死にたがりの神様へ。

ヤヤ

文字の大きさ
77 / 102
第六章 研究施設

76.赤にまみれるその笑顔

しおりを挟む
「──リック。ねえ、リック起きて」

 ふと聞こえた女の声。聞き覚えのあるそれにそっと目を開ければ、共にふわりと小さな水滴が視界の中を舞う。
 まるでその存在を主張しているようだと思考したリックは、そのまま寝返りを打ち停止。もぞりと動くと、上体を起こして隣の2段ベッドに目を向けた。

「……あれ?」

 隣のベッド。その下段に、誰も居なかった。
 上段には大の字になっているのだろう、大きく手足を投げ出し眠る睦月の姿が確認できるが、見えるのはそれだけ。寝る前に見たリレイヌの姿は忽然と消失していた。何故だろう。
 リックは不審気に眉根を寄せると、小さな声でウンディーネを呼ぶ。ウンディーネはそれに、ただ一言「この部屋にはいないわ」と告げた。リックは頷き、上で眠るふたりを起こさぬよう努めながら部屋を出る。

 歩み出た通路は薄暗かった。
 何も見えない、というわけではないがどう考えても歩きにくいのは確かだ。

「……せめてロウソクの灯りでもあれば良かったんだが……」

 仕方ないかと、リックは覚悟を決め歩き出す。

 ウンディーネはそんなリックを導いた。声だけで先導し、時折障害物の有無を告げる彼女はどことなく不安そうだ。まるで急くように言葉尻を早めている。
 そんな彼女に従い歩くこと数分。ひとつの扉が視界に写った。ほんのりと紫色に光る明かりが扉の隙間から漏れているそれに自然と足を近づければ、共に鼻腔を擽るなにかの匂い。

 どこかで嗅いだことのあるような、されど覚えがないそれに内心眉を寄せながら扉に手をつきそっと隙間を覗き込む。

「……いい子ねぇ。いい子」

 声がした。優しい声が。
 なにかを慈しむようなそれを発している人物を見ようと目を細めれば、それと同じくして視界に映ったのはとあるひとりの人物。何者かの白い手に頭を撫でられ機嫌良さそうに笑うその人物は、真っ赤な色を髪や顔、纏う衣服から滴らせている。

「……リレイヌ?」

 間違いない。彼女だ。あれは小さな彼女に違いない。

 されど様子がおかしい彼女は、リックの小さな呟きすら聞こえていないのかヘラヘラニコニコと笑っているだけ。頭を撫でられるのが余程嬉しいのか、楽しげな雰囲気を醸し出すその周りには、よく見れば何かが散乱している。

「……(なんだあれは?)」

 疑問を抱いた。それがきっと悪かった。

 リックは散乱物を見ようとよく目を凝らした。そうして視界の焦点を合わせた時、彼は思わず口元を抑える。

 肉片。そう。たくさんの肉片が転がっていた。
 しかもただの肉片ではない。それらには確かに、ヒトであったことがありありと分かるほどの痕跡が残っている。

「いけない!」

 ウンディーネが咄嗟にリックを包み込み、彼を水の中へ。強く目を瞑るリックが次に目を開けた時、そこはあの部屋のベッドの中だった。
 明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいるその部屋には、睦月のやかましいイビキが響いている。

「……っ! リレイヌっ!」

 バッ!、と勢いよく起き上がるリック。

「えっ? なに?」

 そんなリックに、返される不思議そうな声。
 リックは驚いたように横を向いた。と、そこには目を瞬くリレイヌがおり、彼女はベッド縁に腰掛けながら疑問を孕んだ目でリックのことを見つめている。

「あ……、リレ……イヌ……」

「うん? 私がどうかした?」

「……いや……その……」

 戸惑い言葉をなくしていくリックに、リレイヌは目を瞬きこくりと頷いた。そして、「私呼ばれてるから先行ってるね?」とさっさと部屋を出ていってしまう。

 残されたリックはひとり小さく息を吐くと、そっと己の額に手を当てた。そうして沈黙する彼は思う。アレは夢だったのか、と。

「……いや、リレイヌはあんなことしない。絶対に」

 だって彼女はいい子だから。

 そう言い聞かせ、リックはベッドを降りる。そうして彼女を追いかけるように部屋を出た彼は知らない。イビキをかいていたはずの睦月が、小さく舌を打ち鳴らしていたことを……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

姉が美人だから?

碧井 汐桜香
ファンタジー
姉は美しく優秀で王太子妃に内定した。 そんなシーファの元に、第二王子からの婚約の申し込みが届いて?

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

処理中です...