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第二章
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しおりを挟む「──あんの真っ白雪だるま女! ほんっとムカつくのよ!」
集合時間を少し過ぎてしまった頃。ジルとミーリャは謎の美少女アランと別れ、集合場所までの道を全力疾走していた。思いの外変に時間を食ってしまったために、遅刻確定である。
それもこれもミーリャがあんなに暴れなければ……。
考えるも、今の彼女に何を言っても無駄だ。怒り心頭で話を聞いてくれそうにない。
ジルは途方に暮れたように落胆しながら、見えてきた集合地点に顔を向ける。
「……あれ?」
集合地点には、二ルディーどころかオルラッドの姿すら見えなかった。
あの正義の塊のような彼が、若干悪らしい行動に含まれる遅刻をするとは到底思えないが、一体どうなっているのやら。
目的地到着により、漸く足を止めた二人。ジルだけが軽く息切れを起こす中、特に疲労していない様子のミーリャが、静かな動作で腕を組む。そのまま、少しばかり辺りを見回した彼女は、ひどく愉快と言いたげに鼻を鳴らした。
「ふんっ! 遅刻とはいい度胸なのね!」
「いや、俺らが言えた義理じゃないから」
すかさずつっこんでおく。当然だ。自分たちも今し方到着したところ。例え相手がさらに遅刻してきたとしても、文句を言える立場ではない。
「それに、もしかすると俺たちが遅かったから、二人とも俺たち置いてどこかに行った可能性もあるかもしれないじゃん?」
「うぐっ」
「まー、こっちはそもそも、ミーリャがあんなに怒らなければちゃーんと時間を守れたんだけどなあ?」
「うぐぐっ」
痛いところをつかれたと、ミーリャは口を噤んだ。それから少しして、拗ねた様子でそっぽを向く。
これは勝った。
ジルは心の中でガッツポーズを決めた。
そんなことをしていると、遠くから二ルディーが駆けてくるのが見えた。かなりの長距離を走ったらしく、離れていても分かるほどに息切れが激しい。もう少し鍛えてはどうだろうか。思わず心配しながら二ルディーを迎えれば、彼女はズレたメガネはそのままに、勢いよくジルの肩をわし掴んだ。
「ちょ、ちょうじん、がっ! ゲホッ!」
「お、おおう?」
「ちょうじんが、てきを、ぶちころさんとかけて、いき! ひとは、ほわいとな、えっぐから、せいきを、ぐふっ」
「とりあえず落ち着いてくんない!? 水やるから飲め!!」
瞬速で取り出したペットボトルを無理矢理二ルディーに渡せば、彼女は腰に手を当て、勢いよくその中身を飲み干した。その飲みっぷりといったら……実に爽快である。
ものの数秒で飲み干した水により、少しだけ回復した様子の二ルディー。彼女はメガネの位置を戻しながら、ようやっと、伝達事項を伝えはじめる。
「先程、ホワイトエッグを発見した際、見知らぬ輩から攻撃を受けました。そして、超人がその敵を狩るべく消え去りました。現場からは以上です」
「とても簡潔!!」
だがまあ、オルラッドのいない意味が理解できたので良しとしよう。
ジルはホッと息をつく。そして、表情はそのままに、その動きを停止させた。それは突如感じた嫌な予感からか、はたまた脳裏に蘇った、今朝方見た夢の内容のせいか……。
まあ、どちらにせよ、だ。わかることが一つある。
それは──。
「朝に続きまた死亡フラグぅううううう!!!」
頭を抱えて叫ぶ少年の声は、広い街中に吸い込まれていった。
◇◇◇
紫煙立ち込める黒き大地。高々と聳え立つ塔を中心に、中身を失ったホワイトエッグが多く散乱しているこの地に、とある一人の男が佇んでいた。
裾の長い黒いコートを羽織り、それに合わせた黒の帽子を被るその者は、口にくわえた煙草に静かな動作で片手を添える。
「──ふー……」
気だるさを吐き出すように零された吐息。共に、男の白い髪と同色の煙がその口から吐き出され、天に向かい伸びていく。
男は無言で両の瞳を動かした。
黒き強膜に赤き角膜。到底人間の目とは思えぬそれが己の背後を見やる頃、男の耳に、地面を踏み締める音が届く。
──漸く来たか。
男は静かに瞳を伏せた。鼻の上を通るように巻かれた少量の包帯が僅かにその位置をずらすも、大して気にしていないらしい。
すっかり短くなった煙草を地面に放り、落ちたそれを靴の裏で踏み潰す。やや雑に踏み消したそれを眼下、彼はゆっくりと口を開いた。
「……遅かったな」
「失礼。少し道草を食ってしまってね」
答えたのは赤毛の男。長い三つ編みを、吹く風に遊ばせるその男は、腰元に提げた剣に片手を添えながら、射抜くような眼差しで目の前に佇む『敵』を見る。
「それで? 随分と悪意のこもった挨拶をしてくれたが、目的はなんだ? 場合によっては容赦はしないが……」
「──アルベルト・フローネ」
目を見張る赤毛の男を背に、その敵としてこの場に存在している者は、頭に乗せた帽子に片手を当てがいながら空を仰ぐ。
「お前、この名を知っているか? かの有名な正義代表の血族の名だ。かなりの剣の腕を持つと聞き、一度は対峙してみたいと願っていたんだが……ある日を境に、奴の噂は突然途絶えてしまってな」
「……」
「ああ、一応言っとくが、俺は別に魔術対策なんざしちゃいねえ。変な呪いの影響も、きちんと受けてる。いや、受けてるハズ、なんだがなぁ」
クツクツと喉を鳴らし、それは告げた。
「俺はどうも、かの有名な英雄様に呪いを授けた奴より、力が上らしい。そのせいか、どうも記憶に支障が見受けられない」
いやしかし、本当に狂っているのは俺かもしれない。
男はそう言って振り返った。歪に歪んだ口元が、尚も言葉を紡いでいく。
「英雄なんざ、『元々存在しなかった』。おかしいのは記憶ある者の方だ。そう思えばちったあ生きやすいんじゃねえか? え? アルベルト・フローネ……いや──」
黒い革の手袋がはめられた手から、何かの物体が宙へ向かい放られる。
「忘れられた英雄様よ」
動いたのは、両者同時であった。
男の放った円柱型の塊。どういった物質か定かでないそれが、まるでミサイルの如く凄まじい速度で飛んでくる。しかし、そんなことはかつて英雄となった者には、障害にもならぬ攻撃だ。
オルラッドは踏み出した足を止めることなく、突き進む。邪魔になる物質は、躊躇なく全て切り捨てて。
「はっ!」
短く発されたかけ声と共に、突き出すように振るわれた剣先。確実に敵を捕らえたと思われたその尖端にはしかし、男の姿は見当たらない。
どこへ行った。
それを探る前に、オルラッドはほぼ条件反射に地面を蹴った。そのまま後方に跳躍し、軽く体を後ろへ反らせながら、突如真横から飛んできた長き物質を避ける。地面に手を付き、一度回転してみせるその身のこなしは、驚くほどに軽やかだ。
「……存外遅いな、英雄様よ」
軽い砂埃をあげながら着地したオルラッド。彼が剣を片手、静かに立ち上がるのを視界、敵なる男は懐から一本の煙草を取り出した。
掌を開き、炎を発生させて煙草に火をつける。恐らく魔術の類であろう術を使用してみせた男の様子に、オルラッドの整った眉間に、軽くシワが寄せられる。
「……余裕だな、貴様」
「余裕にさせるからな、お前が」
言って、男は笑った。
その周りに浮かぶ謎の物質は、いつでも発射できるようにスタンバイ済みである。動かずとも殺れる、そういうことだろうか。
「……一つ聞こう」
一度瞳を閉じ、それを再び開いてから、英雄は告げる。それに「なんだ」と答えた男は、話を聞くだけは聞いてやる、といった様子だ。
──舐められてるなぁ……。
オルラッドは軽く頬を掻きながら、問いかけた。
「俺はこう見えて、あまり争いごとが好きではない。時と場合により剣を振るうことはあるが、それなりの理由がなくてはやる気も出ないというものだ」
「ほう。つまりは理由があれば戦うと? 俺が、俺の戦いたいという欲望を消化するためではない、別の理由が……?」
「そういうことになる」
「ふむ、なるほど」
口にくわえた煙草を吹かし、男は一度考える素振りを見せる。それから、視線だけでどこか遠くを見やりながら、その瞳を軽く細めて見せた。
「いいだろう。……それで? お前の『戦う理由を作るため』の質問はなんだ? 言ってみろ。特別にその質問に答えてやろう」
「そう急かすな。質問は簡単なもの。そう時間は取らないさ」
微かに浮かべられた微笑。軽く俯きがちに、空いた片手で剣の刃に触れたオルラッドは、その質問を口にする。
「──貴様は悪か?」
とても簡潔な質問だった。
突如吹いた風が、髪を、服を揺らすのを鬱陶しく感じながら、問われた男はこう答える。
「お前が俺から感じとったもの。それが答えだ」
「……そうか」
質問の返答は肯定。
そう受け取ったオルラッドは、安心したように笑った。
「──ならば死ね」
それはまさに、一瞬の出来事……。
テレポートでもしたのかと思うほどの速さで、オルラッドは男の前に現れた。歪な笑みをその顔に浮かべながら、敵の首を取ろうと剣を振るう。しかし、彼の剣先が捉えたのは、生憎と首ではなく、反射的に攻撃を防御しようとあげられた男の腕だった。
傷つけられた箇所から鮮血を噴出させながら、男は舌打ちと共に背後へ飛び退く。しかし、オルラッドの追撃は止まらない。
軽く体を捻り二撃目を繰り出した彼は、防御されることを視野に入れたのか、そのまま次々と素早い剣技を披露していく。それを全て防ぎ、時には避ける男が、攻撃を仕掛けられるはずもない。
徐々に増えていく腕の傷に再び大きく舌を打ち鳴らし、敵は飛んだ。そのまま追ってくるであろうオルラッドに対し、謎の物質を己の周りに浮かびあがらせる。
が、しかし、英雄は追ってこなかった。
彼の予期せぬ行動に、男は不審顔に。
なぜ来ないと、疑問を口にしようとした瞬間、揺れた空気に、彼は大きく目を見開いた。
「──魔術だと!?」
叫ぶ男の視界の中、ほんのりと淡い光が発生する。
オルラッドを中心とし、その足下に大きく広がるのは、エメラルドグリーンに染まる魔法陣だった。考えなくとも、それが上級魔術の類であることは容易に想像できる。構えたところでこの攻撃は防げまい。
重力に従い徐々に落ち始めた体。不快なる浮遊感をその身で感じながら、男は笑う。
「……ふん、面白い」
小さな呟きは、英雄には届かない。
詠唱を終えたオルラッドは、片手を前へと突き出した。その顔に狂気の笑みを浮かべる様は、まさに悪。一切の慈悲なく術を発動しようとする姿は、鬼のようでもある。
「吹き飛べ──!!」
その一言を合図に、発生したのは巨大ハリケーン。地面を抉り、ドラゴンを巻き込みながら、宙に存在する男を飲み込むその威力は凄まじいものだ。
さすがは英雄。
さすがはオルラッド。
泣く子も黙るイケメンである……。
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