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第四章 悪意は忍び寄る
63.隠される涙
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カーン カーン
鉄を打ち付けたような音がする。
それを耳に、リレイヌはそっと落ちかけていた瞼を押し上げた。
随分と、そう、随分と酷い目にあった気がする。
殴られ蹴られ、それだけでは飽き足らずにあれらは悪意を持ってリレイヌの体を傷つけた。
それはひとえに彼女の反応を楽しむためであったのだが、リレイヌは頑なに涙を流さず叫ぶこともしなかった。
ただ、そう、ただ彼女は耐えたのだ。
それはきっと、自分に関心を寄せるため。震える瞳で「やめろ」を叫ぶ友を守ろうとしたためのことだろう。
爪の剥げた手を縛られた状態で、リレイヌはとぼとぼと道を歩く。その足に靴はなく、素足のそれも傷だらけでボロボロだ。
「ほぉら、リレイヌちゃん。アナタの素敵な処刑台よ」
リレイヌの前を歩いていた兄者が、仰々しくも片手を広げそう告げた。その手の先を見れば、見えるのは暗がりの中に存在するひとつの台座。そこに突き刺さるように建てられた木製の十字架。
「……」
リレイヌは震える手をバレぬように下にさげた。
そして、己の名を呼ぶ友人を振り返り、悟られぬようにニコリと笑って前に進む。
風が吹いた。長い黒髪が揺れ動く。
台座の上へのぼり、十字架に縛られたリレイヌ。抗うことも何もしない彼女に、リオルが絶望に顔を染めてその名を叫ぶ。
「悪しき黒龍よ。最期に言い残すことはあるか?」
男が言う。静かな声で。
顔半分に火傷のあとが見受けられるその男を目前、後ろ手を縛られた彼女は、ある一方向に目を向けると口を開いた。しかし、すぐに閉ざしたそれをそのままに、へらりと悲しげに笑ってみせる。
「ごめんね」
巻き込んでごめんなさい。そう告げる彼女。男はそれを鼻で笑うと、「今更謝罪か」と、そう吐き捨て火を持った。
「さあ、この世界から消えろ、忌み子よ」
火が付けられる。十字架に縛られる彼女の足下から、すぐに炎は上がっていく。
人々が息を飲んで、炎に包まれていく彼女を見守る。
恐怖も何もかも押し殺し、ただ焼かれるのを待つ彼女。
誰もがそう、その光景に釘付けになる中、その『少年』は駆け出し、叫んだ。
「リレイヌ──ッ!!」
「!」
ハッと顔を上げた彼女が、その瞳に涙をうかべた。怖いという感情が弾けるように膨らみ、彼女の中で巨大化する。
「た……」
涙が頬を伝う。
「たすけて……」
揺らめく炎の中、少女は懇願するように叫ぶ。
「たすけて──リック!!」
瞬間、膨張するように膨れ上がった炎。
共に、それを飲み込むように渦巻いた、どこからとも無く出現した水流。
空を舐めるように蠢く炎が巨大な水流に包まれ鎮火した時、彼──リックは台座の上に駆け上り、軽く焼けてしまった彼女を魔導の力を用いて解放し、抱きしめていた。
一瞬の出来事に目を見張るウィリアムが、「なぜ……」と戸惑いの言葉を口にする。
「なぜ、なぜだ……なぜその禁忌を庇う……それは、それはやがて災いを……っ!!」
「……婚約者だからだ」
「……は?」
腕の中で戸惑い瞳を揺らすリレイヌを抱きしめたまま、リックは振り返る。ふたつの金色が、覚悟を持って狼狽えるウィリアムを見つめた。
「彼女はリピト家現当主、リック・A・リピトの婚約者だ」
「なに、を……そんな、そんな馬鹿な話があるかッ! 神族を良しとしないリピト家がよりによってなぜ禁忌とッ!!」
「──リピト家の古い伝説に、こんなものが存在する。『昔、禁忌を鎮めるため、それと定められた生き物と契りを交わし、婚姻を結び、リピト家は己を犠牲として禁忌を抑え込んだ。そうして世界を災いより救った』、と……」
「そ、そんな伝説でっち上げだッ!! 有り得るわけが無い!! リピト家は、リピト家が、そんなッ!! そそそ、そもそも、なぜそんなことで禁忌を抑え込むことができるッ!! 禁忌は罪深いモノでッ!! それでッ!!」
「──禁忌も生き物。それってつまり、そういう事じゃないかしら?」
「!」
驚くウィリアムを前、パチン、と音を立ててシアナが現れた。傍にウンディーネを連れた彼女は、ちらりと背後の娘たちを振り返ると、すぐに顔の位置を戻し穏やかに笑う。
街は唐突なる神の登場に沸き立った。「シアナ様だ!」「お美しい!」と聞こえる声ににっこりと笑んだシアナは、青ざめるウィリアムを尻目、仰々しくも腕を広げて街人たちに語りかける。
「街の者よ。よくお聞きなさい。この愚かなる人は我が血族に手を出した。それはつまり、ヒトが我々神族に牙を剥いたということ。それはつまり、我々への反逆行為と見なされてもおかしくないということ」
ざわり
空気が揺れる。戸惑い、恐れ、怯える者らを眼下、シアナはうっそりと微笑みこう言った。
「我らと戦うか、それとも我らと友好的な関係を築くか。──行動で示してみせよ」
わっ!、と叫んだ誰かを皮切りに、逃げようとしたウィリアムを街人が押さえ込んだ。そうして急ぎ捕えられるそれを冷たく見つめ、リックはハッとして腕の中の少女に目を向ける。
「リレイヌ! 怪我は──って、傷だらけじゃないか!」
「え」
「え、じゃない! すぐに手当をしないと! 魔法……そうだ! 回復魔法とか使える医者を今すぐ呼んで!!」
「……」
リレイヌはそっと、慌てるリックの手を掴んだ。それによりギョッとする彼の胸元にトン、と額を当てた彼女は、そのまま身動きしなくなる。
リックは戸惑いながら、そっとリレイヌの背に空いた手を回した。そうして彼女を抱きしめた時、彼は知る。その体が小さく震えていることを。
「……泣きな」
握られた手を軽く握り返し、リックは言う。
「今は、誰も見てないから……」
その声を耳に、一粒の涙を流したリレイヌ。それを皮切りに泣く彼女は、そのまま小さく、「ありがとう」を口にした。
鉄を打ち付けたような音がする。
それを耳に、リレイヌはそっと落ちかけていた瞼を押し上げた。
随分と、そう、随分と酷い目にあった気がする。
殴られ蹴られ、それだけでは飽き足らずにあれらは悪意を持ってリレイヌの体を傷つけた。
それはひとえに彼女の反応を楽しむためであったのだが、リレイヌは頑なに涙を流さず叫ぶこともしなかった。
ただ、そう、ただ彼女は耐えたのだ。
それはきっと、自分に関心を寄せるため。震える瞳で「やめろ」を叫ぶ友を守ろうとしたためのことだろう。
爪の剥げた手を縛られた状態で、リレイヌはとぼとぼと道を歩く。その足に靴はなく、素足のそれも傷だらけでボロボロだ。
「ほぉら、リレイヌちゃん。アナタの素敵な処刑台よ」
リレイヌの前を歩いていた兄者が、仰々しくも片手を広げそう告げた。その手の先を見れば、見えるのは暗がりの中に存在するひとつの台座。そこに突き刺さるように建てられた木製の十字架。
「……」
リレイヌは震える手をバレぬように下にさげた。
そして、己の名を呼ぶ友人を振り返り、悟られぬようにニコリと笑って前に進む。
風が吹いた。長い黒髪が揺れ動く。
台座の上へのぼり、十字架に縛られたリレイヌ。抗うことも何もしない彼女に、リオルが絶望に顔を染めてその名を叫ぶ。
「悪しき黒龍よ。最期に言い残すことはあるか?」
男が言う。静かな声で。
顔半分に火傷のあとが見受けられるその男を目前、後ろ手を縛られた彼女は、ある一方向に目を向けると口を開いた。しかし、すぐに閉ざしたそれをそのままに、へらりと悲しげに笑ってみせる。
「ごめんね」
巻き込んでごめんなさい。そう告げる彼女。男はそれを鼻で笑うと、「今更謝罪か」と、そう吐き捨て火を持った。
「さあ、この世界から消えろ、忌み子よ」
火が付けられる。十字架に縛られる彼女の足下から、すぐに炎は上がっていく。
人々が息を飲んで、炎に包まれていく彼女を見守る。
恐怖も何もかも押し殺し、ただ焼かれるのを待つ彼女。
誰もがそう、その光景に釘付けになる中、その『少年』は駆け出し、叫んだ。
「リレイヌ──ッ!!」
「!」
ハッと顔を上げた彼女が、その瞳に涙をうかべた。怖いという感情が弾けるように膨らみ、彼女の中で巨大化する。
「た……」
涙が頬を伝う。
「たすけて……」
揺らめく炎の中、少女は懇願するように叫ぶ。
「たすけて──リック!!」
瞬間、膨張するように膨れ上がった炎。
共に、それを飲み込むように渦巻いた、どこからとも無く出現した水流。
空を舐めるように蠢く炎が巨大な水流に包まれ鎮火した時、彼──リックは台座の上に駆け上り、軽く焼けてしまった彼女を魔導の力を用いて解放し、抱きしめていた。
一瞬の出来事に目を見張るウィリアムが、「なぜ……」と戸惑いの言葉を口にする。
「なぜ、なぜだ……なぜその禁忌を庇う……それは、それはやがて災いを……っ!!」
「……婚約者だからだ」
「……は?」
腕の中で戸惑い瞳を揺らすリレイヌを抱きしめたまま、リックは振り返る。ふたつの金色が、覚悟を持って狼狽えるウィリアムを見つめた。
「彼女はリピト家現当主、リック・A・リピトの婚約者だ」
「なに、を……そんな、そんな馬鹿な話があるかッ! 神族を良しとしないリピト家がよりによってなぜ禁忌とッ!!」
「──リピト家の古い伝説に、こんなものが存在する。『昔、禁忌を鎮めるため、それと定められた生き物と契りを交わし、婚姻を結び、リピト家は己を犠牲として禁忌を抑え込んだ。そうして世界を災いより救った』、と……」
「そ、そんな伝説でっち上げだッ!! 有り得るわけが無い!! リピト家は、リピト家が、そんなッ!! そそそ、そもそも、なぜそんなことで禁忌を抑え込むことができるッ!! 禁忌は罪深いモノでッ!! それでッ!!」
「──禁忌も生き物。それってつまり、そういう事じゃないかしら?」
「!」
驚くウィリアムを前、パチン、と音を立ててシアナが現れた。傍にウンディーネを連れた彼女は、ちらりと背後の娘たちを振り返ると、すぐに顔の位置を戻し穏やかに笑う。
街は唐突なる神の登場に沸き立った。「シアナ様だ!」「お美しい!」と聞こえる声ににっこりと笑んだシアナは、青ざめるウィリアムを尻目、仰々しくも腕を広げて街人たちに語りかける。
「街の者よ。よくお聞きなさい。この愚かなる人は我が血族に手を出した。それはつまり、ヒトが我々神族に牙を剥いたということ。それはつまり、我々への反逆行為と見なされてもおかしくないということ」
ざわり
空気が揺れる。戸惑い、恐れ、怯える者らを眼下、シアナはうっそりと微笑みこう言った。
「我らと戦うか、それとも我らと友好的な関係を築くか。──行動で示してみせよ」
わっ!、と叫んだ誰かを皮切りに、逃げようとしたウィリアムを街人が押さえ込んだ。そうして急ぎ捕えられるそれを冷たく見つめ、リックはハッとして腕の中の少女に目を向ける。
「リレイヌ! 怪我は──って、傷だらけじゃないか!」
「え」
「え、じゃない! すぐに手当をしないと! 魔法……そうだ! 回復魔法とか使える医者を今すぐ呼んで!!」
「……」
リレイヌはそっと、慌てるリックの手を掴んだ。それによりギョッとする彼の胸元にトン、と額を当てた彼女は、そのまま身動きしなくなる。
リックは戸惑いながら、そっとリレイヌの背に空いた手を回した。そうして彼女を抱きしめた時、彼は知る。その体が小さく震えていることを。
「……泣きな」
握られた手を軽く握り返し、リックは言う。
「今は、誰も見てないから……」
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