弱者が悪を目指した黙示録 〜野生のスライムにも勝てない底辺冒険者の獣族の少年が最強の仲間と共に最高の悪を目指す物語〜

ヤヤ

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第三章

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「──にーにはいつだって私のことを守ってくれた」

 どこからとも無く聞こえてきた幼い声により、ジルは現実に引き戻される。

 ハッとした少年は振り返った。目の前に存在する、血濡れた景色。それから目をそらすように。
 振り返った少年の視界の中、白い髪が揺れ動く。彼から少し離れた位置に存在する通路を曲がったそれは、石造りの壁が邪魔をし見えなくなってしまった。
 ジルは慌てた様子で駆け出した。見覚えのある白に、必死について行く。

「──私は常に、守られてばかり……」

 長い通路の向こう。駆ける小さな背中に、獣族の少年は叫ぶ。

「アラン──ッ!!」

 現状についていけないハンドマンが、彼の突然の叫びに驚愕。骨全体を使い、驚きを表している。
 だが、駆ける少女に反応はない。

「──だから、守る力が欲しかった」

 悲しげな少女の声は続く。
 振り返りもしない彼女。その背を、ジルは再び追いかける。

「──住み着いたイビルの塔で見つけた本。そこに記されていた術を会得しようと試みた。一回で成功することはなかった。だから何度も挑戦した。結果として術の習得には成功した。その分、支払った代償は大きかった」

 少女がまた角を曲がる。ジルもまた、それを追いかけ角を曲がった。

「──私たちの産まれた街は病に包まれた。繁殖したドラゴンが上空を飛び交い、数の増えたそれらを使役するのは困難だった。下手をすれば私が食べられかねない。しかし、諦めるわけにもいかない」

 前方より飛んできた漆黒の霧。通路全体に広がるそれから逃れることなど不可能で、ジルの小柄な体は忽ちに霧に包まれてしまう。
 顔の前で両腕をクロスさせたまま瞼を押しあげれば、翡翠の瞳に写るのは荒れた地面。草花の見当たらぬその地は、そこが決して時計塔内部ではないことを、少年に理解させてくれる。

「……予知夢」

 予想はしてた。アドレンが出た時点で。
 しかしまた唐突なと呆れる反面、死亡フラグなのではと焦る自分がいる。だってこれは、どう見てもバルディオン兄妹の過去話。死亡フラグでないのだとしたら、なぜこうもいきなりこんな情景を見せられるのか……。

 悩む少年の前方、地面に大量の陣を描くアランがいた。まだ幼いのか、ひどく小さな体を懸命に動かしているその姿は、泥にまみれ薄汚れている。
 一体何をしていたのか。考えるジル。しかし、残念ながらそこまではわからない。

 陣を描き終わった少女は、握っていた棒切れを杖がわりに、詠唱を唱え始めた。小さく紡がれるそれに同調するように、陣は淡く輝き出す。
 やがて、その輝きが強まると、アランの手により描かれた全ての陣から漆黒の液体が飛び出した。それらは地面になだれ込むように飛び込んだかと思えば、忽ちに大地の色を変色させていく。

「……従いなさい」

 少女は手にした棒切れを握る。

「暴走など不要。お前たちはただ、私に従っていればそれでいい」

 淡々と紡ぎ、棒切れを振るったアラン。その動きと共に、再び陣が輝きを放つ。

「何度でも言う。従え。この私に、アラン・バルディオンに、お前たちは永遠たる忠誠を誓え」

 子供とは思えぬ強い言葉に、輝きは増す。しかしそれは、決して柔らかな輝きではない。一目見て危険だとわかるような輝きだ。

「アランちゃんッ!」

 少年は叫ぶ。少女の名を。
 しかし目の前のこれは過去のこと。故に少年の声など届くわけもない。

 陣より出いでし複数の『何か』が、混ざり合わさるように一つになり、少女の体の中へ入っていく。
 吸い込まれるように消えたそれら。察するところ召喚獣と呼ばれる類のものであると想定するが、果たしてどうなのか……。
 倒れた少女に、ジルは駆け寄った。抱き起こそうと伸ばした手は、その行動を妨げるように、見えない壁に弾かれる。

「──こっちじゃないよ」

 少女は言う。そうして倒れたままの状態で、彼女は遠くを指さした。

「──あっち」

 彼女が何を示しているのか、理解した。 

 ジルは一度歯噛みすると、立ち上がり、駆け出す。同時に元に戻った景色の中、遠くに存在する大扉を目指し、一直線に進んだ。
 徐々に近づくそれに手を伸ばし、飛び込むように扉を開けて室内へ。

「アランッ!!」

 酷い寒さに凍える暇もなく、少年は叫んだ。存外響いたその声に反応する者は、残念ながら誰もいない。

「……アラン?」

 ここにいるのではないのか、と疑問が生まれる。と同時に、隣を浮遊していたハンドマンが、何かを見つけたのか部屋の奥へ飛んでいった。当然、ジルはその後を追いかける。

 部屋の奥には、小さな扉が存在していた。明らかに凍り付いたそれに眉を潜め、少年はそれを開こうと試みる。だが、それよりも先にハンドマンが扉を破壊した。拳一撃で凍ったそれを粉砕した骨に、流石のジルも獣耳を折り曲げる。
 なんだって自分の周りにはこうも怪力が集うのか……。

 いや、そんなことより今はアランだ。
 引くついた口元をなんとか戻し、少年は室内を覗いた。

 部屋の中は、無数の氷に覆われていた。突き出るように生えたそれらの中には、人間や獣族が苦悩の表情を浮かべて閉じ込められている。恐らく、この街の住人だろう。

「趣味悪すぎだろ。疑うわー……」

 嫌悪感に眉を寄せ、少年は室内へ。凍った床に足を滑らせ後頭部をぶつけるも、なんとか立ち上がって前に進んだ。

「アラン! アランちゃーん!」

 吐き出される白い吐息と共に、少女の名を叫ぶ。

「アランちゃん! どこにい──どぅわっ!?」

 二度目の転倒は勢いがついてしまったのか、スライディング付きだった。氷の上を滑るそりの気分を味わいつつ、向かいの壁に激突した少年は涙目で頭を抑える。
 これ以上バカになったらどうしてくれんだ。誰に言うでもなく叫ぶ。

 打ち付けた箇所を擦りながら起き上がったジルは、ふと横に向けた視界に白を捉えた。壁に飾る装飾品のように氷漬けにされかけているその姿に、彼は慌てて駆け寄る。

「アラン!!」

 ぐったりとして反応のない少女。その手足を拘束するように存在する氷を、ハンドマンが躊躇なく砕く(物理)。
 それにより倒れがかってきた少女の豪奢な体をなんとか抱きとめ、ジルは一先ず部屋から出ようと彼女を抱えた。
 筋力のない少年の謎スキル、『火事場の馬鹿力』。それが今、発動される。

 ジルは一先ず、冷えた少女の体を温めるべく、近くに存在した部屋の中へ彼女を運んだ。
 慣れた手つきで暖炉に火をつけるハンドマンを尻目、少女を室内にあったベッドに寝かせる。誰かが寝泊まりしていたのか、存外綺麗な部屋の中。響くのは木が燃える音だけ。

「……死んでは、いないみたいだけど」

 不慣れな手つきで脈と呼吸を確認し、少年は悩む。

「冷えが、酷いな。このままだと凍死とかありえるし、なにか温まるものを……あ、でも急にあたためすぎるのも悪かったような……なんだっけ? 脇の下? そこをとりあえず温めればいいんだよな? 静脈がどうたら……」

 ない知恵をフル回転させ、過去、保険の授業で学んだことを思い出す。残念なことに、浮かんだのは教師が黒板に描いた雑ならくがきが主だったが……。

 教師の下手くそな絵はさておき、今は現実と向き合おう。
 頭を振り、ジルは室内を捜索すべくベッドを離れる。

「湯たんぽあるかな……」

 呟いたジルの腕を、冷えた手が掴んだ。
 驚き心臓が止まりかけたのは、ここだけの話である。

「……に、……に」

 掠れた声が、その場にはいない者を呼ぶ。

 振り返ったジルは、腕の主を視界に捉えた。苦しいのか、表情を僅かに歪め、うっすらと瞳を開いている。しかし、その瞳には自分という存在は写っていないらしい。
 ジルは己の腕を掴む手に、そっと片手を添えた。氷の如く冷えきったそれに、眉間には自然とシワが寄る。

「ごめん。アドレンじゃなくて……」

「……ジル、さま?」

 こぼされた謝罪に、少女はようやく少年を認識したようだ。
 僅かに目を見開く彼女に、ジルは微笑む。そうして、できるだけ、彼女が安心できるような言葉を探した。

「……アドレンなら、すぐ来るよ。今、ちょっくらお願い事してるから……アランは少し休んでて。疲れてるみたいだし、休養は大事ってね。そうだ。なんか飲める物用意するよ。ここに住んでる人には悪いけど、ちょっくらいろいろ拝借してさ。俺らなんたって悪だし?」

「……どうして?」

「んえ?」

 つい間の抜けた声が出てしまった。いけないいけない。
 片手で口元を覆うジルを視界、アランは静かな声で言葉を紡ぐ。

「どうして、助けるの? にーにならまだしも、ジル様は他人でしょう?」

 間違ってはいない。しかし少年のいたいけな心は傷ついた。
 ダメージを受けたジルに、しかしアランは気づかない。

「私を助ける必要なんてないのに、どうしてこんな危険な場所に、護衛もないまま居座ろうとするの? ジル様は弱いのよ?」

「理解してます。でもアランちゃんがいるのに一人で帰れないし……」

 つかそんなことした暁にはにーにより耳を引き抜かれて俺は死ぬ。

 真顔になるジルに、アランは目を瞬いた。そんな少女の様子に、彼は慌てて己の前で両手を振る。

「た、他人といえば他人だけど、でも俺にとってはアランは仲間だし……それに、今の状態のアランのこと、放ってはおけないんだよな。いや、まあ、迷惑なのはわかってんだよ? 俺は究極的なまでに使えない雑魚だし。弱者だし。頭の出来も決して良くはないし。言っててなんか悲しくなってきた……でもほら、その代わりというように心強い護衛ならいるから安心してよ。筋力は多分ずば抜けてあるはず、あいつ。骨だけど」

 湯を沸かしていたハンドマンが親指をたてる。
 こいつ、話聞いてやがったのか。恥ずかしっ。

 暖炉に火を付けて湯を沸かし、皿を洗って冷蔵庫まで覗くハンドマンに、若干冷めた視線を送ってやる。他所様の家で何やってんだ。
 感心半分、呆れ半分。実に複雑な心境だ。

「……仲間?」

 家庭的なハンドマンの様子に、思わず百面相をするジルの背後、アランが小さく呟いた。

「私なんかが仲間? 冗談でしょう?」

「冗談なもんか。俺にとっては既に仲間です」

「私、悪代表よ?」

「とっても心強いっすね」

「病気だし」

「それがどうした」

「守られてばかりいるのに……」

「それ俺に言う?」

「…………」

 言葉が思いつかないようだ。起き上がった少女は、少し視線をさ迷わせた後、落ち込んだように俯いてしまった。
 何をそんなに落ち込むことがあるのか、ジルには到底理解できない。

 一度考える素振りを見せてから、彼はベッドの縁に腰を下ろした。小さな衝撃に、アランは不安に染まる顔を上げる。

「アランちゃん。俺さ、君のことすごいと思う」

 少年が告げたのは、彼女に対する尊敬の言葉。

「出会ってまだ間もないから、わからないこととかたくさんあるけど、でも、君がすごいってことはわかる。そもそも召喚師なんてレア中のレアだし。その技を得るためにどんだけ努力積んできたのって、雑魚的には思うわけ。しかもアランちゃんはずっと勝ってきた。いろんな勝負に。だろ? こりゃもうすごいとしか言いようがない」

「……どんなに勝っても、一度敗北すれば全てが無意味よ。敗者はこの世では生きられない。私が今まで、勝者として、彼らに対し、そうしてきたように……」

「スライムに敗北した俺が宣言する。そんなことはない」

 アランの言葉を切り捨て、ジルは彼女の手を取った。まだあたたまらないその手は、酷く冷たく、寒さのせいか震えている。

「アランちゃんが自分を責めるなら、その分俺がアランちゃんを褒める。嫌ってくらい賞賛しまくって、きっと、責めることが面倒になるはず」

「……わからない。褒められるようなことはしてない。だって私はあいつに負けた」

「勝ち負けなんて誰が決めんの。ってか、両者生きてる時点で引き分けのようなもんだろ。……大体、もし万が一に負けてたとして、それなら次勝てばいいんだよ、次。単純思考。これ大事」

 一つ息を吐き、ジルはアランの瞳を見つめた。赤いそれは、潤い、今にも大粒の雨を降らせんとしている。

「勝者のアランちゃんも、敗者のアランちゃんも、そうでないアランちゃんも、俺は、俺たちは受け入れる。だからこんな所で俯かないで、立ち止まらないで、自分自身を責めないで。俺は悲しむより、笑ってるアランちゃんが一番好きだ」

「……ふふっ」

 溢れる涙が雫となりて、手を濡らす。
 涙しつつも笑みを浮かべた彼女は、ひどく可笑しそうにこう言った。

「私は嫌がってる君が一番好き」

「ちくしょうドSめ」

 感動がぶち壊しである。
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