死にたがりの神様へ。

ヤヤ

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第七章 地下世界

111.闇の中の懇願

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「──お願いします。あの子にもう、酷いことをしないでください」

 真っ暗な闇の中、金色の髪を揺らしながら、女は乞うた。その美しい青い瞳で、まっすぐ前を見据えながら。
 その女の願いに応えるように、闇の中を小さな星が駆けていく。それはまるで流れ星のようで、女はその星を見て軽く目線を下げると、すぐに顔を上げてもう一度言う。

「お願いします、“初代様”。あの子にこれ以上、苦しい思いをさせないでください」

 まるで最初からそこには誰もいませんよという風に静まる空間。返ってこない答えに、分かっていながらも女は惨めに頭を下げる。

「あの子はもう十分苦しんだ……もう、十分辛い思いをした……だから、だからもう……もうあの子を苦しめないで」

 願う女は、母親だった。
 たったひとりの小さな娘の幸せを願う母親。
 美しいその親の愛に、ようやっと暗闇から声が、言葉が返される。

「シアナ。キミは本当に娘想いの良い母親だね」

「……」

 シアナ。そう呼ばれた女が目線を上げた。
 それにより視認することかなった前方には、真っ白な男が立っている。

 身長約175センチほど。ゆるやかにウェーブする白い長髪を黒いリボンで軽く結った彼は、その血のように真っ赤な瞳を細めながらパチパチと陽気に手を鳴らしている。
 それは親の愛に対する感心か、はたまた嘲笑か……。
 それはどうかは分からないが、シアナは理解していた。目の前のこの男が、怒っていると。

 禍々しい程の空気が辺りを覆う。その中で冷や汗を流すシアナにそっと近寄ると、男はにこりと無邪気な笑みを浮かべてみせた。

「シアナ。キミは私に娘を苦しめるなと言うが、別に私はキミの娘を傷つけてはいない。それはよく理解出来るだろう?」

「ええ、存じております。貴方様が娘から奪ったものはとっくの昔に返していただきましたので」

「なら私に何を言おうと無駄なことは理解出来ているのではないかい? そも、創造主は創造する者。創造し、そして生まれたものを見守る者だ。他者の物語に関与することなど、滅多にない」

「ええ、そうです。そうですとも。けれど、私が言いたいのはそういうことではありません」

 ピシャリと告げて、シアナは睨むように男を見やる。

「あの子を……あの子たちを研究所に売ったのは、貴方ですよね。ヨルドーン・セラフィーユ」

「……様は付けな。キミと私とでは地位の差が激しくあるからね」

 にこっと笑んだ男は、そこでクルリと踵を返した。シアナはそれに声を荒らげる。

「何が目的であの子たちを傷つけるの!! あの子たちはただ生きていたいだけ……皆と一緒に、友達と一緒に、好きな子と一緒に、幸せに生きていたいだけなのに……ッ!!」

「幸せ……そう。幸せだ」

 くるっと振り返った男の顔が歪んでいく。楽し気に笑みを浮かべるそれを、シアナは睨んで拳を握った。

「私はね、シアナ。あの子に幸せを感じて欲しい。そんじょそこらの幸せとは異なる、大きな幸せを、だ。だから、そう……それを得てもらうためには先ず絶望が必要だ。生きとし生ける者は多大なる絶望の後になにか嬉しいことが起こると、大きな幸福を感じるだろう? うん。つまりそういうことさ」

「……そうまでして……そうまでしてあの子を貶めたいのですか」

「貶めるなんてとんでもない。言ってるだろう? 私はあの子に幸せを感じてほしいだけなんだ、と。そしてあわよくば──」

 そのまま愛しのイヴに成り果ててほしい。

 告げる男に、シアナはグッと奥歯を噛んだ。忌々しいと己を睨む彼女に対し、男は鼻歌混じりにこう言った。

「あの子は最もイヴに近しい存在だ。なぜなら、キミたちがあの子を完璧なものにしたから。あの子を完璧な神にしたが故に、イヴ復活は最早目前と言っても過言ではない」

「ありがとう! 礼を言うよ!」、と男は仰々しくも両手を広げた。そして片手を胸の前に当て、所謂お辞儀というものをしてみせる。
 シアナはこれに、「ふざけないで!」を叫んだ。途端、周囲の気温がグンと下がり、男の禍々しい気配が増していく。

「ふざけているのはキミだろう、シアナ・セラフィーユ。掟を破りヒトと交わり、挙句の果てには子を孕むなど……キミには創造主としての自覚が足りないね」

「まあ今となってはどうでもいい事だけれど」、と言い笑う男。ヨルドーンという名の彼は、悔しげなシアナを見下げると、軽い調子で両手をあげる。

「まあ、遅かれ早かれイヴ復活の時は必ずやってくる。それまでに精々娘をいい子いい子しておくんだね。だって、イヴが復活したらもう二度と、キミたち親子は会えなくなるんだからさ」

「あっはっはっ」と愉快そうに笑い、消えていく男。
 そんな男の姿を見失い、シアナは苦しげに眉を寄せた。

 あの愛しい子が、苦しまない世界を……。

 思う彼女は、どこまでも母親だった。

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