死にたがりの神様へ。

ヤヤ

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第六章 研究施設

78.夢心地の悪夢の中

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 ふわふわと、心地の良い感覚に包まれていた。
 だからだろうか、自分が今、自分では無いような気がしてならない。

 これが果たして良いことなのかどうなのかは分からない。けれども、ひどく穏やかな気持ちになれれば悪いことも考えなくなる。

「いい子ね。いい子」

 声が聞こえる。優しいそれはまるで母のようで、私は……

 わたし、は──……



 ◇◇◇



 ポタリと、口端から何かが垂れたのを感じた。
 それにそっと目を向けようとすれば、共に目の前に差し出される何か。

「ほらいい子。お食べ」

 優しい声と同じくして、優しく頭を撫でられる。それがやはり心地よくて大人しく口を開ければ、それを待っていたとでも言いたげに口の中に放り込まれるなんらかの物体。
 ちょっと硬いけれど、柔らかさがあり、美味しいと感じるそれににこにこ笑えば、「いい子ねぇ」と声は言う。

「ほうら、もっとあるからお食べ」

 お食べ、おたべ、オタベ。

 言われるならば食べようと、はむりと何かに食らいつく。

 美味しい。おいしい。オイシイナァ……。

 口内で蕩けるように消えていくそれに、私は口を開けた。そして──……。

『いいの? 本当にそれで』

 ふと聞こえた声に、目を瞬く。パチリと一度、大きく瞬きをすれば、声はクスリと愉快そうに笑った。

『そう。認識しなさい。アナタがアナタでいるために。今なにをしているのか。何を食らっているのか。認識するの』

 肩に手を置かれるように囁かれた言葉。その声に従い、歪む視界を懸命に動かし差し出されるなにかを見る。見て、そして、私は思わず──喉の奥から引きつった悲鳴を発してしまった。

 臓物。言うなればソレ。
 まだ瑞々しさの残るそれは、だらりとひとりの人間の手の中にて垂れ下がっている。思わずその場に座り込んだまま後ずさりすれば、共に手のひらに感じる温かな液体。恐る恐るそちらを見れば、ひどい赤が、夥しい程に広がっていた。自分を見れば、その赤に塗れており、口元を抑えれば、今し方までの自分の行為を思い出す。

 食べた。食べた。食べていた。食べてしまっていた。
 ヒトを、人を、ひとを、ヒトを……!!

「? どうしたの? まだご飯はあるわよ?」

「ひっ!!」

 短い悲鳴をあげ、私は退く。赤い海に足がもつれてべしゃりと転げる私に、その人間は「あら?」と不思議そうに小首を傾げた。傾げて、なるほど、と言いたげにポンと手を拳で叩く。

「石の効果が切れたのね。いやだわ、最近仕入れが悪いから変えもないし……」

「ぁ、あ……っ」

「やだ。そんなに怯えなくても大丈夫よ! ほら、アナタの種族わかるわよね? わかるなら大丈夫と思うけど、人間食べるのは普通のことなの。ね? 怖くなぁい怖くなぁい」

「うっ、ング……ッ」

 込み上げてくる気持ち悪さに、思わず口元を押え蹲った。人間はそれに深く嘆息すると、「大丈夫よ」と、静かに告げる。

「なにも変なことなんてないから。それにほら、美味しかったでしょう?」

「っ、わた、わたしは……ッ」

「うん?」

「わたしはッ、化け物なんかになりたくないッ!!」

 劈く、悲鳴のような声に、人間は一瞬驚いた顔をした。けれど、すぐにその表情を消して、彼女はカツカツとこちらへ。「無理よ」と一言、言葉を告げる。

「アナタは化け物になるしかない。その道から逃れられない。だってアナタは──禁忌だものね?」

「……、っ」

「ほら、おいで。今自分がすべきことを理解するの。アナタにはこれらが必要だから」

「っ、いや、いやッ!!」

 食べたくない。こんなもの食べたくない。

 そう泣き叫べば、人間はムッとしたように顔をゆがめる。

「こんなものなんて言わないで。これはアナタのために払われた、尊き犠牲たちなんだから」

「……わたしの、ためっ?」

「そう」

 そうして人間は言った。
 これらは私という生き物を抑制するために、自ら命を差し出した者らなのだと。

「信仰深いが故に、神への贄となることを心から望んだ者たち……それが今までアナタが食べていたものよ」

「……うそ……」

「嘘じゃないわ。わかるでしょう?」

「……、ぅっ、ううっ」

 ボロボロと涙が零れる。こんなのってない、あんまりだと、必死に首を横に振った。それに、人間は哀れむように言う。

「食べるの。それが、この命たちが救われる唯一の道……」

「……っ、ぅ」

「……食べなさい。そうすれば、アナタはアナタでいられるわ」

 私が私でいられる?

 バカを言わないでほしい。こんなものを食べて私でいられるわけがない。正気になれるわけがない。
 私は正常な生き物でありたい。ヒトを食べるなんてしたくない。でないと、みんなに嫌われてしまう。化け物だって、逃げられてしまう。

 リオルも、睦月も、アジェラも、きっとリックも。

 みんなみんな、怖がってしまう。

「食べるの」

 人間が言う。私はそれに、口を開け、否定し、そして──……

 …………そして?

 ドクンッと胸が脈打つと同時、揺蕩う波に落ちるように意識がどこか遠くへのまれていった。それと同じくして、私の中の“何者か”が浮上していくのを目にした。そのヒトはとても綺麗で、美しく、けれど悲しい……そんな、ヒトだった……。
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