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第二章
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しおりを挟む「──いやはや、助かりました。危うく死んでしまうかというところで……」
そう言って泥のついたメガネを拭うのは、言わずもがな二ルディーその人である。なぜか地面の色と同じ灰色にその体全体を染めている彼女は、綺麗にしたメガネを掛け直して体についた汚れを叩き落としていく。が、当然ながら叩いただけで汚れは落ちない。
「灰色の人形物体かよ……」
トラウマになりそうな程の恐怖を植え付けられたジルは、そんなことを呟きながらオルラッドの背後からため息をこぼした。
ジルがあの甲高い悲鳴をあげた直後、オルラッドとミーリャが岩壁の上までやって来るのにそう時間はかからなかった。何事かと飛んできた彼らが見たのは、地面に尻餅をつき震えるジルと、その足首を引っ掴み地面と同化する人物──二ルディーであった。なぜ地面と同色なのか、それを聞けば野生動物にやられたとのことで……。
「初めて見る動物で油断していました。まさかこのような仕打ちを受けるとは思ってもおらず……誰か水系の魔法使えませんかね?」
「風ならなんとか……」
オルラッドが苦笑しつつ答えれば、二ルディーは「お願いします」と両手を広げた。汚れを落としてくれということだろう。彼女の頼みたい事柄を察したオルラッドが、小さな呪文を紡ぎながら片手を前へ。呪文が終わったと同時、二ルディーの体に付着していた汚れを落とすべく術を発動する。
綺麗さっぱり、とまではいかないものの、汚れは9割程吹き飛んでいた。残り一割は頑固な汚れとして未だ二ルディーの身に纏うスーツに付着しているが、これならばまあ問題はないだろう。
礼とともに頭を下げた二ルディーは、すぐさま「それでは失礼します」と踵を返す。そんな彼女の足を素早く払い転けさせたミーリャは、腕を組みながら鋭い視線で地面に倒れた彼女を見下した。
「お前、まだミーリャたちを煩わせるつもりかしら?」
「お、おう、神よ……」
地面に顔を打ち付けた状態のまま、二ルディーは低く突き刺さる声に怯えた。
「二ルディー、早く帰ろう。ベナンさんならすぐ起きると思うし、なによりここは二ルディーには危険だろ」
「黙りなさい雑魚よ。ちゃっかり二ルディー呼びとは隅に置けぬいやらしい輩めが。さんをつけなさい、さんを。そうして私を敬うのです」
「だが断る。というか話を逸らすな」
ジルの言葉に何も返せなかったのだろう。二ルディーはグッと押し黙った。
「もう一度言うけど、ベナンさんならきっとすぐに起きると思う。だからこんな見るからに怪しくて危険な場所から一刻も早く……」
「その確証がどこにあるというんですか!」
突然の怒号。獣耳を立たせ固まったジルを、二ルディーはキッと睨みつける。その目尻に涙が溜まっているのは、きっと見間違いではないだろう。
「ベナンの傷はとても大きなものです。幾ら治癒術を施そうとも、私のような底辺魔術師の力では外傷は治せても内部の傷までは癒せない。このままではこの先、ベナンは目覚めない可能性がとても大きい。だから私は──」
「ホワイトエッグを求めたと?」
「……それさえ手に入れば、力のない私でも治癒能力を高めることが出来ますので」
三人は自然と顔を見合わせた。二ルディーの覚悟は相当のもののようだ。これは連れ帰るのに苦労すること間違いなしである。
NBM作戦が長引いていく、そんな予感を感じながら、ジルは静かに頬をかいた。突き刺さる他者の視線に、知らず知らずにため息をこぼす。
「……ホワイトエッグさえ手に入ればすぐ戻るんだな?」
「もちろん」
「……オルラッド、ミーリャ」
二ルディーの返答を聞いてから、二人に顔を向ける。彼らは名を呼ばれただけでジルの言いたいことを汲み取ったらしく、やれやれと言いたげに肩を竦めていた。
NBM作戦の内容にホワイトエッグ入手の文字を一つ加えながら、オルラッドを先頭に山道を抜けた一行。緑なき灰色の世界に徐々に家らしきシルエットが浮かんでいくのを見て、漸くかと彼らは思った。
病の街。山道を抜けて少し歩いた先に存在するその街は、その名の通り病に侵された街のようであった。
一度街の中へと足を踏み入れれば、聞こえるのは咳き込む音。地面には幾人もの死体がゴミのように存在しており、ジルの顔が知らず知らずの内に険しくなっていく。
「……予想はまあ、してたけども」
予想以上の凄惨さである。
「この街に長居するのは体に良くないな。ジル、ここは手分けした方が得策ではなかろうか」
「だな。じゃあ三十分後にここに集合で良いんでない?」
「時間までに戻ってこない奴がいた場合は捨て置くのね」
「探してあげてミーリャさん!」
いつもどおり冷たいミーリャに叫んだのを合図に、四人はそれぞれ別々の方向へ。
二ルディーがちゃっかりオルラッドのあとを追ったのは見なかったことにしようと思う。
◇◇◇
ジルは街の西側へと向かっていた。横目に、地面に倒れ伏した人々を見ながら、黙々と歩みを進める。
ホワイトエッグの情報を少しでも手に入れるために、話の出来そうな人を探して回るが、しかし、なかなかそういった人物は見つからない。
出会う者皆が皆、息絶えたように地に伏せ動くことがなく、無名の病の恐ろしさに、ジルは人知れず身震いした。
街中を散策し始めて十分程。ジルの足下にある道に変化があった。今まで灰色に染まっていた地面に、黒々とした点がいくつも現れ出したのだ。それは先へ進む事に数を増しているようで、顔を上げたジルの視線の先には、漆黒の大地がうっすらと立ち込める紫煙に包まれ、広がっている。
──あれ、これって……。
どこかで見たことがあるような気がする。しかしどこだったか思い出せない。
その場で佇み考え込む少年。その背後で、今、ひどく憤慨したような声があがった。
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