【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

文字の大きさ
51 / 95

男同士の約束

 昨夜の嵐が嘘の様に、爽やかな青空が広がっていた。
 公爵邸にエレインが来てから、初めての登園日である。
 ルーカスは何時もよりのんびりとした朝を過ごしており、馬車の用意が出来た事で今からエレインを誘い学園に向かおうとしていた時だった。
 執事が血相を変えて、部屋に飛び込んで来たのである。
 「あの女か、忌々しい…」
 ルーカスは溜息を付き、呆れて物も言いたくなかったが、放置する訳にも行かず仕方なく支持を出す。
 「取り敢えず窓は直さなくていい。雨が降った時だけ、雨除けのシートを取り付けに行かせなさい。部屋も片付ける必要は無い、その代わり掃除道具を置いて、自分で片付ける様に伝えなさい。医者を呼ぶ必要もない。ベッドの上にでも寝かせておけばいい。看病も必要無い。熱が下がるまでは食事も用意しなくていいが、水差しだけは毎朝届け、その時に容態を確認するように。あの女が反省するまでは、今までと待遇は同じで構わない」
 「畏まりました」
 執事はルーカスがアマンダに対し、人として扱う気が無い事を理解した為、一切の同情を掛ける事もなく指示通りにしたのである。
 しかし濡れた服のままベッドに寝かせるとカビが生えてしまうので、着ていた物を脱がして身体を拭いた序に、刺さっていたガラスの破片は取り除いたのだった。
 それからアマンダは熱を出したまま放置され続け、ガラスが割れた窓からは風が容赦なく入り込み、寒さと飢えに苦しむ事となる。
 流石に命の危険を感じた彼女は、ルーカスが本気である事を理解し、水差しを持って来たメイドに助けを求めたのだった。
 
 ルーカスはアマンダが助けを求めて来た事で、前以て用意していた書類にサインをさせたのだった。
 熱に侵され文字すらまともに読めない義母に、淡々と書類の内容を読み上げた後で容赦なくペンを持たせたルーカスは、人の心を持っていないのではないかとアマンダは思うのだった。
 そして散らかしたガラスの破片を片付けさせられてから、漸く別邸におかれた自身のベッドに横たわる事が許されたのである。
 本邸で暮らしていた生活とは一変してしまい、不便で惨めな生活をする事になるのだが、為す術も無く現実を受け入れる事しか出来なかったのだ。
 ルーカスは一歩でも本邸の敷地に踏み入れば、その場で毒を呷らせると言っていたが、脅しではなく本気なのだと理解出来た。
 窓ガラスの無い屋根裏部屋から、別邸の居住区へと場所を移されたが、医者は呼んで貰えず薬だけを渡された。
 朝昼夜と、食事の時間には給仕が運んで来る下働き用の料理を食べられるが、お茶やお菓子を運んで来る使用人はいない。
 身支度だけではなく、洗濯も掃除も自分でやらなければいけなくなったが、実家から絶縁されたアマンダに行く当ては無いのだ。
 どんなに理不尽な扱いを受けたとしても、屋根のある部屋で寝る事が出来て、決まった時間に料理が運ばれて来るだけ有難いと思わなければならないのである。
 それでもこの生活が長く続くとまでは思っていなかったのだ。
 ルーカスに爵位を渡し隠居したならば、シルベスと共に王都から離れ領地で暮らす事になると思っている。
 王都程では無いだろうが、領地でもパーティや茶会は開けるので、また贅沢な暮らしを取り戻せる事を励みに耐えていたのだ。
 それでも虫の居所が悪い時は癇癪を起し物に八つ当たりをしそうになるのだが、割ったガラスの掃除をさせられた時の惨めさを思い出し、何とか踏み止まる事が出来る様にはなっていた。


 マルゲリーターは、少しずづだが失恋の痛みから立ち直って来ていた。
 国王生誕祝賀会以来、癇癪を起す事もなく大人しく部屋で過ごしており、ルーカスが訪ねると嬉しそうな笑顔も見せる様になっている。
 しかしエレインの事を話すと顔が強張り、途端に落ち着きを無くすのである。
 「あの女が、あの女が私から全部奪っていったのよ!綺麗なお部屋だって、アル様だって、全部私の物だったのに!」
 「マルゲリーター、落ち着きなさい。この部屋だって公爵令嬢らしい調度品を、置いていただろう。何度買い替えても直ぐに壊すから、悪いのだ。もう癇癪を起さないと分かれば、出来る範囲で好きな調度品を揃える事も考えている。それに、アルフレッドがお前を見限ったのは、エリーの所為では無い。何でも人の所為にする癖を、直しなさい」
 「お兄様は、私よりあの女の方が大切なのよ!私なんて、誰からも必要とされていないんだわ。お母様だって、私を皇族として認めてくれなかったじゃない!双子だと言うのなら、どうして私だけ外されるのよ」
 マルゲリーターの言い分は、ルーカスにも理解出来た。
 しかし、真実を話す事は出来ないでいる。
 エレインと違ってマルゲリーターは短絡的であり、誰かの口車に乗って出自を無意識に話してしまう可能性が大きいのだ。
 口外無用の案件を告げるには、陛下の許可が必要になる。
 今のマルゲリーターでは、間違いなく許可は下りないだろう。
 出来る事ならば、何も知らせないままにしておきたいと、考えているのである。
 「マルゲリーター。エリーは、五歳の誕生日に公爵から捨てられたのだ。寒い冬空の下、孤児院の前に置き去りにされた。十歳になるまで、孤児として生きて来たのだ。そして男爵夫妻に引き取られた後も、実の親の顔も己の身分も知らずに生きて来た。親に愛された事の無い悲しみを、エリーは嫌と言う程理解している。母上がエリーを認知したのは、公爵が娘だと認めなかったからだ」
 嘘は言っていない、ただ、真実を話さなかっただけである。
 マルゲリーターは、黙り込んでいた。
 最近は、人の話しにもきちんと耳を傾ける様になって来ている。
 これは国王生誕祝賀会で、アンドレイ皇弟殿下に諭された影響なのではないかと、ルーカスは考えていた。
 あの日興奮しているマルゲリーターを黙らせて、淡々と語っていたアンドレイ皇弟殿下は優しい口調ではあったが、心の内に殺気を孕ませていた事をルーカスは気付いていた。
 例え未成年の学生が相手だとしても、何の躊躇いもなく斬り捨てる事が出来る、百戦錬磨の異名は伊達ではないのだ。
 マルゲリーターは、本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。
 ルーカスは、出来る事ならばマルゲリーターを手に掛けたくはないと、思い始めていた。
 しかし、アンドレイ皇弟殿下と二人きりになった時、交わした男同士の約束がある。

 『ルーカス。君は、命のやり取りをしている場面で、究極の選択を迫られたらどうする』
 『それは、戦場での場合でしょうか』
 『戦場では、一瞬の迷いが命取りになる。考えている暇など無いのだよ。私が聞きたいのは、エリーが何者かに襲われた場合だ。エリーじゃなくても構わないけれど、ルーカスにとって大切な人がね、命を奪われそうになった時。その相手も大切な人だった場合、君ならどの様な選択をするのかな。私はね、例えたくはないが…キャサリンとエリーがお互いに命を懸けた争いをしていたら、迷わずキャサリンを助けるよ』
 『僕も迷いません。例え義父上相手でも、エリーを護ります』
 『まぁ、それは当然だね。では、アルフレッド殿下が相手だった場合は?王国がエリーの命を狙っていたら?君は迷わずエリーを助けられるのかな』
 『そ…それは…アルフレッドが、エリーの命を狙う事なんてあり得ません』
 『騎士ナイト失格だね。いいかい、ルーカス。誰かを護ると言う事はね、綺麗毎だけでは済まされないのだよ。君のその絶対的信頼がある以上、必ず心に迷いが出る。その瞬間、大切な人を失うのだ。永遠にね』
 『………僕に、アルフレッドを疑えと、仰るのですか』
 『ちょっと違うな。疑う必要はないのだよ。ただね、護りたいと思う相手がいるのなら、迷ってはいけない。それが例え誰であろうと、迷ってはいけないのだ』
 『迷ってはいけない…アルフレッドを信じながら、エレインを護れと言う事でしょうか』
 『そうだね。泣きながらでも、大切な人を斬る勇気を持ちなさい。そして、決して後悔をしてはいけないよ。君の選択は何時も正しい。例えどの様な結果になったとしても、心を揺らしてはいけないよ。強くなりなさい、ルーカス。そして、誰よりも優しさを持ちなさい』
 『はい、義父上。必ず、ご期待に応えられる男になります』
 『うん。約束だよ、ルーカス。私の愛しい息子、これは男同士の約束だ』
 『はい。お約束します』
 ルーカスは、心の底からアンドレイを尊敬している。
感想 366

あなたにおすすめの小説

平民の薬師と契約結婚した冷徹公爵様ですが、実は私は5年前に失踪した侯爵家の正当令嬢でした~偽りの夫婦が本気の溺愛に変わるまで~

ハリネズミの肉球
恋愛
「これは契約だ。愛は不要だ」 そう言い放った冷徹公爵アルフォンスと、平民の薬師リアの結婚は、打算だけで結ばれた偽りの関係だった。 家も名も持たないリアは、生きるためにその契約を受け入れる。 ――けれど。 彼女の作る薬は奇跡のように人を救い、荒れた公爵領は少しずつ変わっていく。 無関心だったはずのアルフォンスもまた、彼女の強さと優しさに触れるたび、心を揺らし始める。 「……お前は、俺のものだろう」 それは契約の言葉のはずだった。 なのに、いつからかその声音は熱を帯びていく。 そんな中、明かされる衝撃の真実。 リアは――5年前に政変で消えた侯爵家の正統令嬢だった。 彼女を陥れた貴族たちが再び動き出す中、アルフォンスは選ぶ。 契約か、それとも――愛か。 偽りから始まった関係は、やがて逃れられない執着へと変わっていく。 ※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉野
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う

佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。 それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。 セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。 すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。 一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。 「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」 執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。 誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

本物の公爵令嬢

Na20
恋愛
幼い頃に交わした、大切な友達との約束。 その約束を胸に、ミレイアはつらい日々を過ごしていた。 公爵家の養子に迎え入れられたものの、家族からも婚約者からも受け入れられることはなかった。 そんなある日、学園に大国であるランカ帝国から一人の留学生がやってきて―― 一話1~2千文字程度になります。 一日二回更新予定です。 この作品は以前投稿した【偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~】を加筆・修正したものです。 この作品の投稿後、以前の作品は取り下げ予定です。

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

仮初めの王妃~3つの契約を課したのは、あなたですよね?~

景華
恋愛
政略結婚で獣人国家ウルバリスに嫁いだ王女クリスティ。 だが夫となったルシアン国王は“番”に心酔し、彼女に破ることのできない魔法契約を突きつける。 一つ、ルシアンとの間に愛を求めないこと 一つ、ルシアンとの間に子を望まないこと 一つ、ルシアンの1メートル以内に近づかないこと 全ての契約をのみ城から離れて暮らすクリスティだったが、やがて彼女には“番衝動を鎮める力”があることが明らかになる。 一方番であると言われ溺愛されるリリィは、擬態能力を使った偽りの番で──?