112 / 129
第七章 地下世界
111.闇の中の懇願
しおりを挟む
「──お願いします。あの子にもう、酷いことをしないでください」
真っ暗な闇の中、金色の髪を揺らしながら、女は乞うた。その美しい青い瞳で、まっすぐ前を見据えながら。
その女の願いに応えるように、闇の中を小さな星が駆けていく。それはまるで流れ星のようで、女はその星を見て軽く目線を下げると、すぐに顔を上げてもう一度言う。
「お願いします、“初代様”。あの子にこれ以上、苦しい思いをさせないでください」
まるで最初からそこには誰もいませんよという風に静まる空間。返ってこない答えに、分かっていながらも女は惨めに頭を下げる。
「あの子はもう十分苦しんだ……もう、十分辛い思いをした……だから、だからもう……もうあの子を苦しめないで」
願う女は、母親だった。
たったひとりの小さな娘の幸せを願う母親。
美しいその親の愛に、ようやっと暗闇から声が、言葉が返される。
「シアナ。キミは本当に娘想いの良い母親だね」
「……」
シアナ。そう呼ばれた女が目線を上げた。
それにより視認することかなった前方には、真っ白な男が立っている。
身長約175センチほど。ゆるやかにウェーブする白い長髪を黒いリボンで軽く結った彼は、その血のように真っ赤な瞳を細めながらパチパチと陽気に手を鳴らしている。
それは親の愛に対する感心か、はたまた嘲笑か……。
それはどうかは分からないが、シアナは理解していた。目の前のこの男が、怒っていると。
禍々しい程の空気が辺りを覆う。その中で冷や汗を流すシアナにそっと近寄ると、男はにこりと無邪気な笑みを浮かべてみせた。
「シアナ。キミは私に娘を苦しめるなと言うが、別に私はキミの娘を傷つけてはいない。それはよく理解出来るだろう?」
「ええ、存じております。貴方様が娘から奪ったものはとっくの昔に返していただきましたので」
「なら私に何を言おうと無駄なことは理解出来ているのではないかい? そも、創造主は創造する者。創造し、そして生まれたものを見守る者だ。他者の物語に関与することなど、滅多にない」
「ええ、そうです。そうですとも。けれど、私が言いたいのはそういうことではありません」
ピシャリと告げて、シアナは睨むように男を見やる。
「あの子を……あの子たちを研究所に売ったのは、貴方ですよね。ヨルドーン・セラフィーユ」
「……様は付けな。キミと私とでは地位の差が激しくあるからね」
にこっと笑んだ男は、そこでクルリと踵を返した。シアナはそれに声を荒らげる。
「何が目的であの子たちを傷つけるの!! あの子たちはただ生きていたいだけ……皆と一緒に、友達と一緒に、好きな子と一緒に、幸せに生きていたいだけなのに……ッ!!」
「幸せ……そう。幸せだ」
くるっと振り返った男の顔が歪んでいく。楽し気に笑みを浮かべるそれを、シアナは睨んで拳を握った。
「私はね、シアナ。あの子に幸せを感じて欲しい。そんじょそこらの幸せとは異なる、大きな幸せを、だ。だから、そう……それを得てもらうためには先ず絶望が必要だ。生きとし生ける者は多大なる絶望の後になにか嬉しいことが起こると、大きな幸福を感じるだろう? うん。つまりそういうことさ」
「……そうまでして……そうまでしてあの子を貶めたいのですか」
「貶めるなんてとんでもない。言ってるだろう? 私はあの子に幸せを感じてほしいだけなんだ、と。そしてあわよくば──」
そのまま愛しのイヴに成り果ててほしい。
告げる男に、シアナはグッと奥歯を噛んだ。忌々しいと己を睨む彼女に対し、男は鼻歌混じりにこう言った。
「あの子は最もイヴに近しい存在だ。なぜなら、キミたちがあの子を完璧なものにしたから。あの子を完璧な神にしたが故に、イヴ復活は最早目前と言っても過言ではない」
「ありがとう! 礼を言うよ!」、と男は仰々しくも両手を広げた。そして片手を胸の前に当て、所謂お辞儀というものをしてみせる。
シアナはこれに、「ふざけないで!」を叫んだ。途端、周囲の気温がグンと下がり、男の禍々しい気配が増していく。
「ふざけているのはキミだろう、シアナ・セラフィーユ。掟を破りヒトと交わり、挙句の果てには子を孕むなど……キミには創造主としての自覚が足りないね」
「まあ今となってはどうでもいい事だけれど」、と言い笑う男。ヨルドーンという名の彼は、悔しげなシアナを見下げると、軽い調子で両手をあげる。
「まあ、遅かれ早かれイヴ復活の時は必ずやってくる。それまでに精々娘をいい子いい子しておくんだね。だって、イヴが復活したらもう二度と、キミたち親子は会えなくなるんだからさ」
「あっはっはっ」と愉快そうに笑い、消えていく男。
そんな男の姿を見失い、シアナは苦しげに眉を寄せた。
あの愛しい子が、苦しまない世界を……。
思う彼女は、どこまでも母親だった。
真っ暗な闇の中、金色の髪を揺らしながら、女は乞うた。その美しい青い瞳で、まっすぐ前を見据えながら。
その女の願いに応えるように、闇の中を小さな星が駆けていく。それはまるで流れ星のようで、女はその星を見て軽く目線を下げると、すぐに顔を上げてもう一度言う。
「お願いします、“初代様”。あの子にこれ以上、苦しい思いをさせないでください」
まるで最初からそこには誰もいませんよという風に静まる空間。返ってこない答えに、分かっていながらも女は惨めに頭を下げる。
「あの子はもう十分苦しんだ……もう、十分辛い思いをした……だから、だからもう……もうあの子を苦しめないで」
願う女は、母親だった。
たったひとりの小さな娘の幸せを願う母親。
美しいその親の愛に、ようやっと暗闇から声が、言葉が返される。
「シアナ。キミは本当に娘想いの良い母親だね」
「……」
シアナ。そう呼ばれた女が目線を上げた。
それにより視認することかなった前方には、真っ白な男が立っている。
身長約175センチほど。ゆるやかにウェーブする白い長髪を黒いリボンで軽く結った彼は、その血のように真っ赤な瞳を細めながらパチパチと陽気に手を鳴らしている。
それは親の愛に対する感心か、はたまた嘲笑か……。
それはどうかは分からないが、シアナは理解していた。目の前のこの男が、怒っていると。
禍々しい程の空気が辺りを覆う。その中で冷や汗を流すシアナにそっと近寄ると、男はにこりと無邪気な笑みを浮かべてみせた。
「シアナ。キミは私に娘を苦しめるなと言うが、別に私はキミの娘を傷つけてはいない。それはよく理解出来るだろう?」
「ええ、存じております。貴方様が娘から奪ったものはとっくの昔に返していただきましたので」
「なら私に何を言おうと無駄なことは理解出来ているのではないかい? そも、創造主は創造する者。創造し、そして生まれたものを見守る者だ。他者の物語に関与することなど、滅多にない」
「ええ、そうです。そうですとも。けれど、私が言いたいのはそういうことではありません」
ピシャリと告げて、シアナは睨むように男を見やる。
「あの子を……あの子たちを研究所に売ったのは、貴方ですよね。ヨルドーン・セラフィーユ」
「……様は付けな。キミと私とでは地位の差が激しくあるからね」
にこっと笑んだ男は、そこでクルリと踵を返した。シアナはそれに声を荒らげる。
「何が目的であの子たちを傷つけるの!! あの子たちはただ生きていたいだけ……皆と一緒に、友達と一緒に、好きな子と一緒に、幸せに生きていたいだけなのに……ッ!!」
「幸せ……そう。幸せだ」
くるっと振り返った男の顔が歪んでいく。楽し気に笑みを浮かべるそれを、シアナは睨んで拳を握った。
「私はね、シアナ。あの子に幸せを感じて欲しい。そんじょそこらの幸せとは異なる、大きな幸せを、だ。だから、そう……それを得てもらうためには先ず絶望が必要だ。生きとし生ける者は多大なる絶望の後になにか嬉しいことが起こると、大きな幸福を感じるだろう? うん。つまりそういうことさ」
「……そうまでして……そうまでしてあの子を貶めたいのですか」
「貶めるなんてとんでもない。言ってるだろう? 私はあの子に幸せを感じてほしいだけなんだ、と。そしてあわよくば──」
そのまま愛しのイヴに成り果ててほしい。
告げる男に、シアナはグッと奥歯を噛んだ。忌々しいと己を睨む彼女に対し、男は鼻歌混じりにこう言った。
「あの子は最もイヴに近しい存在だ。なぜなら、キミたちがあの子を完璧なものにしたから。あの子を完璧な神にしたが故に、イヴ復活は最早目前と言っても過言ではない」
「ありがとう! 礼を言うよ!」、と男は仰々しくも両手を広げた。そして片手を胸の前に当て、所謂お辞儀というものをしてみせる。
シアナはこれに、「ふざけないで!」を叫んだ。途端、周囲の気温がグンと下がり、男の禍々しい気配が増していく。
「ふざけているのはキミだろう、シアナ・セラフィーユ。掟を破りヒトと交わり、挙句の果てには子を孕むなど……キミには創造主としての自覚が足りないね」
「まあ今となってはどうでもいい事だけれど」、と言い笑う男。ヨルドーンという名の彼は、悔しげなシアナを見下げると、軽い調子で両手をあげる。
「まあ、遅かれ早かれイヴ復活の時は必ずやってくる。それまでに精々娘をいい子いい子しておくんだね。だって、イヴが復活したらもう二度と、キミたち親子は会えなくなるんだからさ」
「あっはっはっ」と愉快そうに笑い、消えていく男。
そんな男の姿を見失い、シアナは苦しげに眉を寄せた。
あの愛しい子が、苦しまない世界を……。
思う彼女は、どこまでも母親だった。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる