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第六章 研究施設
76.赤にまみれるその笑顔
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「──リック。ねえ、リック起きて」
ふと聞こえた女の声。聞き覚えのあるそれにそっと目を開ければ、共にふわりと小さな水滴が視界の中を舞う。
まるでその存在を主張しているようだと思考したリックは、そのまま寝返りを打ち停止。もぞりと動くと、上体を起こして隣の2段ベッドに目を向けた。
「……あれ?」
隣のベッド。その下段に、誰も居なかった。
上段には大の字になっているのだろう、大きく手足を投げ出し眠る睦月の姿が確認できるが、見えるのはそれだけ。寝る前に見たリレイヌの姿は忽然と消失していた。何故だろう。
リックは不審気に眉根を寄せると、小さな声でウンディーネを呼ぶ。ウンディーネはそれに、ただ一言「この部屋にはいないわ」と告げた。リックは頷き、上で眠るふたりを起こさぬよう努めながら部屋を出る。
歩み出た通路は薄暗かった。
何も見えない、というわけではないがどう考えても歩きにくいのは確かだ。
「……せめてロウソクの灯りでもあれば良かったんだが……」
仕方ないかと、リックは覚悟を決め歩き出す。
ウンディーネはそんなリックを導いた。声だけで先導し、時折障害物の有無を告げる彼女はどことなく不安そうだ。まるで急くように言葉尻を早めている。
そんな彼女に従い歩くこと数分。ひとつの扉が視界に写った。ほんのりと紫色に光る明かりが扉の隙間から漏れているそれに自然と足を近づければ、共に鼻腔を擽るなにかの匂い。
どこかで嗅いだことのあるような、されど覚えがないそれに内心眉を寄せながら扉に手をつきそっと隙間を覗き込む。
「……いい子ねぇ。いい子」
声がした。優しい声が。
なにかを慈しむようなそれを発している人物を見ようと目を細めれば、それと同じくして視界に映ったのはとあるひとりの人物。何者かの白い手に頭を撫でられ機嫌良さそうに笑うその人物は、真っ赤な色を髪や顔、纏う衣服から滴らせている。
「……リレイヌ?」
間違いない。彼女だ。あれは小さな彼女に違いない。
されど様子がおかしい彼女は、リックの小さな呟きすら聞こえていないのかヘラヘラニコニコと笑っているだけ。頭を撫でられるのが余程嬉しいのか、楽しげな雰囲気を醸し出すその周りには、よく見れば何かが散乱している。
「……(なんだあれは?)」
疑問を抱いた。それがきっと悪かった。
リックは散乱物を見ようとよく目を凝らした。そうして視界の焦点を合わせた時、彼は思わず口元を抑える。
肉片。そう。たくさんの肉片が転がっていた。
しかもただの肉片ではない。それらには確かに、ヒトであったことがありありと分かるほどの痕跡が残っている。
「いけない!」
ウンディーネが咄嗟にリックを包み込み、彼を水の中へ。強く目を瞑るリックが次に目を開けた時、そこはあの部屋のベッドの中だった。
明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいるその部屋には、睦月のやかましいイビキが響いている。
「……っ! リレイヌっ!」
バッ!、と勢いよく起き上がるリック。
「えっ? なに?」
そんなリックに、返される不思議そうな声。
リックは驚いたように横を向いた。と、そこには目を瞬くリレイヌがおり、彼女はベッド縁に腰掛けながら疑問を孕んだ目でリックのことを見つめている。
「あ……、リレ……イヌ……」
「うん? 私がどうかした?」
「……いや……その……」
戸惑い言葉をなくしていくリックに、リレイヌは目を瞬きこくりと頷いた。そして、「私呼ばれてるから先行ってるね?」とさっさと部屋を出ていってしまう。
残されたリックはひとり小さく息を吐くと、そっと己の額に手を当てた。そうして沈黙する彼は思う。アレは夢だったのか、と。
「……いや、リレイヌはあんなことしない。絶対に」
だって彼女はいい子だから。
そう言い聞かせ、リックはベッドを降りる。そうして彼女を追いかけるように部屋を出た彼は知らない。イビキをかいていたはずの睦月が、小さく舌を打ち鳴らしていたことを……。
ふと聞こえた女の声。聞き覚えのあるそれにそっと目を開ければ、共にふわりと小さな水滴が視界の中を舞う。
まるでその存在を主張しているようだと思考したリックは、そのまま寝返りを打ち停止。もぞりと動くと、上体を起こして隣の2段ベッドに目を向けた。
「……あれ?」
隣のベッド。その下段に、誰も居なかった。
上段には大の字になっているのだろう、大きく手足を投げ出し眠る睦月の姿が確認できるが、見えるのはそれだけ。寝る前に見たリレイヌの姿は忽然と消失していた。何故だろう。
リックは不審気に眉根を寄せると、小さな声でウンディーネを呼ぶ。ウンディーネはそれに、ただ一言「この部屋にはいないわ」と告げた。リックは頷き、上で眠るふたりを起こさぬよう努めながら部屋を出る。
歩み出た通路は薄暗かった。
何も見えない、というわけではないがどう考えても歩きにくいのは確かだ。
「……せめてロウソクの灯りでもあれば良かったんだが……」
仕方ないかと、リックは覚悟を決め歩き出す。
ウンディーネはそんなリックを導いた。声だけで先導し、時折障害物の有無を告げる彼女はどことなく不安そうだ。まるで急くように言葉尻を早めている。
そんな彼女に従い歩くこと数分。ひとつの扉が視界に写った。ほんのりと紫色に光る明かりが扉の隙間から漏れているそれに自然と足を近づければ、共に鼻腔を擽るなにかの匂い。
どこかで嗅いだことのあるような、されど覚えがないそれに内心眉を寄せながら扉に手をつきそっと隙間を覗き込む。
「……いい子ねぇ。いい子」
声がした。優しい声が。
なにかを慈しむようなそれを発している人物を見ようと目を細めれば、それと同じくして視界に映ったのはとあるひとりの人物。何者かの白い手に頭を撫でられ機嫌良さそうに笑うその人物は、真っ赤な色を髪や顔、纏う衣服から滴らせている。
「……リレイヌ?」
間違いない。彼女だ。あれは小さな彼女に違いない。
されど様子がおかしい彼女は、リックの小さな呟きすら聞こえていないのかヘラヘラニコニコと笑っているだけ。頭を撫でられるのが余程嬉しいのか、楽しげな雰囲気を醸し出すその周りには、よく見れば何かが散乱している。
「……(なんだあれは?)」
疑問を抱いた。それがきっと悪かった。
リックは散乱物を見ようとよく目を凝らした。そうして視界の焦点を合わせた時、彼は思わず口元を抑える。
肉片。そう。たくさんの肉片が転がっていた。
しかもただの肉片ではない。それらには確かに、ヒトであったことがありありと分かるほどの痕跡が残っている。
「いけない!」
ウンディーネが咄嗟にリックを包み込み、彼を水の中へ。強く目を瞑るリックが次に目を開けた時、そこはあの部屋のベッドの中だった。
明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいるその部屋には、睦月のやかましいイビキが響いている。
「……っ! リレイヌっ!」
バッ!、と勢いよく起き上がるリック。
「えっ? なに?」
そんなリックに、返される不思議そうな声。
リックは驚いたように横を向いた。と、そこには目を瞬くリレイヌがおり、彼女はベッド縁に腰掛けながら疑問を孕んだ目でリックのことを見つめている。
「あ……、リレ……イヌ……」
「うん? 私がどうかした?」
「……いや……その……」
戸惑い言葉をなくしていくリックに、リレイヌは目を瞬きこくりと頷いた。そして、「私呼ばれてるから先行ってるね?」とさっさと部屋を出ていってしまう。
残されたリックはひとり小さく息を吐くと、そっと己の額に手を当てた。そうして沈黙する彼は思う。アレは夢だったのか、と。
「……いや、リレイヌはあんなことしない。絶対に」
だって彼女はいい子だから。
そう言い聞かせ、リックはベッドを降りる。そうして彼女を追いかけるように部屋を出た彼は知らない。イビキをかいていたはずの睦月が、小さく舌を打ち鳴らしていたことを……。
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