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虫の知らせ
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アルフレッドに公爵邸まで送り届けて貰ったエレインは、別れを惜しむ様に馬車が見えなくなるまで見送っている。
「エリー。風邪を引いてしまうから、そろそろ屋敷の中に入りなさい」
「お兄様、ありがとうございます」
ルーカスは、エレインの手を引きながら、応接間に来た。
誰かに話をしたくて仕方が無いと言う様な表情をしているのだ。
「ソファーに座って、お茶でも飲みながら、ゆっくりと聞かせて貰おうか」
「はい。今日はとても楽しい一日が過ごせましたわ」
エレインは、余程舞台が気に入った様で、身振り手振りで子供の様にはしゃぎながら話をしている。
最後は食事をして帰って来たのだが、馬車の中ではアルフレッドが隣に座ってくれた事に、嬉しさを隠せずにいるようだった。
傍から聞いているとまだ手も繋いでいないのかと思うのだが、アルフレッドの方は大収穫だった事を、ルーカスは知る事が出来ないでいる。
エレインの百面相や握りしめていたクッキーを食べた事、優しく白魚の様な手に触れた事等は、アルフレッドだけの秘め事になったのだ。
陰に控えていた近衛騎士は、決して口を開く事はしないのである。
相手が国王夫妻であろうと、命に係わる様な重大事件ではない限り、報告の義務は無いのだ。
ルーカスはエレインが落ち着くまで、黙って話を聞いているだけで、幸せな気持ちになっていた。
すっかり恋する乙女の表情になってしまった妹を見て、寂しくないと言えば嘘になるが、マルゲリーターがいなくなってから漸く見せた心からの笑顔に安堵もしている。
もう直ぐ喪が明ける。
今年のエレインの誕生日は、盛大に祝うつもりでいたが、それは断られてしまった。
友人のいないエレインは、パトリシアだけを誘いたいと言っている。
まだ婚約をしていないのだから、アルフレッドを呼ぶことが出来ないのだ。
しかしその日は国王陛下から、ルーカスの屋敷に訪問許可が下りたと言っていた。
大々的に公表はしていないが、国王夫妻も二人の恋路を応援しているのである。
あれ程五月蠅く騒いでいた令嬢たちも、すっかり大人しくなりアルフレッドの妃になる事は諦めた様だ。
その皺寄せが、今ルーカスのところへ来ているのは言うまでもない。
学園を卒業しても婚約者が決まらず、職にも付けなかった令嬢たちは、親の決めた相手へと嫁いで行く事になる。
何とか公爵夫人の椅子に座りたいと、必死に茶会やパーティへの招待状を送って来る令嬢たちに、ルーカスは全く興味を示さなかった。
アマンダとマルゲリーターの浪費で、圧迫されていた財政を整えるのに必死のルーカスは、まだ妻を娶る気にはなれないのである。
エレインは、パトリシアに渡す一通だけの招待状を持って、学園に来た。
この日は先週行われたテストの結果が張り出されており、エレインは相変わらず主席を独占している。
パトリシアは、三位~十位辺りを行き来しており、今回は残念ながら上位三名の中には入れなかった様だ。
それでも成績優秀者の中で、上位に食い込んで来るのだから、優秀な事に変わりは無い。
身体を動かす事が好きだと言っていたので、勉強に打ち込むのはムラがあるのだろう。
もっと真剣に勉学に励めば、エレインを脅かす存在になれると思うのだが、パトリシアにその自覚はないのである。
実際成績優秀者クラスに通いながら、騎士科の訓練にも参加しているのだ。
騎士科は各学舎から生徒が集まって来る、学園の中でも特別な環境である。
出入りを著しく制限されている一般教養科の生徒も気兼ねなく通える様に、一般教養科の敷地内に造られたのだ。
パトリシアは、毎朝ここで訓練をしてから、教室に来ているのである。
エレインはその事を知っていたので、図書室へ向かう前に訓練場へ行こうと思い踵を返した時だった。
左手の薬指に、何かで刺された様な痛みが走ったのである。
驚いて周りを見たのだが、皆壁面に張り出されたテストの結果を見ており、エレインの周りには誰もいなかった。
何か虫にでも刺されたのかと思い指を触ってみるが、特に変わった様子もなく、痛みも感じられない。
「何だったのかしら…」
不思議に思うのだったが、気を取り直して訓練場へ向かおうとすると、やはり痛みが走るのだ。
『………医務室で診て貰おうかしら。変な虫に刺されたのだったら、早めに処置して貰う方がいいわよね』
エレインは、行き先を医務室に変えて歩き出したが、それきり痛みは起きなかった。
女医は真剣に指を見ているが、原因は分からないと言う。
「おかしいわね。見た感じでは、刺された跡は無いのよ。骨にも異常は無いみたいだから、もう少し様子を見てみましょうか」
「はい、先生。お手数をおかけ致しました」
「良いのよ。身体は大切にしなくてはいけないもの、気になる事があるのなら、直ぐに来てね」
「はい。失礼いたします」
『良かったわ。変な虫ではなくて。何の痛みだったのかしら…』
指を眺めながら、教室へと向かうエレインは、行き先を変えた事で難を逃れたのだった。
成績優秀者が集まる学舎に通う生徒は、各貴族家の嫡男や王宮に努める上級文官を目指している者が殆どである。
輝かしい将来に向かって勉学に励む者が、リスクを犯してまでエレインに危害を加える意味が無い。
アルフレッドの妃の座を狙っていた令嬢たちですら、エレインを邪魔だと思ってはいても、自ら手を汚そうとはしないのである。
しかし、一般教養科の生徒は違うのだ。
お金に困っている者が半数以上を占めるので、バーバラの手の者がお金を握らせエレインを害する様に言われたら、簡単に承諾してしまう。
成績優秀者が通う敷地に入れない彼らは、虎視眈々とエレインが姿を現すのを狙っているのだ。
バーバラは学園の事をよく知らないので、手駒になりそうな者に手当たり次第声を掛けたのだが、請け負った者から良い知らせが来ない事に苛立ちを覚えていたのだった。
エレインが成績優秀者の敷地を出ない限り、学園内で危害を加える事は、非常に困難なのである。
医務室に寄り遅くなってしまった事で、図書室へと行くのを諦めたエレインは、真っ直ぐに教室へと向かう事にした。
クラスに入ると、相変わらず腫れ物の様に扱われるが、もう慣れている。
相変わらずバーバラは来ない様で、机だけが置かれたままになっていた。
アルフレッドを狙っていた令嬢は、ルーカスに標的を変えた事で、エレインに近寄ろうとするが邪魔をされてしまうのだ。
初めからルーカス狙いの令嬢たちからしてみたら、招かれざる客なのだが、エレインから見たらどっちもどっちなのだ。
お義姉様と言いたくなる者は、この中にはいないのである。
唯一の友人であるパトリシアは、将来の夢が近衛騎士になる事であり、出世をしてエレインの護衛をすると息巻いている。
結婚をしないのかと聞いた事があった。
『パトリシア様は、お慕いしている殿方は、いらっしゃるのですか』
『今はおりませんわ。幼い頃は、従兄妹のお兄様に憧れておりましたのよ。でも結婚してしまいましたので、失恋いたしましたわ』
『まあ。パトリシア様の美しさに、気が付かない殿方がおりましたのね。残念ですわ』
『仕方がなかったのです。十歳も年上でしたもの、恋愛対象として見ては貰えませんでしたわ』
『そうでしたか。素敵なお方なのでしょうね』
『エレイン様のお兄様とは、真逆ですわよ』
『?』
『背は低くて、私とあまり変わりませんの』
『パトリシア様は、背が高くてスタイルがとても宜しいですわ。私も、もう少し高くなりたいと思っておりますのよ』
『エレイン様は、そのままで充分美しいですわよ。私は、見目の麗しい殿方は苦手ですの。なんだかお人形を見ているみたいで、緊張してしまいますわ』
『まあ。お人形が苦手なのですか。では、プレゼントの候補から外しておきますわね』
『そうして貰えると嬉しいですわ。あまり大きな声では言えませんけれど、実は私……』
パトリシアは、騎士科に所属している平民の男子生徒と仲が良いのである。
身分差があるので恋愛対象にはならないが、がっちりと筋肉が付いている、逞しい男性が好みだと話していた。
細身のルーカスやアルフレッドは、恋愛対象外なのだそうだ。
なんとも残念な話である。
「エリー。風邪を引いてしまうから、そろそろ屋敷の中に入りなさい」
「お兄様、ありがとうございます」
ルーカスは、エレインの手を引きながら、応接間に来た。
誰かに話をしたくて仕方が無いと言う様な表情をしているのだ。
「ソファーに座って、お茶でも飲みながら、ゆっくりと聞かせて貰おうか」
「はい。今日はとても楽しい一日が過ごせましたわ」
エレインは、余程舞台が気に入った様で、身振り手振りで子供の様にはしゃぎながら話をしている。
最後は食事をして帰って来たのだが、馬車の中ではアルフレッドが隣に座ってくれた事に、嬉しさを隠せずにいるようだった。
傍から聞いているとまだ手も繋いでいないのかと思うのだが、アルフレッドの方は大収穫だった事を、ルーカスは知る事が出来ないでいる。
エレインの百面相や握りしめていたクッキーを食べた事、優しく白魚の様な手に触れた事等は、アルフレッドだけの秘め事になったのだ。
陰に控えていた近衛騎士は、決して口を開く事はしないのである。
相手が国王夫妻であろうと、命に係わる様な重大事件ではない限り、報告の義務は無いのだ。
ルーカスはエレインが落ち着くまで、黙って話を聞いているだけで、幸せな気持ちになっていた。
すっかり恋する乙女の表情になってしまった妹を見て、寂しくないと言えば嘘になるが、マルゲリーターがいなくなってから漸く見せた心からの笑顔に安堵もしている。
もう直ぐ喪が明ける。
今年のエレインの誕生日は、盛大に祝うつもりでいたが、それは断られてしまった。
友人のいないエレインは、パトリシアだけを誘いたいと言っている。
まだ婚約をしていないのだから、アルフレッドを呼ぶことが出来ないのだ。
しかしその日は国王陛下から、ルーカスの屋敷に訪問許可が下りたと言っていた。
大々的に公表はしていないが、国王夫妻も二人の恋路を応援しているのである。
あれ程五月蠅く騒いでいた令嬢たちも、すっかり大人しくなりアルフレッドの妃になる事は諦めた様だ。
その皺寄せが、今ルーカスのところへ来ているのは言うまでもない。
学園を卒業しても婚約者が決まらず、職にも付けなかった令嬢たちは、親の決めた相手へと嫁いで行く事になる。
何とか公爵夫人の椅子に座りたいと、必死に茶会やパーティへの招待状を送って来る令嬢たちに、ルーカスは全く興味を示さなかった。
アマンダとマルゲリーターの浪費で、圧迫されていた財政を整えるのに必死のルーカスは、まだ妻を娶る気にはなれないのである。
エレインは、パトリシアに渡す一通だけの招待状を持って、学園に来た。
この日は先週行われたテストの結果が張り出されており、エレインは相変わらず主席を独占している。
パトリシアは、三位~十位辺りを行き来しており、今回は残念ながら上位三名の中には入れなかった様だ。
それでも成績優秀者の中で、上位に食い込んで来るのだから、優秀な事に変わりは無い。
身体を動かす事が好きだと言っていたので、勉強に打ち込むのはムラがあるのだろう。
もっと真剣に勉学に励めば、エレインを脅かす存在になれると思うのだが、パトリシアにその自覚はないのである。
実際成績優秀者クラスに通いながら、騎士科の訓練にも参加しているのだ。
騎士科は各学舎から生徒が集まって来る、学園の中でも特別な環境である。
出入りを著しく制限されている一般教養科の生徒も気兼ねなく通える様に、一般教養科の敷地内に造られたのだ。
パトリシアは、毎朝ここで訓練をしてから、教室に来ているのである。
エレインはその事を知っていたので、図書室へ向かう前に訓練場へ行こうと思い踵を返した時だった。
左手の薬指に、何かで刺された様な痛みが走ったのである。
驚いて周りを見たのだが、皆壁面に張り出されたテストの結果を見ており、エレインの周りには誰もいなかった。
何か虫にでも刺されたのかと思い指を触ってみるが、特に変わった様子もなく、痛みも感じられない。
「何だったのかしら…」
不思議に思うのだったが、気を取り直して訓練場へ向かおうとすると、やはり痛みが走るのだ。
『………医務室で診て貰おうかしら。変な虫に刺されたのだったら、早めに処置して貰う方がいいわよね』
エレインは、行き先を医務室に変えて歩き出したが、それきり痛みは起きなかった。
女医は真剣に指を見ているが、原因は分からないと言う。
「おかしいわね。見た感じでは、刺された跡は無いのよ。骨にも異常は無いみたいだから、もう少し様子を見てみましょうか」
「はい、先生。お手数をおかけ致しました」
「良いのよ。身体は大切にしなくてはいけないもの、気になる事があるのなら、直ぐに来てね」
「はい。失礼いたします」
『良かったわ。変な虫ではなくて。何の痛みだったのかしら…』
指を眺めながら、教室へと向かうエレインは、行き先を変えた事で難を逃れたのだった。
成績優秀者が集まる学舎に通う生徒は、各貴族家の嫡男や王宮に努める上級文官を目指している者が殆どである。
輝かしい将来に向かって勉学に励む者が、リスクを犯してまでエレインに危害を加える意味が無い。
アルフレッドの妃の座を狙っていた令嬢たちですら、エレインを邪魔だと思ってはいても、自ら手を汚そうとはしないのである。
しかし、一般教養科の生徒は違うのだ。
お金に困っている者が半数以上を占めるので、バーバラの手の者がお金を握らせエレインを害する様に言われたら、簡単に承諾してしまう。
成績優秀者が通う敷地に入れない彼らは、虎視眈々とエレインが姿を現すのを狙っているのだ。
バーバラは学園の事をよく知らないので、手駒になりそうな者に手当たり次第声を掛けたのだが、請け負った者から良い知らせが来ない事に苛立ちを覚えていたのだった。
エレインが成績優秀者の敷地を出ない限り、学園内で危害を加える事は、非常に困難なのである。
医務室に寄り遅くなってしまった事で、図書室へと行くのを諦めたエレインは、真っ直ぐに教室へと向かう事にした。
クラスに入ると、相変わらず腫れ物の様に扱われるが、もう慣れている。
相変わらずバーバラは来ない様で、机だけが置かれたままになっていた。
アルフレッドを狙っていた令嬢は、ルーカスに標的を変えた事で、エレインに近寄ろうとするが邪魔をされてしまうのだ。
初めからルーカス狙いの令嬢たちからしてみたら、招かれざる客なのだが、エレインから見たらどっちもどっちなのだ。
お義姉様と言いたくなる者は、この中にはいないのである。
唯一の友人であるパトリシアは、将来の夢が近衛騎士になる事であり、出世をしてエレインの護衛をすると息巻いている。
結婚をしないのかと聞いた事があった。
『パトリシア様は、お慕いしている殿方は、いらっしゃるのですか』
『今はおりませんわ。幼い頃は、従兄妹のお兄様に憧れておりましたのよ。でも結婚してしまいましたので、失恋いたしましたわ』
『まあ。パトリシア様の美しさに、気が付かない殿方がおりましたのね。残念ですわ』
『仕方がなかったのです。十歳も年上でしたもの、恋愛対象として見ては貰えませんでしたわ』
『そうでしたか。素敵なお方なのでしょうね』
『エレイン様のお兄様とは、真逆ですわよ』
『?』
『背は低くて、私とあまり変わりませんの』
『パトリシア様は、背が高くてスタイルがとても宜しいですわ。私も、もう少し高くなりたいと思っておりますのよ』
『エレイン様は、そのままで充分美しいですわよ。私は、見目の麗しい殿方は苦手ですの。なんだかお人形を見ているみたいで、緊張してしまいますわ』
『まあ。お人形が苦手なのですか。では、プレゼントの候補から外しておきますわね』
『そうして貰えると嬉しいですわ。あまり大きな声では言えませんけれど、実は私……』
パトリシアは、騎士科に所属している平民の男子生徒と仲が良いのである。
身分差があるので恋愛対象にはならないが、がっちりと筋肉が付いている、逞しい男性が好みだと話していた。
細身のルーカスやアルフレッドは、恋愛対象外なのだそうだ。
なんとも残念な話である。
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