵とよく似ており、整った顔立ちをしている。
 しかし、癇癪持ちで品位も知性の欠片もないところは、母親のアマンダにそっくりであった。

 ルーカスとエレインとは、似ても似つかない腹違いの兄妹なのである。

 公爵夫妻から唯一無二の存在であると教えられて育ったマルゲリーターは、騙されていたという怒りよりも、兄妹の中で自分だけが皇族の血を引かない平凡な娘であるという事への虚しさが勝ってしまったのだった。

 全てを失ったマルゲリーターに、更なる追い打ちが掛けられる事となる。
 オルターナ公爵夫妻が、王家をたばかった罪で処刑される事が決まったと、ルーカスから聞かされたのだった。

 しかしマルゲリーターは、両親が二人共いなくなってしまう事に、驚く程なんの感情も沸いてこなかったのである。

 そしてマルゲリーター自身も、重罪犯の娘として裁かれる事になったと知らされたのだった。

 何故自分だけなのか?
 ルーカスとエレインも、オルターナ公爵の実子なのだから、裁かれるのならば同罪ではないかと考えた。
 
 だが、二人は皇弟妃であるキャサリンが守ったのだと、マルゲリーターは悟ったのだった。

 あの国王生誕祝賀会で、ルーカスとエレインだけが、キャサリンの実子として認められた事も聞かされていた。
 そして皇族の血を引くキャサリンの実子であるから、当然ルーカスとエレインも皇族の一員として認められたのである。

 弱小国家の国王が、大陸の覇者である帝国を収める皇族を、重罪犯の連帯責任として裁く事など出来る筈がないのだ。

 ルーカスは、シルベス・オルターナが処刑された後、オルターナ公爵として生きる未来が約束されている。

 腹違いである自分だけが切り捨てられたのは、当然の結果なのだと思い、マルゲリーターはすんなりと受け入れる事が出来たのだった。

 アルフレッドと縁が切れてしまった今、彼女にとっての生き甲斐は何もなくなっていたので、自暴自棄になっていたのかもしれない。

 失恋をきっかけに兄の優しさを知り、唯一甘えられる存在となったルーカスは、マルゲリーターよりもエレインを大切にしていた事も知っている。

 思い残す事は何もない筈だったが、腹違いの三か月しか違わない妹とは仲良くしておけば良かったと、後悔だけが残ってしまったのは自分でも驚く感情の変化であった。

 別れの最期の晩餐で、自分の事を忘れて欲しくないと思ったマルゲリーターは、二人へプレゼントを作る事にした。

 苦手で手もつけた事がない刺繍をハンカチに施し、最初で最後のプレゼントを、二人の兄妹に渡したのである。

 ルーカスは、何処か寂しそうな表情で、プレゼントを受け取ってくれた。
 何も知らないエレインは、姉からの初めてのプレゼントに、無邪気に喜んでいる。

 翌日の朝食の席では、思いがけずエレインから手作りのお守りを渡されてしまったのを、複雑な心境でマルゲリーターは受け取った。

 エレインは、何も知らないのだから、それでよいとさえ思っている。

 もしも自分がいなくなったら、二人が悲しみ泣いてくれたらよいなと、そんな淡い感情を抱いて学園へと向かう馬車を見送ったのだった。

 これが最期の別れになると知らないエレインだけが、にこやかに手を振っている。
 
 もう充分だ、思い残す事は何もないと、マルゲリーターは晴れやかな気持ちで荷物を纏める事にした。

 あれ程好きだった贅沢もしなくなり、持っているのはシンプルなワンピースが三枚だけ。
 痩せて今までのドレスを着れなくなったのだが、特に新しいドレスが欲しいとも思わなくなっていた。
 
 昨夜、少し早いが、ルーカスから誕生日プレゼントだと言われて渡された箱を取り出した。

 中には、エレインとお揃いの台座で、小さな一粒のダイヤを嵌め込んだネックレスが入っている。

 マルゲリーターにはピンクダイヤモンド、エレインにはブルーダイヤモンドが、それぞれの台座に嵌め込まれていたのだ。

 粒は小さいが、それはとても価値のある宝石で、なかなか手に入れる事が出来ない代物である。

 マルゲリーターは、大切に箱から取り出すと、自ら首に付けてみる。
 小さなピンクダイヤが一粒だけ付いたネックレスは、色の白いマルゲリーターの胸元によく映えていた。

 シンプルなワンピースにも合わせやすく、処刑されるまでは肌身離さずに付けていようと考えた。
 だがルーカスは、家宝にしなさいと言っていたのだ。

 処刑が決まっているマルゲリーターが、子孫を残す事などないのだから、その言葉はエレインに向けていった言葉なのだと勘違いをした。

 それでもマルゲリーターは、穏やかな気持ちで荷造りを終え、二人と兄妹で良かったと感じていた。
 
 「一緒にお揃いのネックレスを付けて、エレインと出かけたかったな…」
 そんな呟きを、ルーカスの護衛騎士は、聞こえないふりをして立っていた。

 どうせ処刑されるのに、何故荷物を纏める時間を貰えたのかは分からないが、恐らく貴族牢にいる間の着替えが必要なのだろうと考えていた。

 公爵令嬢時代に買い漁っていた、贅沢な装身具は必要ない。
 サイズの合わなくなったドレスも、全て処分していたマルゲリーターの荷物は、ボストンバックひとつに収まる程に少なかった。

 エレインから貰った揃いのリボンを、ルーカスの侍女に頼んで、髪に結んで貰った。

 準備が整ったマルゲリーターは、幼い頃から住み慣れた公爵邸に、一人静かに別れを告げたのである。

 もう二度と、ここへ戻って来る事はないだろう。
 罪人は、先祖の墓に埋葬される事も、許されないのだから…

 小さなボストンバックを持って、振り返る事もなく、公爵令嬢専用の馬車に乗り込んだ。

 オルターナ公爵家の主が使っている馬車や、アルフレッド専用の馬車と比べるとかなり見劣りするからと、毛嫌いして乗る事を拒んでいた馬車が愛おしく感じた。

 「もう少し、大切に乗ってあげればよかったな…」

 主を乗せた馬車は、ゆっくりと動き出し、オルターナ公爵邸の門を出る。

 マルゲリーターは、もう二度と見る事もないだろう景色を、その瞳に焼き付けるのであった。
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