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人身御供の箱庭
Go to hell together
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「奇妙な実験を受けた。彼らは〈想念実験〉と呼んでいた。それが何を意味するのか、最初は意味がわからなかった。意味がわかったのは、実験を受け終わってからのことだった。
私の体は変貌した。話を盗み聞きした限りでは、それは心の奥底にある望みを実体化したものだという。確かに、そうかもしれない。皮肉な話だ…」
アスターがつぶやくように読み上げた。ツクモの話とおおかた合致している。たぶん、この部屋にいた誰かは、村に暮らしていた者だろう。自分が訪れたときには、自害してしまっていたかもしれないが。ソーニャはふと考えた。いつ出られるかもわからない、奇妙な空間に千年以上閉じ込められたら、自分はどうするだろう。できることといったら、ただ生を貪るだけ。自害を選ぶ者が出たことにもうなずける。
ソーニャはアスターの声が途切れたのを感じて、ページをめくった。どこで日記が終わったのか知りたかった。思ったよりもすぐに、その長い空白は訪れた。ソーニャは最後の文を目で追った。
脱走しようと言い出す、少女が現れた。馬鹿な話だ。私たちは実験のとき以外は四六時中、力を抑えるための手錠をさせられているうえに、手強い見張りもいる。
しかし、驚いたことに私はそれにうなずいた。これ以上利用されるよりは、逃げて殺される方が良いと思ったのかもしれない。それとも、生きたいとまだ思っていたのだろうか。わからない。
ということで、日記は終わりにする。そろそろ脱走計画が始まる。最後に、これを読む誰かに向けて、私のことを少しだけ書いておく。私は、天空国家〈セレスティオン〉出身のツクモだ。詳しいことは省くが、罪人となり、そしてここに売られた。そして今、ここでの最悪な日々にも、やっと別れを告げることができそうで楽しみだ。それが死であれ、何であれ。では、さようなら。
「…ツクモさんだったのか」
アスターが乾いた声色でつぶやいた。
「別に罪悪感とかいらねぇよ。向こうもこっちを殺そうとしてたんだ。お互い様だ」
ソーニャはぱたんと手帳を閉じた。なるべく自然な動作に見えるように、引き出しに手帳を戻す。
何も感じていないと言えば嘘になる。人殺しはあのときが初めてではない。でも、その度に何か胸の奥に冷たい風が吹き抜けていくような、そんな感覚を覚える。泣きたくなるくらい辛いというわけではない。それだけに、そんな自分が嫌になる。自分は平気で人を殺せる人間になってしまったのかと、否が応でも思うからだ。
でも、今はアスターの前だ。心がどうであれ、外面が平然としていれば、それは相手にとって真実になる。冷酷だと思われても良い。ただ、元気になってほしかった。
なんだか矛盾している。ソーニャは内心でため息をついた。彼女を恐ろしく思う気持ちと、励ましたいという気持ちが一緒くたになって心に同居している。感情の収拾がつかなくて気持ち悪い。変な感じだ。
「そろそろ行こうぜ。ここに長居してても、オレの目的が果たされるわけじゃないからな」
ソーニャはその奇妙な感情を振り払うように、廊下に戻った。アスターが後ろから静かについてきた。歩き出す。アスターの歩調に合わせながら、ソーニャはふいにツクモの言動とあの写真のことを思い出した。
彼は、自分の故郷の人々と自分の外見が似ていると言っていた。言い換えるならば、自分は天空国家の人々と姿形が似ているということだ。自分と妹は天空国家出身なのだろうか。ソーニャは考えた。でも、天空国家と自分が育った電脳都市は、遠く離れている。よっぽどの事情がない限り、電脳都市で自分と妹を産もうなんて考えないはずだ。 ますますよくわからない。
「ねぇ、ソーニャ」
アスターの声に、ソーニャは我に返った。
「何だ?」
「人を殺したら地獄に行くって話、聞いたことある?」
「あるけど。地獄に行くんじゃないかって心配なのか?あれは迷信だと思うぜ」
ソーニャは首を傾げた。そんなことを気にする奴だったのか。
「迷信じゃない可能性もあるよ。死んで見てきた人なんていないだろ?まぁ、実在の方も怪しいけど」
アスターが肩をすくめた。何が言いたいのだろうか。ソーニャはアスターの話に耳を傾けた。
「とにかく、もし地獄があったらわたしはそこに堕ちる。別に怖いわけじゃないよ。どんな場所なのか気になるし」
「だろうな」
ソーニャは大きくうなずいた。アスターが苦笑する。
「でも、たぶん、わたしの友達やおばあちゃんはみんな天国に行く。ちょっと寂しいなと、ふと思ってさ」
アスターがふうっと息を吐いた。
「だから、一緒に行かないかい?もちろん、わたしは罪の分苦しむつもりだし、どっちかといえば天国に行きたい。君を巻き込むつもりもない。でも、二人とも地獄行きになったら、一緒に行きたいな」
「告白かよ、ムードもないのに。まぁいいけど」
ソーニャはなんだか照れくさくなってきて、ぐちぐちとつぶやいた。
「あらやだ、照れちゃうわ」
アスターがけらけらと笑った。ソーニャは恥ずかしくなってきて、歩調を速めた。アスターの申し出がほんの少しだけ、嬉しかったことを悟られたくなかった。
私の体は変貌した。話を盗み聞きした限りでは、それは心の奥底にある望みを実体化したものだという。確かに、そうかもしれない。皮肉な話だ…」
アスターがつぶやくように読み上げた。ツクモの話とおおかた合致している。たぶん、この部屋にいた誰かは、村に暮らしていた者だろう。自分が訪れたときには、自害してしまっていたかもしれないが。ソーニャはふと考えた。いつ出られるかもわからない、奇妙な空間に千年以上閉じ込められたら、自分はどうするだろう。できることといったら、ただ生を貪るだけ。自害を選ぶ者が出たことにもうなずける。
ソーニャはアスターの声が途切れたのを感じて、ページをめくった。どこで日記が終わったのか知りたかった。思ったよりもすぐに、その長い空白は訪れた。ソーニャは最後の文を目で追った。
脱走しようと言い出す、少女が現れた。馬鹿な話だ。私たちは実験のとき以外は四六時中、力を抑えるための手錠をさせられているうえに、手強い見張りもいる。
しかし、驚いたことに私はそれにうなずいた。これ以上利用されるよりは、逃げて殺される方が良いと思ったのかもしれない。それとも、生きたいとまだ思っていたのだろうか。わからない。
ということで、日記は終わりにする。そろそろ脱走計画が始まる。最後に、これを読む誰かに向けて、私のことを少しだけ書いておく。私は、天空国家〈セレスティオン〉出身のツクモだ。詳しいことは省くが、罪人となり、そしてここに売られた。そして今、ここでの最悪な日々にも、やっと別れを告げることができそうで楽しみだ。それが死であれ、何であれ。では、さようなら。
「…ツクモさんだったのか」
アスターが乾いた声色でつぶやいた。
「別に罪悪感とかいらねぇよ。向こうもこっちを殺そうとしてたんだ。お互い様だ」
ソーニャはぱたんと手帳を閉じた。なるべく自然な動作に見えるように、引き出しに手帳を戻す。
何も感じていないと言えば嘘になる。人殺しはあのときが初めてではない。でも、その度に何か胸の奥に冷たい風が吹き抜けていくような、そんな感覚を覚える。泣きたくなるくらい辛いというわけではない。それだけに、そんな自分が嫌になる。自分は平気で人を殺せる人間になってしまったのかと、否が応でも思うからだ。
でも、今はアスターの前だ。心がどうであれ、外面が平然としていれば、それは相手にとって真実になる。冷酷だと思われても良い。ただ、元気になってほしかった。
なんだか矛盾している。ソーニャは内心でため息をついた。彼女を恐ろしく思う気持ちと、励ましたいという気持ちが一緒くたになって心に同居している。感情の収拾がつかなくて気持ち悪い。変な感じだ。
「そろそろ行こうぜ。ここに長居してても、オレの目的が果たされるわけじゃないからな」
ソーニャはその奇妙な感情を振り払うように、廊下に戻った。アスターが後ろから静かについてきた。歩き出す。アスターの歩調に合わせながら、ソーニャはふいにツクモの言動とあの写真のことを思い出した。
彼は、自分の故郷の人々と自分の外見が似ていると言っていた。言い換えるならば、自分は天空国家の人々と姿形が似ているということだ。自分と妹は天空国家出身なのだろうか。ソーニャは考えた。でも、天空国家と自分が育った電脳都市は、遠く離れている。よっぽどの事情がない限り、電脳都市で自分と妹を産もうなんて考えないはずだ。 ますますよくわからない。
「ねぇ、ソーニャ」
アスターの声に、ソーニャは我に返った。
「何だ?」
「人を殺したら地獄に行くって話、聞いたことある?」
「あるけど。地獄に行くんじゃないかって心配なのか?あれは迷信だと思うぜ」
ソーニャは首を傾げた。そんなことを気にする奴だったのか。
「迷信じゃない可能性もあるよ。死んで見てきた人なんていないだろ?まぁ、実在の方も怪しいけど」
アスターが肩をすくめた。何が言いたいのだろうか。ソーニャはアスターの話に耳を傾けた。
「とにかく、もし地獄があったらわたしはそこに堕ちる。別に怖いわけじゃないよ。どんな場所なのか気になるし」
「だろうな」
ソーニャは大きくうなずいた。アスターが苦笑する。
「でも、たぶん、わたしの友達やおばあちゃんはみんな天国に行く。ちょっと寂しいなと、ふと思ってさ」
アスターがふうっと息を吐いた。
「だから、一緒に行かないかい?もちろん、わたしは罪の分苦しむつもりだし、どっちかといえば天国に行きたい。君を巻き込むつもりもない。でも、二人とも地獄行きになったら、一緒に行きたいな」
「告白かよ、ムードもないのに。まぁいいけど」
ソーニャはなんだか照れくさくなってきて、ぐちぐちとつぶやいた。
「あらやだ、照れちゃうわ」
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