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第十話 それは誰か
しおりを挟むゆっくりと目を開けば、見慣れた天井が目についた。それによりまず認識したのは、自分が寝かされているという事実。鉱山の中で力尽きたであろうことは明白で、イーズは一度だけ目を瞬くと、静かに自身の上体を起こしてみせた。
「おはようございます、イーズ様」
声が聞こえて横を向く。と、そこにはサービスワゴンを押すメイドがおり、彼女はイーズの起床を確認すると、ワゴンの上に置かれた紅茶セットに手をつけた。
陶器で作られた、滑らかな曲線を描くポットから、カップの中へと紅茶が注がれる。少し赤みの強い茶色のそれが適量注がれれば、あたたまったカップを手に取り、メイドはそれをイーズの前へ。受け取れと、無言で訴えてくる。
「……ありがとうございます」
一応の礼を述べ、イーズはカップを受け取った。メイドはそれを見届け、サービスワゴンの横で直立する。
「……ラディル」
「はい」
「なぜ僕にこれを?」
メイドは瞼を閉ざした。素知らぬ顔、といえば素知らぬ顔で、口を閉ざして無言を貫く。
イーズは黙りコクったメイドを横目、紅茶を一瞥。淹れたてのためか湯気の出るそれを見下ろし、そっと、手を下ろした。
「……主様の命令ですか」
「……」
「……主様はなんと仰っていました?」
「……」
メイドが目を開けた。そして、淡々とした声で、「支えてやってくれ、と」と一言。主の言葉を彼に伝えた。
「支えて……」
「……イーズ様はなんでも出来る方です。教えたことはすぐ覚え、適応能力があり、なんでもそつなくこなしてしまう……そんなイーズ様の、言ってしまえば初めての挫折。心が傷ついているだろうと、主様は判断なされました」
「……」
心が傷ついている。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
鉱山に踏み込み、二度も敗退。無惨に殺され記録庫へ。
目覚めた一度目は幾度か嘔吐し、二度目はベッドで軽く放心状態。傷ついていないわけが、ないといえばない。
「……無用な心配です」
突き出す形で紅茶のカップを返却し、イーズはベッド上から床の上へ。「イーズ様」と自分を呼ぶメイドの声を無視し、部屋を出るべく扉に向かう。
「イーズ様。お待ちください」
「待ってどうしろと? 僕は試練をクリアしなければいけないんです。邪魔をしないでください」
「ですが……」
主の命に背くわけにはいかない。けれど立場上、上の人間の意見をねじ曲げることはできない。
一人おろおろするメイドをそのままに、扉を開いたイーズはそこで硬直。開かれた扉の向こう側、佇んでいた人物を凝視した。
「……イーズ。ベッドに戻りなさい」
その人物は静かに、されど厳しさのこもる声で告げる。イーズはそれに奥歯を噛むと、無視をするようにその横を通りすぎる。
「今箱庭に行けば、君は凄惨な死を迎えるぞ」
「死んだって戻る。なら良いじゃないですか」
「イーズ」
「これは僕の問題です。いかな主様とて口出ししないでいただきたい」
振り返ることなく告げたイーズに、少女、リレイヌは口を閉ざした。だが、ここで行かせてしまっては無駄死にだと、もう一度止めるべく口を開く。だが……。
「──睦月って、誰ですか」
小さく、呟くように、弱々しく投げられた一言に、リレイヌは口を閉ざした。大きく目を見開き身を固めた彼女に、イーズは無言。返ってこない返答に拳を握りしめると、「失礼します」と足早にその場を立ち去った。
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