死にたがりの神様へ。

ヤヤ

文字の大きさ
77 / 129
第六章 研究施設

76.赤にまみれるその笑顔

しおりを挟む
「──リック。ねえ、リック起きて」

 ふと聞こえた女の声。聞き覚えのあるそれにそっと目を開ければ、共にふわりと小さな水滴が視界の中を舞う。
 まるでその存在を主張しているようだと思考したリックは、そのまま寝返りを打ち停止。もぞりと動くと、上体を起こして隣の2段ベッドに目を向けた。

「……あれ?」

 隣のベッド。その下段に、誰も居なかった。
 上段には大の字になっているのだろう、大きく手足を投げ出し眠る睦月の姿が確認できるが、見えるのはそれだけ。寝る前に見たリレイヌの姿は忽然と消失していた。何故だろう。
 リックは不審気に眉根を寄せると、小さな声でウンディーネを呼ぶ。ウンディーネはそれに、ただ一言「この部屋にはいないわ」と告げた。リックは頷き、上で眠るふたりを起こさぬよう努めながら部屋を出る。

 歩み出た通路は薄暗かった。
 何も見えない、というわけではないがどう考えても歩きにくいのは確かだ。

「……せめてロウソクの灯りでもあれば良かったんだが……」

 仕方ないかと、リックは覚悟を決め歩き出す。

 ウンディーネはそんなリックを導いた。声だけで先導し、時折障害物の有無を告げる彼女はどことなく不安そうだ。まるで急くように言葉尻を早めている。
 そんな彼女に従い歩くこと数分。ひとつの扉が視界に写った。ほんのりと紫色に光る明かりが扉の隙間から漏れているそれに自然と足を近づければ、共に鼻腔を擽るなにかの匂い。

 どこかで嗅いだことのあるような、されど覚えがないそれに内心眉を寄せながら扉に手をつきそっと隙間を覗き込む。

「……いい子ねぇ。いい子」

 声がした。優しい声が。
 なにかを慈しむようなそれを発している人物を見ようと目を細めれば、それと同じくして視界に映ったのはとあるひとりの人物。何者かの白い手に頭を撫でられ機嫌良さそうに笑うその人物は、真っ赤な色を髪や顔、纏う衣服から滴らせている。

「……リレイヌ?」

 間違いない。彼女だ。あれは小さな彼女に違いない。

 されど様子がおかしい彼女は、リックの小さな呟きすら聞こえていないのかヘラヘラニコニコと笑っているだけ。頭を撫でられるのが余程嬉しいのか、楽しげな雰囲気を醸し出すその周りには、よく見れば何かが散乱している。

「……(なんだあれは?)」

 疑問を抱いた。それがきっと悪かった。

 リックは散乱物を見ようとよく目を凝らした。そうして視界の焦点を合わせた時、彼は思わず口元を抑える。

 肉片。そう。たくさんの肉片が転がっていた。
 しかもただの肉片ではない。それらには確かに、ヒトであったことがありありと分かるほどの痕跡が残っている。

「いけない!」

 ウンディーネが咄嗟にリックを包み込み、彼を水の中へ。強く目を瞑るリックが次に目を開けた時、そこはあの部屋のベッドの中だった。
 明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいるその部屋には、睦月のやかましいイビキが響いている。

「……っ! リレイヌっ!」

 バッ!、と勢いよく起き上がるリック。

「えっ? なに?」

 そんなリックに、返される不思議そうな声。
 リックは驚いたように横を向いた。と、そこには目を瞬くリレイヌがおり、彼女はベッド縁に腰掛けながら疑問を孕んだ目でリックのことを見つめている。

「あ……、リレ……イヌ……」

「うん? 私がどうかした?」

「……いや……その……」

 戸惑い言葉をなくしていくリックに、リレイヌは目を瞬きこくりと頷いた。そして、「私呼ばれてるから先行ってるね?」とさっさと部屋を出ていってしまう。

 残されたリックはひとり小さく息を吐くと、そっと己の額に手を当てた。そうして沈黙する彼は思う。アレは夢だったのか、と。

「……いや、リレイヌはあんなことしない。絶対に」

 だって彼女はいい子だから。

 そう言い聞かせ、リックはベッドを降りる。そうして彼女を追いかけるように部屋を出た彼は知らない。イビキをかいていたはずの睦月が、小さく舌を打ち鳴らしていたことを……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...