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第六章 研究施設
77.龍神たるは
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「あら、みんな早起きね」
早朝、と言うには多少昼に近くなっている時間帯。
リジマはやって来た子供たちにそう言い、柔らかに微笑んだ。その視線の先では、アジェラが大きな欠伸を零し、他3人の少年少女はじいっと自分を見つめて佇んでいる。
「お腹すいた? ちょっと待ってね。すぐ朝ごはん準備するから……」
「朝ごはんとかよりさぁ」
睦月がリジマを、睨むように見た。なにかを探るようなその目に、リジマは不思議そうな顔をする。
「あら、なあに? なにか気になることでもあった?」
「……アンタ、リレイヌに何させてんの?」
「え?」
ぱちり、とリジマの瞳が瞬かれた。睦月はそれにさらに睨みをまさせると、驚くリックたちを押し退け前に出る。
「昨日、夜。リレイヌ居なくなってんのはわかってんだよ。どっか行ったコイツが戻ってきた時、香ったのは血の匂い。ココに来てから様子もおかしいし、何かあったのは確実だろ」
「んー、そうは言っても私たちはなにも……」
「とぼけんならこんな施設、ぶっ壊してもいいんだぞ」
「……」
リジマの顔から、笑顔が剥がれた。かと思えば、彼女は剥がれた笑顔をそのままに4人の前へ。カツカツとヒールの音を響かせ、子供たちを見下げるように距離を詰める。
「……アナタたちは何もわかってない」
「なにを……」
「この子は貴重かつ希少な存在。それ故に大事に、大事に、大事にしなければいけないの。この子を大事にすればする程、私たちはこの子に近づける。だからこその処置。この処置をしなければ、この子に牙をむかれるのはアナタたちの方なのよ」
これでもかと目を見開き告げる女に、少年たちは狼狽えた。しかし、唯一睦月は違った。彼はこの状況でも大人しいリレイヌを見て、そっと鼻から息を吐き出すと改めてとリジマを見やる。
「コイツの暴走、恐れてんの?」
「……知ってるのね」
「そりゃそうだろ。俺はかのシェレイザ家に仕えてんだ。シェレイザ程、ヒトのわりに神に近いお家はねえよ」
「……それもそうだったわね」
納得したようなリジマに、リックが「ちょ、ちょっとまて!」と声を荒らげた。そうして前に出た彼は「説明しろ!」と睦月を睨む。睦月はそれに一瞬驚いた顔をするも、ああ、なるほどなと納得。上着のポケットに手を突っ込みながら口を開いた。
「要は、リレイヌがリレイヌでなくなることを恐れてんだよ、このオバサンは」
「おば!?」
「元々、龍神って生き物はヒトの血肉を食らって生きる肉食動物。ヒトを食えば食うほど、アレらには余裕ができ、安定する」
アジェラが「あ、聞いたことあります」と手を挙げた。彼もシェレイザ家の使用人。故に龍神の知識は人よりあるようだ。
その事実に、リックは自然と奥歯を噛んだ。よもや当主でもなんでもない者らに知識量で負けるとはと、彼は内心悔しがる。が、そこではた、と彼は何かに気づいた。気づいて、そっと静かなリレイヌを見やる。
「……リレイヌが今までにヒトを食べたことはあるのか?」
「いや、俺らの知る限りでは、ない」
「……」
リックが黙った。黙って、彼はリレイヌを見る。
リレイヌは、ぼんやりとしながらそこに佇んでいた。どこを見ているのか、それは分からない。その横顔から読み取れる安定した穏やかさは、きっと、この施設内にあるなにかが原因となっているのだろう。
「……食わせたのか?」
リックは問う。リジマはそれに、「少しだけね」と告げて腕を組んだ。
沈黙が、広がる。
「……どんなにヒトの真似事をしようとも、この子は龍神。血に飢え、獣のようになることもある。だからこその処置を、私はしているの。アナタたちを守る為にもね。だから、文句を言われる筋合いはないわ」
「……そこにコイツの意思は?」
「あると思う?」
「……」
睦月が舌を打ち鳴らし、よそを向いた。そんな彼を横、アジェラがそっとリレイヌの方へ。「リレイヌ様、大丈夫ですか?」と問うた彼に、彼女はゆるりと視線を向けてほんわかと笑う。
「なにが?」
「あ、いえ……大丈夫ならいいんです……大丈夫なら……」
消え入りそうな声で呟き元の位置に戻るアジェラ。そんなアジェラに、リレイヌはニコニコ笑って首を傾げる。
「……ほんとに、大丈夫でしょうか」
漠然とした不安。それを口にするアジェラに、睦月は答える。
「さあな」
「……不安だ」と、呟くアジェラの声は、この室内によく響いていた。
早朝、と言うには多少昼に近くなっている時間帯。
リジマはやって来た子供たちにそう言い、柔らかに微笑んだ。その視線の先では、アジェラが大きな欠伸を零し、他3人の少年少女はじいっと自分を見つめて佇んでいる。
「お腹すいた? ちょっと待ってね。すぐ朝ごはん準備するから……」
「朝ごはんとかよりさぁ」
睦月がリジマを、睨むように見た。なにかを探るようなその目に、リジマは不思議そうな顔をする。
「あら、なあに? なにか気になることでもあった?」
「……アンタ、リレイヌに何させてんの?」
「え?」
ぱちり、とリジマの瞳が瞬かれた。睦月はそれにさらに睨みをまさせると、驚くリックたちを押し退け前に出る。
「昨日、夜。リレイヌ居なくなってんのはわかってんだよ。どっか行ったコイツが戻ってきた時、香ったのは血の匂い。ココに来てから様子もおかしいし、何かあったのは確実だろ」
「んー、そうは言っても私たちはなにも……」
「とぼけんならこんな施設、ぶっ壊してもいいんだぞ」
「……」
リジマの顔から、笑顔が剥がれた。かと思えば、彼女は剥がれた笑顔をそのままに4人の前へ。カツカツとヒールの音を響かせ、子供たちを見下げるように距離を詰める。
「……アナタたちは何もわかってない」
「なにを……」
「この子は貴重かつ希少な存在。それ故に大事に、大事に、大事にしなければいけないの。この子を大事にすればする程、私たちはこの子に近づける。だからこその処置。この処置をしなければ、この子に牙をむかれるのはアナタたちの方なのよ」
これでもかと目を見開き告げる女に、少年たちは狼狽えた。しかし、唯一睦月は違った。彼はこの状況でも大人しいリレイヌを見て、そっと鼻から息を吐き出すと改めてとリジマを見やる。
「コイツの暴走、恐れてんの?」
「……知ってるのね」
「そりゃそうだろ。俺はかのシェレイザ家に仕えてんだ。シェレイザ程、ヒトのわりに神に近いお家はねえよ」
「……それもそうだったわね」
納得したようなリジマに、リックが「ちょ、ちょっとまて!」と声を荒らげた。そうして前に出た彼は「説明しろ!」と睦月を睨む。睦月はそれに一瞬驚いた顔をするも、ああ、なるほどなと納得。上着のポケットに手を突っ込みながら口を開いた。
「要は、リレイヌがリレイヌでなくなることを恐れてんだよ、このオバサンは」
「おば!?」
「元々、龍神って生き物はヒトの血肉を食らって生きる肉食動物。ヒトを食えば食うほど、アレらには余裕ができ、安定する」
アジェラが「あ、聞いたことあります」と手を挙げた。彼もシェレイザ家の使用人。故に龍神の知識は人よりあるようだ。
その事実に、リックは自然と奥歯を噛んだ。よもや当主でもなんでもない者らに知識量で負けるとはと、彼は内心悔しがる。が、そこではた、と彼は何かに気づいた。気づいて、そっと静かなリレイヌを見やる。
「……リレイヌが今までにヒトを食べたことはあるのか?」
「いや、俺らの知る限りでは、ない」
「……」
リックが黙った。黙って、彼はリレイヌを見る。
リレイヌは、ぼんやりとしながらそこに佇んでいた。どこを見ているのか、それは分からない。その横顔から読み取れる安定した穏やかさは、きっと、この施設内にあるなにかが原因となっているのだろう。
「……食わせたのか?」
リックは問う。リジマはそれに、「少しだけね」と告げて腕を組んだ。
沈黙が、広がる。
「……どんなにヒトの真似事をしようとも、この子は龍神。血に飢え、獣のようになることもある。だからこその処置を、私はしているの。アナタたちを守る為にもね。だから、文句を言われる筋合いはないわ」
「……そこにコイツの意思は?」
「あると思う?」
「……」
睦月が舌を打ち鳴らし、よそを向いた。そんな彼を横、アジェラがそっとリレイヌの方へ。「リレイヌ様、大丈夫ですか?」と問うた彼に、彼女はゆるりと視線を向けてほんわかと笑う。
「なにが?」
「あ、いえ……大丈夫ならいいんです……大丈夫なら……」
消え入りそうな声で呟き元の位置に戻るアジェラ。そんなアジェラに、リレイヌはニコニコ笑って首を傾げる。
「……ほんとに、大丈夫でしょうか」
漠然とした不安。それを口にするアジェラに、睦月は答える。
「さあな」
「……不安だ」と、呟くアジェラの声は、この室内によく響いていた。
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