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第一章 名家の子
12.亀甲縛りのおじい様
しおりを挟む「リオル! 睦月!」
響いた声。と共に、掃除中のアジェラをからかっていたふたりが振り返り、ピシリと固まる。
笑顔の天使が、そこにいた。
ビアンテと片手を繋ぎブンブンと手を振る彼女は、その瞳によく合うスカイブルーのワンピースドレスを身につけている。貴族出身では決してないにも関わらず『お嬢様』、または『お姫様』の単語がこれでもかと似合いそうな彼女に、リオルは思わず目元を片手で覆い天を仰いだ。その隣、睦月が激しく噎せこんでいる。
「どう? かわいい?」
くるりと回った彼女に苦しむふたりの少年をよそ、アジェラが箒を手に「大変お可愛らしいです!」と微笑んだ。柔らかなその笑みに、ビアンテの手から離れたリレイヌは「えへへ」と嬉しそうに笑っている。
「どーうですどうですリオル坊っちゃま! 睦月様! この可愛らしさは天下一品至高の極みではございませんか!? ああん! 私共の腕もさることながらソレを着こなすリレイヌお嬢様も大変ス・テ・キ!」
「ステキ!」
にぱっと笑った少女に、ビアンテは倒れた。メイドたちがせっせと彼女の回収作業を行っている。
「あ、あー……とてもその、かわいいね、リレイヌ」
「ありがとう。この服とってもかわいい」
「いやそっちもだけど君も……」
「かわいいよ」、と口にしたリオルに、リレイヌは沈黙。仄かに頬を染めてヘラリと笑う。
あ、天使……。
リオルは思った。思わず伸ばした手で彼女の頭を撫でやれば、ようやく復活したようだ。咳き込んだせいで若干喉を痛めた睦月が、「ま、まあ? 似合ってるんじゃね?」とよそを向く。
「ありがと睦月」
微笑むリレイヌに、彼は照れ臭そうにムイッと口を尖らせた。
「さて、と……リレイヌも着替えたことだし、ご当主様に会いに行こうか」
「? ご当主様?」
「うん。ご当主様はこの屋敷の主人。僕のじい様でもあるんだ」
「君の話をしたらすっごく会いたがってたよ」、と微笑んだリオルに、リレイヌは分かっているのかいないのか、こくりと頷く。そして、差し出された手を握り、リオル、睦月と共に移動。背後でアジェラやビアンテが一礼するのを尻目、手を引かれるままに足を動かした。
「ご当主様はとても優しいおじいさんなんだ。君も会ったらきっと……た、楽しくなるよ」
「たのしくなる……」
「うん。ご当主様はその……パワフルだから……」
パワフル……、と考えるリレイヌの傍、睦月が小さく「あのジジイあれで95なんだよな……」と呟く。リレイヌは95……、と考えた。
「さ、ココだよ」
足を止めたリオルにならい停止したリレイヌは、そっと目前の扉を見上げてみる。その扉はとても豪華で煌びやかな作りをしており、ここに偉い人がいるのだと、幼い彼女でもなんとなく理解はできた。
睦月が「行くぞ」と一言。恐る恐ると扉の取っ手に手をかけ、それを開く彼を尻目、開かれた扉の奥を見た彼女は、思わず大きく目を瞬いた。
天井から、赤い紐で、老人が吊るされている……。
しかも嫌なのは亀甲縛りというオプション付きで。ちょっと悦さそうな顔をしているのもなんとも言えずに不快だ。
リオルがそっとリレイヌの目元を隠し、睦月がそっと扉を閉めた。
無言の彼らの動作に、目隠しをされたリレイヌはただ困ったように沈黙している。
「……僕らは何も見てない」
リオルが言った。
「ああ。見てない」
睦月もそれに同意する。
「……しかしこのままだと埒が明かない。僕がちょっとお話してくるから、リレイヌと睦月はココで待ってて。とても嫌だけど。ひとりで行くのすごく嫌だけど」
確かに嫌そうな顔をしているリオル。睦月がそんなリオルに「がんば」と親指を立てている。どうやら彼はついて行く気はないようだ。「せめて教育番組に出られるくらいにはしてくれよ」と告げた睦月に、「善処するよ」とリオル。とてつもなく長い溜息を吐き出した彼は、衣服の襟を整えると、まるで戦場に赴くような顔つきで再び目の前の扉を開くのだった。
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