弱者が悪を目指した黙示録 〜野生のスライムにも勝てない底辺冒険者の獣族の少年が最強の仲間と共に最高の悪を目指す物語〜

ヤヤ

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第三章

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「──なんとお礼を言えばよいのか……」

 北国特有の寒気に覆われた街、ダリオン。その長であろう年老いた人物は、床に膝をついた。
 そのまま彼は頭を垂れながら、若干黒焦げふわふわと膨張した、所謂アフロになった髪の毛を一撫でし、目尻に涙を浮かべながら感慨深げな笑みを浮かべる。

「この私の頭を、こうもフサフサに……あ、助けてくれたことにも感謝しております」

「順序逆じゃないっすか?」

 いっそもう一発落雷落としてもらうべきなのでは、と少年は思った。

 街人たちの救出は、ジルの心配など不要だったとでも言いたげに、難なく成功した。氷が溶けると共に意識を取り戻した彼らの生命力には、さすがに驚かされてしまったがまあ良しとしよう。

 功労者のクジラは乾涸びてしまったが、人命救助は終了した。後は礼金をもらい旅の費用とするだけだ。ぬはははは!

 ミーリャと似たり寄ったりな思考のジルは、街の長、と書かれたとてつもなくダサいTシャツを来た老人に目をつけ、彼の元へ。話をしようと声をかける。

「あのー……」

「あ? んだこらこのガキが! 人がせっかく柔らかな女体に囲まれヌフフな世界を楽しんでいたところ起こしやがって! いてこますぞワレェ!!」

「……アラン、落雷」

「はい! ジル様!」

 笑顔と共に落とされた雷の威力は凄まじいものだったと、先程のまばゆい光景を思い出した彼は遠い目になる。と同時に、見た目的にすごい威力であったが、なぜこの老人はこうもピンピンしているのだろうかと、切なる疑問が浮上した。だが気にしたところで意味は無い。この世界はファンタジー。ミラクルなことなんぞ山ほど起きる。考えるだけ無駄だ。

「お礼はまあ、いいとして。聞きたいことあるんだけど」

「はいはい、なんなりと」

 両手をすり合わせ、ゴマをするように老人は笑む。その様子がなんだか怪しさを醸し出しているのは、第一印象が最悪であったためだということにしておく。

「あんたら氷漬けにしたのは青い髪のねーねーでOK?」

「OK」

 ノリはいいようだ。
 親指をたてた老人は、そのまま瞳を伏せて記憶を掘り起こす。もちろん、掘り起こすのは氷漬けになる前の記憶だ。

「あの時わしは、確か夜の営みをやりたいがために素晴らしくえろいねーちゃんを探していたような……」

「長やめろ」

「街中彷徨いてたらな、あの子に出会ったんだよ。なんかオドオドしてたけどえっらい別嬪さんだしこれは逃す手はないと誘おうとしてな。殺し文句告げたらいつの間にか凍らされとった」

「なにそれ正当防衛……?」

 というか氷漬けにされた原因はこいつの存在があったからなのではと思うがどうなのだろう。既に印象は最悪からどうしようもないクズにランク下げされており、これ以上印象を下げたら圏外に到達しそうだ。
 ジルは老人の話を聞くことを拒絶するように、頭部に存在する獣耳を垂れる。

「ジル様。青雲の城について聞いてみたらどうかしら?」

 話すことすら億劫になりつつあるジルに、そう告げたのはアランだ。彼女は老人が変な行動をとった時、いつでもその首を狩れるようにハンドマンを近くに設置。鎌を首に宛てがわせ、待機させる。
 その様子に街の者は感涙。早くやってしまえと小声で呟いている者もいる。どうやらこの老人のせいで、迷惑を被っている者が多いらしい。

「……えーっと」

 小さな殺せコールに引きながら、少年は咳払いを一つ。

「俺たち、青雲の城って場所を目指してるんだ。情報教えてくんない?」

「青雲の城?」

 声をあげたのは老人ではなく、部屋の、比較的隅の方に縮こまっていた獣族だ。

 姿形は狐そのもの。しかしキチンと、深緑色の服を纏っている。その見た目はさながら、手紙を配達して回る郵便屋だ。
 だが、肩から提げられた鞄に詰まっているのは手紙ではなく新聞。もしかすると、新聞配達をしている者なのかもしれない。
 そんな考察を心の中でしながら、ジルは獣族に視線を向ける。

「もしかして、青雲の城、知ってます?」

 まともそうなので一応敬語を使っておく。
 獣族は被った帽子から突き出すように晒された耳を動かしながら、頬をかいた。

「あー、知っていると言えば知ってますが」

「まじで!?」

「しかし、場所がなぁ……予想はできるが確証はありませんぜ? なんてったって青雲の城は気紛れ。ちゃんと気流に乗ってたなら今現在の大凡の位置を把握できやすが……」

 気まぐれとはこれ如何に。しかも気流という妙な単語まで出てきやがった。

 なんだか嫌な予感がしてきたジルは、ついその視線をアランに向けた。それだけで少年の言いたいことを察したのだろう。彼女は穏やかにほほえんでみせる。

「青雲の城のこと?」

 それ以外に何がありますおねーさん。

 返事を返すかわりにジト目になったジル。無言でアランを見つめる彼に、彼女は照れたように頬を赤くしながら視線を下へ。組み合わせた手の指先を恥ずかしげに擦り合わせる姿は、可憐だ。

「ぐっ! チクショウ! リア充め!」

「末永く爆発しやがれ! くぅううっ!!」

 彼女いない歴歳の数、と書かれたTシャツを着た男たちが、悔し涙と共にそう叫ぶ。老人といいこいつらといい、この街には変なTシャツを着るのが流行しているのだろうか?面白さよりもあたたかさを重視すべきだと思うのは、もしや自分だけ?
 そろそろ取り合うのが面倒になってきた。少年は騒がしい連中から視線をそらす。

「んで、アランちゃん。青雲の城ってもしかしなくても……」

「ええ、恐らく、ジル様の考えている通りよ」

 白き少女は、未だ照れた様子で告げた。

「青雲の城は空に浮かぶ、浮遊型のダンジョンなの」

 通常ならRPGっぽい、ファンタジーっぽいと喜ぶジルなのだが、この時はなぜか落胆。大袈裟なまでに肩を落とす彼に、アランは小首をかしげる。

「あら、お気に召さなかった? 悪の根城としてはかなり良い所だと思ったのだけど……」

 確かに、良い所だと思う。空に浮かぶ城に住まう悪役。なんていい響きだ。想像しただけでテンションがあがりそうになる。
 が、そうは思うが、あまりにも(前世の平凡な記憶を所持するジルにとっては)ぶっ飛んだダンジョンであることも確か。これはダンジョンにたどり着く前に死滅、もしくはダンジョン内で青い石を見つけてバルスする羽目になるのではなかろうか。
 段々自分の考えが分からなくなってきた。少年は激しく頭を振る。

「というか! 浮遊型ダンジョンは良いとして! そこにいかにもな風貌の勇者と名乗る輩が来る可能性は!? まさか俺たちは殺されるために用意された敵!? そんな王道ファンタジーではなかろうな!?」

「安心して、ジル様。例え勇者と名乗るお馬鹿な輩が来ようとも、私がジル様をお守りするわ」

「わあ、とっても心強い」

 崩れかけた未来に、希望の光が射し込む。

「それに、私たちには彼がいるじゃない」

「彼?」

「最強の、そうね、ジル様が言う仲間が。そうでしょう、オルラッド?」

 笑みと共に振り返ったアランに、ならうように振り返る。そうすることで視界に写った部屋の出入口には、若干薄汚れたミーリャ、アドレン、オルラッドの姿があった。三人とも無事だったようだ。その事実に安堵する。

「えっと、いきなり話を振られても俺にはなんだかサッパリ……」

 後頭部をかきながらやって来たイケメンに、街人(女)共が騒ぎ出す。

 出たよイケメン効果。こやつは北国の女性の心すら射止めやがった。

 ジルはやっかむ。

「私たちにはオルラッドがいるから大丈夫よ、という話をしていたの」

「ん? なにが?」

 よくわかっていないようだ。まあそれでいい。
 ジルはオルラッドから視線を外し、街の者たちを見た。

「あー、俺たち一日くらい休みたいから宿屋とかあれば教えて。できれば男女で別れる場所がいーなー」

 我ながらわざとらしい言い方だ。だからといって候補があがらないわけがない。なんたって彼らを泊めればもれなくイケメンがついて来るのだ。目を輝かせた野獣の如き女達が次々と手を上げ身を乗り出す。

「うちに来て! 宿代なんていらないから!」

「ちょっと! 抜け駆け!? ずるいわよ! うちだってタダで構いません!!」

「け、景色は最高です! もちろん無料!」

「貸し切りにします! タダで!」

「美味しい料理と温泉が無料でつきます! なんならマッサージもします! いえ寧ろやらせてください! お願いします!」

 見よ、このイケメン効果を。予想以上に凄まじすぎて引いてしまうではないか。

 ジルは頬を掻き、視線を傍らに立つオルラッドに向ける。

「オルラッド、どこがいい?」

 問い掛けられた彼は、一度、不思議そうに目を瞬いた。

「え? うーん、そうだな。……よくわからないが、美味しいものは食べたいな」

「最後の人の宿でお願いしまーす」

 ジルの宣言と共に、青色の服を着た女性は、っしゃあ!、と力強くガッツポーズした。
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