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第十四話 英雄となった者
しおりを挟む──それはまるで、新たなる主君を迎えるような、とても美しい光景だった。
新造の箱庭、と呼ばれる鉱山を変化させた一つのダンジョン。広い敷地を有するそのダンジョンの地中から、ふわりと浮き上がってくるのは光の礫。触れれば消えてしまう儚い存在のそれは、喜びを表すように空へ、空へ。天を目指して舞い上がる。
「……イーズ」
即席で作られたのだろう。簡易的な休憩所の中、椅子から立ち上がったリレイヌが眉尻を下げて鉱山の入口に目を向けた。直にそこから現れるであろう従者を思う彼女は、ひどく悲しげだ。
守衛たちがパチパチと手を叩く中、現れる人物。重い体を引き摺るように壁伝いに歩く彼は、見間違うはずもない。彼女の従者その人だ。
従者は泣いているのか、頬に幾つもの涙の痕を残しながら、下を向いていた。一向に顔を上げない彼に、皆なにかを察したようだ。叩き合わせていた手を止め、開くように道を開ける。
寄り道できぬ一本道。彼女へと通ずる、その道を。
「……おいで、イーズ」
彼女は困ったように微笑むと、母の如き優しき声色で彼を呼んだ。彼はその声に反応するように、一歩、一歩と、着実に彼女との距離を埋めていく。
「お疲れ様。試練クリアおめでとう」
労るように、彼女は告げた。拒絶する心とは裏腹に、しっかりと地を踏みしめ目の前までやって来たかわいい従者に目を向けて。
「攻略までもっと時間がかかるのではと思っていたが、うん、案外早く片をつけたね。さすがは私のイーズだ。優秀優秀」
「……主様」
「あとは私の力を分け与えるだけだ。それで全てが終わる。三人目の管理者の誕生。皆喜ぶだろうなぁ」
「……主様!」
悲鳴を上げるような怒声が張り上げられた。悲痛なるそれは己が主を呼び、そしてその声の主は伏せていた顔をついに上げる。
そこにあるのは絶望。恐怖。それから困惑だった。
今この場で、やらねばならぬことを明確に知るその瞳は、苦痛を堪えるように震えている。
主は笑った。そして、子供のように怯える彼の手を取り、瞼を閉じる。
「器は成した。力をあげよう」
泣きたくなるほど優しい声。脳を溶かすような柔らかなそれが消えると同時、彼の体は熱を感じた。腹の底から膨らむようなあたたかさ。感じるだけでわかるその巨大さ。
それが彼女の言う“力”であると理解した瞬間、彼は鋭い牙を噛みしめながら、引き摺るように手にしていた武器を強く握る。そして、その武器の先を、彼女の胸元に定め、深く、深く、突き刺した。
萎れた花の花弁が咲き開くように、真っ赤に彩られた鮮血が宙を舞った。それは白いキャンパスを汚すように、広がり、散り、地に落ちる。
「……そう。理解したんだね」
赤い液体を口の端から溢れさせながら、彼女は告げた。痛みに嘆くことも、裏切りに喚くこともせず、ただひたすらに優しく。子をあやす母のように、慈愛に満ちた音を並べ立てながら、彼女はそっと、力の抜けいく体を彼に預ける。彼はそんな彼女を、なにも言わずにただ支えた。
「これが“はじまり”ではなく“終わり”であったなら、どんなに良かったことか……」
「……」
「イーズ、誇りなさい。君のこの行動は、世界を救う勇気あるものだ。嘆いてはいけない。後悔してはいけない。ただただ、誇りなさい。誇りは生きる希望と、力に変わるから……」
「…………」
「……いい子だね」
彼女の体から力が抜けた。固く目を閉ざし、その身を預けた彼女を、彼は抱き締め、身を寄せる。
「……呆気ない」
呆気のない、死だった。
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