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幻惑の花園
Bug
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タレイアはそっと事務所を抜け出すと、〈第一階層〉へ降りるゴンドラリフトに乗った。チラシに載っていた地図を思い出しながら、商店街の一角にある菓子店、〈ナゴミ〉へと向かう。扉の脇に咲いているいちごの花や、すももの木から甘い香りがただよっていた。なんだか明るそうな店だ。旅立つ前に来て良かった。タレイアは自分の選択に満足しながら、扉を開けた。
朝早く来たからか、誰もいない。いるのは、カウンターで居眠りしている店の主と、その横で働いている少女だけだった。静かな店内に心地良さを覚えながら、タレイアは少女に話しかけた。
「ごめんなさい、この桜の和菓子を二つくれる?」
チラシにおすすめと書いてあった新作の商品だ。少女は、タレイアの声にはっとしたように顔を上げた。
「あっ、すみません。三つですか?」
「二つでお願い」
どこか心ここにあらずといったふうな少女に、タレイアは首をかしげた。
「悩み事でもあるの?」
少女はためらう様子を見せながら、頷いた。
「実は、友達が行方不明になっちゃったかもしれないんです」
「いつから?」
「昨日からです」
タレイアは不思議に思ってたずねた。この〈ハウス〉で行方不明者が出たなんて聞いたことがない。強いてあげるならば、〈管理人〉の少女が姿を消したことくらいだろう。
そう考えたところで、納得した。おそらく、この少女は彼女の友人なのだろう。しかし、どこからその情報を得たのだろうか。公にはされていないはずだ。
「なぜ行方不明だと思ったの?〈ハウス〉のどこかにいるんじゃないのかしら」
それとなくたずねてみると、少女はぶんぶんと首を振った。
「違います!あたし、昨日徹夜してお菓子の開発してたとき、ふと窓の外を見たんです。夜、その友達が祠の方で知らない子と、女の人?男の人?わからないけど、綺麗な人と一緒にいるのを見ました。気になって、急いで厨房の片付けをしたあと、祠の方へ向かってみたんですけど、もう誰もいませんでした。
なんだか胸騒ぎがしたので、今日の朝早く会館の見習いをしている友達のところに行って、その友達、アスターの行方をたずねたんです。アスターは、毎朝決まって会館に姿を見せるから。でも、今日は見なかったって言うんです。変だと思いませんか?だから、仕事が終わったら、祠を調べてみようと思うんです」
早口でまくしたてる少女の言葉を聞きながら、タレイアは心の中で頷いた。どうやら、予想はだいたい合っていたようだ。しかし、こんなに友達想いだとは思っていなかった。このままだと、彼女は祠だけでなく〈ハウス〉の内部についても調べ出すかもしれない。予防線を張っておくに越したことはないだろう。
「大丈夫よ。実は私、〈管理人〉のヴィオローゼさんと知り合いなの。そこで聞いたのだけれど、アスターちゃんは今、〈ハウス〉の内部に入って点検をしているんですって。見慣れない少年というのはたぶん、他の階層の友達じゃないかしら。彼女、〈ハウス〉のおおかたの人と知り合いなんでしょう?」
少女は、軽く俯いた。この言葉は失敗だっただろうか。タレイアは様子を覗った。
「でも、心配です…。そうだ、お客さん、アスターの居場所って知ってるんですか?合流するんですか?」
不安そうな様子から一変して、少女は食い気味にこちらにたずねてきた。タレイアはその変わりぶりと勢いに驚きながら、慌てて嘘をこしらえた。
「えぇ、まぁ。あなたが心配してるって伝えましょうか?」
「お願いします!ちゃんと帰ってきてって言ってください、なんだか不安なので。約束ですよ」
しまった。タレイアはどきりとした。住人との約束や契約は破れない。しかし、この少女との約束を守ろうとしたら、命令を遂行することはできない。つまり、自分は覆しようのない失態を犯してしまったのだ。けれども、もう仕方がない。
「…わかったわ。しっかり伝えておくわね。ところであなたのお名前は?」
「カリンです!」
こんなに高いんだな。アスターは内心舌を巻いた。
何百回も来ている場所だが、いざ改めて見下ろすとその高度にびっくりする。高所恐怖症ではなくとも、くらくらしてしまうような高さだ。〈ハウス〉が吹き抜けの造りになっているから、実際よりも高く見えるのもあるだろう。
ふと、その光景に違和感を覚えた。その正体に気がついて、はっとする。ばかげた考えだが、ソーニャに相談したい。そのためにも、早く死んでみなければ。
アスターは目の前の柵を乗り越えて、虚空にダイブした。
「おかーさん、おとーさん、迎えに来たよ」
妹が駅のホームへ走っていく。これが現実だったらどんなに良かっただろう。そんな想いを抱えながら、ソーニャは妹のいる方に近づいた。自分と同じように左右で色の違う瞳を持つ女性と、濃灰色の髪の男性が立っている。どちらも見たことのない人物だ。
「あら、二人とも迎えに来てくれたの?ありがとう」
「うん」
女性の言葉に、妹は満面の笑みを浮かべた。本来ならば嬉しさを覚える風景のはずだ。しかし、ソーニャはその景色に疑問を感じた。見知らぬ人間がなぜ自分の夢に出てきているのだろう。監視者側のバグか?
「あんたら、誰なんだ?」
そうたずねようとした瞬間、体全体に強い痛みを感じた。くそ、もう時間切れか。ソーニャは心の中で悪態をつきながら、ナイフのあるべき場所に手を伸ばした。ちゃんとそれは存在していた。幸せそうな幻影たちを見ながら、ナイフを首に当てる。最後に、つぶやいた。
「じゃ、またな」
朝早く来たからか、誰もいない。いるのは、カウンターで居眠りしている店の主と、その横で働いている少女だけだった。静かな店内に心地良さを覚えながら、タレイアは少女に話しかけた。
「ごめんなさい、この桜の和菓子を二つくれる?」
チラシにおすすめと書いてあった新作の商品だ。少女は、タレイアの声にはっとしたように顔を上げた。
「あっ、すみません。三つですか?」
「二つでお願い」
どこか心ここにあらずといったふうな少女に、タレイアは首をかしげた。
「悩み事でもあるの?」
少女はためらう様子を見せながら、頷いた。
「実は、友達が行方不明になっちゃったかもしれないんです」
「いつから?」
「昨日からです」
タレイアは不思議に思ってたずねた。この〈ハウス〉で行方不明者が出たなんて聞いたことがない。強いてあげるならば、〈管理人〉の少女が姿を消したことくらいだろう。
そう考えたところで、納得した。おそらく、この少女は彼女の友人なのだろう。しかし、どこからその情報を得たのだろうか。公にはされていないはずだ。
「なぜ行方不明だと思ったの?〈ハウス〉のどこかにいるんじゃないのかしら」
それとなくたずねてみると、少女はぶんぶんと首を振った。
「違います!あたし、昨日徹夜してお菓子の開発してたとき、ふと窓の外を見たんです。夜、その友達が祠の方で知らない子と、女の人?男の人?わからないけど、綺麗な人と一緒にいるのを見ました。気になって、急いで厨房の片付けをしたあと、祠の方へ向かってみたんですけど、もう誰もいませんでした。
なんだか胸騒ぎがしたので、今日の朝早く会館の見習いをしている友達のところに行って、その友達、アスターの行方をたずねたんです。アスターは、毎朝決まって会館に姿を見せるから。でも、今日は見なかったって言うんです。変だと思いませんか?だから、仕事が終わったら、祠を調べてみようと思うんです」
早口でまくしたてる少女の言葉を聞きながら、タレイアは心の中で頷いた。どうやら、予想はだいたい合っていたようだ。しかし、こんなに友達想いだとは思っていなかった。このままだと、彼女は祠だけでなく〈ハウス〉の内部についても調べ出すかもしれない。予防線を張っておくに越したことはないだろう。
「大丈夫よ。実は私、〈管理人〉のヴィオローゼさんと知り合いなの。そこで聞いたのだけれど、アスターちゃんは今、〈ハウス〉の内部に入って点検をしているんですって。見慣れない少年というのはたぶん、他の階層の友達じゃないかしら。彼女、〈ハウス〉のおおかたの人と知り合いなんでしょう?」
少女は、軽く俯いた。この言葉は失敗だっただろうか。タレイアは様子を覗った。
「でも、心配です…。そうだ、お客さん、アスターの居場所って知ってるんですか?合流するんですか?」
不安そうな様子から一変して、少女は食い気味にこちらにたずねてきた。タレイアはその変わりぶりと勢いに驚きながら、慌てて嘘をこしらえた。
「えぇ、まぁ。あなたが心配してるって伝えましょうか?」
「お願いします!ちゃんと帰ってきてって言ってください、なんだか不安なので。約束ですよ」
しまった。タレイアはどきりとした。住人との約束や契約は破れない。しかし、この少女との約束を守ろうとしたら、命令を遂行することはできない。つまり、自分は覆しようのない失態を犯してしまったのだ。けれども、もう仕方がない。
「…わかったわ。しっかり伝えておくわね。ところであなたのお名前は?」
「カリンです!」
こんなに高いんだな。アスターは内心舌を巻いた。
何百回も来ている場所だが、いざ改めて見下ろすとその高度にびっくりする。高所恐怖症ではなくとも、くらくらしてしまうような高さだ。〈ハウス〉が吹き抜けの造りになっているから、実際よりも高く見えるのもあるだろう。
ふと、その光景に違和感を覚えた。その正体に気がついて、はっとする。ばかげた考えだが、ソーニャに相談したい。そのためにも、早く死んでみなければ。
アスターは目の前の柵を乗り越えて、虚空にダイブした。
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妹が駅のホームへ走っていく。これが現実だったらどんなに良かっただろう。そんな想いを抱えながら、ソーニャは妹のいる方に近づいた。自分と同じように左右で色の違う瞳を持つ女性と、濃灰色の髪の男性が立っている。どちらも見たことのない人物だ。
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「うん」
女性の言葉に、妹は満面の笑みを浮かべた。本来ならば嬉しさを覚える風景のはずだ。しかし、ソーニャはその景色に疑問を感じた。見知らぬ人間がなぜ自分の夢に出てきているのだろう。監視者側のバグか?
「あんたら、誰なんだ?」
そうたずねようとした瞬間、体全体に強い痛みを感じた。くそ、もう時間切れか。ソーニャは心の中で悪態をつきながら、ナイフのあるべき場所に手を伸ばした。ちゃんとそれは存在していた。幸せそうな幻影たちを見ながら、ナイフを首に当てる。最後に、つぶやいた。
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