弱者が悪を目指した黙示録 〜野生のスライムにも勝てない底辺冒険者の獣族の少年が最強の仲間と共に最高の悪を目指す物語〜

ヤヤ

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第二章

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「──穴があったら入りたい」

 前世でよく聞いていたそのセリフを、まさか今世で呟くことになるとは……。

 あの後、ドラゴンと共に首都へと舞い戻った一行。さすがに獰猛なる肉食生物が現れたことに、首都の住人は大混乱。我が身可愛さに屋内へすっ飛んでいったがため、外は静けさに包まれてしまっている。
 全くと言っていいほど誰も通らない道を眼下、ジルは『なんでも売買店』の一室でげんなりと項垂れる。思い出すだけでも恥ずかしい。なぜ自分はあんなことをでかい声で言ってしまったのか……。

「というか! とても! とてもその、なんだ!? 俺は自分が何を言っていたのかわかりません! 勢いってすごいな! 誰かあの時の俺を殺してくれ!!」

「……お前はもうちょっと言語能力を高めたらどうなのね」

 冷静になった途端、恥を感じて喚くジルに、ミーリャはそっと頭を抱えた。伝わらないことはないが、それにしてももう少し言い方というものがあるだろう。言い方というものが。

「あら、私は言語能力が低くても良いと思うわよ。だってとてもジル様らしくていいじゃない」

「良くないから言ってるのよ。……ジル様ってなんなのね?」

「だってジル様は悪の頂点に君臨する方なのでしょう? だったら敬意を払いそう呼んでも良いんじゃないかしら? そうよね、ジル様?」

 にこにこと、それはもう楽しげな笑みを浮かべるアランに、ジルは堪らず苦笑を浮かべる。
 呼び方に関していろいろ言うことはないが、しかし敬意を払われるのはちょっと……。ここまで来て特に何もしてないしね、俺。うん。

「……敬称はどうあれ、一先ずこれからどう動くつもりなのよ。あれだけ正義気取りの連中に吠え面かいたんだから、真っ当な道は歩めないと思うのが良いのね」

 改めて言われると相当なことをしてしまったなと後悔する。したところでもはや取り返しはつかないので反省だけしておこう。次からは調子に乗らない。そうしよう。
 考え込むジルを見かねてか、アランが何かを閃いたように両手を叩いた。そうして発された声はひどく明るい。

「だったら拠点探しなんてどうかしら? 私とにーにがイビルの塔を拠点としていたように、私たちが新たに集える場所を探すというのも面白くない?」

 拠点か。なんかとってもいい響き。
 無言で親指をたてたジルは、自分の案が採用されたことに喜ぶアランを前、何かを思い出したように伏せ気味だった顔を上げた。

「そういえばさ、アランちゃんたちも俺たちについて来てくれんの?」

「当然よ。アランはジル様のお傍にいたいんだもの。にーにだってそうなんでしょ?」

「俺は違う」

「ほら、にーにもそうだと言ってるわ」

「今完全に否定してましたけど、にーに」

 この兄妹は全く……。
 ご機嫌なアランとは対象的に、どことなく不機嫌さを表すアドレンは、懐から取り出した煙草をくわえ、そのまま部屋の外へ。怒らせてしまったかと不安になるも、それはどうやらちがうらしい。

「にーには禁煙者のことを考える喫煙者なの」

「にーに意外と常識人!」

 顔に似合わずとはまさにこのことである。

 そんなくだらない会話を続けていると、今しがた閉ざされたばかりの扉が開かれ、そこからオルラッドが姿を見せた。アドレンとすれ違ったのか若干不機嫌気味だが、あえて触れないでおこう。

「二人の様子は?」

 今まで二ルディーとベナンの様子を見ていた彼に問うてみる。その問いかけに、彼は小さく微笑んだ。それだけで問題がないことがわかり、安堵する。

「ベナン嬢の傷の方は既に完治した。二ルディー嬢の治癒術があれほどまでとは……ホワイトエッグなど探さなくとも良かったように思えるな」

「そういやそんな物探しに行ってたっけ……」

 思い返せばそれが全ての始まりのような気がしないでもない。
 生憎と中身の抜けたホワイトエッグしか見ていないジルは、あれがどう治癒術と関係するのか未だに理解できない。そもそも、あの正体はアラン曰くドラゴンの卵。益々治癒術とはなんの関係もないように思えるがどうなのか……。

「キュエ!!」

 考えるジルの思考を止めるように鳴いた子ドラゴンが、椅子に腰掛ける彼の足元まで駆けてくる。翼を広げ小さな足を懸命に動かす姿はなんと愛らしいことか。親バカではないが親バカの気持ちを理解した。

「どした? お腹でも空いた?」

「キュガ!」

「お前ほんと変な鳴き声だよな……」

 まあそこも愛おしいので問題は皆無だ。
 既に親バカの世界へ片足を突っ込んでしまっているジルは、へらへらと笑う。抱え上げた子ドラゴンは、そんなジルを、まだ薄い羽でべちべちと叩いた。

「そういえばその子の名前決めたの?」

 完全破綻した間抜け面を見るに耐えないものだと判断したミーリャは、ジルから視線を逸らしながら問いかけた。それにもちろんだと、少年は親指をたてる。

「名前はポチにしてみた! メスだけど!」

「ポチ……」

「ポチ?」

「ポチかぁ」

 上からミーリャ、アラン、オルラッドである。
 異論は認めると宣言したジルだが、その命名に文句を言うものはどうやらいないらしい。寧ろアランとオルラッドに至っては、良いと思う、と肯定傾向にある。ミーリャはともかくとして、この二人から認めてもらえたら及第点だろう。

「良かったなポチ。お前は今日からポチだ!」

「キュエッ!」

「喜んでるのか嫌がってるのかわかんないけどとりあえず喜んでるってことにしとくな!」

 いや寧ろ喜んでいないわけがないと自分に言い聞かせ、先程適当に購入したハムをポチに与える。
 食べてくれるかはわからなかったが問題はなかったようだ。特に嫌がることもなくハムに噛み付いたポチは、そのまま引きちぎったそれを、顔を天井に向けながら呑み込んでいく。さすが肉食生物。肉の喰い方がすごい。

「……拠点探しはいいとして、その候補は存在するのかしら?」

 方向を間違え別の話題にすり変わりつつある話を戻すように、ミーリャが問うた。彼女の問いかけに不思議そうな顔をするオルラッドを他所に、アランは頷く。

「ええ、もちろん。ここからだいぶ北の方。青雲の城、と呼ばれる場所が存在するの。大きさ的にそこなら拠点に相応しいんじゃないかしら? 」

「青雲の城? それは、あのヨルドーンが作ったと言われる伝説のダンジョンのことかい?」

「え、なにそれ」

 振り返るジル。
 三人の無言の視線が突き刺さり、彼は思わず沈黙した。

 何か変なことを言っただろうか。

 停止するジルに、苦笑するオルラッドが口を開く。

「ジル、君は一応冒険者……だったんだろう?」

「うんまあ……底辺雑魚のな」

「……冒険者ならヨルドーンの名を聞いたことくらいあるんじゃないの?」

「だから俺ただの荷物持ちだったんだって……」

 困ったように告げるジルに嘆息するミーリャ。そんなミーリャの隣、アランがにこやかに言葉を発す。

「ヨルドーンとは、ハジマリの神なのよ、ジル様」

「ハジマリの神?」

「そう。この世界を創造したとされる、神様……世界創造主龍神、その初代にあたるの」

「ほえー」

 漏れた声はひどく間の抜けたものだった。
 ボケっとした顔で頷くジルに、オルラッドが「常識だよ」と苦く笑う。それに、ミーリャが「ジルは馬鹿だから……」と嘆かわしいと言いたげに首を横に振り、腕を組む。なにはともあれ、ジルの無知さが認知された瞬間だった。
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