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第七章 地下世界
105.必要なのは
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「いきなり何言ってやがんだよ……俺らに師匠と戦えって……? 意味わかんねえよ! 地上にもどりゃそれでいいんだろ!? なんでアンタと戦わないといけないんだよ!!」
叫ぶ睦月。どこか焦ったような顔の彼に、アガラは努めて冷静に真実を告げる。
「私が怪物だからだ」
「はあ!?」
「……リレイヌ。さっき話したね。私たちは器だと。イヴ復活のための、哀れなる器なんだと」
イヴは幸福を感じて目覚め、不幸を感じて眠る存在。
故に、我々は人並みの幸せを得てはいけない。
我々は一生、生き続ける限り、不幸を感じ続けないといけないんだ。
「そ、それとこれとなんの関係が……!!」
「……シアナを産んだ日から、私は常に幸せを感じていた」
はた、と言葉を止める睦月。まさかと震える彼に笑い、アガラは穏やかに言葉を続ける。
「私は限界だった。だからこそ、シアナには私が死んだと見せかけて地下世界へ逃げ込んだ。そうして幸せからは程遠い暮らしを送っていた。けれど、そこに……そんな日々の中に、キミたちが現れた」
まだ幼いキミたちと過ごす日々は、楽しかった。
私は長き時間忘れていた幸福にいつの間にか浸っていたんだよ。
「だから……だから、そう……限界が来てしまったんだ……」
うすらと笑ったアガラ。その頬にパキリとヒビが入る。
睦月は言葉を失った。
いや、睦月だけではない。アジェラもリックも、それからリレイヌも、彼女のことを何も言わずに見つめた。ただ、震える瞳で、見つめていた。
「……お願いだ。私の可愛い子供たち」
その手で終わらせてくれ。
告げて、駆け出したアガラ。その素早い動作に一瞬反応の遅れたリックの前に、彼を守るように飛び出した睦月が隠し持っていたサバイバルナイフでその一撃を受け止める。
「リック!! 師匠!!」
「やめてくださいっ!! こんなのって、こんなのってないですようっ!!」
嘆くアジェラ。
突き飛ばされよろめいたリックを支えたリレイヌが、アガラと対峙する睦月を見て顔を歪める。
睦月はアガラの刀を防いだサバイバルナイフを片手、もう片手を地面の方へ。ブツブツと口の中で何かを唱えると、魔法陣を展開。そこから一本の剣を取り出し、持ったそれを勢いよく引き抜いた。
「睦月、もっと早く動け。キミは素早いんだ。スピードで押せば相手は必ず怯む」
「わあってるよッ!!」
苦しさを押し込むように、睦月は剣を振るう。その少し荒々しい技は、彼の性格を大いに表していた。
アガラは振るわれた剣先を飛んで避けると、次に刀を地面へ。刃先を地に埋めると、そこで魔導を展開する。
「ゲェ、地の魔導……」
戦いを眺める魔導生物がウザったそうに一言。
その吐き捨てるような声を耳に、アガラは大地を揺らした。大きなそれに体制を崩す面々が、ハッとしたように背負っていた武器を構える。
「リック! 来なさい!」
アガラが叫ぶ。
呼ばれたリックは悔しそうに奥歯を噛むと、それを振り払うように大地を強く踏みしめ駆け出した。
睦月とは異なる、流れるような洗練された剣技だった。美しい型にハマるそれは、どれほどの努力を積んで習得したのか、想像もできない。
アガラはかち合う刃と刃を見つめ、フッと笑った。リックはそれに、やはり悔しそうに顔を歪めると、そのまま剣先を薙ぎ払う。
「アジェラ!」
跳んで後退したアガラが、涙を流しながら赤い魔方陣に囲まれるアジェラを見た。呼ばれたアジェラは苦しげに叫びながら、大火力の魔導を展開する。
魔導の才は、リレイヌをカウントしなければ、恐らくこの中でアジェラが一番持っていた。どんなに強い火力だろうと、自身を焼くことなく彼は放出し続けることが可能なのだ。
アガラは驚異的なその力を前、声を出して笑うと炎の渦に飲み込まれた。「師匠!!」と悲痛な声が上がる中、彼女は片手を上へ。轟くような音を響かせながら水の魔導を展開すると、最後にリレイヌへと目を向けた。
「──おいで」
慈悲深く、優しい、心がポカポカして温かくなるような声色だった。
リレイヌはそっと彼女の方へ。フラフラと、やや覚束無い足取りで彼女の前に移動する。
アガラはそんな彼女に手にしていた刀を渡した。小さく震えるその手に柄の部分をしっかりと握らせ、彼女は笑う。
「リレイヌ、やらなければならないことは……わかっているね?」
「……」
俯く、美しい少女。その透き通るような瞳を震わせる彼女に、睦月が震える声で静止を投げる。
「やめろよ……リレイヌに……そいつに背負わせんなよ……ッ……やれって言うなら俺がやるからッ! だから──!!」
「黙ってて!!」
劈く、悲鳴のような声が俯いたリレイヌから発された。
彼女は強く刀を握ると、深く息を吐き出し、アガラの胸元に手にした刃の切っ先を突きつける。
「……必要なのは──絶望だ」
アガラが笑う。リレイヌはそれに、「わかっています」と一言。苦しげに叫びながら、アガラの体を深く、深く貫いた。
「……これしか方法はないんだ。“キミ”を生かす方法は、これしか──」
「……」
「……ごめんね。ありがとう……」
ごぽりと血を吐き出し、美しく女は笑った。震える手で俯く少女の頬を撫で、やがてその小さな体に凭れるようにくずおれた彼女を、リレイヌは表情を無くしたままそっと支える。
「……ししょう……」
睦月が、力を無くしたように地に膝を着く。
その傍ら、アジェラはわんわんと泣き、リックはぽろりと涙を零した。
誰もが悲しみにくれる中、リレイヌは支えたアガラの体を地面へ。横たえた彼女の亡骸をそっと見つめ、静かにその瞼を閉ざしてやる。
「……ごめんなさい」
それが、なんに対する謝罪かは分からなかった。だが、謝らずにはいられなかった。
震える瞳で眠るように呼吸を止めたアガラを見つめ、リレイヌはスン、と鼻を啜った。けれど決して涙を見せぬ彼女は、事を見守っていた魔導生物を振り返ると、「案内して」と一言。魔導生物はそんな彼女ににんまりと笑うと、「いいよぉ」と背を伸ばして歩き出した。
「……行こう、みんな」
絶望に震える三人を振り返ることなく、リレイヌは言う。この場で誰よりも辛いはずの彼女が、言う。
睦月は一度地面を叩くと、足に力を込めて立ち上がった。そして、歩き出すリレイヌの後を追いかける彼を、アジェラもリックも、何も言わずに追いかける。
ぽつり ぽつり
地下世界に、降らないはずの雨が降った。
それは上空に存在する瞳から溢れており、まるで神の死を嘆くようなその様子は、地下世界の住人たちの目に、しっかりと映し出されていた……。
叫ぶ睦月。どこか焦ったような顔の彼に、アガラは努めて冷静に真実を告げる。
「私が怪物だからだ」
「はあ!?」
「……リレイヌ。さっき話したね。私たちは器だと。イヴ復活のための、哀れなる器なんだと」
イヴは幸福を感じて目覚め、不幸を感じて眠る存在。
故に、我々は人並みの幸せを得てはいけない。
我々は一生、生き続ける限り、不幸を感じ続けないといけないんだ。
「そ、それとこれとなんの関係が……!!」
「……シアナを産んだ日から、私は常に幸せを感じていた」
はた、と言葉を止める睦月。まさかと震える彼に笑い、アガラは穏やかに言葉を続ける。
「私は限界だった。だからこそ、シアナには私が死んだと見せかけて地下世界へ逃げ込んだ。そうして幸せからは程遠い暮らしを送っていた。けれど、そこに……そんな日々の中に、キミたちが現れた」
まだ幼いキミたちと過ごす日々は、楽しかった。
私は長き時間忘れていた幸福にいつの間にか浸っていたんだよ。
「だから……だから、そう……限界が来てしまったんだ……」
うすらと笑ったアガラ。その頬にパキリとヒビが入る。
睦月は言葉を失った。
いや、睦月だけではない。アジェラもリックも、それからリレイヌも、彼女のことを何も言わずに見つめた。ただ、震える瞳で、見つめていた。
「……お願いだ。私の可愛い子供たち」
その手で終わらせてくれ。
告げて、駆け出したアガラ。その素早い動作に一瞬反応の遅れたリックの前に、彼を守るように飛び出した睦月が隠し持っていたサバイバルナイフでその一撃を受け止める。
「リック!! 師匠!!」
「やめてくださいっ!! こんなのって、こんなのってないですようっ!!」
嘆くアジェラ。
突き飛ばされよろめいたリックを支えたリレイヌが、アガラと対峙する睦月を見て顔を歪める。
睦月はアガラの刀を防いだサバイバルナイフを片手、もう片手を地面の方へ。ブツブツと口の中で何かを唱えると、魔法陣を展開。そこから一本の剣を取り出し、持ったそれを勢いよく引き抜いた。
「睦月、もっと早く動け。キミは素早いんだ。スピードで押せば相手は必ず怯む」
「わあってるよッ!!」
苦しさを押し込むように、睦月は剣を振るう。その少し荒々しい技は、彼の性格を大いに表していた。
アガラは振るわれた剣先を飛んで避けると、次に刀を地面へ。刃先を地に埋めると、そこで魔導を展開する。
「ゲェ、地の魔導……」
戦いを眺める魔導生物がウザったそうに一言。
その吐き捨てるような声を耳に、アガラは大地を揺らした。大きなそれに体制を崩す面々が、ハッとしたように背負っていた武器を構える。
「リック! 来なさい!」
アガラが叫ぶ。
呼ばれたリックは悔しそうに奥歯を噛むと、それを振り払うように大地を強く踏みしめ駆け出した。
睦月とは異なる、流れるような洗練された剣技だった。美しい型にハマるそれは、どれほどの努力を積んで習得したのか、想像もできない。
アガラはかち合う刃と刃を見つめ、フッと笑った。リックはそれに、やはり悔しそうに顔を歪めると、そのまま剣先を薙ぎ払う。
「アジェラ!」
跳んで後退したアガラが、涙を流しながら赤い魔方陣に囲まれるアジェラを見た。呼ばれたアジェラは苦しげに叫びながら、大火力の魔導を展開する。
魔導の才は、リレイヌをカウントしなければ、恐らくこの中でアジェラが一番持っていた。どんなに強い火力だろうと、自身を焼くことなく彼は放出し続けることが可能なのだ。
アガラは驚異的なその力を前、声を出して笑うと炎の渦に飲み込まれた。「師匠!!」と悲痛な声が上がる中、彼女は片手を上へ。轟くような音を響かせながら水の魔導を展開すると、最後にリレイヌへと目を向けた。
「──おいで」
慈悲深く、優しい、心がポカポカして温かくなるような声色だった。
リレイヌはそっと彼女の方へ。フラフラと、やや覚束無い足取りで彼女の前に移動する。
アガラはそんな彼女に手にしていた刀を渡した。小さく震えるその手に柄の部分をしっかりと握らせ、彼女は笑う。
「リレイヌ、やらなければならないことは……わかっているね?」
「……」
俯く、美しい少女。その透き通るような瞳を震わせる彼女に、睦月が震える声で静止を投げる。
「やめろよ……リレイヌに……そいつに背負わせんなよ……ッ……やれって言うなら俺がやるからッ! だから──!!」
「黙ってて!!」
劈く、悲鳴のような声が俯いたリレイヌから発された。
彼女は強く刀を握ると、深く息を吐き出し、アガラの胸元に手にした刃の切っ先を突きつける。
「……必要なのは──絶望だ」
アガラが笑う。リレイヌはそれに、「わかっています」と一言。苦しげに叫びながら、アガラの体を深く、深く貫いた。
「……これしか方法はないんだ。“キミ”を生かす方法は、これしか──」
「……」
「……ごめんね。ありがとう……」
ごぽりと血を吐き出し、美しく女は笑った。震える手で俯く少女の頬を撫で、やがてその小さな体に凭れるようにくずおれた彼女を、リレイヌは表情を無くしたままそっと支える。
「……ししょう……」
睦月が、力を無くしたように地に膝を着く。
その傍ら、アジェラはわんわんと泣き、リックはぽろりと涙を零した。
誰もが悲しみにくれる中、リレイヌは支えたアガラの体を地面へ。横たえた彼女の亡骸をそっと見つめ、静かにその瞼を閉ざしてやる。
「……ごめんなさい」
それが、なんに対する謝罪かは分からなかった。だが、謝らずにはいられなかった。
震える瞳で眠るように呼吸を止めたアガラを見つめ、リレイヌはスン、と鼻を啜った。けれど決して涙を見せぬ彼女は、事を見守っていた魔導生物を振り返ると、「案内して」と一言。魔導生物はそんな彼女ににんまりと笑うと、「いいよぉ」と背を伸ばして歩き出した。
「……行こう、みんな」
絶望に震える三人を振り返ることなく、リレイヌは言う。この場で誰よりも辛いはずの彼女が、言う。
睦月は一度地面を叩くと、足に力を込めて立ち上がった。そして、歩き出すリレイヌの後を追いかける彼を、アジェラもリックも、何も言わずに追いかける。
ぽつり ぽつり
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