ナルニアの海上都市

夕凪

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真珠の塔と仮面の怪盗

Frisch siblings

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「お待ちしておりました」
 黒スーツを着こなした、背の高い男の人が頭を下げた。年齢的には、リンドウさんやウルツァイトさんよりちょっと上だけれど、ノグリさんよりは下ってところだろうか。そんな男の人に、ノグリさんも慇懃にうなずいた。
「急ぎですみません。協力していただいて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそリシェス様のわがままを聞いていただき、ありがとうございます。私は、キュオンと申します。白砂屋敷の執事をしている者です」
 てきぱきと執事のキュオンさんは自己紹介を進めた。リシェスっていうのはたぶん、あの宝石店の店主をしていた人だろう。私は思い出した。人混みであまり良く見えなかったけれど、人の良さそうな顔をしていた気がする。
「さっそくですが、リシェス様たちが〈海上特務隊〉の皆様に会いたがっております。私についてきてください」
「わかりました。あの、リシェス様たちというのは?フリッシュ一族の方たちでしょうか」
 ノグリさんが歩き出しながら、キュオンさんにたずねた。なんだか知らないことばかりだけれど、頑張ってついていかなくちゃ。
「はい。それぞれ、末の弟のゼラニ様、次女のパイエオン様と次男のリシェス様、そして長男のキンセイ様です」
「確か、彼らのご両親は昨年、お亡くなりになったのでしたよね。あなた一人でこの屋敷の切り盛りを?」
 ウルツァイトさんが首を傾げた。またキュオンさんがうなずく。
「はい。もちろん、私だけではなく、他の使用人の者たちやキンセイ様たちと協力して。いきなりご両親が逝去してしまわれたのには、子どもたちは悲しんだようでしたが、それでもなんとかやっていくことができました」
「リンドウさん、何でみんなこんなに詳しいの?予告状が届いてからここまで調べたんですか?」
 紫苑がリンドウさんに小声でたずねた。一瞬、リンドウさんは驚いたような表情を浮かべてから、すぐに納得したようにうなずいた。
「そうか、知らないんだな。フリッシュ一族は、海上都市を築き上げた立役者の一人なんだ。風力発電の基礎を築き上げたりとか、いろいろなんやかんやした、偉い一族なんだぞ」
「え、じゃあ、あの風車とかも?」
 びっくりしたように、旭が後ろに何個も見える白い風車を見た。
「もちろん。だから、今でも海上都市の有名人なんだ」
 小声でリンドウさんがまとめた。なるほど、道理でやけに詳しいわけだ。この屋敷の大きさにも説明がつく。
「話がお済みになられたら、どうぞ入ってください。茶菓子に〈エピセリュイ〉もありますよ」
 いたずらっぽくキュオンさんがつけたした。途端にリンドウさんがきらりと目を輝かせた。
「巷で噂のお菓子ですよね。確か、ドライフルーツやナッツを揚げたものに、香辛料をまぶしたものだとか」
「さすが、〈海上特務隊〉のリンドウ様。幅広い分野に精通なさっているようですね」
 キュオンさんが微笑んだ。リンドウさんが嬉しそうに笑みを浮かべた。その様子を気に入らなさそうに見るウルツァイトさん。三者三様ってこういう様子を表すのかしら。いや、三角関係って言ったほうが正しいのかな。
「それでは、中へどうぞ」
 私は中に入りながら、ふと思った。キュオンさん、実はリンドウさんの好物が辛いものだと知っていて、そのお菓子を選んだんじゃないだろうか。もしそうなら、かなりの策士だ。でも、本人は喜んでいるし、まぁいいか。
「うわ、おれんちの十倍くらいあるぞ」
 中に入った旭が驚いたようにつぶやいた。確かに、とっても広々としている。窓から差し込む明るい日差しも相まって、到底幽霊屋敷になんか見えない。壮も楽しそうにうなずいた。
「うん、さすがフリッシュ一族だね。ぼくもこんな家、住んでみたいな」
 私もこんな家を持っていたのなら住んでみたい。でも、ちょっと掃除が大変そうだ。それに、潮風もあるし、楽器とかが傷んじゃったら嫌だな。お母さんが毎日弾いていたピアノが壊れちゃったりしたら、自分を許せなくなりそうだ。けど、別荘として、みんなと住むなら悪くないかも。
「こちらです」
 キュオンさんが優雅な動作でノックをしてから、丁寧に横の扉を開いた。重厚な音を立てて、磨かれた扉が開く。
「失礼します。〈海上特務隊〉の皆様がいらっしゃいました」
「あぁ、待っていたよ。どうぞ、座ってくれ」
 嬉しそうに真ん中に座っている男の人が口を開いた。私たちはぎこちなくソファに座り込んだ。柔らかいはずなんだけれど、緊張のせいで硬く感じる。私は改めて周りの人々を見回した。中学生くらいの男の子と、高校生くらいのすごく可愛い女の子、(いきなり年が開いて)まだおどおどとしている店主の男の人、そして今口を開いた、三十歳くらいの、少しキザっぽい男の人が集まっている。これがフリッシュ兄妹か。なぜ海上都市には、ノグリさんたちや、フリッシュ一族みたいに、個性の豊かな人たちが多いのかしら。私はふと思った。
「用件は伺っております。さっそくですが、何か質問事項などはありますか?」
 ノグリさんが切り出した。男の人、たぶんキンセイさんがうなずいた。
「警備などについてはリシェルから訊いている。しかし、この子どもたちはどういうことだい?何も話には出てこなかったように思うが」
「変装を見破る過程において、効果的な手段だと思いまして。さすがのマスカレードも、このくらいの子どもには変装できないでしょう。確実性が増すということで」
「なるほど。確かに筋が通っている。しかし、彼らがマスカレードに惑わされるということはないのかい?」
「心配はいりません。彼らは大丈夫です」
 リンドウさんが〈エピセリュイ〉らしきものをさりげなくつまみながら、きっぱりと言った。
「そこまでのお墨付きがあるのなら、安心だね。どこぞの馬の骨ではないようだ」
 キンセイさんが満足げにうなずいた。今日出会ったばかりなのに、急展開で話が進んだ結果、ここまでこぎつけたということはバレていないようだ。でも、ここまで進められたのは、リンドウさんがおかしいからだ。もちろん良い意味で。私ならこうはできないだろう。改めて私はリンドウさんに感謝した。
「じゃあ、もう終わりでいいよね、兄さん。俺、勉強しなくちゃ」
 中学生くらいの男の子、おそらくゼラニさんがじれったそうに口を開いた。とがめるようにキンセイさんが彼を見る。
「〈海上特務隊〉の皆様に失礼だぞ、ゼラニ」
「はいはい。でも、俺がいる意味ないよね?戻っていいかな」
 ゼラニさんが唇を尖らせた。大人しそうなパイエオンさんとは反対に、なんだか生意気そうな少年だ。そんなことを思っていると、ノグリさんが穏やかに口を開いた。
「それでは終わりにしましょう。〈月の雫〉を守るのは、私たちにお任せください。また午後に来ます」
 こうして、白砂屋敷の人たちとの初めての顔合わせが終わった。
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