弱者が悪を目指した黙示録 〜野生のスライムにも勝てない底辺冒険者の獣族の少年が最強の仲間と共に最高の悪を目指す物語〜

ヤヤ

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第二章

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「──オルラッドぉおお!!」

 聞こえてきた声に、オルラッドは剣を仕舞いながら振り返った。少しばかり驚いた様子で声の発生源を見る彼は、その人物を視認すると安心したように軽く微笑む。

「やっと見つけた! オルラッド! 早くこの街出るぞ! 死亡フラグビンビンだから!」

「死亡フラグ?」

「ジルがお前に関する予知夢を見たらしいのね。つまり、そういうことなのよ」

 腕を組み告げるミーリャは、視線をオルラッドの背後へ。もはや原型すら留めていない大地の様子に、無言で汗をかく。

「(こいつだけは本当に敵に回したくはないのね……)」

 ミーリャの心の中の呟きに同意するように、息を切らせた二ルディーがそっとオルラッドから距離をとった。

「なるほど。ジルの夢の中で俺は死んだのか」

 特に何も気にしていない様子で頷くオルラッドの腕を、ジルは全力で引く。その頭に乗っかる子ドラゴンにオルラッドの意識は向いているが、そんなこと気にはしていられない。

「と、に、か、く! さっさと首都に戻るぞ! ホワイトエッグは後回しだ!」

「キョエッ!」

 一人と一匹が叫ぶ。
 引っ張られているのに微動だにしないオルラッド。そんな彼を尻目、漸く息の整ってきた二ルディーは小さな咳払いを一つ。

「雑魚よ。言っておきますがホワイトエッグの件は既に終了しています」

「まじで!?」

 それもっと早く言って欲しかった……。
 呟くジルから、二ルディーは無言で顔を逸らした。

「……無駄話はいいから早く行くのよ。ここでオルラッドを死なせるのは今後に支障が出るのね。……まあ、敵になるのであればぜひ死んでくれると助かるけど」

 最後にかなり酷いことを言い、歩き出したミーリャ。その背に向かい「悪魔かよ!」と叫ぶジルを、二ルディーが咎める。小さな彼の頭を片手で鷲掴む様はまさに鬼だ。

「雑魚よ。死にたいのですか? この瞬間に貴様がそんな発言をしてあの方の怒りを買えば、同類にされている私にも被害が及ぶ可能性がある。死にたいのですか? 死にたくないですよね?」

「し、しにたくないでぇす……」

「よろしい。ならばその大して役にも立たない口を閉じて今すぐ帰還を……」

「あらぁ、ダメよぉ」

 ふと聞こえてきた声は、ひどく穏やかに二ルディーの言葉を咎めた。
 直後、肉に何かが突き刺さる、そんな音が辺りに響く。

 音は、二ルディーの胸元から聞こえていた。一本の、細く赤黒い、謎の物質が顔を覗かせる胸元は、真新しい鮮血により、徐々に赤く染まっていく。
 オルラッドがすかさずジルの腕を引き、同時に少し離れた位置にいたミーリャが呪術を発動。だが、突如現れた人物は、その呪術を軽やかに避け、オルラッドたちの後方へ。
 真っ白な髪を揺らしながら、すっかり荒れてしまった大地の上へと足をつける。

「あなたたちは、そうねぇ、簡単に言ってしまえば捕虜なの。だから、今帰られるととても困るのよ」

 力なく倒れた二ルディーに一度視線を向け、その人物は柔らかに微笑む。美しく、可憐に。慈愛すら含まれているのではないかと思わせる優しい笑みを前、ジルはオルラッドに庇われながら、汗を流した。
 それは焦りからか、はたまた、絶望からか……。

「あ、アラン……」

 小さく呼ばれたその名に、少女は嬉しそうに反応する。

「よかった。私のこと覚えててくれたのね。とても嬉しいわ」

「そ、そりゃもちろん! こんな可愛い子を忘れるわけないし……」

 それに若干こんなことになるのではなかろうかと予想はしていた。

 ゲーマー的注意事項その1。
 一人の時に接触してくる者は大抵がその後敵になる。尚、他のモブよりも美しい者なら尚更その可能性は高い、だ。

 ジルはそっと頭を抱えた。
 わかっていてもこの展開には非常に悲しいものがある。

「ふふ、ありがとう、おチビさん。同族の君には、できるだけ手荒なことはしないでおいてあげる」

「……へ?」

 間のぬけた顔で己を見る少年に、少女は武器であろう、細長い物質を器用に手の中で回しながら告げた。

「あら、気づかなかった? 私、これでも獣族なのよ」

 気づきませんでした。

 違う意味で冷や汗を流すジルに、少女は優雅に微笑む。それから、軽く背後を振り返りつつ口を開いた。

「ちょっと、にーに! にーにが遊びたいっていうから仕方なく許可してあげたのになんてザマなの!」

 にーにって誰?

 思うジルとミーリャとは裏腹に、オルラッドの顔が険しくなる。まさか、と構える彼の目の前、墓から蘇る死者のように、荒れた地面からその姿を現す男。土に塗れたせいか若干薄汚れてしまっている彼を、アランは汚物を見るような目で見下す。

「……汚い」

「知ってる」

 地面から這い出た男は、服にまとわりついた土を払い落としながら答えた。

「……まるでゴキブリだな」

 吐き捨てたオルラッドが、近づいてきたミーリャにジルを託す。無言で剣を引き抜く彼に、アランがその赤い双眼を向けた。
 男の方は土を落とすのに必死で話を聞いていないようだ。

「すごいわね、あなた」

 白き少女が英雄に贈るのは、賞賛の言葉。

「にーには私が知る限りではとても強い人なのよ? そのにーにを地面に埋めてしまうだなんて……上には上がいる、とはよく言ったものだわ」

「俺は負けてないぞ……」

「負けたも同然でしょう? 地面に埋まったんだから敗北よ、敗北」

 腰に手を当て、憤慨した様子で彼女は告げる。それに対し、男は軽く考え込むと、すぐに顔をあげて頷いた。

「なるほど。確かに敗北だ」

「認めんのかよ!」

 つっこむジルをミーリャが叩く。
 相変わらずいいコンビだ。

「そう。敗北。地に伏した者、或いはその地に埋め込まれてしまったものも皆全て敗者だわ。だって勝者とは、常に上に立っていなければならない存在ですもの」

 笑っているのに、笑っていない。その笑顔のなんと恐ろしいことか……。

 アランは男に近づき、彼の首に片手を伸ばす。それに合わせるように、男はアランを片腕に抱き上げた。子供を抱えるようなその姿はしかし、傲慢なる王女とその下僕のように見えなくもない。

「勝者は何をしても許される。逆に敗者は逆らうことすら許されない」

 手にした武器の先を三人へと向け笑うアランに、ジルは心内で汗を流す。

 ──この子、まさか……。

「お前たちを調教してあげる。このアラン・バルディオンと、我が兄、アドレン・バルディオンが。私たちの力に、泣き、叫び、請いなさい弱者ども。そうすることで、私たちは満たされるんだから……!」

 ──美しいものには刺がある………。

 よく言ったものだと、狂気の笑みを浮かべるアランを見て、ジルは思った。

「さあ! 集え! 吼えろ! 我がペットたち! 我らが敵をその力でねじ伏せてやりなさい!」

 少女の気高き声に反応するように、上空を旋回していたドラゴンたちが高度を下げる。
 一瞬にして周りを囲まれたオルラッドとミーリャは、その背にジルと、倒れた二ルディーを庇いながら言葉を交わした。

「どっちをやる?」

「あの女のペットとやらなら一気に片付けられるのね」

「なら俺は敵大将を叩こう」

「こっちが終わり次第加勢してやるのよ」

「それはありがたい」

 会話が終わる。
 同時にあげられたドラゴンの咆哮は、戦闘開始の合図となった。
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