白夜のからくりハウス

夕凪

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祝祭と影の商人

Holroge

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 アスターは人々で賑わう道を急いだ。集合住宅と言っても、昔あったとされる集合住宅に住んでいる戸数の比ではない数が、この〈ハウス〉には住んでいる。それだけに、住人たちが目を覚まし、朝食のために商店街や市場のある階層に訪れるこの時間帯は、ただでさえ狭い道が混み合って仕方がない。アスターは小柄な体を活かして、道をなんとか進んだ。
 〈ハウス〉の端にある、小さな広場に差し掛かると、アスターは裏通りに入った。がらくたや何やらが捨てられている壊れた一室に入り、そんなに大きくはない部屋に出る。アスターは迷いなく、部屋のすみにある床板を剥がした。中からメッキを施された鉄製のはしごが出てくる。アスターは菓子を入れた布袋を口にくわえて、はしごを降りた。
 三十段ほど降りたところで、左横に明かりが見えてきた。はしごはまだまだ暗闇に続いていたが、アスターは気にせずにそこではしごを離し、狭い通路に入った。
 アスターは軽くため息をついた。いつもは通路の奥まで明かりが続いているのに、今日は手前までしか電気がついていない。きっと彼女の仕業だ。アスターは布袋を床に降ろし、自由になった手で壁を探った。鉄の取っ手が手に当たり、アスターは微笑んだ。
 目を凝らしながらそれを開け、古びた電池を取り出す。プラス極とマイナス極から導線を引っ張り出し、落ちていた錆びた釘を使って、それを発火させた。火が消えないうちに、急いで布袋にそれを移す。これでしばらくは消えないだろう。アスターは中に入っていた菓子たちをポケットに入れ替えながら、深呼吸をした。ここからが本番だ。
 足元に落ちていた細い鉄骨を杖代わりに使って、慎重に足を進めていく。違和感はすぐに現れた。鉄骨に引っかかった細い糸をアスターは見つけた。辿ってみると、糸の先には薄そうな布袋があった。この前読んだ本に載っていた風船というものを思い出す。何が入っているのかはわからないが、悪趣味なものだということには間違いないだろう。
 そんな罠を何個も見破りながら進んでいくと、青白い光が行く手に見えてきた。アスターは油断せずにそこへと歩みを進めた。幸運にも、罠はもうなかった。入口の手前でアスターは立ち止まり、火を消した。これ以上は布袋がもったいない。アスターは怒鳴りたいのを我慢しながら、ゆっくりと扉を開けて中へと入った。
「オルロ、入ってくるのにこれが犠牲になったんだけど」
 アスターはずんずんと、いつも通りコンピュータと向き合っている人間、オルロージュ、通称オルロへ向かっていった。〈ハウス〉内では畜産も行われているが、あまり場所をとれないのと需要が高いのが相まって、決して畜産物は安いとは言えない。また財布に負担をかけなければいけないなんて、ひどすぎる。せめて慰謝料を出してほしいとアスターは強く思った。
「ごめんごめん。お詫びに紅茶でも」
 悪びれる素振りも見せず、オルロは近くの棚から茶葉を取り出して、いそいそと紅茶の準備を始めた。いたずらをしても悪びれず再犯を繰り返す子どものようだとアスターは思った。
「子どもみたいってのは失礼だね」
 オルロが首をかしげる。アスターはどきりとした。こういうところがあるから、オルロは怖い。アスターは逆に質問してみることにした。
「じゃあいったい何歳なのさ?」
「さあね」
 アスターのことには何でも首を突っ込んでくるくせに、自分のことになるとすぐにはぐらかしてくるので、アスターは未だにオルロの年齢も性別も知らない。名前がなんとなく女性名に聞こえたり、一人称が「わたし」だったりするため、勝手にアスターは女性だと思っているが、真偽の程は不明だ。
「どうぞ。お菓子もちょうだいな」
 アスターは図書館にある、漫画という数少ない書物に載っていた「パシリ」という言葉を思い出した。なんだかやけになってきたアスターは紅茶を一気飲みした。
「しょっぱ!」
 アスターは思わず叫んだ。この紅茶、塩が入っている。紅茶を苦いと思うことはあれど、しょっぱいと思ったのは初めてだ。犯人だろう、いや犯人のオルロは満足そうに笑っていた。
「わたし直々に作ったあんなに難しい罠を潜り抜けてきたのに、こんな簡単なのに騙されるなんて、君も面白いね」
 アスターは深呼吸して、自分の気持ちを制御した。オルロと出会ってから、まだ彼女を殴っていないのは自分を尊敬してもいいくらいの偉業だとアスターは思った。
「子育ての大変さがわかった気がするよ」
 アスターはため息をついた。愉快そうにオルロが笑う。
「で、今日はどんなのを読んでいくのかい?それともコンピュータでも使う?」
「読むほうにする。なんか今日はつかれた」
 アスターはここに来る目的の一つ、部屋の奥までずっと続いている巨大な本棚のほうに向かった。ここにある本の量は図書館以上だ。オルロがいることで価値が大きく下がってしまっているのは残念なくらい。
「それはお気の毒に」
 どこ吹く風で、オルロがクッキー片手にコンピュータにまた向かう。アスターは彼女が何をコンピュータで行っているのか、これまた未だに知らない。そっと覗いてみても、意味のわからない記号の羅列があるだけだ。何をしているのかたずねてみても、はぐらかされる始末だった。知り合ってから五年も経つというのに。
 本を選びながら、出会ったときのことをふと思い出す。
 そう、あれは初めての〈会議〉があったときのことだった。
  
 
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