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男同士の約束
昨夜の嵐が嘘の様に、爽やかな青空が広がっていた。
公爵邸にエレインが来てから、初めての登園日である。
ルーカスは何時もよりのんびりとした朝を過ごしており、馬車の用意が出来た事で今からエレインを誘い学園に向かおうとしていた時だった。
執事が血相を変えて、部屋に飛び込んで来たのである。
「あの女か、忌々しい…」
ルーカスは溜息を付き、呆れて物も言いたくなかったが、放置する訳にも行かず仕方なく支持を出す。
「取り敢えず窓は直さなくていい。雨が降った時だけ、雨除けのシートを取り付けに行かせなさい。部屋も片付ける必要は無い、その代わり掃除道具を置いて、自分で片付ける様に伝えなさい。医者を呼ぶ必要もない。ベッドの上にでも寝かせておけばいい。看病も必要無い。熱が下がるまでは食事も用意しなくていいが、水差しだけは毎朝届け、その時に容態を確認するように。あの女が反省するまでは、今までと待遇は同じで構わない」
「畏まりました」
執事はルーカスがアマンダに対し、人として扱う気が無い事を理解した為、一切の同情を掛ける事もなく指示通りにしたのである。
しかし濡れた服のままベッドに寝かせるとカビが生えてしまうので、着ていた物を脱がして身体を拭いた序に、刺さっていたガラスの破片は取り除いたのだった。
それからアマンダは熱を出したまま放置され続け、ガラスが割れた窓からは風が容赦なく入り込み、寒さと飢えに苦しむ事となる。
流石に命の危険を感じた彼女は、ルーカスが本気である事を理解し、水差しを持って来たメイドに助けを求めたのだった。
ルーカスはアマンダが助けを求めて来た事で、前以て用意していた書類にサインをさせたのだった。
熱に侵され文字すらまともに読めない義母に、淡々と書類の内容を読み上げた後で容赦なくペンを持たせたルーカスは、人の心を持っていないのではないかとアマンダは思うのだった。
そして散らかしたガラスの破片を片付けさせられてから、漸く別邸におかれた自身のベッドに横たわる事が許されたのである。
本邸で暮らしていた生活とは一変してしまい、不便で惨めな生活をする事になるのだが、為す術も無く現実を受け入れる事しか出来なかったのだ。
ルーカスは一歩でも本邸の敷地に踏み入れば、その場で毒を呷らせると言っていたが、脅しではなく本気なのだと理解出来た。
窓ガラスの無い屋根裏部屋から、別邸の居住区へと場所を移されたが、医者は呼んで貰えず薬だけを渡された。
朝昼夜と、食事の時間には給仕が運んで来る下働き用の料理を食べられるが、お茶やお菓子を運んで来る使用人はいない。
身支度だけではなく、洗濯も掃除も自分でやらなければいけなくなったが、実家から絶縁されたアマンダに行く当ては無いのだ。
どんなに理不尽な扱いを受けたとしても、屋根のある部屋で寝る事が出来て、決まった時間に料理が運ばれて来るだけ有難いと思わなければならないのである。
それでもこの生活が長く続くとまでは思っていなかったのだ。
ルーカスに爵位を渡し隠居したならば、シルベスと共に王都から離れ領地で暮らす事になると思っている。
王都程では無いだろうが、領地でもパーティや茶会は開けるので、また贅沢な暮らしを取り戻せる事を励みに耐えていたのだ。
それでも虫の居所が悪い時は癇癪を起し物に八つ当たりをしそうになるのだが、割ったガラスの掃除をさせられた時の惨めさを思い出し、何とか踏み止まる事が出来る様にはなっていた。
マルゲリーターは、少しずづだが失恋の痛みから立ち直って来ていた。
国王生誕祝賀会以来、癇癪を起す事もなく大人しく部屋で過ごしており、ルーカスが訪ねると嬉しそうな笑顔も見せる様になっている。
しかしエレインの事を話すと顔が強張り、途端に落ち着きを無くすのである。
「あの女が、あの女が私から全部奪っていったのよ!綺麗なお部屋だって、アル様だって、全部私の物だったのに!」
「マルゲリーター、落ち着きなさい。この部屋だって公爵令嬢らしい調度品を、置いていただろう。何度買い替えても直ぐに壊すから、悪いのだ。もう癇癪を起さないと分かれば、出来る範囲で好きな調度品を揃える事も考えている。それに、アルフレッドがお前を見限ったのは、エリーの所為では無い。何でも人の所為にする癖を、直しなさい」
「お兄様は、私よりあの女の方が大切なのよ!私なんて、誰からも必要とされていないんだわ。お母様だって、私を皇族として認めてくれなかったじゃない!双子だと言うのなら、どうして私だけ外されるのよ」
マルゲリーターの言い分は、ルーカスにも理解出来た。
しかし、真実を話す事は出来ないでいる。
エレインと違ってマルゲリーターは短絡的であり、誰かの口車に乗って出自を無意識に話してしまう可能性が大きいのだ。
口外無用の案件を告げるには、陛下の許可が必要になる。
今のマルゲリーターでは、間違いなく許可は下りないだろう。
出来る事ならば、何も知らせないままにしておきたいと、考えているのである。
「マルゲリーター。エリーは、五歳の誕生日に公爵から捨てられたのだ。寒い冬空の下、孤児院の前に置き去りにされた。十歳になるまで、孤児として生きて来たのだ。そして男爵夫妻に引き取られた後も、実の親の顔も己の身分も知らずに生きて来た。親に愛された事の無い悲しみを、エリーは嫌と言う程理解している。母上がエリーを認知したのは、公爵が娘だと認めなかったからだ」
嘘は言っていない、ただ、真実を話さなかっただけである。
マルゲリーターは、黙り込んでいた。
最近は、人の話しにもきちんと耳を傾ける様になって来ている。
これは国王生誕祝賀会で、アンドレイ皇弟殿下に諭された影響なのではないかと、ルーカスは考えていた。
あの日興奮しているマルゲリーターを黙らせて、淡々と語っていたアンドレイ皇弟殿下は優しい口調ではあったが、心の内に殺気を孕ませていた事をルーカスは気付いていた。
例え未成年の学生が相手だとしても、何の躊躇いもなく斬り捨てる事が出来る、百戦錬磨の異名は伊達ではないのだ。
マルゲリーターは、本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。
ルーカスは、出来る事ならばマルゲリーターを手に掛けたくはないと、思い始めていた。
しかし、アンドレイ皇弟殿下と二人きりになった時、交わした男同士の約束がある。
『ルーカス。君は、命のやり取りをしている場面で、究極の選択を迫られたらどうする』
『それは、戦場での場合でしょうか』
『戦場では、一瞬の迷いが命取りになる。考えている暇など無いのだよ。私が聞きたいのは、エリーが何者かに襲われた場合だ。エリーじゃなくても構わないけれど、ルーカスにとって大切な人がね、命を奪われそうになった時。その相手も大切な人だった場合、君ならどの様な選択をするのかな。私はね、例えたくはないが…キャサリンとエリーがお互いに命を懸けた争いをしていたら、迷わずキャサリンを助けるよ』
『僕も迷いません。例え義父上相手でも、エリーを護ります』
『まぁ、それは当然だね。では、アルフレッド殿下が相手だった場合は?王国がエリーの命を狙っていたら?君は迷わずエリーを助けられるのかな』
『そ…それは…アルフレッドが、エリーの命を狙う事なんてあり得ません』
『騎士失格だね。いいかい、ルーカス。誰かを護ると言う事はね、綺麗毎だけでは済まされないのだよ。君のその絶対的信頼がある以上、必ず心に迷いが出る。その瞬間、大切な人を失うのだ。永遠にね』
『………僕に、アルフレッドを疑えと、仰るのですか』
『ちょっと違うな。疑う必要はないのだよ。ただね、護りたいと思う相手がいるのなら、迷ってはいけない。それが例え誰であろうと、迷ってはいけないのだ』
『迷ってはいけない…アルフレッドを信じながら、エレインを護れと言う事でしょうか』
『そうだね。泣きながらでも、大切な人を斬る勇気を持ちなさい。そして、決して後悔をしてはいけないよ。君の選択は何時も正しい。例えどの様な結果になったとしても、心を揺らしてはいけないよ。強くなりなさい、ルーカス。そして、誰よりも優しさを持ちなさい』
『はい、義父上。必ず、ご期待に応えられる男になります』
『うん。約束だよ、ルーカス。私の愛しい息子、これは男同士の約束だ』
『はい。お約束します』
ルーカスは、心の底からアンドレイを尊敬している。
公爵邸にエレインが来てから、初めての登園日である。
ルーカスは何時もよりのんびりとした朝を過ごしており、馬車の用意が出来た事で今からエレインを誘い学園に向かおうとしていた時だった。
執事が血相を変えて、部屋に飛び込んで来たのである。
「あの女か、忌々しい…」
ルーカスは溜息を付き、呆れて物も言いたくなかったが、放置する訳にも行かず仕方なく支持を出す。
「取り敢えず窓は直さなくていい。雨が降った時だけ、雨除けのシートを取り付けに行かせなさい。部屋も片付ける必要は無い、その代わり掃除道具を置いて、自分で片付ける様に伝えなさい。医者を呼ぶ必要もない。ベッドの上にでも寝かせておけばいい。看病も必要無い。熱が下がるまでは食事も用意しなくていいが、水差しだけは毎朝届け、その時に容態を確認するように。あの女が反省するまでは、今までと待遇は同じで構わない」
「畏まりました」
執事はルーカスがアマンダに対し、人として扱う気が無い事を理解した為、一切の同情を掛ける事もなく指示通りにしたのである。
しかし濡れた服のままベッドに寝かせるとカビが生えてしまうので、着ていた物を脱がして身体を拭いた序に、刺さっていたガラスの破片は取り除いたのだった。
それからアマンダは熱を出したまま放置され続け、ガラスが割れた窓からは風が容赦なく入り込み、寒さと飢えに苦しむ事となる。
流石に命の危険を感じた彼女は、ルーカスが本気である事を理解し、水差しを持って来たメイドに助けを求めたのだった。
ルーカスはアマンダが助けを求めて来た事で、前以て用意していた書類にサインをさせたのだった。
熱に侵され文字すらまともに読めない義母に、淡々と書類の内容を読み上げた後で容赦なくペンを持たせたルーカスは、人の心を持っていないのではないかとアマンダは思うのだった。
そして散らかしたガラスの破片を片付けさせられてから、漸く別邸におかれた自身のベッドに横たわる事が許されたのである。
本邸で暮らしていた生活とは一変してしまい、不便で惨めな生活をする事になるのだが、為す術も無く現実を受け入れる事しか出来なかったのだ。
ルーカスは一歩でも本邸の敷地に踏み入れば、その場で毒を呷らせると言っていたが、脅しではなく本気なのだと理解出来た。
窓ガラスの無い屋根裏部屋から、別邸の居住区へと場所を移されたが、医者は呼んで貰えず薬だけを渡された。
朝昼夜と、食事の時間には給仕が運んで来る下働き用の料理を食べられるが、お茶やお菓子を運んで来る使用人はいない。
身支度だけではなく、洗濯も掃除も自分でやらなければいけなくなったが、実家から絶縁されたアマンダに行く当ては無いのだ。
どんなに理不尽な扱いを受けたとしても、屋根のある部屋で寝る事が出来て、決まった時間に料理が運ばれて来るだけ有難いと思わなければならないのである。
それでもこの生活が長く続くとまでは思っていなかったのだ。
ルーカスに爵位を渡し隠居したならば、シルベスと共に王都から離れ領地で暮らす事になると思っている。
王都程では無いだろうが、領地でもパーティや茶会は開けるので、また贅沢な暮らしを取り戻せる事を励みに耐えていたのだ。
それでも虫の居所が悪い時は癇癪を起し物に八つ当たりをしそうになるのだが、割ったガラスの掃除をさせられた時の惨めさを思い出し、何とか踏み止まる事が出来る様にはなっていた。
マルゲリーターは、少しずづだが失恋の痛みから立ち直って来ていた。
国王生誕祝賀会以来、癇癪を起す事もなく大人しく部屋で過ごしており、ルーカスが訪ねると嬉しそうな笑顔も見せる様になっている。
しかしエレインの事を話すと顔が強張り、途端に落ち着きを無くすのである。
「あの女が、あの女が私から全部奪っていったのよ!綺麗なお部屋だって、アル様だって、全部私の物だったのに!」
「マルゲリーター、落ち着きなさい。この部屋だって公爵令嬢らしい調度品を、置いていただろう。何度買い替えても直ぐに壊すから、悪いのだ。もう癇癪を起さないと分かれば、出来る範囲で好きな調度品を揃える事も考えている。それに、アルフレッドがお前を見限ったのは、エリーの所為では無い。何でも人の所為にする癖を、直しなさい」
「お兄様は、私よりあの女の方が大切なのよ!私なんて、誰からも必要とされていないんだわ。お母様だって、私を皇族として認めてくれなかったじゃない!双子だと言うのなら、どうして私だけ外されるのよ」
マルゲリーターの言い分は、ルーカスにも理解出来た。
しかし、真実を話す事は出来ないでいる。
エレインと違ってマルゲリーターは短絡的であり、誰かの口車に乗って出自を無意識に話してしまう可能性が大きいのだ。
口外無用の案件を告げるには、陛下の許可が必要になる。
今のマルゲリーターでは、間違いなく許可は下りないだろう。
出来る事ならば、何も知らせないままにしておきたいと、考えているのである。
「マルゲリーター。エリーは、五歳の誕生日に公爵から捨てられたのだ。寒い冬空の下、孤児院の前に置き去りにされた。十歳になるまで、孤児として生きて来たのだ。そして男爵夫妻に引き取られた後も、実の親の顔も己の身分も知らずに生きて来た。親に愛された事の無い悲しみを、エリーは嫌と言う程理解している。母上がエリーを認知したのは、公爵が娘だと認めなかったからだ」
嘘は言っていない、ただ、真実を話さなかっただけである。
マルゲリーターは、黙り込んでいた。
最近は、人の話しにもきちんと耳を傾ける様になって来ている。
これは国王生誕祝賀会で、アンドレイ皇弟殿下に諭された影響なのではないかと、ルーカスは考えていた。
あの日興奮しているマルゲリーターを黙らせて、淡々と語っていたアンドレイ皇弟殿下は優しい口調ではあったが、心の内に殺気を孕ませていた事をルーカスは気付いていた。
例え未成年の学生が相手だとしても、何の躊躇いもなく斬り捨てる事が出来る、百戦錬磨の異名は伊達ではないのだ。
マルゲリーターは、本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。
ルーカスは、出来る事ならばマルゲリーターを手に掛けたくはないと、思い始めていた。
しかし、アンドレイ皇弟殿下と二人きりになった時、交わした男同士の約束がある。
『ルーカス。君は、命のやり取りをしている場面で、究極の選択を迫られたらどうする』
『それは、戦場での場合でしょうか』
『戦場では、一瞬の迷いが命取りになる。考えている暇など無いのだよ。私が聞きたいのは、エリーが何者かに襲われた場合だ。エリーじゃなくても構わないけれど、ルーカスにとって大切な人がね、命を奪われそうになった時。その相手も大切な人だった場合、君ならどの様な選択をするのかな。私はね、例えたくはないが…キャサリンとエリーがお互いに命を懸けた争いをしていたら、迷わずキャサリンを助けるよ』
『僕も迷いません。例え義父上相手でも、エリーを護ります』
『まぁ、それは当然だね。では、アルフレッド殿下が相手だった場合は?王国がエリーの命を狙っていたら?君は迷わずエリーを助けられるのかな』
『そ…それは…アルフレッドが、エリーの命を狙う事なんてあり得ません』
『騎士失格だね。いいかい、ルーカス。誰かを護ると言う事はね、綺麗毎だけでは済まされないのだよ。君のその絶対的信頼がある以上、必ず心に迷いが出る。その瞬間、大切な人を失うのだ。永遠にね』
『………僕に、アルフレッドを疑えと、仰るのですか』
『ちょっと違うな。疑う必要はないのだよ。ただね、護りたいと思う相手がいるのなら、迷ってはいけない。それが例え誰であろうと、迷ってはいけないのだ』
『迷ってはいけない…アルフレッドを信じながら、エレインを護れと言う事でしょうか』
『そうだね。泣きながらでも、大切な人を斬る勇気を持ちなさい。そして、決して後悔をしてはいけないよ。君の選択は何時も正しい。例えどの様な結果になったとしても、心を揺らしてはいけないよ。強くなりなさい、ルーカス。そして、誰よりも優しさを持ちなさい』
『はい、義父上。必ず、ご期待に応えられる男になります』
『うん。約束だよ、ルーカス。私の愛しい息子、これは男同士の約束だ』
『はい。お約束します』
ルーカスは、心の底からアンドレイを尊敬している。
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